第二話 ありふれた朝
俺が目を開けると、ポニーテールを揺らし、のぞき込んでくる俺の幼馴染みの少女、椎名 彩芽が寝床すぐ傍にいた。
「あっ、やっと誠起きた!おはよう、もう朝よ!」
彩芽は俺が目を開けることを確認すると、満足げな笑顔をした。
「あぁ、おはよう彩芽」
俺は、さっきまで見ていた夢を脳内から振り払うように頭を振ると、勢い良く立ち上がる。彩芽はその行動にあまり気にした様子もなく、自室を出ようとする俺についてくる。
寝起きの覚束無い足で階段を下り、居間にたどり着くと、机の上に豪勢な朝食が並べられていた。
「おぉ……」
俺が驚いていると、彩芽が自慢げに胸を張った。
「ど~お?自慢の料理よ!」
慣れつつある料理だが、毎日違う内容にもかかわらず、いつも手抜きのない料理が、小さい机の上に並べられていることに、いつもながら驚いている。
「さ!早く食べよっ!」
彩芽が俺の話を軽やかに流しながら椅子に座り、俺を手招きする。俺は軽くため息をついて椅子に座った。
「「いただきまーす」」
俺と彩芽は一緒に両手を合わせた。
「うん、やっぱりおいしいな」
「えへへ~」
俺が味噌汁を啜りながら褒めると、彩芽がとろけた笑みを浮かべ、喜んでいた。
「毎日悪いな、彩芽」
「ううん、いいのいいの~、だって誠のお母さんとの約束だもん!」
彩芽が笑顔で行った言葉に、俺は笑うことを忘れたかのように顔を暗くする。
「……母さんはもういないから、その約束も効果切れなんじゃないか?」
俺は少しトーンの下がった声で話した。俺は、一年前に母を亡くしていた。それから、母の話をすると母が死んだ悲しみを思い出してしまい、心が沈んでしまうのだ。その表情を見た彩芽はいつもより優しさを多く含んだ明るい声で言う。
「私はお母さんと、誠のことをずっと守るって約束したの。これは私が誠のお母さんとの約束を守りたいからやっているわけじゃないの、って言ったら怒られるだろうけど私はただ誠と一緒に居たいから、だから誠のお母さんとの約束も続いてるの。それ以前に私は誠が心配なのよ。私がいないとろくなご飯食べないんだから。だから気にしないの。」
「あぁ……ありがとう」
彩芽が捲し立てた優しい言葉に、俺はその言葉が真実であることを祈りながら、心を落ち着かせた。
「あ、麦茶いる?」
俺は「頼む」と言い、彩芽にコップを渡す。柔らかな笑み浮かべながら、俺の湯呑みに麦茶を注ぐ彩芽を、俺は落ち着いた目で見ていた。
「はい、麦茶。んっ?」
彩芽が俺に麦茶を渡してきたあと、不意に俺の後ろに目を向ける。そこには一匹の灰みの強い深緑色の体毛の狼が緑色の目を細く輝かせながらこちらへ歩み寄ってくる。それを暖かい目で見つめていた彩芽は台所へ向かい、丁寧に皿へ盛り付けられた薄切り肉を取ってきた。
「天風~お肉だよ~」
彩芽が皿を地面に置き、薄切り肉を手に、ひらひらとさせながらがたいの良い狼、天風を呼び寄せる。すると天風は眠そうにしていた目を開き、そろそろと彩芽がひらつかせている肉に向かって歩を進める。長めの時間をかけて、肉の下へたどり着いた天風は、くぅーんと鳴きながら彩芽の持っている肉を物欲しそうに眺める。
「あーん、はい、お食べ~」
天風の口元に肉を近づけた彩芽は、ぱかっと口を開けた天風の口の中にぽいっとお肉を放り込み、それを天風はおいしそうに咀嚼する。それを満足そうに見ていた彩芽を見ながら言った。
「そんなにうちの天風ばっかりにかまっていたら、薙摘が嫉妬するぞー」
何気なく発した言葉に彩芽は、俺の方を向きながら分かりやすく微笑み、
「大丈夫よ。薙摘にはもうお肉あげたから」
楽しそうに微笑む彩芽を横目に、俺は食事を再開した。