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その四「古代の欠片」





その四【古代の欠片】





 町の中は都から来た警団員たちが必死に捜索しているはずである。ホープはエコーと共に、町の外回りをぐるりと探すことを選んだ。

 腰のサーベルに手をかけて走りながら、ホープは後ろをついて来るエコーに聞く。

「おい、つまり――これはどういうことだ? 俺には全く流れが見えてこない」

「た、多分なんですけど……こういうことだと思います」

もともと運動するタイプでもないエコーは、もう息が大分切れていた。

「いつも森で遊んでいたダヴィドフ家の孫娘たちは、ある日、偶然に封印遺跡を見つけました。しかもそれは悪いことに封印の効力が切れていて……何も分からずに中の魔導兵器を持ち出してしまった……な、七星さんは、それを見かけたんだと思います」

「俺もそこまでは分かるんだが――」

「ま、魔導の力は、やああっ」

エコーがつまづいて転ぶ。

 ホープは立ち止まり、その腕を摑んで立たせた。

「魔導の力は?」

「こ――心を……蝕みます」

「……どういう風に?」

「え、ええと」

二人はまた走り出す。

 エコーは続ける。

「あの、いくつかの記録に残っているんですけど。訓練され、強靭な精神力を持った神官や導師以外の者、つまり一般の兵士や民間人が魔導兵器を使用した場合、しかもそれが強力な独立兵器だった場合……」

「独立兵器というと?」

「簡単に言うと、発生装置を必要とせず、それ自体が魔力を生み出す力を持った兵器です」

「なるほど――よく分からんが」

「魔力は意思を持ちます。そもそもが破壊という目的意識を持ったエネルギーですから、破壊衝動や殺傷本能……いえ、むしろそれこそが魔法の力とイコールで結ばれるんですけれど」

「簡潔に言うと?」

「心の鍛えられていない人がそういう兵器を使うと、破壊衝動に飲み込まれて自我を無くします」

「アイシーンとかいう子供が今、そうなっているわけか?」

「た、たぶん」

もたもたした足取りながら、エコーは意外と頑張ってついてきている。

「もう彼女自身の自我はほとんど残っていない、と、思います……」

「それにしたってしっくり来ないな――密室で二人が殺された。ロゼ夫人は自分で自分の顔面を引き剥がして死んだ。若旦那はアイシーンの妹を銃殺して自殺した。夫人や若旦那もみんな、魔力にあてられて、おかしくなっていたというわけか?」

「それは――おそらく、――えっ?」

エコーは突然に立ち止まる。

「……あっち?」

「どうした」

「墓場の方角です。あっちに――って、今の声は?」

「何言ってるんだ、お前は」

「と、とにかく、あっちへ! 墓場ですっ!」

エコーは勝手に方向を変え、真っ直ぐ町外れの墓場のほうへ駆け出した。

仕方なくホープも続く。


 やけに広い墓場である。

生を終えた村人たちの誰もがここに埋葬されてきた。今までずっと、脈々と。そしてこれからも連綿と。

一定の間隔を置いて並ぶ墓石、それから悲しげも無く悲しげな野花、苔、涼やかな風に青い空。

 本当に、少女は――バルカ=ダヴィドフ氏の小さな孫娘アイシーンは、たった一人、大きな墓石に寄りかかり、胸に不気味な黒い球体を抱えて、その広い墓場の中に立っていた。

 にこにこと笑いながら首をかしげる。

「どうして見つかったのかしら?」

「俺にもよく分からん。とにかく……それを渡せ」

ホープは歩み寄り、手を差し出す。

「ろくでもない物らしい」

「そうかしら。素晴らしい物だわ。おまわりさん、これがどんな道具か分かっているの?」

 エコーが進み出る。

「――かつて教団国家セイラムが高照国侵攻の際に使用した兵器ですね」

「あら……?」

アイシーンは意外そうな顔をする。

「よく分かるわね。あなたは誰?」

「何度か市場で会っているはずの私を思い出せないということは、もうあなたはアイシーンちゃんなんかではありません。もうどこの誰でもない、太古の記憶と意志に操られた、可哀想な、空ろの存在です」

