第二十七話 モデル試合の時間
俺は、ゆっくりと先で刀を持ち、凛とした目をし、正眼の構えをとっている刃境さんを見据え、直立し、始めの合図とともに、太刀を《《納刀》》した。そして、左手を前に突き出し、右手で左腕を掴み、詠唱する。
「『五枚の花弁と、五枚の萼、五つの雄蕊に、一つの雌蕊、計十六の花の砲弾が、無残にも眼前を灰と化す、静かにたたずむ、赤く無慈悲な花砲台、上位術式、一花十六砲』……発射!」
先ほどとは違い、威力を下げない一花十六砲は、前回と違い少し大きく、五メートルほどで、金属が如く赤鈍い光を放っている。そして俺の発射合図とともに、強く光り輝き、前回より太く大きな熱ビームが発射された。花弁と萼から中型のビーム、雌蕊から大型のビーム、そしてその雌蕊ビームを取り巻くように飛ぶ雄蕊の小型ビーム。計十六のビームが刃境さんへ飛んでいく、俺はその雌蕊ビームの切れ目、背後に付き、一花十六砲がエネルギーを使い果たし、消えさった瞬間に、隠れるように前へ進む。刃境さんは前回の攻撃で、背後の警戒を怠らないだろう、それこそ全方位を警戒だってありうる。だが後ろに力を入れる可能性が高い。それは、二度も同じ手を打っては来ないだろうと思っていても、つい警戒してしまうものだ。俺は底を利用して、一つだけビームを後ろに回り込ませ、そちらに注意が向いたところで、雌蕊ビームとともに、正面から攻撃する。そこも読まれるかもしれないが、その次の攻撃手段も考えてある。そう考えつつ、雌蕊ビームの後ろを疾走していると、刃境さんの詠唱が聞こえてきた。
「『純粋な水の精霊よ、二柱の水流より水弾を、破裂、炸裂、攻撃せよ、目先の命を攻め立てよ、元最位術式、水伐柱』」
刃境さんの声に反応し、二柱の水流が体育場の地面から出現する。その水流から沢山の水弾が、永続的に発射される。その水弾は、ビームとぶつかり合い、じりじりとビームが押しているものの、その分水弾がビームを削っている。八割ほどビームが削られるが、ビームの先は、刃境さんに迫っていた。そのため刃境さんは、距離を開けようと右足を下げる。そのタイミングで、背後からビームが飛んでくる。刃境さんはそちらに意識が持っていかれたようで、水流の攻撃速度は上がったものの、赤力の消費量が上がった気がした。これなら、熱ビームが消える前に水流の水弾が止まるかもしれない。もし水弾が止まる前にビームが消えたら、自力で水弾をどうにかしなくてはならないが……そんなことを考えていると、水流からの水弾が消えた。ビームはまだ残っている。そのビームは、右足を大きく下げ、体が半身後ろを向いていて、スキにしか見えない刃境さんに直進する。すると、刃境さんは刀を持っていない左手の人差し指を素早く動かした。その瞬間、水弾を打てなくなって、あとは消滅するのを待つだけであった《《水流》》が、刃境さんめがけて飛ぶ二つのビームに割り込み、体当たりした。そしてビームと水流は消滅した。俺は、その時に生じた大量の砂塵と水蒸気に姿を隠し、迅速に刃境さんの背後に移動した。今までの経験上防がれる可能性が高いが、少なからずダメージは与えられるだろう。そうしたらその後の攻撃にもつなげやすい。もっとも当たってくれるのが最良なのだが……俺は考えていたことをいったん頭から排除し、一撃に集中する。柄を掴み、山形に湾曲するように抜刀をした。『新藤悠漸流抜刀術中伝《しんどうゆうぜんりゅうばっとうじゅつちゅうでん》、風斬り刃』である。砂塵と水蒸気で溢れた空間に切れ目を入れながら、がら空きの背中へ……当たることはなかった。刃境さんはまだ振り向けきれていないが、刀だけを背中へ持っていき、当てることによって威力を弱め、峰を背中に受けたのだ。これだけでも三割ほどダメージを軽減しただろう。だがこれだけではない。刃境さんは、峰が当たる前に地面を蹴っており、+《プラス》で威力を下げていた。結果的にダメージは半分を大きく下回ったであろう。対応がばっちりすぎて驚きが隠せないが、俺は次の攻撃に移るため、太刀を受け流されつつも強引に振り斬り、そのタイミングで体操着の襟元に手を入れ、三本の銀色ダガー(先生の許可を取り済み)を抜くとともに、詠唱を始める。
「『影よ、立体と成れ、写影!』」
簡略化された詠唱をし、ダガーを持った手首を振ると、ダガーの裏側から装飾などは簡略化されているが、ほぼ同じ形で、同じ重さな、漆黒のダガーが現れた。そして計六本となったダガーを投げると同時に、自らの太刀を真上へ振り投げ、空いた右手を地面につけた。次の攻撃の準備である。
