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第一話 玉つるまるのこと

執筆時間が少なく、時代考証の甘いところが散見されると思いますがご容赦願います



昔、加賀の国須川の里のもののふ、まつのおのぶたかという男がいた。

まつのおのぶたかは、勇猛果敢なもののふであった。若き頃は流浪の身で、商人を守ったり、戦乱に参加し敵を倒す等を主にする傭兵の身であったが、28のころに加賀の国をわがものにせんとたくらむ者の首を討ち取った功績で土地を賜った。妻になる美しき女を娶り、

土地に腰を据えて、よく治めた。兄の玉つるまると妹の玉つるひめという二児が無事に産まれたが、妻は妹の玉つるひめを産んでからというもの、妻と子供と共に数年、男はこれまでの辛苦の人生を取り返すかのような光輝くような幸福なる生活を送っていた。しかしながら、あるとても暑い年に妻は重い熱病に罹り、間もなく息を引き取った。兄が11、妹が6のころであった。男はひどく嘆き悲しみ、比叡山からやってきた聖が営む寺に手厚く葬った。

時が経ち、玉つるまるは今年で16になる。立派なもののふにしようと期待をしていた父は、彼に毎日稽古をつけていた。

もののふは騎射がその主たる技能であった。のぶたかは弓矢を携えるときに口にもう一本矢を咥えながら走るという奇天烈な技術を持っていた。これは、一発目を放った後、すばやく二発目を発射するためであるとのぶたかは言った。

かの兼好法師の著に、初心者であれば、諸矢を手挟んで、的に向かうことは、怠け心が産まれ、腕が上達しないので、憚られるという記事があった。

一方、彼の場合は馬を疾走させながら、動く敵の首を射抜き、瞬時に口にくわえる矢を掴んで、発射し、敵の眼球を正確にぶち抜くという、恐ろしき神業を身に着けていた。しかも、彼はこの技能を11になる娘の玉つる姫の年齢のころには行っていたのだから、天才というものが世の中にはいるものなのだなと考えさせられてしまうものである。

さて、息子の玉つるまるは学問の才能があった。母の死以来、玉つるまるは頻繁に寺に墓参りに行くのだが、その際に聖より仏道の指導を受けていた。彼は熱心に指導を受けており、聖は彼のことを、稚児の愛くるしさも相まってか、気に入り、本格的に仏典を教えた。11のころには、結構な数を読みこなしており、夏の間は何週間も寺に引き込もって、透き通った美しい声で読経を行っていた。読経をしている時の玉つるまるの表情は鬼気に迫るものがあり、その深い集中は周囲の声が聞こえなくなるほどのものであった。

 どうやら才は二つ以上は与えられないものらしい。父の得意とする武芸の方はいまだに弓の持ち手もおぼつかないほどであった。父は一人息子に対して非常に強い期待をかけており、息子の指導に熱心だったのだが、片手では指折れない数の年月が経っても全く芽が出なかった。父の落胆は激しかったが、なおあきらめず、『熱心に丁寧に何回も教えればきっとうまくなれる』と信じて息子を稽古場に臨ませた。

さてさて、今年で除夜の鐘よりも多く入った今日の稽古場で父と従者に見守られながら、玉つるまるは的に向かう。玉つるまるの弓の持ち手がおぼつかないので、父はまたまたしても手取り足取り丁寧に何回も構え方と、撃ち方を丁寧に何回も教えた。

玉つるまるは狙いを定めて立てられた的の中心部に飛ばすが、外れて塀にあたってしまった。

まぁ、一発目だからと、父は二本目を従者に渡させるが、それも塀に。

従者に無言で三本目を渡され、放つが明後日に向かってしまう。

塀には何発も当たって傷痕跡があり、中には穴が開いているものもある。

その穴からのぞいていた里のガキ共がくすくす笑いながら玉つるまるをはやし立てていた。

『たまつるつるたまつるまる、あっちのほうへ、とんでいけー』

主人は彼等を一喝した。子供たちはきゃあきゃあ言いながら逃げていくが、すぐにまた戻ってくるだろう。

玉つるまるは、父に恥をかかせない為にも今度は確実に当てねばならない、と思いつつ的に向かうが、先程はスムーズに放つことができたのに、今度はなんと、構え方、うちかたを忘れてしまい、その場に立ち尽くしてしまう。

