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SEMAI  作者: 六土里杜
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一章「戻らない現実」

 本当にそれで良かったのかと、問われた。その声は誰でもなく自分の声だった。仕方がない、医者なんて患者の病気を治すのが仕事なのだから。だから、あの子が死にたいというのなら、それに相応しい薬を作るまで。


 俺個人の感情は死んで欲しくない、けれど、あの子は死にたいと俺だけに呟いた。全く自分の本音を言わない癖に、そういう事だけは口にする。困った子供だ。

 死にたいにも色々ある。どう死にたいのか聞いたらこの世から消えたいと返ってきたから、それだけは止めてくれと俺がお願いした。

 なら、肉体は殺さない事は出来るのかなんて聞いてきたから、出来る。躊躇いもない返事であの子はそれを欲しがった。見た目を変え、性格、髪、身長、体重、全てのものを変えて新しい人生を過ごすとの事。

 それなら、姿さえ分かっていれば問題はないと思った。単純な奴だった、俺もあの子も。


 記 憶 は ど う な る の か ?


 考えてもいなかった。薬は会社の力を借りて作る事が出来る。闇医者なんて仕事をしているとどうしても、闇組織と知り合うだから薬ぐらいは作れる。けど、あの子の全てが消えるなら、記憶も消えてしまうのだろうか?

 記憶も思い出もなくなってしまうのではないかと、薬を渡してから後悔した。


「もう、手遅れだよ。君は傷つけすぎた、傷つけて、泣かす事もさせず、時に飴をあげた。不安にもなるし、死にたくもなる。それが急になくなって君はあの子になんて言ったんだい?」


 お前って死んでても生きててもあんまり意味ねぇよな。


 本当、何が言いたかったのさ。好きなんだろ、好きな奴に何言ってるんだい。


 ――そんな事を思っていた、一ヶ月だった。


 **


 三日も留守にしていたらさすがに怒るだろうか、それともいつもの所? なんて聞いてくるのだろうか。そう思いながらドアノブを回すと虚無の空間だった。

 真っ暗で、何の生活感もなくなっている、マンションの一室になっていた。俺の物だけが置いてある。

 アイツの物は全てなくなっていた。小物や衣類、何もかもが消えて、元の『俺の部屋』に戻っている。


「冗談、だろ……」


 消えた。出て行った。そう思うことしか出来なかった。三日前に会った奴はもう消えて居なくなっていた。

 電気を点け、辺りを見渡しても置手紙などありゃしない。もしかしたら引っ越したのだろうかなんて淡い希望も、時間が経つに連れて薄れていく。


「どこ行ったんだよ、あのバカ」


 捜そうとしてもどこに居るのか分からない。普段どんな所に行くのかすら、聞いた事もない。

 一つ、言えるとしたら、医者の様子が怪しかった事。聞くなとは言われていた。だから、暫くは待つ。それでも帰ってこないなら、聞いてやる。


 アイツが消えてから一ヶ月が経つ。もしかして、と思って学校に行ってアイツのクラスで仲が良い奴に聞いてみると、学校を辞めたと言っている。どうも留学するから、と。

 適当に礼を述べたが嘘なのは分かっていた。この学校から留学するという事は、学費、生活費や交通費、それらが全て学校から支給される。しかも校内に新聞が張られる。ないからそう言っておいてくれと頼まれていたのだろう。


 使いたくはなかった。どうせはぐらかされて、監禁される可能性があるのなら、電話はしたくない。けど、聞くしか方法が見つからない。電話してから家に行くと逃げられる可能性が高まるから、直接医者の家に向かった。


「……何の用?」


 インターホンを押して、数秒で出てきて、あまり良い表情はしなかった。


「話があんだ。付き合え」

「ごめん。今日人が来てるから……」


 部屋に戻ろうとしてドアを閉めようとしたから、ドアノブを掴む。隙間から確認したところ、玄関に医者以外の靴はない。


「てめぇの内臓抉られたくねぇなら、入れろ。嘘吐いてたって分かんだよ」


 渋々とドアを開けた。溜息が聞こえてくるがそんなのに構っていられるほど、暇じゃない。ドアが閉まった途端、医者の腕を掴み、ドアに押し倒し、鍵を閉める。腕を掴んでいた手を離し、喉を掴む。死なない程度に。


「息止められらくねぇなら答えろ。一ヶ月前、俺が監禁された初日、誰と何の話してた。あ?」

「お、覚えてないって。こっちだって仕事もあるんだから」

「おい。俺が言ってる意味、理解出来てんのか? 関係ねぇ事口にしたら、殺すつってんだ」


 掴んでいた手に力を込める。窒息死させるつもりでいたら、片目を瞑って俺の腕を叩いて、分かったから、離せと言う。

 軽く離してやると、体内に息を吸い込み何度も咳き込む。


「……誰と何を話してたかって、君の弟君とこれからどうするかについて、だったかな」


 死にたいって言ってきたから薬を出しただけ、医者はそう答えた。悪びれもなく、それが役目だというように。


「ふざけんじゃねぇよ。てめぇら医者は人を助けんのが仕事だろうが」

「そんなの君たち患者が勝手につけたイメージじゃないか。そんなイメージを押し付けといて、助けれなかった時の責められようはなんなの?」


 最もだと思った。俺達が医者は人を助けるものなんて、決め付けて助からなかった時は医者の所為にして、最低な奴なんてどう考えても患者の方だろう。都合の良いとはまさにこのことだ。


「……俺の所為か? どうせそうなんだろ」


 そうだろうね。君がほとんど全ての原因になっていると思うよ。俺は。というか、そうであって欲しいけど。医者の本音を直で聞いた。普段何を思っているのか分かりにくい奴ではあったのだが、まさかそんなに俺の事を恨んでいたとは。


「邪魔したな」


 此処に居てもアイツは帰ってこない、だから出て行く。話はもう終ったし、他に用事もない。

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