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SEMAI  作者: 六土里杜
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序章

 何気ない一言だった。その一言で、何かが変わってしまったと言うのならば――。


 **


 偶然か必然か、誰にとってもどっちであっても嫌な結果だった。そこに存在しないのだから。どれだけ手を伸ばしてもその手が掴むのは、空気であり人だった。当たり前の事なのだが、当たり前ではない。そんな事はないのだとずっと思っていたから、余計に受け入れる事が出来ないでいる。


「……どうしました?」


 笑顔で話しかけてくる少女――と見せかけた少年。格好は少女、多分、中身も女だろう。元からよく笑う奴ではあったが、その笑顔は当然『偽物の笑顔』で『本物の笑顔』など見たことはない。

 誰に対しても同じ愛情を注ぎ、誰に対しても等しく接している。それは単純に見れば「良い奴」だったり、「優しい奴」になる。だが、全く違う見方をすれば「誰に対しても心を開かない」「自分の素顔を見せない」という事になる。この、見た目も中身も女になった奴はそういう奴だった。


「いや、別に」


赤いブレザーを脱ぎ捨て、水色のシャツに淡い緑のベスト。襟には縦と横に黄色の線が入っている。スラックスの色は真っ白。夏に着る為に作られた、私立高校の制服。


俺は制服を身に纏っているが、コイツ――元少年は、グレーのミニスカに、クリーム色のTシャツ。

 

「……顔色悪いですよ。大丈夫?」


 そっと手を伸ばされ、頬に触れられる。今までに何度も触った事のある手に少し怯える。振り払う事も、そのまま受け入れる事も俺には出来ない。

 腰掛けていたベンチの背凭れに肘をわざと強く当て、俺の頬から手を離させる。恐怖、不安、怯え、戸惑いを含んだ目で俺を見つめ「ごめんなさい……」小さく謝った。本当に女なら頭ぐらい撫でれただろう。自分でも自覚しているが、ヘタレな俺には女であっても無理だろうけれど。


 そんな悲しそうな顔をしないでくれ。頼むから、俺に笑わないでくれ。


「もう良い、消えろ」


三日過ごして分かった事。口にすれば『ソイツ』は消えた。


「ちょっとぉ……。何で呼んでくれないの? まさか浮気?」


ツンツン。なんて言いながら頬を突いてくる。呼ぶもなにも俺はお前と話がしたいとは思った事がない。というより、お前とは話したくない。


「次はお前かよ」

「何よその言い方! 私が居なかったら貴方一生彼女も出来ないでいたのよ!」


先程とは変わって全くの別人。引き気味だった『彼女』の反対に一方的に物事を押し付けてくる、いわゆるお嬢様タイプだ。


「それにこんな可愛い私が居るのに、どうして貴方は告白してこないのよ。わ・た・し、が可愛いのは知ってるでしょう?」


脚を組み、自分の髪を弄りながら妖艶に微笑む。女じゃないから残念ながら胸はないけれど、見とれてしまうのはきっと元々の奴のスタイルが良いからだ。

確かクラス全員を落とすなんてゲームをしていたから、どういうポーズをすれば女や男が喜ぶなんて知っているんだろうな。

そんな事を思っていると急に顔が近付いて、唇に柔らかく触れた。触れただけのキス。


「……何の真似だ。キスで強請ったって、金はやらねぇ」

「本当私から何かすれば金とか、抱くとかそんな事ばっかり……。私だって、ただ、普通に愛して欲しい時だってあるんだから……」


珍しい事とで。キスで俺はお前に何か買ってやった記憶はない。といっても今のお前じゃないんだがな。

 

「ねぇだろ。正直に吐いてみろよ、おめぇの欲望を」


ベンチに押し倒し、真昼間から変な事を口にする。一見ただの欲情した男子高校生に見えるのだが、実際欲情しているようには見えないだろう。何せ俺は物凄く腹が立っているから。

女に対して欲情している表情ではなく、冷めた表情だろう。

「勘違いすんなよ。俺がお前と付き合ってやってんのは、ただの遊びだ。中学の時、お前がしてたようにな」


それだけ言えば『コイツ』も消える。


「あの、さ……。俺達いつの間にこんな関係になったんだ? そりゃ、お前から仕掛けてくれんのは嬉しいけど。俺って女じゃねぇから、離れた方が良くねぇか?」

「残念ながらお前は女だ」

「何言って……ってはぁ!? 何この服!? 何で俺こんなん着てんの? 俺そういう趣味なの!?」

「……落ち着け」


喜怒哀楽が分かりやすい奴だな。何でってお前が自分で選んだ服だろ。まぁ、女だったお前が選らんだから、女の服になってんだけどな。

下であたふたされてても良い気分にはならないので起き上がれば、コイツも上半身を起こす。


「みじかっ! スカートみじかっ! スースーするし、え……。俺まさか今……女の下着穿いてんの?」

「んなの俺に聞くな」


脚冷やすんだろうなと思いながら見つめていると、いきなりアホな事を言い出したのでそこには触れないでおこうと適当に聞き流せば、コイツはスカートを摘まみ「俺じゃ確認できないから確認して!」なんて、俺にスカートの中を見せてくる。

