エピローグ
【エピローグ】
ダヴィドフ家は使用人含め全員が死亡。加えて都から派遣された警団員九人が死亡。合計――
「死者十六人か……その数字だけでも大事件だな」
ホープはティーカップを置いた。
昼にしては少し寒い。窓を閉めたいところだが、脇腹が痛み、立つのも億劫だった。
あれから既に二日が経っていた。
スリムは生き残りの団員達を連れ、いったん都へと引き返した。今日か明日のうちに、また本部の調査隊が大勢でやってくるだろう。
同じテーブルについているエピックはため息をつく。
「結局、学の浅い僕にゃわけわかんなかったですよ……ところで先輩、傷平気っすか」
「あまり平気じゃないな」
「でしょうねえ」
エピックは喋りながら愛妻弁当をむさぼっている。支部は壁をビーディに破壊されてしまったし、死人が二人も出たところだから、しばらく食事をする気分にはなれぬと言い、わざわざここに持ってきて食べているのだ。
まあ好きにすればいいが。
隣のテーブルで紅茶を飲んでいたモアが横から口を挟む。
「そういえばですね、あれの正式名称が分かりましたよ。分かったというか、エコーさんの頭の中の資料と、今回の件を照合してはじき出された答えなんですが――ブラックストーンというそうです。現存していたのは――あれが最後だったようで」
「モアさんたちにしたら、それが壊れちゃったのは残念だったんじゃないですか?」
エピックがちゃちゃを入れる。
モアは苦笑する。
「否定はしませんがね。まあ、あっても手に余ったでしょうし、やはり無くなってよかったですよ」
「無くなった――か」
ホープは呟く。
「そう、少なくともあれはね」
モアはそう言って頷き、また紅茶に口をつけた。
モアと同じテーブルで昼間から生肉をほおばっている七星が、あ、とこちらを向く。
「そういえばさあ」
「何だ」
「あれ誰だったんだ? 青いべっぴんさん」
「ああ――」
「綺麗だったなあ。あたしああいう人にあこがれるんだ」
「――そうか」
「うん。強いしなぁ。あたしでも絶対勝てなさそう」
モアは首をかしげる。
「問題の、突然現れてアンデッドの集団を焼き尽くし、しかもブラックストーンを破壊して消えてしまったという女性ですか……話を聞く限り、その女性が使ったのは魔法だとしか思えないのですが。しかも――その力はある有名な伝説と似通っています。青い炎を自在に操るのでしょう? それはひょっとして――もし本物だとしたら、とんでもない物がまだこの世に」
「どうでもいいことさ」
ホープはモアの言葉をさえぎる。
「俺達を助けてくれたんだ。詮索は無しにして、感謝だけしてりゃいい」
エコーがトレイを手にキッチンから出てきた。
「そうですよお」
少しふくれた顔だ。
「すなおな気持ちがだいじです」
「はあ……?」
モアは今ひとつ合点がいかない様子で曖昧に頷いた。
ホープは、よっこいしょ、と立ち上がる。
エピックが顔を上げた。
「あれ、先輩食い逃げですか?」
「外で一服してくる」
「ここで吸えばいいのに」
「外の空気も吸いたくてな」
適当に言って、
店を出た。
外から戸を閉める。
穏やかな風が吹いていた。
きらめく木漏れ日がホープの全身を射す。
何の匂いか。花の匂いだ。
鳥が鳴いている。この季節になるとよく見かける、名も知らぬ黄色い鳥の声だ。
そうに違いない。
「いい時代だろ?」
煙草を取り出して口にくわえ、マッチを擦って火をつける。
マッチは湿った地面に落ちた。
煙を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
「のんきな時代だ。だからエコーのようなお人よしだって生きていける。なあ、アイスブルー――さん?」
出入り口の脇に丸まって寝ていたアイスブルーは名を呼ばれ、ちらり、とホープの顔を見た。
店の中から話し声が漏れてくる。
どうやらモアが七星に生肉をすすめられているらしい。
騒がしいことだ。
アイスブルーはまた目を閉じた。
「……さん付けなんてしなくて良いわ。これでも貴方たちより、よっぽど若いつもりなのだから」
「ああ――」
ホープは笑った。
「こりゃ失礼」
昼時もそろそろ終わる頃である。
〈了〉