「私は満たされているわ。この気持ちはあなたには分からない」

「その軍勢死してなお滅せず」

エコーはアイシーンを見据える。

「されど生きず、殺し、増えるものなり――老夫婦のうち、最初に死んだのはバルカ氏ですね」

「そうよ」

「そしてバルカ氏は直後、キャメル夫人を殺した」

「ご名答」

「ロゼ夫人は?」

「燭台で殴って殺したわ」

「つまりあなたが殺したのは――バルカ氏、ロゼ夫人、若旦那、そしてメイドさんの四人ですね」

「お爺ちゃんは、わざとじゃなかったのよ。ふざけて階段から突き落としたら死んでしまって……お婆ちゃんもそれを見ていたから、二人まとめて、ね。密室にしたのはおまわりさんたちを混乱させるため」

「ふざけて――最初からあなたは――心をやられていたのですね」

 ホープは思わず割って入る。

「ちょっと待った、矛盾しているだろう。どうして死んだバルカ氏が、キャメル婦人を殺せる? それにロゼ夫人は俺たちの目の前で……」

「ネクロマンサー」

「何?」

「古代教団国家セイラムは領土を持たぬ国でした。民も少なく、それゆえ生産力も兵力も満足には無かった。しかし国民の、国家への忠誠心だけは図抜けていました。もともと宗教で束ねられた国家ですから、国民と信者は同義でしたので」

エコーは、すっとアイシーンの持つ黒球を指す。

「国が安住の地を手に入れるためならば、個々の死など厭わない。セイラムのそうした国民性は、通常では考えられない発想で、ひとつの魔導兵器を開発しました。それが、そこにある球です。セイラムの民はその球のために命を捧げ――つまり、自ら命を絶ち、そして一人一人が強力な兵士になりました」

「死んで――兵に?」

「そうです。そこにあるのは、それ一つの魔力によって数万、数十万の、死者の軍勢を操る兵器です。操られた者は、例え女の人や子供でも、人ならざる怪力と、凄まじい持久力も持つ兵士へと変わりました。傷つけられても死なず、眠らずに動き、兵糧どころか一滴の水すら必要としない。しかもその手によって殺される敵の兵士もまた、好きなように操れてしまう。増殖する死者の群れ……その軍勢を束ねていたのが、ネクロマンサーと呼ばれる魔導師たちでした」

「そうよ。そうね。あたしも知ってる――この球が教えてくれるから」

アイシーンは愛しそうにそれを撫でる。

「そして語りかけるの。殺しなさい、って、ただそれだけを。おじいちゃん達が死んでも悲しまないあたしを不審に思ったお母さん。家族が死んで気が立って、闇雲にあたしを叱り付けたお父さん、ずっとこの球を手放したほうが良いとうるさかった妹――そして」

球体が鈍く光る。黒い光。それに照らされ、アイシーンの笑顔は、多分この世にあってはならないほど、

暗く、

禍々しく――

「優しくてきれいで一番大好きだった――メイドのビーディお姉ちゃん!」

球体を中心に黒い閃光がほとばしり、ホープとエコーは思わず仰け反る。

アイシーンの背後にあった大きな墓石が弾けるように砕け、後ろにいた何かが、飛び散る岩片や土煙と共に天高く飛び上がった。

太陽を背に、落下してくる影。

まずい。

「よ――っけ、ろォ!」

ホープは叫んで、反応しきれていないエコーを蹴飛ばしつつ飛び退く。

不自然な姿勢でまっすぐに落ちてきたのは、金髪のメイドだった。振りかぶった大剣が、着地と共に、大雑把に振り下ろされる。

剣が地面に叩きつけられ、草と土が吹き上がった。

 ホープは、

「くっ」

サーベルを抜いて構えた。

「エコーっ! 逃げろ!」

「でも……」

「あはは」

アイシーンは後退しつつ笑う。

「すごいでしょ、その剣! 昔からうちの壁に飾られてたんだけど、実際に使われてたものじゃないのよ。ちゃんと切れるけど飾り物。だってそんな大きな剣、誰も振れないでしょう?」

