第四話 歴史……
わたしたちの学園、もといわたしたちが住んでいるこの場所は、壁に覆われた隔壁国、『未来』と呼ばれる国である。この国は、壁によって守られていた。星変暦零年、世界は『厄天災』と呼ばれる、世界を塗り替えるほどの厄災が起き、その時蔓延した粒子が生物に悪影響を及ぼすもので、様々な動植物が死滅していった。人間も道を違えることなく、死滅の一途をたどっていった。しかし、人間の中にはその粒子に耐性を持ち、死ぬことを免れた人間たちがいた。その人間たちが粒子に順応、または狂化された生物、総称を『魔獣』と呼ぶ怪物から、狂化されなかった人間などの生物を守るために、各所で『未来』のような隔壁都市を築き、人間の安全を確保した。その後、人間は徐々に領地を――
「誠~おーいまっこっとさ~ん?」
西区白波学園の一年生になって二週間になる俺が、ノートに授業の内容を書き写していたら、隣の席でノートに落書きをしている明るい表情をした少年、信楽 友也が話しかけてきた。
「なに?」
授業中のため、俺は声を小さめにして話した。
「誠、今日暇か?今日一緒に飯食いに行かねー?」
だが友也は気にしないとばかりに通常の音量で話した。
「悪いな、友也。今俺お金はあるんだ。だからいけないかな」
「なんだよそれ!その言葉はまるで俺が嫌で来ないって言ってるみたいじゃないか?」
引きつった笑みを浮かべながら友也は返答する。
「ないない俺がお前を嫌で行かないとか百パーセントないわ」
「なんだ、よかっ……」
「二百パーセント中な」
「な、」
俺は珍しく真面目に授業を受けていたところを邪魔された腹いせに少しからかってやると、友也は数秒絶句したあとにいじけた様子でそっぽを向いた。
「あーそうかよー。じゃーもう誘わん」
まぁ俺も冗談だったので、許しを請うべく両手を合わせる。
「悪かった、冗談だ。実は俺も今日は暇なんだ。付き合わせてくれ」
「な、なんだ冗談かよー。じゃっ、決まりな!いつもの喫茶でいいよな」
友也は俺の冗談を驚いたように軽く流し(あるいは本当に驚いている)、了承してくれた。友也とは、彩芽よりは短いがほどよく長い付き合いなので、俺の冗談に気づいていてほしいと思いつつ会話を続けた。その時だった。
「じゃあ新藤、今やっている所、答えてもらえるか?」
歴史を担当する我が教室の髪が長く赤い縁の眼鏡をかけた男性担任教師、照島 童二先生に当てられてしまった。照島先生は、話すのをやめなさいと言う(そうとしか言い様のない)目で俺を見つめながら回答を待っている。当てるなら話しかけた方の人間に当ててくれ、と自分のことを棚に上げつつ思ったが、当の本人はまるで何もしていなかったと言わんばかりの美しい姿勢でシャーペンを扱っている。現実を逃避しかけていた俺だが、周囲の視線に引き戻され、少し焦りつつも黒板と教科書を照らし合わせる。が、風に悪戯されたのかなんなのか、自分が見ている場所と黒板の文字がとが合致しない。回りに助けを求めるために顔をあげると、照島先生と目が合う。先生は時間制限とばかりに時計の秒針と同じ速度でまぶたを痙攣させている。その反応に軽い恐怖を覚え、もう観念しようかと口を開きかけたとき、回答待ちの視線以外の視線に気がつき自分の前の席を見る。すると、目でなにかを必死に訴えかけている少女と目があった。その彼女の手を見ると、両手の指で二十三と表していた。俺は、急いで教科書の二十三ページを探しだし、黒板の質問、『分離寄生命体とは何か、適当に答えなさい』に、回答した。
「人間に寄生し、人間とともに生まれ、人間とともに死ぬ。人間との共存生物、とみたいな感じでしょうか?」
「まぁ、……良いだろう。分離寄生命体と言う生き物は臍の緒がまだ付いている胎児の時期に、寄生する。そのため、胎児の体は分離寄生命体を体の一部としてとらえる。じゃー次に答えてもらうのは……信楽。分離寄生命体の主な食事は?」
回答は間違っていなかったらしく、照島先生は目で次からは気を付けろよ、と訴え授業の続きを始め、次に友也を当てる。
「は、はい!……えっと、寄生した人間の血、ですかね?」
友也は先生の機嫌を窺うように下から回答をした。
「正解だ。正確には血液内の赤力粒子の話になるのだが、まぁこれはあとで話そう」
