表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/111

第四十八話 事後処理

 俺が急いでフードコートに戻ると、そのフードコートを覆うように人が群れを成していた。俺がその合間を強引に進むと、人の群れから抜け、彩芽と千姫、二人の姿が見えた。

「大丈夫か?」

 俺が二人と、千姫が捕縛している気絶した男たちを見ながら言うと、彩芽が疲れた声で「遅いわよ」と言って体をふらつかせる。俺は彩芽が倒れる前に傍に走り、しっかりと支える。彩芽は少し頬を紅潮こうちょうさせ自立しようとするが、うまく立つことができない様だ。右太股みぎふとももであろう位置に、紅いシミが出来ている状況から察するに、右太ももを刃物で斬られたのであろう。そう考えると、もう少し早くついていればという気持ちと、斬った犯人への怒りが心に入り乱れた。だがそんな気持ちは、彩芽が強引に自立しようとした時に発した、苦しそうな声によって一気にすっ飛んだ。俺は、自立しようとする彩芽を支える力を強くし、「今は動かない方が良い」と言って、動きを止めさせる。最初と彩芽は、気恥ずかしそうにしていたが、少し経つと、諦めたように体を預ける。すると、人垣を抜け、俺たちの下に、数人の警備員らしき大人たちが現れた。

「お客様、大丈夫でしょうかっ?」

 警備員は、慌てた様子で俺たちに話しかけるが、周囲の状況を確認すると、状況が一段落していることを確認し、再度話しかけてきた。

「失礼ですが、状況を説明していただいてもよろしいでしょうか?」

 その言葉に俺たちは頷き、彩芽の傷もあるため、自己紹介も簡単に、内容も多くをかいつまんで説明を行った。

「なるほど。ではお手洗いの方に人員を割かせていただきます。っと、他の警備員も来たようです。……すみませんが、他のお客様は警備員の指示に従い、警察の方がいらっしゃるまで待機でお願いいたします。それでは新藤様、細かい事情説明をお聞きしたいので、我々と共に応接室もでご同行いただけますか?」

「その前に彼女を医務室に連れて行っても良いですか?」

 俺は、警備員の話も早々《そうそう》に、彩芽のことを切り出した。すると警備員は、ハッと表情を変え、彩芽を一瞥すると、血相を変えつつ頭を下げた。

「っ!申し訳ございません。医務室まで案内いたします。……車椅子などはご利用なさいますか?」

 警備員は謝り、足を怪我している彩芽に提案をするが、彩芽は「大丈夫です!歩けますので!」と言って歩を進めるが、数歩歩くと、右足から崩れ落ちそうになる。俺はもう一度彩芽の傍に向かい支えると、彩芽は恥ずかしそうに笑う。

「やはり車椅子を……」

「いえ、時間が惜しいのでこのまま医務室にいきましょう」

 警備員は心配顔で言おうとするが、俺はその言葉を切り、今すぐ医務室に向かうと言い、彩芽を横抱きする。いわゆるお姫様抱っこである。

「うひゃうっ!」

 彩芽は頓狂とんきょうな声を上げる。その声が影響して周囲の目線がこちらに集中する。彩芽は俺の腕の中で羞恥心に悶え、虫の息になっていたので、警備員に目配せをし、そそくさと医務室に向かった。そして数分の後、俺たちは医務室に到着し、医務員に彩芽(と同伴者の千姫)を任せ、医務室警備のために置いた警備員を除いた俺と数人の警備員は、すぐ近くの応接室に入った。警備員はどんどんと右側に座ったので、向かいの位置に俺は座り、少しの沈黙後、警備員が口火を切った。

「では、細かい状況説明をお願いします」

 その言葉を聞いた俺は、包み隠さず話した。数分の後説明を終了すると、良いか悪いかこのタイミングで扉があく。そこには数人の警察官と、とても見覚えのある女性警察官・・・・・の姿があった。

「失礼します。警察庁直轄けいさつちょうちょっかつ赤力犯罪対策局せきりょくはんざいたいさくきょく生物犯罪課せいぶつはんざいか三橋瞳みつはしひとみと言います」

 三橋さんの警察官然とした登場に、俺は驚いてその姿を見ていた。すると、三橋さんも俺の姿に気づき、少し目を見張る。だがすぐに真剣な眼差しへと戻り、全体へ一礼をした。

「細かい情報をご説明いただけますか?」

 今度は、警備員が俺の説明したことの中で必要なことを抽出して話した。全てを聞き終えた三橋さんは、思案顔を正して言葉を発した。

「おおよその事態は把握しました。それでは、このモール内では少し手伝ってもらうことになりますがこれからの対応はこちらにお任せいただいて構いませんか?」

 三橋さんがそう言うと、警備員らは恭しく頷く。そして警備員たちは、他の警察官とともに客の事情説明と事情聴取に向かった。そして応接室は、三橋さんと二人きりなる。三橋さんは優しい面持ちで俺へ話しかける。