 かつてビーディと呼ばれていた操り人形は、自分の背丈よりもずっと長く分厚い剣を両手で引きずるように持ち、空ろな目で宙を見つめ、全身の関節を弛緩させて、よく見ればゆらゆらと四方に揺れながら、ひどくだらしなく立っていた。

まだ少女らしいあどけなさの残る、可愛い顔をしている。

それが何だかとても哀れだった。

 ホープは重ねて言う。今度は怒鳴った。

「どいてろエコーッ! 邪魔だ!」

「心配しないで。まずはおまわりさんから。ね、ビーディお姉ちゃん」

アイシーンがそう言うが早いか、

 ビーディは大剣を片手持ちに切り替え、突然独楽のように回りつつ飛び掛ってきた。

 ホープはとっさに飛び退く。

大剣の先端が、サーベルの鍔元に当たる。

それだけで、ホープは体勢を大きく崩され、地面に転がった。

「っ、くそッ!」

素早く立ち上がる。

「――?」

いない。

 向こうでエコーが叫ぶ。

「後ろ!」

 ホープは振り返る。

もうビーディの靴が脇腹にめり込んでいた。

「う」

サーベルを落とし、その場に倒れこむ。

土下座でもするように両手をつき、

「ばっ――」

血が霧になって吐き出された。

ぼたぼたと、止まらない。

 アイシーンの笑い声が聞こえた。

「強いでしょう? 当たり前よ、単なる人間の力が通用するわけないじゃない。さあお姉ちゃん、真っ二つ、真っ二つぅ!」

 ホープは何とか顔だけを上げて見る。

 ビーディがこちらを見下ろし、大剣を振りかぶっていた。

 エコーが、

――エコー?

「やめてください!」

両手を広げて立ちふさがった。

「ホープさんを殺さないでください!」

「……馬鹿、どいてろ……」

「どきません!」

後姿だが、泣いているらしい。

「どかないです!」

まるで強情な子供だ。

 ホープはため息をついた。

何も考えていないようで、実は考えが深いのかと思えば――実際、何も考えちゃいない。

こんないい奴を。

「どいてろって……」

みすみす死なせるわけにもいくまい。

サーベルを拾い、エコーの肩に掴まり、立ち上がる。

「まだろくに闘ってもいないんだ」

構えた。

そう――辛くない。心臓が止まらなければ大丈夫。根性の問題だ。

「ほれ、かかって来い、くそ人形」

「しぶといな! やっちゃえ、お姉ちゃん!」

アイシーンがヒステリックに叫ぶ。

 ビーディが踊りかかってくる。

 ホープは後方へ飛び、大きめの墓石の後ろに回りこむ。

墓石はビーディの剣を受け、一瞬で吹き飛んだ。

その一瞬。

真っ直ぐに突く。

舞い散る岩片の間を、大剣の死角を。

ビーディの胸を。

中心に――突き刺さった。

「さあ……どうだ?」

これでどうだ。

 ビーディは、

ホープの体を回し蹴りで撥ね飛ばした。

 ホープは山なりにふっ飛び、墓石のひとつに叩きつけられた。

「ぐあっ」

また血が。

口を押さえ、ビーディと、その傍らのアイシーンを睨む。

 アイシーンは楽しそうにけらけらと笑っていた。

「馬っ鹿ねぇ。そのくらいでやっつけられるわけないでしょ? ねえお姉ちゃん」

 サーベルはビーディの胸を完全に貫いていたが、ビーディはそれを抜こうともせず、事も無げに立っていた。

 なるほど、もともと死んでいるから。

ホープは苦笑いする。

「心臓なんかどうなろうと同じってわけか……」

「その通りよ」

「そろそろ終わりか」

「あら、諦めが早いわね」

「どうしてそう思う?」

「はあ?」

「多分終わるのはお前らだ」

「え――えっ?」

アイシーンが振り向くより先に、

 ビーディーは高速で滑空してきた影の体当たりをまともに受け、さっきのホープよりもよほど大きく吹き飛んだ。きりきりと回転しながら地面と並行に飛び、墓場の隅に立っている太い木の幹に当たって弾んで落ちる。

