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SEMAI  作者: 六土里杜
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二章「見知らぬ少年」

 アイツが出て行ってから、数ヶ月が経った。帰ってくる気配など微塵もない。医者から全てを聞いたわけじゃないけれど、俺の所為で出て行った奴の話を聞くのは頭痛を覚えた。


「……気に食わねぇ」


 脚を組み両手をベンチの背凭れに乗せる。見るのも嫌になった世界から逃れるように部屋に引きこもっている。

 引きこもっていても腹は減るようで何かあるのかと確認すれば、全く何もなかったので仕方なしに外に出てくる。見慣れた街に苛立ち、公園に寄ってベンチに腰掛けていると一人の少年がやって来た。

 どうやら手に持っている鯛焼きを食べようとしているらしく、かなり多く購入したようで両手で抱えながら俺とは反対側に腰掛けた。


 ずっと居る意味もないし、話しかけられても面倒なのでその場から立ち上がり、本来の目的食料を買うためにスーパーかコンビニに向かう。

 近くにあったのがコンビニなのでそこに入り、取り合えず一週間分のカップラーメンとパンをかごの中に詰める。どうせ料理は出来ないしする気もないので、食材なんて買っても無意味だ。


 店員にはかなり変な客に見られただろうが、気にしていても何も変わりはしないからいつもの様に閉じこもろうと思いながら、昔住んでいた家を売り、新しくアパートで暮らしている。

 家賃などはギャンブルなどで稼いで払っていてる。それは数ヶ月前と変わりない。学校は既に辞めた。アイツが居ないなら行ったって、何も面白くない。


 帰り道だから仕方ないのか、先ほどの公園の前を通るのだが、確か結構前に見た茶髪の少年がまだベンチに座っていた。鯛焼き食ってんのか、と思って通り過ぎようとしたら、鯛焼きなど一切持っていなかった事に気が付く。


 どうせ友人でも待ってるのだろう、そう思っているのだけれどそういった素振りすらしない。

 どこか一点を見つめ。意を決したように立ち上がった。少年が向いた先にはベンチで居眠りしている大学生だろう。音楽を聴いているためなのか、少年の様子には全く気付かなく、段々少年が近付いて手を伸ばしているのにも気付かない。


「三万七千か……」


 少年の呟きに馬鹿じゃないのかと心中で呟いた。


 あれからそう日も経っていなかったけれど、飲料が切れたので買いに外に出る。同じように公園の前を通ると、少年はじっと、またどこかを見つめている。前みたいに盗みでもするのだろうかなんて思っていれば、今回はそうではなかったようで、木から落ちそうな猫を見つめていただけだった。

 そんなどうでも良い事を思いながら飲料を買いに行けば、帰り道、公園に少年は居なかった。

 公園に用はない、だからそのまま帰ろうとしたら、後ろから「何してるんですか?」と、声を掛けられた。


「……無視しないでください。何してるんですか?」

「何もしてねぇよ」


 言い放って帰ろうとしたら「少し、話しませんか?」なんて言われる。

 話す事もないから断ろうとしていると、俺の手を握ってベンチまで引っ張っていく。強引な奴だなとその時思った。


「引き止めてしまって、すみません……」


 黙っていればその少年は何を思ったのか、単刀直入でズボンを握りながら「一晩、泊めてくれないですか?」なんて、時代遅れな事を吐いてきやがった。

 理由も何も言わず、それに誰かを泊めるなんて反吐が出る事をやりたくはないので、家帰れと言えば「住む所なんてないんですよ」と、俺にしたらどうでも良い事が返ってくる。


「お前が金盗んだ奴でも良いだろうが」


 何で知っているんだという顔はしなかった。もう知っていたのだろう、俺があの場で盗みをするこいつを見ていたことに。口封じのために監視でもするというのだろうか。一瞬、どこかの闇医者の事を思い出した。


「……そうですよね」


 すみません。少年は謝罪して立ち去って行った。俺も暫くして公園から姿を消し、帰宅している。その途中、誰かに後を追われているような気がしたので、角を曲がって待ち伏せをすれば、その正体がやっぱりというか、それしかない。


「さっきの謝罪は何だったんだ」

「どうしても泊めてもらいたくて、ついて来ました。泊めてください! そうしないと今夜野宿なんです! 深夜から雨が降るって高校生も言っていましたし!」


 かなり積極的に強請ってきているが、人を泊めたくないので同じように断れば「泊めてくれるまでついて行きます!」なんて言ってきたので、勝手にしろと伝えた。どうせすぐ飽きて帰るだろうと思っていたから。


「ここに住んでいるんですか! 住人さんはそんなに居ない感じですか?」

「…………」

「無視しないでください!」


 かなり一方的に喋ってきているのだけれど、返答していても面倒なので聞き流していると、俺の目の前にやってくれば今度無視をすればそのフードを剥がすなんて言うので、適当に相槌を打ちながらも自分の部屋にやってくる。


 中に入れるつもりもないので、ドアを開けてすぐに閉めて、鍵も閉めるのだけれど全く反論などは返ってこなく、けれど人の気配はしている。


 それから何時間が経過したのだろう。全く無くならない気配に苛立ちを覚えたので何か言ってやろうとドアを開けると、少年が笑顔で「泊めてくれるんですか!?」と嬉しそうに言うので、帰れ。と住む場所がない少年に冷たく言い放つ。