「赤力点」
俺は地面につけた手に力を込めながら一言呟き、その手を軸にして回転し、刃境さんをまっすぐ両目でとらえた瞬間、降ってきた太刀を左手でつかみ、それと同時に後ろに跳んだ。その頃刃境さんは、六本のダガーのうち二本を避け、三本を弾いていた。そして残りの一本は、うっすら見えた限りでは、飛んできたダガーの先端を弾き、その場で高速回転しているダガーの柄の部分を二本の指でつかんでいた。
「やっば……」
と、衝撃的な対応をされ、驚愕しながら俺は《《タイミングを計る》》ためゆっくり距離をとる。そして目的のタイミングになり、俺は、全力で刃境さんに向かって走る。そのタイミングとは《《瞬き》》である。俺は、瞬きの瞬間が判断できる距離で、刃境さんがまばたきをするタイミングを計ってきたのだ。そして瞬きが終わるまでに、音無く刃境さんの後ろに回る。刃境さんから見れば、俺が走ってきたと思えば一瞬で姿を消したと思うだろう。『新藤悠漸流動術中伝《しんどうゆうぜんりゅうどうじゅつちゅうでん》、幻走』である。俺は、刃境さんの優れた反応速度で察知される前に、左手で持っていた太刀を右手で裏手持ちし、振り抜く。『新藤悠漸流剣術初伝、龍頭刃尾』だ。背後に強い衝撃を突然受けた刃境さんは、防御態勢が取れず、ほぼ百パーセントの攻撃を与えた。
「つぁ……」
刃境さんは耐えきらずに口から空気が漏れる。そのまま前に倒れそうになるが、前に大きく飛ぶことによって、まるで猫のように空中で回転してこちらを向き、四つん這いで着地する。そしてクラウチングスタートのような構えで、こちらに跳んできた。俺は、刃境さんが空中に跳んだ時にそれを察し、すでに前へ走っていた。お互い袈裟斬りで勢いよくぶつかり合い、鍔迫り合いの状態で停止する。だが長くは鍔迫り合いをせず、力強く押した後、後ろに引き、横宙返りで跳び上がって斜め上から鋭い振り下ろしを行う。『新藤悠漸流剣術中伝《しんどうゆうぜんりゅうけんじゅつちゅうでん》、蛇行閃』である。変則的な動きで、急激に速度を上げた俺の太刀を上空から振り下ろす。それを刃境さんは真正面から防御する。威力などを捻りを加え高めたため、それを受け流さず防御したら、手足がしびれてすぐには動けないだろう。俺は念押しのために強く刃境さんの刀を押して後方に跳躍し、しっかりと着地して、手を地面に付きながら言葉を発す。「『爆誕せよ、大地の刃よ、爆刀凄創』」と俺が言うと同時に、刃境さんの真下、つまり設置した赤力点から、巨大な岩の刃が轟音と爆発爆風と共に現れた。刃境さんは出現時の爆発爆風に巻き込まれ対応が取れず、刃に押され大きく打ち上った。それと同じタイミングで俺は太刀を地面に刺し、空になった両手で弓を持っているような形にし、打起こしから引分けまでを形だけ早く行い、会の状態で詠唱する。
「『風で出来た、無影の弓也、未目視の弓』『火炎の矢よ、数多になりて、射貫け、一火・数多』」
すると、俺の手に透明な弓が現れ、そこにつがえられている赤い矢が小刻みに震えている。そして俺は全力で離れを行うと、赤い矢はものすごい速度で飛び、震えていた矢は震えるごとに分離して、数十に及ぶ無数の矢となり、岩の刃に打ち上げられている刃境さんに向かう。その光景をうっすら確認し、俺は岩の刃を走って駆け上がる。そして登り切り跳び上がったところで、岩の刃は上昇をやめ、運動エネルギーが残っている刃境さんは弾き飛ばされる。そこを狙い、落下の運動エネルギーを込め、大上段の構えから刃境さん向けて振り下ろす。『新藤悠漸流剣術中伝《しんどうゆうぜんりゅうけんじゅつちゅうでん》、山斬』を行った。
「ハアァァ!」
俺が全力で振り下ろすと、刃境さんは防御を出来ずに攻撃を受け、ものすごい速度で地面に落下した。子の威力の攻撃を与え、この速度で落下すれば、残りヒットポイント全損まではいかなくとも、ヒットポイント一割以下にまでもっていき、さらに行動不能にできる可能性は大いにある。そんな予想をしながら、俺はゆっくりと態勢を立てなおしていると、ドンッっと地上に刃境さんが衝突した音がし、砂ぼこりが舞う。その直後、砂ぼこりが急に晴れ、巨大な光のレーザーが向かってきた。一目でわかった。あれは『最位術式、光龍片鱗』だ。と、俺が認識しているうちに、光のレーザーは俺を飲み込んだ。
「イッ……!」
巨大な光のレーザーを数秒浴びながら、これが練習試合でよかったと、心の底からそう思った。