 襲来した影はふわりと着地し、おそらく特に意味もなく、そこにあった墓石を無造作に殴った。

墓石は小気味よく砕ける。

「見つけたあっ!」

もちろん七星であった。

「おい、どいつをやっつけりゃいい?」

腰に手を当て、胸を張る。

 ホープは立ち上がる。

「取り敢えずは……今お前がノリでブッ飛ばしたメイドだな」

「あれは死んだろ?」

「ただの人間ならな。あいつぁあれくらいじゃ死なないんだ、これが」

ホープは遠くに寝ているビーディを指差す。

 ビーディは向こうでもぞもぞと起き上がっている。まだ問題なく動けてしまうらしい。

 アイシーンはきいっと叫んだ。

「何なのよもう、鬱陶しい! お姉ちゃんっ!」

 ビーデイが飛んでくる。

 ホープは身構え、

 七星はあろうことか、正面から飛び掛った。

「おらっ!」

カウンターで顔面に正拳を叩き込む。

ビーディはたじろぎもせずそのまま剣を振る。

七星はその刃を見切って両手で挟み込み、ぴったりと受け止めてしまった。

「あたしにこんなもん当たるかっ!」

強く引き込み、横っ面に思い切り頭突きを食らわせる。

さしものビーディも衝撃で仰け反った。

 エコーが大声で言う。

「常識的な致命傷や急所の概念は捨ててください! とにかく肉体を出来るだけ破壊して!」

「わかったっ!」

七星は剣ごとビーディを投げ飛ばす。

 ビーディは空中で姿勢を変え、再び斬りかかる。

「だからぁ」

七星は強く羽ばたいて舞い上がり、

「当たらないってば!」

上空から全身を一回転させて手刀を繰り出す。

それはビーディの顔面に直撃した。

右の眼球が飛び出す。人間なら死んでいるところだろうが――

 ホープは叫ぶ。

「七星!」

「わかってるって、まだなんだろ!」

着地と同時にビーディの胸元を摑む。

「とどめだ!」

 アイシーンが金切り声を上げた。

「お姉ちゃん!」

 合図に呼応し、ビーディは口から何かを吐き出した。

それは七星の目に当たる。

「うわあ?」

七星は思わず手を離した。

地面に落ちたのは舌だった。

ビーディは自らの舌を噛み切って、七星の顔へ、血煙と共に吐きかけたのだ。

 そしてビーディは。

 ろくに足の動かないホープの眼前に迫っていた。

「しまっ――」

襟首を摑まれ、高々と持ち上げられる。

「た……」

「殺して、お姉ちゃん!」

「ホープ!」

「ホープさん!」

「……なんて、な」

ビーディの胸に突き刺さったままのサーベル。

それを引き抜き、

「チェックメイトだ」

首を刎ねた。

「悪いがここらで――成仏してくれ」

「お……お姉ちゃん!」

アイシーンの声が木霊する。

 ビーディは剣を落として崩れ落ち、ホープも地面に転がった。

哀れなメイドの首と共に。

 エコーが駆け寄る。

「ホープさん、大丈夫ですか!」