父は、「どうした早く構えんか」と低い声で言うと、玉つるまるはあわてて構えようとするが、構え方がわからなくなってしまったので、なんとか思い出そうと、両腕を右往左往させる。

「こうだったかな、いやこうだったかな、ひょっとしたら、こうかも・・・」

と頭を捻り捻りと回しながら舞を舞うようにくるくるしていると、父が園内に響き渡るほどの大声で一喝する。

された玉つる丸、「わかんないんだよぉ、しかたないじゃないかぁ」と小声で泣きわめき一喝されて逆に混乱して、ぐるぐるぐるっとした動作をする玉つるまるに、傍らで片膝をついて、矢をお行儀よく縦に携えていた従者は、ずっとこらえ続けて稽古当初から耐えつづけてきた理性の堰が決壊して、とうとう爆笑の洪水が起きてしまった。笑い声は屋敷中に響き渡った。

従者は流れ出た洪水をなんとかとめようと、携えていた矢を振りすてて、くちを積まれた土嚢のように慌てて押しとどめるも、覆水盆に返らず、「ぷうぅぅんんん・・・」と隙間から吹き出してしまい、抱腹絶倒。呵呵呵呵呵。

振り落とされた矢が主人の方に転がっていってしまうと、呆れていた主人、わなわなわなわな震えだし、怒りで顔を真っ赤にさせて、すぅっと立ち上がる。従者は主人が怒りを超越して笑顔でずんずんとこちらに近づいてきたので、成敗されると思い、これ以上ない恐ろしさをいだいて、そしてスイッチを押されたように笑いがぴたりと停止し、代わりに汗がドバドバと火砕流のように噴き出てきて、顔が真っ青になる。

「ああ、しまった、とうとうやってしまった。俺の人生も終わりか、

でも、あまりにもおかしいんだよぉ、しかたないじゃないかぁ」

従者は胸の内に必死に弁解する。彼はかつて里のガキ大将だった。微笑む主人が目の前まで近づいてきて、影が顔にかかると、見上げる従者は『このまま死ぬぐらいならば、いっそのこと』と、窮鼠、塀を飛び越え逃亡開始。

主人はその後ろ姿をにらみつけたあとに、後で一族郎党殲滅せんことを決意してから、もう一度玉つるまるに対し、息子のなまっちょろい腕をつかんで、手取り足取り丁寧に教えていく。

玉つるまるは納得して、ああこうだったこうだったと感心したように言うと、今度はうまく構えて、的の方に向かい、放った。そうして放たれた矢は明後日の方向へと飛翔して、飛翔して、飛翔して、めぐりめぐって、先程「ぷう」と笑った従者のケツの穴に突き刺さってしまった。そしてもどってきたガキ共に、何に使うのか用意してきた糞棒を使って彼の横っ腹をつんつん突かれる始末。

 玉つるまるの矢が全く当たらないことに父は、とうとう激怒して弓を奪い取り、玉つるまるの体をしたたかに打った。

「どうしてあたらない!どうしてあたらない!」と高い声でヒステリックに連呼する。

「私の息子なのに、私の息子なのに!私の息子なのに!!」


・・・武士というものは己の嫡男に対して強い期待を込めて育てるものである。これは、いつの世、どこの場所でも同じである。武芸の天才も、最初に産まれた男の子に「きっと自分の息子は自分以上に才能を持ったもののふになるだろう」と強い期待を抱いていた。しかし、実際のところは息子の体が堅強とは言えず、栄養価の高い上等な物を食わせようともなぜか小鳥のようになまっちょろいままだった。聖は、『傭兵のころに人を殺めすぎたためだ』と熱心に仏道に勧めるが、のぶたかは納得しなかった。