こちらも正解だったらしい。俺は、先生の話を一度意識から除外し、先ほど助けてもらった礼をするべく前席の少女に話しかける。
「さっきはありがとう。助かったよ」
と、前の席の紫がかった髪が特徴のしっかりおっとり系少女、永津希 紫穂に静かな声で話しかけると、紫穂は少しだけ後ろを向き、柔らかな声で答えた。
「ううん、お役に立てて良かったよ~」
俺はその言葉にもう一度ありがとうと言った。
「危なかったな。だけど答えられて良かった良かった!」
と、諸悪の根源たる友也が、まるで第三者かのように話しかけてくる。
「良かったじゃないから、良かったじゃ」
「そうよ、良かったじゃないわよ。そもそも貴方が話しかけなければ良かったのよ」
俺が友也に反論しようとしたが、友也の斜め後ろから、他の少女が割り込んで話に参加してきた。
「なんだよ美幸!お前には関係ないだろ!」
友也に子供のような反論をされたケモっとした活気のある少女、工藤 美幸は少し呆れながらも言葉を重ねた。
「そもそも貴方が授業中に話しかけること自体がいけないの。普通そんなことは休みの間に話せばいいじゃない」
「いいじゃないか!今思いついたんだから!ってゆうか美幸!おまえには関係ないっていってるだろ!」
「……あのー、そろそろ静かにした方が、」
「「誠は黙ってて!!」」
俺が関係のある話をしているのに俺に発言権はないらしい。だがまぁいいだろう。この際俺はこの喧嘩に一切関与していないことにしよう。そうすれば少なくとも俺は怒られずに済む。
「……おい、工藤、信楽」
びくっ、と言う言葉が似合いすぎるぐらいの反応見せた二人は、瞬時に口を閉じうつむくが、時すでに遅し、照島先生の逆鱗に触れていた。
「お前ら後で、職員室に来なさい」
「「……はい」」
縮こまる二人をしりめに先生は授業を続ける。
「じゃあさっき話した赤力について、遠見、お願いできるか?……っと、だれか遠見を起こしてやってくれ」
「真十花!起きて!」
紫穂が自分の前の席ですぅすぅ寝息を立てながら寝ている童顔の少女、遠見 真十花を懸命に起こそうとしているが、一向に起きる気配がない。紫穂は何かを決心した様子で上体を起こし、真十花に顔を近づける。すると、真十花はまるで今まで起きていたかのような速度で突っ伏していた体を起こし、先生の質問に回答した。
「赤力とは、厄天災の際蔓延した粒子体の俗称であり、正式な名称は異赤粒子と言う。異赤粒子は肉眼では見ることがかなわないが、厄天災後に誕生した生命の多くの血液に混入した異赤粒子を意思により、超常現象を現実のものとして一時的に存在させることによって、粒子の光のみを見ることができる。その他、赤力が起こす現象は……」
「待った」
寝起きとは思えない饒舌さで教科書も見ずにすらすらと話し続ける真十花だったが、照島先生の静止によりその口は止まった。
「百点、いや百点以上の回答だ。だが、これ以上は教科が変わってしまうからな。回答ありがとう。でも授業中にはあまり寝ないようにな」
照島先生の言葉に真十花は、「はーい」と返事をし、まるで電源が切れたかのように机に突っ伏す。先生にとっては毎度のことであきらめつつある。その時真十花が器用に頭だけを後ろに向き紫穂に「約束守ってよ」、と言い、もう一度眠りにつき、授業が再開された。俺は、ふと紫穂と真十花の会話が気になり、紫穂に話しかけた。
「なぁ、紫穂。どうやってあの真十花を起こしたんだ?なんか約束を守ってみたいなことも言ってたけど」
俺の問いに紫穂は柔らかな苦笑いをし、答えた。
「真十花に今日喫茶店でケーキ奢るよって言ったの。あの子、食いしん坊だから」
「へ~、そうだったんだ。あ、と言うことは今日喫茶店に行くんだよね?」
俺の問いに紫穂はそのつもりだよと言い、その後、「あっ」と思い出したように紫穂が察した。
「そういえばさっき信楽くんと誠くんが喫茶店に行くって話してたね」
「そう」、と俺は言い一旦紫穂から視線を外し、隣の席の友也に視線を送る。友也はすぐ俺の視線に気づき、要件を促すような視線をした。
「友也、今日紫穂たちも喫茶店に行くらしいんだけど。どうだ、どうせなら一緒に行くとこにしないか?」
友也は一秒の迷いもなく返答した。
「いいじゃん!それ賛成!」
大音量の声で。