「そう見えるならお前の目は節穴だ、エコー」

「すぐに手当てしないと……」

「その前に魔導兵器の回収だろう」

ホープは無理やり立ち上がり、アイシーンを睨む。

「終わったぞ、それを渡せ」

「ビーディお姉ちゃんが……私のお姉ちゃんが」

「ああ。ぶっ壊れちまったな。もうお前の玩具は――」

言いながら、ホープは気付く。

そう。

気付いてしまった。

「――お前」

「ふ、ふふ、んふふ」

アイシーンの顔に笑みが戻る。

「そーよねぇ。ここはまずいわよねぇ。一番まずいわよねぇ」

「だからお前はここにいたってわけか……」

ホープはサーベルを構える。

エコーも気付いているようだった。

「しまった――七星さん」

「えっ、何?」

「あれを奪ってください、早く!」

「もう遅いわ」

黒球が再び黒く光る。

 いました、ここです、と大きな声が聞こえる。

 ミスタースリム率いる十数人の警団員たちが、墓場になだれ込んできた。

 スリムはこの場にいる者たちの顔ぶれと、首と体の離れたメイドの死体を確認するなり叫んだ。

「な、これは、何だ、何たることだ!」

「馬鹿野郎、早く逃げろ!」

「な、ば? 上官に向かって貴様」

「いいからっ!」

ホープは血に濡れたサーベルを横薙ぎに振って怒鳴る。

 アイシーンは笑っていた。

「みんなここで死ぬんだから仲良くしなさいよ。ほーんと大人って馬鹿なんだからあ!」

その声と共に。

 地が蠢き始めた。

 無数の唸り声。

 団員の一人が悲鳴を上げる。

「う、うああ!」

彼は地から生えた手に足首をつかまれていた。

「な、な、な……」

地中から這い出してきたのは、半身の腐れたバルカ=ダヴィドフだった。

「うあああ!」

「ひい、何だこれっ」

「死体が……っ」

墓石を押し上げ、土を掻き分け、次々に地中から、まるで生まれ出るように使者たちが這い出してくる。そのほとんどは骨格のみであるが、魔力によって操られている骸骨たちは、物理の法則を無視した怪力で団員たちを襲い始めた。

墓場が、景色が、悪夢に浸食されてゆく。

 ホープは迷わずアイシーンに飛び掛った。

 だが数体の骸骨たちに阻まれる。

「ち……」

「無駄よ。お姉ちゃん一人にあんなに手こずってたあなた達に、何が出来るっていうの? ざっと見て三十倍よ、三十倍。ほら見て、もう何人も殺されてるわよ」

「畜生、全員剣を抜いて戦え! 相手のほうが素早いんだ、背を向ければ殺されるだけだぞ!」

ホープの声は届かない。

逃げ惑う団員たちの悲鳴と断末魔があちこちで聞こえる。

 スリムの叫びも。

「これは何だ――どうしてこんなことが起きる! ……おい、ちょっと待て、貴様は誰だ? どこから現れた?」

「そんなに慌てないで、坊や。こんなこと昔は日常だったのよ」

妙に落ち着いた女の声も――?

