第四十七話 フードコートで億劫【彩芽視点】
今私は、とても億劫であった。
「へいそこのカーノジョ。ちょっと俺達と一緒に来てくんねぇかな」
今私と千姫ちゃんは、三人の男たちにナンパされていた。ナンパ自体はたまにあることなので、あまり気にはしないのだが、今回はいつもよりかなり、いや、すごくしつこい。いつもなら。
「今私たち彼氏待ちなんですよ。そうゆうの間に合ってますんで」
と言えば、引き下がるのだが、今回は、引き下がるそぶりを一切見せない。それどころか。
「へー彼氏待ちかー」
と言ってニヤニヤとしている。まるで、これからを楽しみにしているような表情だった。そして、男達が言いたくて仕方がなかったのであろうセリフを言った。
「でもその彼氏さん、今ちょっと忙しいみたいですよ」
「じゃあそっちに向かってみますんで。結構です」
私はその言葉を聞き、ゆっくりとした足取りで、千姫ちゃんと一緒に男達の横を通り抜けようとする。すると。
「おいおいちょっ待てよ!」
と、男たちのリーダー格らしきツンツンヘアーの男が、手で道を塞いだ。
「何ですか?」
冷えた目で私が言うと、ツンツンヘアーの男が、腹の立った表情でこちらを睨んだ。
「何ですかじゃねえんだよ!お前ら、俺たちの言ったことが理解できなかったわけじゃないよなぁ。お前の彼氏さんが痛い目が痛くなかったらおとなしく俺たちの言うことを聞くんだな。」
ツンツンヘアーの男は冷静さを取り戻しつつ、私達に命令をした。だが、私はツンツンヘアーの男に説明されるまでもなく理解していた。だが、今私達の目の前にいる程度の相手なら、誠が負けるはずない。私は、それほどの信頼を誠に置いている。昨日、千姫ちゃんと戦い敗北したと聞いたときはびっくりしたが、それでも誠の強さへの信頼は揺るがない。だが、誠は事後処理などで遅れるかもしれない……だから、こっちは私達で何とかしないと。
「大丈夫よ。痛い目見るのはそっちだから」
私が冷ややかに言うと、予想通り、ツンツンヘアーの男は激情した。
「なんだと!調子乗ってんじゃねぇぞこの女!」
ツンツンヘアーの男は、私の右腕を左手で強く握ってきた。少しの痛覚が走った。加えて、もう片方の手で殴りかかろうとしてきたが、「龍さんっ!傷つけるのはダメですよ!」とツンツンヘアーの部下らしき男に止められ、動きが止まる。私は、そこを突いた。掴まれた方の手を捻って逃れ、そのまま掴まれていたツンツンヘアーの男の腕を掴んで引っ張り足をかける。すると、意表を突かれたのか、ツンツンヘアーの男は私の思い通りにつんのめる。私は後押しとばかりに、ツンツンヘアーの男の右肩を掴み、地面に叩きつける。ツンツンヘアーの男は、肩と後頭部を打ち、「ごはっ!」と口から空気を漏らし、脳を揺らされたからか、現状を把握できずに、地に仰向けで硬直していた。
「龍さんっ!」
ツンツンヘアーの男の部下らしき二人の男は、上司が倒されたことに驚いていたが、すぐに逆上した。少し前に自分で言ったことを無視して、二人の男は私に殴りかかる。私はとっさに構えたが、その必要はなかった。なぜなら、終始のけ者にされていた千姫が、二人の男の後ろに回り込んでおり、大きく振りかぶった力強い蹴りで、二人いっぺんに薙ぎ倒してしまったからである。私は肩の力を抜き、「お疲れ様」と千姫に言葉を投げる。千姫は、「そっちこそお疲れ様です」と表情を変えずに言った。だが、そのすぐあと、千姫は少し表情を変えた。そして私の太ももに水が流れる感触があった。そのため、スカートの位置から太ももの水が流れた感触のあった場所に触れると、そこには切れ目があり、スカートが紅く染まった。私がそう認識すると鋭い痛みと、熱さが伝わってきた。私はその出来事に、少し体をふらつかせるが、何とか踏み留まった。すると、私が気づかぬ間に、ツンツンヘアーの男がすぐ横に立っていた。ツンツンヘアーの男は、頭を押さえながら言った。
「少しは驚いたか?俺は頑丈さには自信があるんだわ。あとそれは、餞別だ。俺の面子と部下の分だ。少なく見積もってたから、感謝しろ。……あーあ、誘拐失敗と命令違反でどんな処分を受けるのやら」
ツンツンヘアーの男は、少し冷静になった言葉使いで話し、しかし怒気も溢れさせながら言った。彩芽は焼けるような痛覚に顔をゆがませながら、何とか両眼でツンツンヘアーの男を見据える。するとツンツンヘアーの男はニヤッと笑い、突然踵を返した。そしてすぐに、この光景を見ていた人ごみに姿を隠してしまう。右太ももを切られた彩芽とツンツンヘアーの男の部下を拘束していた千姫は、下手に追うこともできず呆けていると、焦った様子で私たちの下に誠がやってきた。誠は、少し重めの空気の中、二人と千姫に捕縛された男たちを見つつ言った。
「大丈夫か?」
その言葉に、彩芽達は柔らかに笑う。
「遅いわよ」
彩芽は安心感と虚脱感を織り交ぜた声音で言った。