自然が人間の力をはるかに上回っていた中世では、飢饉や戦乱によって明日死ぬかもわからなかった。だから、力の強いところに人が集まってくる傾向があり、この里が他の里と比べて安定した治安であるのは、武芸の達人であるまつのおのぶたかが治めていたからであった。しかし、息子は武士として使い物にならないほどの弱さであった。

民の不安は、領主のまつのおのぶたかにも勿論伝わっており、彼は焦りを抱いていた。

彼の焦りと民の不安によるまつのおのぶたかのストレスは時折、このような極端な形に現れた。

 相当に強い力で打ち付けている弓は跳ね上がるほどで、玉つるまるの体は打たれるたびに震え上がる。玉つるまるは、それでも声一つ上げずに地面にへばりついてこらえていた。

彼の顔は痛みをこらえるというよりもむしろ虚ろな表情であった。

『ああ、早く終わってくれないかなぁ』

失敗による父の折檻は、稽古の度にあった。自他ともに天才と認められているまつのおのぶたかの畏怖は、子供を委縮させるもので、玉つるまるの弓射が上手くできないのはもしかするとその影響もあったのかもしれない。

父が息子を何度も何度も殴り続けるうちに、ついに弓の笄が折れてしまった。

折れたものは、からんからんと音を立てて転がった。

まつのおのぶたかは激しい動悸を繰り返し、絶え間なく汗を流している。親子は見合っていた。玉つるまるは父のしわのよった表情を見て、失っていた精気を取り戻した。

突然立ち上がり、『ぷっ』と口内に溜まっていた血を傍らに飛ばす。さっさと口元を袖にぬぐい、体の埃を払い落し、一転決意を固めて稽古場を出ていった。まつのおのぶたかは、何かものを言おうと口を開きかけたが、立ち尽くしていただけであった。

玉つるまるは前々から考えていた比叡山で学問をするために、家出をした。


2、玉つるひめ

玉つるひめは武勇で髭黒な父の精で産まれたとは思えないほどにかわいらしい娘である。

かわいらしい娘は里中の者たちに愛されてすくすくと育った。幼いころは、野山を駆け巡り、川に飛び込むと魚を手づかみでとるようなたくましい子であった。11歳のころには髪もやや伸びて束ねるようになった。大人の仕事も手伝うようになり、衣服を作るようになった。だが、まだまだ子供で遊び盛りであった。


兄の出家を知ったのは、子供たちと共に真夏の川で魚釣りを楽しんでいたときだった。

皆で童歌を歌いながら、魚を焼いて塩をかけてハムハム食べていると、

『あ、にいちゃん』と稚児が走りくる下人を指さして言った。

玉つるひめは下人がやってくると、余った塩焼魚をあげた。下人は首を振って、すぐに『屋敷へとお戻りください』と言った。

『戻らないわ、又あたしをたしなめようっていうんでしょ』と再びかじりだした。

下人は

『そうではありません!・・・とにかくお戻りください!』

と普段は子供たちに混ざって釣りに参加をしているような男が普段とは違ってあまりにも慌てているので仕方なく、塩焼き魚をほおばりつつ、屋敷に戻った。

『一体何があったの?』屋敷では下人下女がバタバタ走り回っていた。すると、父が庭にある石にアシカの皮をしいて座っていた。

『お父様。ただいま戻りました。・・・どうなさったの?内にも入らずに』

父は突然立ち上がると、膝を崩して、玉つるひめのちいさな体を抱きしめた。

『魚持ってるから生臭くなりますよ。・・・どうして泣いているの?』

より一層、父は玉つるひめの体を強く抱きしめ、嗚咽をもらした。玉つるひめは困った表情で下人の方を見た。下人は、


兄は寺で髪をそり、聖とともに比叡山に向かったといった。

寺の留守には玉つるまるを笑った下人がつとめていた。彼は何食わぬ顔で坊主頭になっていたが、尻をもじもじさせていた。彼は、来訪者に対して、伝言役を任されていた。彼は、手紙を渡して下人に伝言を伝えた。その伝言を主人に伝えたところすぐに玉つるひめを呼び戻すようにと命令を受けた、と下人は言った。