ホープは振り向く。

 背の高い、青装束を纏った、青白い肌の、青い髪の女がそこにいた。

女はエコーの肩にそっと手を置き、細い面で静かに微笑んでいた。

「下がっていてください。すぐに片付けます」

「あなたは……もしかして」

「さあ、あの獣人の傍にいるのです」

七星を指す。

 七星は、うん? と振り向き、エコーに手招きする。

「おーい、こっち来いよエコー! そっちは危ないぞ!」

言いながら、裏拳で骸骨を一体弾き飛ばす。

 エコーは頷き、青い女に、

「お願い」

とひとこと言って、七星のところに駆け寄った。

 女はゆるやかな足取りで、こちらへ歩いてきた。

「あなた――」

ホープに笑いかける。

「ヒトの身で、ここまでよく私の主人を守ってくれました。でも」

少し睨むような目つきをする。

「まだ修練が足りないわよ。全く――こうなる前に食い止めてほしかったものだわね。今の時代に、あまり私のような存在が干渉することは望ましくないのだから」

「あんたは……?」

「さて――。あなた」

女はホープとそれ以上会話することをせず、アイシーンに視線を向ける。

「私がこうして表に出てきた以上、くだらない狼藉はこれまでよ。その下品な兵器に心を侵食された者ならば、私が何か、分かるでしょう」

「そんな――」

アイシーンは呆然と女の顔を見上げる。

「この球が――逃げろって言ってる……? どうして……そんな、あんたは――」

じりじりと後退する。

「唯一絶対なる殺戮の青――? それがあんたの名――?」

「ずっと昔、私がただの独立型生体魔導兵器だった頃、そう呼ばれたこともあったわ。名は他にもあった。魔王の飼い犬。天狼。死彗星。でもね」

女は、ゆっくりと自らの胸に手を当てる。愛しい何かがそこにあるように。

「主人が付けてくれた私の名前は、ただ一つよ」

「う、ああ」

アイシーンは絶叫する。

「死ね、消えろ、死ね、死ね、死ね! なんであんた、まだいるのよ! どうしてあなたみたいなのがまだ生きてるの!」

 警団の者たちを襲っていた屍たちが、一斉に動きを変え、全てを無視して、一体残らず青い女に襲い掛かる。

 女は人差し指をすっと立てた。

「たったこれだけの兵――」

女を中心に、青い炎の渦が巻き起こる。

「――三秒で百倍殺せるわ」

焼き尽くされた。

たっ一瞬で、嘘のように。

臭いも残さず、灰も残さず。

「なにせあの時、前線は私一人で防衛したのだから」

「あ……あ」

「降参なさい」

「お、おまわりさん達――っ」

球体が光る。

 死んだ警団員たちがむくむくと立ち上がる。

七人。

 女は感慨なさげに呟いた。

「無駄なことを」

「死ね、死ね、死ね……っ!」

アイシーンは泣くように叫ぶ。

死んだ団員達はサーベルを手に、女に歩み寄る。

「馬鹿な子」

女の髪が、ふわりと広がった。

 ホープとエコー、七星、そして生き残った団員とスリム。

もはや皆が、離れてその光景を見ていた。

 七星の背に隠れ、エコーがぽつりと言う。

「群は海を越え来たり」

「何……?」

ホープはもう剣を構えてはいなかった。

ただ手に握り、切っ先は地を向いていた。

 エコーは上の空で続ける。

「その軍勢死してなお滅せず。されど生きず、殺し、増えるものなり。砦悉く堕ちたり。されど――青き業火――」

涙がひとしずく、頬を流れていた。

「そうだったの……ごめんなさい……ごめんなさい、またこんな悲しいことをさせてしまって……」

「エコー」

七星は珍しく悲しそうな顔をした。

「泣くなよお」

「ごめんなさい……」

エコーはしゃがみこんで泣いた。

 女は両手をやわらかく広げていた。

「あまり主人に見せたい姿ではないから、もう終わらせるわ」

目を閉じて何かを唱える。

警官の動く死体が全て粉々に弾け飛んだ。

 同時に、

「きゃっ!」

黒い球体が砕け散った。

破片が飛び、アイシーンは仰向けに倒れる。

 誰もが沈黙していた。

 時は止まっていた。やがて。

 アイシーンは、ゆっくりと起き上がる。

「……あ……」

辺りを見回す。

「……これは……?」

「猿芝居はおよしなさい」

女は目を開け、アイシーンを軽く睨む。

「とっくにその体に移っていたんでしょう」

「くっ――」

アイシーンの目が変わった。

もはやアイシーン自身の意識など一片も残っていないことは、離れて見ているホープにも知れた。

 女は手をかざす。

「破壊させてもらうわ」

「させてたまるかっ! 国家の悲願、この時代にて――果たす!」

口を大きく開ける。

猛烈な勢いで吐き出されたのは大量の黒炎だった。

 女は、

「他でやってね」

かざした手を軽く動かして黒炎をかき消し、

「じゃあ――」

「馬鹿な」

「さよなら」

 ぱん。

 軽い音だった。


 少女の体はその場で爆ぜ、


 女の姿はどこにも無かった。








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