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その三「殺人加速」





 その三






 「以上です」

ホープは直立のまま無理矢理そう締めくくった。

 ――伝書を受けた警団本部がこの町に派遣してきたのは、十数人の専門捜査員と、それを統べるスリムという名の男だった。ホープより階級は二つほど上らしいが、初対面である。

やたらに背の高い、ちょび髭の中年――いや、肌の質などを見るに、実のところそんなに歳ではないのかもしれない。だが面と向かう者に攻撃的な印象を与える鷲鼻や、いちいち肩眉を上げる仕草、また人を睨めつけるような目つきなど、細かい一つ一つの要素が、彼を頑固な中年男のように見せているのだった。

 そのスリムは今、警団支部のデスクを挟んでホープと向かい合ったまま、むっつりと沈黙していた。

 聞こえていなかったわけは無い。

そんなことは分かっていたが、敢えてホープは繰り返した。

「報告は以上です、ミスタースリム」

「ふん……」

スリムは一瞬窓の外を眺めるような仕草を見せたが、しかし次の瞬間には凄まじい勢いでデスクを叩いていた。その上身を乗り出し、唾がかかりそうな勢いでまくし立てる。

「君は! 君は上官を相手にふざけているのか? いや……確認の必要はあるまい。君は完全にふざけきっている。しかも常軌を逸したタイミングでだ! ここは田舎の酒場ではなく警団支部だし、今は葡萄酒を飲みながら冗談ごとを言い交わす時間ではなく事件の報告をすべき時なのだ! それを君という男は一体全体――」

「お言葉ですが」

「何だ!」

「その、……事実です」

もちろん一瞬の躊躇いはあったが、ホープはそうとしか言いようがないので、そう言うしかなかった。

「報告は全て事実です。老夫婦は密室で死んでいましたし――」

「そちらについては現在私の部下たちが調査中だ。不自然な点はじきに解明されるだろう。問題はロゼ夫人の件だ!」

再びスリムはデスクを叩く。

「直前までまともだった人間が、自分の顔面の肉を、怪力で引き剥がして死んだと? 例えまともではなかったにせよ、そんなバカな話がどこにある!」

「自分がそれを見たのです。そのとき一緒にいた者たちも同様の証言をするはずです」

「ふん、田舎者どもの証言などアテになるものか。どうせ暇なホラ吹きの集まりだ」

スリムは腕組みする。

 ホープは反射的に殴ってしまいそうになったが、何とかそれを堪えた。

「……ではミスタースリム、あなたはどうお考えなのですか」

「わざわざ言葉にしてほしいかねホープ君? 君はずいぶんと自虐的な性格をしている。つまりだ」

スリムはふんと鼻を鳴らす。これで何度目か知れない。

「君はちょっと目を離した隙に――いやひょっとしたら目の前で、――うむ、まあそれらは無いにせよ、少なくとも警官としての注意を怠ったことにより連続的に殺人の被害者を出してしまったという、不名誉な事実を誤魔化すためにだな」

「死んだ夫人の顔面をわざわざ引き剥がしたとでも言うのですか」

「ふん、そこまでは言っていないがね」

「言っているも同然だと思いますが……」

ホープにはだんだんとこの問答が忌々しく思えてきて、自然、口調も投げやりになってきた。

大体、ホープ自身にとっても、何が何だかわからない事件に違いは無い。分からないなりに事実を説明しているのにいちいち突っ込まれて、しかも突っ込むスリムも何が分からないかよく分かっていないくせに一丁前な態度で突っ込んでくるものだからどうにもならない。これはいくらなんでも不毛すぎる。