玉つるひめは父の兄への折檻を知っていた。折檻後の兄はいつも痛々しく、とてもひどいものであるにもかかわらず、兄は何も言わずに虚ろな表情をしていたが、寺の旅支度をする彼はいつもよりも饒舌に、父への不満を述べていた。

『じゃあ、達者でな』

と擦り切れた頬をゆがめ、そう言い残して、去っていった兄の後ろ姿を思い出す。あれは別れの言葉であったのかと気付くと玉つるひめは無性に腹が立った。なんと、ふがいない!西行法師も、妻と娘には出家を話したというのに、自分には一言も言わずに家から去っていったのかと。

今すぐ追いかけたいところだった。しかし、そういうわけにもいかないので、ただため息をつくことしかできなかった。


さて、兄が失踪した夏のことである。

里の男の子たちがほかの里の子供たちを相手に石投げ合戦を行うようなことがあった。都でも流行っている遊びだが、ケガをし、場合によっては死人が出るような危ない物であった。領主はしばしば、この遊びを禁止しようと働きかけたが、見ているほうは何しろ楽しいものだから、水を差すなと言って、勢いはますます盛んになった。

これに玉つるひめも参加した。しかも、団員の切り込み隊長として。彼女は非常にすばしっこく、父譲りの眼も持っていた。飛び交う石弾をひょいひょいかいくぐると、相手側の団長を捕らえてしまった。もみあいになったが、玉つるひめは一回り体格の大きい男子の首根っこを掴むと、恐ろしいほどの怪力で地面に思い切り頭をたたきつける。涙目になっている団長の頭をさらにふみつけて、玉つるひめは背中に隠していた団旗を掲げて勝鬨の声をあげた。子供たちは見たことも聞いたこともない西方の戦神をあがめるような目で彼女を見た後、その名を呼んで称賛した。一部始終を見ていた里の大人たちはもしかしたら彼女が里長になるのかもしれないと言いあった。

『あのいなくなったお兄さんよりも、玉ちゃんの方が強いなぁ』

『あの子が長になってくれるなら、安泰かもしれないねぇ』

玉つるひめは男子顔負けの力を持っているが、このような派手な荒事は好まない子だと思われてきた。それは、父が将来京の都に上って貴族の嫁になることを望んでいて、おしとやかに育っててきたからだった。だが、合戦に参加したのは、摘年の兄が失踪し、里中の者から里の存亡について噂をされているので、決して弱体しているわけではないことを皆に知らせるためにこのようなことをしたのかもしれなかった。


ちなみにこの逸話は英雄譚では終わらない。童話というのは大抵どこか闇があるもので、この話のオチも結構えげつなかったりする。

玉つるひめは相手方の団員たちを藁でぐるぐる巻きにすると河原に運び出させた。

それで何をするのかというと、玉つるひめは顔だけ出して呼吸をしている相手方に向かって、『あったかい』のと『つめたい』のどちらがお好き?とかわいらしい顔を嗜虐的に歪めながら言ったのだ。目の前にはたいまつ、目の先には川があった。

『うわぁ。』がたがたがたがた。

『うわぁ。』がたがたがたがた。

相手方の里の子供たちは敵味方関係なく泣き出した。玉つるひめは毎晩のように父から戦の話を聞かされていて、合戦の後、捕らえた敵をどのように扱うのかもよく聞いていた。

結局駆けつけてきた父達に止められて行われることはなかったが、顔をくしゃくしゃにしている子供たちに対して『どうしたの?』と連呼し続ける玉つるひめは恐怖でしかなかった。