見たい訳じゃない。興味がない。だから顔を逸らす。


「どっちなんだよ!!」

「知らねぇよ。興味ねぇ」

「だって、俺が気になる……」

「後で一人で確認してろ。じゃぁな」


手を振り、ベンチから腰を離しコイツから離れる。少し寂しそうな顔をしていたが、いつまでも構っていられる訳じゃないので、後でと伝えた。

会う奴は別々だが、何故かコイツらは同じところに帰ってくる。


 **


「――っで、女の子のスカート中見たんだぁ。変態」

「てめぇの方が変態だろ。アホ医者」

「医者の頭を踏みつけるとは、君も弟君に似てきたね。あ、そこ気持ち良い」

「ドM」


嬉しそうに頬を緩ませ、少し顔を赤くした医者なんて見たくないんだがな。というか仕事しろよ。此処まできて俺はお前のドMのために踏みつけいるのか? そんなだったらかなり困るわけなんだが。


「そういう君はドSに見せかけた受けだけどって、いたっ! あっ、もうちょっと強めで」


これ以上すれば喜ぶだけなので足を離し、早く起きろと伝えると物足りないみたいな顔をしていたがあえて無視し、どうにかしろなんて言った。


「どうにかって言われてもさぁ、君が自分で言ったのに無責任じゃない? はい、マイクとカメラ回収」


 医者は起き上がり俺の服につけていた小型マイクと小型カメラを回収した。口で説明するよりこうやって音声や映像を見た方が早いから。この医者の場合はまた違う意味も含まれているのだが……。


「だから一発も殴ってねぇだろ。男でも女でも」

「普通は殴らない。俺みたいな奴は別だろうけど」


ノートパソコンにメモリカードを差し込み、音声と映像を確認する。今日の会話が全てこの医者に知られるというのはかなり嫌なんだ。

全て医者に知られ、かなりまずい事をしている時は俺は怒られるなんて事はされた事がない。パタン、ノートパソコンが閉じられて笑顔で俺に訴える。「何言ってるんだい?」と。


「いや、別に。本気で思ってたわけじゃ……」

「俺何も言ってないけど、勝手に自己解釈して言い訳するの止めようねぇ。ま、合ってるんだけど」


いつも笑顔だけ。それだけで何も言わない。俺から口を開いていつも同じ事を言われても毎回変わらない。変わらないから、恐怖だって当然あるわけで。


「じゃ、さっそくお仕置きタイムといこうか。何回言っても君は学習しないようだから」

「おい。三日前よりマシになっただろうが。だったらんな事――」

「君は三日だろうが一分だろうが一秒だろうが、気に食わなかったら誰に何をしてたのか知ってるよね? それで自分だけ助かろうなんて俺は絶対に許さないよ」


こういう時の顔は、かなり怖かったりする。俺みたいに感情を全て表に出し、気分のまま行動する奴は確かに怖いと言われると怖い部類になるのだが、優しそうに見えて実際殺気を含んだ笑みを浮かべる医者の方が、精神的にはかなり恐怖だ。

医者の言う通り自分が気に食わなければ、すぐに少年を殴りつけていた。ただの八つ当たりも含めて。けど、今は俺に向けられた怒りと殺気。


「だから君を殺す事もできるけど、それであの子が悲しむのは見たくないから、殴らずにいるだけ。分かったらさっさと制服脱げ」


制服を身に着けていたらもしかしたらされないとは思っていたが、そうでもなかった。自分で脱ぐのは躊躇う。制服を汚すと何をしたのかがバレてしまうから何て言う。


「それとも脱がされたいの? 本当変態だよねぇ。でもさぁ、全部脱げなんて言ってないよ? 君があの子にさせた事と同じ事をするだけだから、シャツと下着だけになれば良いよ」


いつも通り、なんて言うけれどいつも通りの監禁。ペナルティとして、罰として監禁される。ただ、自分がした事がそのまま返ってくるというだけの事。おまけつけで。


 **


「真っ暗なの苦手だっけ? 閉所恐怖症と言うより暗所恐怖症だよね。ただの怖がりさんなだけだけど。どう?」

「ど、どうって……」

「喋ったら駄目じゃん。一言も喋らせなかったのに」


 そう言って俺の口の中に指を二本突っ込まれた。喋らせないようにするためだろう。口の中に入っている所為で込みあがってくる吐き気に、眉を動かした。

医者の指が奥に進み、喉まで入った途端――うえっ。消化したもの全てを吐き出した。


「気分が優れないのかな? だったらコレ飲めば良いよ」


強制的にペットボトルの口を口の中に突っ込まれ、中の液体を注がれる。味なんて分かるわけもないほど、口の中に気持ち悪さが勝っており、ゆっくりと指とペットボトルが抜かれ、液体が喉を通過する気持ち悪さで再度吐く。

 

「じゃ、あと三日その調子で頑張って」


医者はそれだけを言うと、部屋から出て行った。

真っ暗な空間に、音の無。医者の生活音など聞こえやしない。聞こえてくるのは近所に住む住民の生活音ぐらい。下から聞こえてくる子供の声。廊下を歩く音。全て医者が発している音ではない。


急に玄関のドアが開く音がした。医者が出て行くのだろうかと思っていると、俺に向けるような言い方じゃない「いらっしゃい」が聞こえた。

誰か来た事は理解したが、こんな所に誰が来るのだろうかと思う。確かに医者をしているが、病院で勤めているわけでない、闇医者の所に……。

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