「とにかく自分から言えることは以上です」

締めくくるのは三度目であった。

 スリムは諦めたような目で、しかし実に不満げな声で唸った。

「まあいい。あくまで君が言い張るのならば上にはその通りに報告する。その結果君がどういう処分を受けようとも私の知ったことではないからな」

「心得ています」

 ドアが開き、七星が飛び込んできた。

「大変だホープ!」

「何だ」

「何だ」

ホープとスリムは同時にほとんど同じ反応をする。

 七星はきょとんとした顔でその顔を見比べ、

「……えっ」

頭をかく。

「……何が?」

「何がじゃないだろ。こっちが聞きたい」

「あっそうか。そりゃそうだよな。いやあ、お前らの雰囲気が微妙だから一瞬戸惑っちゃってさあ。ほらあたしって」

「喋るな喋るな。言おうとしてたことホントに忘れるぞ」

「ホントだよなあ。だってもう忘れたもん。だから安心していいぞ」

「……そうか」

どうせ、不味そうだと思っていた動物の肉を試しに食ってみたら意外と美味かったとか、その程度の話だろう。いつものことだ。

 横でやり取りを聞いていたスリムは軽く狼狽し、

「何だこの――」

バカは。多分そう言おうとしてやめ、ため息をつきながら首を振って、黙って支部を出て行ってしまった。

 七星はその後ろ姿を見送った後しばらく黙っていたが、やがてぽつりと呟いた。

「もしかして今のおっさん、あたしに気が……」

「無いと思うぞ。なぜそう思った?」

「女の勘ってやつだな。ホープには無いぞ。だって男だもん」

「だろうな」

エコーあたりにはありそうだが。

腹がすいていた。

「……そろそろ昼飯時か」

「うん。ちょっと早いけど食べてもいい頃だな」

「一緒に行くか、エコーのところへ」

「そうだな」

そう言って七星はホープの眼前から消えた。

「? な――」

次の瞬間、ホープは背後から羽交い絞めにされていた。

「――んのつもりだ七星?」

ぞっとするほど素早い。忘れがちだが七星の戦闘能力は、素手の状態でもホープの剣技を遥かに凌ぐ。一体どのようにして鍛えたのか知りたくはあるが、バカだからまともな答えが返ってきそうにないし、バカだからこそ普通の人間にはとても真似できないような修行をしていそうなので、訊いたところで無駄なような気がしてまだまともに訊ねたことが無い。

 背後から自信満々な声が聞こえる。

「あたしが連れてってやる。ひとっ飛びだぞ」

「生憎と……生憎とな、七星。俺は以前落っことされて湖底に突き刺さってから、お前の手で運んでもらうのは懲りてるんだ」

「あの時はくしゃみが出たから仕方なかったんだよ。それにしてもホープの背中あったかくてでっかいなあ。あたしドキドキしてきた」

「頬を寄せなくていい」

「わかった放す」

するりと腕がほどける。

「あたしも一緒に歩いていくよ。飛ぶより歩いたほうがお腹がすいていいもんな」

「そういうことだ」

ようやく二人は支部を後にした。


 わかば亭の扉を開けると、何やら妙な様子であった。

 中央のテーブルを挟み、見たこともない学者風の若者とエコーが向かい合っている。

店内にはその二人だけである。

テーブルにはいくつかの書物が広げられていた。

 エコーは入店したホープたちに気付いて立ち上がる。

「いらっしゃいませホープさん。あの――ごめんなさい、今ちょっと」

「話し中なら気にするな。俺たちは水でも飲んで待ってる」

ちらりと相手の男を見る。

 その男も席を立ち、被っていたフエルトの帽子を取って、ぺこりと頭を下げた。

「モアです」

まぶたにかかった金髪をさらりと除ける。線の細い男だった。

「此度この町の近隣にて発生したある問題についての調査をするため、国立研究室より遣わされた者です。あの――警団の方でしょうか」

「ああ、ホープだ」

「丁度良かった。もしよろしければ、あなたにもお話に加わっていただきたいのですが」

「俺に?」

「ええ。ひょっとしたらあなた方の力を借りることになるかも知れないので」

「穏やかじゃない話しか」

「そう――ですね」

モアは再び帽子を被って頷く。

「場合によっては危険なことになりかねない事態です。いえ、もしかすると既に」

 横から七星が割って入る。

「なあ、みんな座ろうぜ。突っ立ってるとなんか落ち着かないし」

「一番落ち着きが無い奴の台詞とは思えんな」

「だろ」

「照れるところじゃないぞ」

「あの――こちらの方は?」

首をかしげたモアに、

「七星さんです」

「バカだ」

「よろしく」

エコー、ホープ、七星本人は順にそう答えた。

 取り敢えずホープと七星、そしてモアは、中央のテーブルを囲んで座った。

エコーは皆の分の食事を用意しに厨房へ行った。アイスブルーの姿は、今日は見えない。

 モアはテーブルの上で指を組んで切り出した。

「さっきも言いました通り……私はこの町、正確にはこの町の近くにある山の中で発生したある問題についての調査をするため派遣されました。そこへ偶然にも魔法研究の大家、エコー・シルクロード氏がお住まいだったもので、ご意見を――」

「つまりエコーに関係のあるような話しか」

「そうです。問題とは――」

卓上に開かれた古そうな分厚い書物を指す。

「――これについてです」

「これ?」

ホープはそれを手にとって見る。

そこには小さな文字での説明書きと、統一破壊時代の人間が当時の風景を描いたものらしい絵の写しがひとつ載っていた。取り敢えず目立つ文字を読んでみる。

「……封印遺跡」

写しは、石で出来た建造物の入り口――だろうか。もとの絵が風化していたらしくあまり判然としない。

 モアは頷いた。

「ええ。とはいっても、封印遺跡とはこの世界の各地にある同じ用途で作られた建造物の総称で個々の名前はありません。そのひとつがこの近くの山に存在します」

「用途というのは?」

「統一破壊時代に開発された魔導兵器の保管です」

「何……」

「あまり知られていない話ですが」

モアはほんの少し声を落とす。

「長い時を経ても、魔導兵器の全てが完全に失われたわけではありません。統一破壊時代に使われた魔導の器具は、当時の者たちの手によって、様々な理由で厳重に保管されていました。今に至るまで」

「あんた方みたいな研究機関に発見されなかった理由は?」

「全てとは言えませんが、一応発見はされていました。ただ発掘が出来なかったのです。当時の高度な技術によって魔法の封印が為されていたため、これもまた様々な理由で――例えば呪術防壁などによってですが、人の手による保管が不可能でした。それはそれで良かったのです。しかしここ十数年で状況が変わってきました」