このことが里中に知られてからは『次の里長は玉つるひめに違いない』と言うようになった。子供たちは玉つるひめの女弁慶っぷりをはやし立てる歌まで作ってしまった。さらに、行商人のルートを通じて、国中に知れ渡った。とうとう彼女の武勇は守護の耳にまで入り、

のぶたかあてにそのことについて聞く手紙が届けられた。のぶたかは、織物をする玉つるひめをのぞき込んだ。その後、ため息をひとつついた。娘は妻によく似ていて、苦労を掛けさせたくないのだが・・・。

のぶたかは、貴族の嫁にする望みを捨てきることはできなかったが、今夏から技能の稽古をつけるようになった。


3、兄の事

中世においては、男は住、女は衣と役割を分けられた。食に関しては共同で行った。

菜を摘むのは女の専門、狩は男の専門で、山に分け入り獲物を追った。仏教では殺生は厳禁だが、そのような余裕なんぞないため、逆に狩人を神聖化することで、お茶を濁した。

玉つるまるは妹が男衆にまぎれて獲ってきた猪肉を完食したのち、妹と向かい合って会話をした。

 『ありがとう。おまえさんの獲った猪のおかげで多少なりとも滋養がついた気がするよ』

『別に、私はただ道具を運んでいっただけです。お兄様、それよりも今日のお稽古の方はいかがだったのです』

『ああ。また父上を怒らせてしまったよ』

『・・・・・・。そのように正直に言われると、たしなめる気もなくなりますわ』

『ははは。きびしいね、姫は。』

『お兄様』

『・・・ぼくもわかっているのさ。でもどうやらぼくは前世によほどの悪いことをしたみたいで、思うように動かないんだ。ごほっ』

『・・・お兄様は今年もまた、お寺に参るのですか?』

『そうだね。あそこにはたくさん書物が置いてあって、何とか読み切りたいところだよ

・・・お母様もいらっしゃるわけだしね』

『お兄様は、聖様のようになりたいのですか?』

『唐突だね。うーん。でも、ぼくはどちらかというと、修験者になりたいと思うのだけども』

『・・・・・・。』

『僕は、父上のようにはなれないよ』

『では、誰がこの里を治めていくのです?』

『姫がなればいいんじゃないかな?』

『無責任な・・・』

『でも、この体じゃあ政が上手くいくとは思えないんだ。・・・ちょっとずるいかな』

『ずるいです。何も言えないじゃないですか』

『そうだね。でも実際、姫は顔立ちはお母様に似ているけれど、中身はお父様だよね。

だからっていうわけではないけれど・・・』

『もしも、わたしが里長になったら』

『ほう?』

『お兄様には絶対にびた一文くれてやりません。勝手に野垂れ死んでくださいっ』

『ははは・・・。きびしいな、姫は』



たまつるまるは、失踪前に手紙を遺していた。

手紙はのぶたかの手に渡り、その中の一通が皆衆の前で読み上げられた。突然の失踪から数か月たち、最初は衆の者もそれぞれ憤激していたが、玉つるひめの活躍や、時が経ったことによってそれぞれの憤激も収まってきていた。のぶたかはそのころ合いを見計らって、手紙を座の際に皆に音読という形で公開した。読み上げたのは、のぶたかの傭兵時代からの付き合いで近臣である、安根介。いつもは朝昼晩酒をあおってばかりいるが、今日は軽く呑んだだけである。

手紙は座が始まる前に息子の無礼の詫びを行った後に読み上げられた。

内容は、突然の失踪に対するわびとこれから自分の処遇についての話などであった。そして最後に彼から妹への里長の推薦があげられていた。

会はざわざわとしゃべりだした。玉つるまるは決して、親との確執による発奮だけで行動したわけではなく、綿密に計画されていた。

里の者達は、引きこもるか、寺に行くかしかない彼がどのような人物なのか、あまり知らなかった。下人ともあまりしゃべらない、無口な子だと聞いていたので、この時初めて彼の一面に触れることができたのである。


