序章Ⅱ「俺の患者」
時間通りにやって来た、画面に映っている少年。先ほどのビデオを確認したところ、今日は女の子の服で来るのだろうか。そういえば、隣の部屋で罰を受けている子は無理矢理にでも出て来たりしようとしないのか。なんて思いながらドアを開く。
「言われた物は用意したけど、本当に良いのかい?」
「別に……。俺が死のうが生きようが、俺の自由だろ」
俺は死なれたらかなり悲しいのだけど、なんて言っても聞きやしない。どうして俺の患者は皆俺のいう事を聞いてくれないのだろう。俺は一応医者なんだけど。闇医者だけれど。
「自由だけど、君のお兄さん悲しむよ?」
苦笑。――それが答えだった。
「良く聞いて考えて、これを使ったら二度と元には戻らない。君が騙していたのとは訳が違う。君の声、髪質、髪色、身長、体重、皮膚の色、性格、今の君に関するもの全てが死ぬ。それでも構わず、君は死にたいのかい?」
医者として一人の人として最後の問いだった。それでも目の前の少女の格好をした少年は一切合切躊躇わず、頷いた。 ……分かった。ポケットから錠剤が苦手な君の為に作った、液体の薬を渡した。
人を殺す事は何度もしてきたつもりだった。その人が持っている元の姿を殺すという意味で。簡単に言えば整形とかそういったもの。
数え切れない程の人を殺めておきながら、自分が好きになってしまった高校生に対しては、メスを握る事も薬を作る事にも躊躇われた。
「ありがとう。死んだら、一番先に此処に来る」
「最後にさ、闇医者の我儘言って良い?」
構わない。いつもそう言う。何でもする、構わない、良い、否定なんてした事がない。そんな君に一番伝えたくて、言って欲しい事を今日伝える。
そのために両腕を伸ばして抱きしめた。君の顔は全く見えないけれど、どうせいつもの事の様に思っているんだろう。俺がそういった人間だと伝えているから余計に。
「愛してる。ずっと言いたかったよ。何も言わなくて良いから、俺の名前を呼んで」
それぐらいの我儘なら、許されるでしょ? ――。
「吟」
そっと腕を離す。寂しいけれど、俺の我儘に付き合わせられない。
「ありがとう」
自分なりの笑顔の筈だった、けど、そうでもなく自然と涙が止まらなくて精一杯出した、じゃぁね。その後ろ姿が、見えなかったのはきっと俺が見たくないからにしておく。
さっきは誰が来たのだろうか、聞かなくても分かった。何のためにやって来たのかとは思ったのだが。俺には教える気もない医者は、俺が居る部屋には来ず三日が経った。
「…………」
寝てる、という訳じゃないだろう。時間なんて分からないけれど区からの放送で夕方の五時になる事は聞いた。三日、医者は確かにそう言った。俺も同じ事を言った事がある。だけど、夕方まで監禁した事はない。
「聞こえる? 話して良いよ」
ドア越しに聞こえる声に、適当に返事をした。
「三日経ったから監禁も止めるし、監視も止める。頼むから何も聞かないで」
微かに震えていた声が気になったけれど、何も聞くなとの事なので分かった、と返事。その瞬間ドアが開かれ、俺に近付き俺を縛っていた物は全て外され、三日前着ていた制服を渡され、医者は部屋から出て行った。
「もう着替えたんだ。……コレ、最近までの分析データ。それ見て自分で頑張って」
「は?」
「何も聞かないって言ったでしょ」
もう、関わりたくない。医者はそう言った。納得などできるわけではないけれど、自分が聞かないと言ったのだからそれ以上は踏み込めない。
差し出された書類を受け取り、医者の家の去った。だから、聞こえなかったもう手遅れだけど。