 少年はとても驚き、悲しそうな表情をして頭を下げてどこかに消えていった。


「まっ……」


 手を伸ばしたけれど、走っている少年には届かなくて思い出したくない記憶を蘇らせた。


 **


 ゆっくり歩いているアイツの背中を掴もうと腕を伸ばしても、アイツに届くどころか逆に遠くなっていく。自分でももう夢だと理解しているのに、何回もその背中に触れたくて手を伸ばす。そして、毎回真っ暗の闇になってアイツは消える。


「待てっ!」


 息が詰まりそうになりながらも、ベッドから勢い良く起き、荒い呼吸を整えようとする度に、喉の奥から音が響く。ヒューヒューと空気がちゃんと通ってないような気がしながら、どうにか整えようと何度も空咳を繰り返した。


 落ち着いた頃に何かを流し込んだ方が良いと思ったので、キッチンに行き冷蔵庫から昨日買った紅茶をそのまま口につけて飲んでいく。1Lあるが、俺しか飲まないので問題はない。


 ドンッ、鈍い音が部屋中に響いた。初めは雨が降っているから大粒の雨でも窓に当たったのだろうと勘違いしていたが、どうも雨の音ではないらしく音のした方へ向かっていく。勿論フードを被る事を忘れずに。


 いつからか、人間が嫌いになった俺は人の顔を見るのも、見られるのも嫌いになった。だからこうやって家の中でもパーカーのフードを被り、極力顔を見ないようにしている。


 玄関からそんな音がするのかと疑問になったが、確認しない事には全く先に進まないのでドアを開ける。少し開けたところで、何かにぶつかってこれ以上開かないので、しゃがんで何が当たっているのだろうと隙間から見てみると、昨日見た茶髪と服装が目に入った。


 一旦ドアを閉め、鍵は開けたままで窓から外に飛び出し、玄関側から来て見れば昨日の少年が横たわっている。雨に濡れたんだろう。かなりの水の量が搾れそうな程、濡れて、意識を失っていた。


「……そんなとこで横になるなよ」


 文句を言いながら少年を抱え、ドアを開けて風呂場に直行した。この際、服が濡れる事など気にしてはおれず、ここで人に見つかっても大変なので部屋に入れただけ。

 シャワーを出し、少年の服の上からお湯をかけていき冷たくなっている体温を元に戻す。

 湯船に湯を張り終えていて良かったと心底思う。


「暖かいです……」


 ふと目を覚ませば、雨に濡れたのもあり疲れているのだろう。すぐに目を閉じて寝息を立てたので起こすようにワザと頭から湯をかけてやり、半ば強引に湯船に浸からした。

 うたた寝しているが体が冷えて風邪でも引かれた方が面倒で、かと言ってそのまま放置も出来ないので体温がある程度温かくなれば、抱えて風呂場から連れ出しタオルで拭いた。


「起きろ、あと着替えぐれぇは自分でしろ」


 今更なのだが、着替える事を思い出したので俺の服を全て貸し、脱衣所を後にする。

 その数十分後にフラフラと出てくれば、赤ん坊みたいにキョロキョロと辺りを見渡してから「ありがとうございます」と頭を下げる。


 どうすればいいのだろう、そんな言葉が思い浮かんだ。

 少年は立ち尽くすだけで帰ろうとも、どこかに座ろうとすらしない。ただ、俯いて一点を見つめては俺を見るのを繰り返している。

 だからなのか「どっかに座れ」と声を掛け、正座したのを目の端で捉える。


「助けてくれて、ありがとう……ございます……」

「あの公園にずっと居たのか?」


 俺の問いに少年は頷いた。あの後、雨の中ずっと、公園に居たら確実に風邪を引く。今も降り続けている雨は次第に強くなり、バケツを引っくり返した様な勢いだった。もし、本当にもしこの少年が俺に本気で助けを求めてこの部屋に来たのなら――なんて、考えて頭を振る。たまたま覚えていたのが俺の部屋だったのだろう。


「雨、止むまで居ても良いですか?」


 雨が止んだらこの少年は昨日の公園に戻るだろう。俺にしたらなんの事でもない。そういえば少年の服が濡れたままなのを思い出し、脱衣所に向かい少年の服を探す。どこにあるのか全く分からない。全く何もない。脱衣所から出てみると玄関に搾られた服が丸められて置かれていた。

 取り合えず洗濯機の中に放り込んでスイッチを押した。


「俺にぜってぇ干渉しねぇなら三日居させてやる」


 少年が居るところに戻った途端の俺の言葉は少年には信じ難い事だっただろう。自分でも良く分かっていない。

 何故そう言ったのか、自分でも分からなくてベッドの横になる。


「僕が三日間、干渉しなかったら……居候したら、駄目、ですか?」

「は?」

「すみません。嘘です。三日間、お世話になります」


 少年は正座している足が痺れてきたのだろう。足を崩せば良いのに何を思っているのか、フルフルと震えながら足を揉んでいた。


「足崩せよ」


 ゆっくり足を崩す少年が色っぽい声を出したのを聞かない振りをした。

 そんなこんなで始まった俺と少年の歪な三日間の生活が始まった。

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