里の者達は顔を見合わせた。亀吉とのこひこが発言する。

『で、御当主は次の後継者は玉つるひめ様ということできまりなのかね?』

『そうだろうな、何しろめちゃくちゃ強いし』

それに対して太郎兵衛がはんろんする

『ふん。私は、おなごが里を治めるというのは嫌かなぁ』

つづけて次郎べえも言う

『この里は、御当主の武勇でもって治められている里だろ。これまでここいら一帯に住む悪党どもが手が出せなかったのも、御当主の威光あってだからこそ。一方で、いくら乱暴者の玉つるひめが御当主になったとして、彼女に悪党どもをこらしめ、里の男どもを治める技量がありますかねぇ?』


ところで、この里の住民というのは大きく分けて二つの分類がある。一つはのぶたかによって購入された奴隷。当時の東国は奴隷商人が跋扈しており、これを取り締まったのぶたかが解放した奴隷もいる。彼らは奴隷商人によって、小さいころから各地を引っ張りまわされたところをのぶたかに拾われた。のぶたかは彼らを決して冷遇しなかったために信頼に厚い。

今の屋敷下人の多くは彼らの子供である。

もうひとつは元々土地に住む民。のぶたかの威光は評価するが、昔からこの土地を守り続けていたが故に、政治に口を出すことが多い。

太郎兵衛次郎兵衛はもう一方の典型的な人物である。

所戻って、亀吉、柿一男が酒をグググと煽った後に釜の介を力いっぱいに非難する。

だが、太郎兵衛も生活がかかっているからと反論する。すると炭焼きの窯爺が怒鳴った。

『儂はー元々流れ者で、ほかの土地に行こうとしていたところを御主人に助けられたので、

こういう場じゃあちがっているかもしれんがね」

そういって酒を呑んだ。

『ひっく。では、儂は玉つるまる様が里を治めてほしいと思ってるよ。玉つるまる様はすぐにへばっちまう方ですが、大変お優しいかたです。学問にも熱心だ。けれどあまり民と触れ合う機会がないと嘆いていました。儂には、彼が無責任であるとは思えんのです。ええと、口足らずですみませんねぇ」

『そうか、太郎はいつも寺に行く玉つるまる様の案内役をやっているから、わしらよりも玉つるまる様のことを知っているのか』


すっかりざわついた会合に対して安根介は『じゃらんじゃらんじゃらん』と高く怒鳴った。これ以上話をされない為である。それでぴたりと声が静まり返った。

先程から目をつむって無言でうなずいていた主人ののぶたかは静かに目を開いた。何か言おうとくちをぱくぱくさせるが、赤面してしまう。・・・戦場では、鬼のように豹変するが、実は日常生活では極度の赤面症である。

安根介は、酒を何杯かこぴゅこぴゅついで呑ませると若干酔っぱらいながら語りだした。

『息子の跡処置について、さすがにびた一文やらないというわけにはいかないので、多少の金銭面での援助などは行うつもりであります。ただし、里長としての継承権は現在のところ、まだ決定してはいません。娘のたまつるひめの里長就任のうわさが飛び交っておりますが、あれもあれで未知数なところがありまして、判断をするには時期尚早と考えております。

皆様のお怒り等は重々ご承知ですが、今回のところはこれでご容赦ねがいたい。』

といって、ぺこりと頭を下げた。美しい白髪が外から差し込む陽に照らされた。


結局、後継者云々の話はこれで流して、このあとは里の様々な問題を話し合うこととなった。今年の作物の取れ高や、税、最近悪党の数がやたら増えて行商人が来にくくなっていることなどである。

それぞれ話し合って、長くなってしまったので、昼頃に始めたはずがそれぞれ終わるころには、すっかり夜になった。満月に照らされた草露が清風に吹かれてぽたりと零れ落ちた。




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