「新藤君。大変だったみたいだね」

 三橋さんがこう言うのは、先ほどの警備員が、学生でこのような事態にあったのを心配してか、彼に気を使ってほしいとほのめかすような発言をいくつかしていたのだ。なので三橋さんは優しく話しかけてきたわけであるが、俺はこういうことに(・・・・・・・・・)慣れていて(・・・・・)、気になると言えば彩芽がけがをしてしまったこと以外には特にない。なので俺は、気になることを一つだけ聞いて、彩芽の下へ向かうことにした。

「三橋さん。確か三橋さんは生物犯罪課・・・・・ですよね?どうしてナンパ誘拐未遂事件を受け持ったんですか?」

 俺が何となく聞いた質問の返答を、三橋さんは言うべきか言わないべきかと思案顔で考えること数秒。そののちに、三橋さんは返答した。

「あまり多くは言えないけれど、今、赤力術式実験のために赤力使いを誘拐する事件が急激に増えているの」

 その言葉に、俺は培養槽に入っていた千姫の姿を思い出す。彼女も、何かしらの赤力術式実験を行われていたのだろう。そう俺が思考する中、三橋さんは言葉を続ける。

「だから今回の誘拐未遂も、もしかしたらその事件と何らかでも関連性があるかもしれない。そう思って、私たちはこの事件を引き受けたの。……まさか貴方達が被害者とわね」

 と、三橋さんは苦い顔をする。そう、千姫にとっては二度目の経験である可能性があるからだ。ただでさえナンパがトラウマになってしまう人もいるというのに、二回も誘拐されそうになるなと、その心情は計り知れない。そう思い、一時押し黙る。だが、このままでは何も進まないので、俺は言葉を発した。

「じゃあ二人の所に行きますか?今、医務室にいるはずですから」

 そう勧めると、三橋さんは「一緒に行っていいの?」と聞いてきたので、「大丈夫だと思います」と返答すると、席を立って応接室から出た。そしてすぐ近くの医務室前にいた警備員に目配せをしてどいてもらい、扉を開ける。そこで俺は目を見張った。そこには、スカートをめくり、布の切れ目を口惜しそうに眺める彩芽と、彩芽の右太ももに巻かれた包帯を補強している千姫の姿があった。それだけでは普通なのだが、問題は彩芽の座っている位置にあった。彩芽が座っているベッドは、俺から見て横向きに置かれており、彩芽はこちらを向いて座っている。そして、残念ながらベッドを仕切るカーテンは端に追いやられていた。つまり彩芽は、俺に向けてスカートをめくりあげているのと同意義であった。俺が扉を開けて硬直していると、ひょいと後ろから三橋さんが顔をのぞかせる。

「どうして止まっているの?」

 その声に彩芽はさっと前を向く。そこには俺と三橋さん。彩芽はぱっと顔を明るくし、俺たちを迎える。

「誠、説明終わったの?あれ?三橋先生?どうしてここに?」

 彩芽のまくしたてるような言葉に、俺は「え、あ、あぁ」と決まりが悪く、目をさまよわせながら返答になっていない言葉を返す。そこで、三橋さんが溜息を吐くと、軽く彩芽に言葉をかける。

「椎名さん。あなたの手、そのままで良いの?」

 三橋さんの言葉に、最初は「えっ?」と理解が追い付かないような態度を取っていたが、俺や自身の手、めくっているものを幾度か往復させると、状況を理解したのか、彩芽はめくっていた手を放し、頬がどんどんと高揚させていく。その時の三橋さんの行動は速かった。彩芽が息を吸おうとしているのを確認すると、俺を医務室に押し込み、扉を閉め、ポケットから取り出したハンカチで彩芽の口をふさぐ。「~~~!」とハンカチの中で声を出すが、その声は扉を越えない。そのことに安心した俺だったが、彩芽は三橋さんに口を押えられながらも、ベッドの上から枕をむしり取り、鋭く俺に投げつけた。だが俺は、ほぼ反射的に右手で枕をキャッチする。それを彩芽が忌々しそうな目で見つめる。そんな光景を千姫はじっくりと観察していた。二人は今、ナンパ誘拐未遂事件のことなどアウトオブ眼中であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