モアはまた指を組む。

「ぽつりぽつりと、その封印の効力が切れるケースが見られまして」

「理由は」

「単純な風化なのか元々そのように出来ていたのか判然としません。重要なのは、危険な魔導兵器が人の手に触れる可能性が出てきたということです」

「この町の近くにある遺跡もそうなったというわけか」

「その通りです」

「ならあんた方の手で持って行って保管してもらえれば済むことじゃないのか?」

「そこに有ればそうしました」

「……有れば?」

話が見えてきた。

 モアはため息をつく。

「我々は、封印が失効して魔導兵器のひとつひとつが野放しになることを恐れ、定期的に各遺跡の調査を行っていました。そして半月ほど前、山中の遺跡の封印が消えていることに気付いたのです」

「だがその時には……というわけか」

「そう。中にあるはずのモノが、恐らく何者かの手によって持ち去られた後でした。つまり、魔導兵器がひとつ野放しになっている。その報告を受けて我々は、その消えた魔導兵器がどういったものだったのかを急遽調べ上げました」

「分かったのか」

「こちらです」

ホープは次の本を渡された。

 そこには、絵の写しだけが載っていた。

黒い球。

全体が眼球のようにも見える、奇妙な装飾が施されている。

「……どんな道具だ?」

「使用法については資料のほとんどが欠損していて不明です。そこでエコー氏の助力を仰いだのですが……やはり分からないそうで。エコー氏にも分からないようなら、多分誰にも分からないでしょう。結論から言いますと、どんなことが起きるのかも分からない危険な状態だということです」

「曖昧で厄介な話だな……」

こっちはただでさえ問題を抱えているのに。

ため息をつくホープの横目に、そろそろと卓上の本へ伸びてゆく手がうつった。

 反射的に、ぺしりと叩いてしまった。

 七星は手を引っ込める。

「あいた」

「なぜお前が見ようとする」

「だって……なんか仲間はずれにされてる感じがしたんだ。二人で意地悪して大人の話ばっかりして」

「大人――。お前のほうが年上だろ」

「なあ見せてくれよお」

「触ったら壊すからダメだ。お前本なんか手に取ったこと無いだろ」

「あるよお……。無いけど」

「嘘つけないなら最初からつこうとするな。――ほれ」

ホープは開いたままの本を持ち、七星に見えるよう向けた。

 七星はそれを覗き込む。

魔導兵器らしい黒い球状の物体が描かれたところをしばらく見つめていたが、やがて眉がへの字を作った。

「あれ……?」

「どうした」

「あたし、これ知ってるなあ」

「何?」

ホープが問いただす前に、

 椅子をふっ飛ばさんばかりの勢いでモアが立ち上がる。

「どこでこれを見たんですか!」

「うん……」

首をかしげる。

「市場の魚屋で売ってたような……あたしんちの燭台に似てるような……」

「なあ七星、そろそろ帰れ」

「あっ、ちょっと待った。違う違う、ああ何だっけ、ホープ、これどこにあったんだっけ?」

「俺に聞くな」

 エコーが出来上がった料理をトレイに載せて持ってくる。

「何か分かりましたか?」

「……七星の大活躍でそろそろ解決しそうだ」

「わあ。やっぱり三人寄れば文殊の知恵ですね。素晴らしいです」

「嘘に決まってるだろう」

「ああ、子供か」

七星がぽつりと呟く。

 三人が七星に注目した。

 七星は、そうだ、そうだ、と一人で勝手に頷いている。

「子供が持ってたんだ。あのとき、森で見かけた、ダヴィドフ家の子供たちが。手鞠にしちゃ大きいから、変なもの持ってるなあって思ったんだよな」

「ダヴィドフ家の?」

ホープの背筋がぞくりと波打つ。

なぜかは分からない。

 エコーは――

「あの子供たちが、それを? だとしたら」

トレイをテーブルに置いた、その姿勢のまま、硬直していた。

「もし、そうなのだとしたら繋がってしまいます」

「おいエコー?」

「なんてことでしょう。こんなことに――だから」

ふらふらと揺れ、立ち上がったホープの胸に、倒れこむように寄りかかる。

「だから」

「エコー……?」

「だから戦争はきらいなんです、私――」

「……おい……?」

ホープは戸惑っていた。

 エコーはホープの胸に顔を埋めて泣いていた。

触れれば折れそうな肩が細かく震えていた。その肩を思わず抱きしめてやりたくなったが、それは――多分おかしいので、やめることにした。

エコーは何に気付いたのか。

少なくとも。

 モアが呟く。

「今この町で起きているという連続変死事件と……この件は関係している。そういうわけでしょうか? だとしたら、どんな形で? あれは一体どんな兵器だったのですか?」

 ドアが開いた。

あわてた様子で駆け込んできたのはエピックだった。

「先輩! ――っと」

店内の光景にたじろいだ様子だった。

「あらら、これは一体どういうわけで? 何となく怪しい雰囲気漂ってますけど」

「……説明は後で気が向いたらしてやる」

「はあ」

「そっちこそ何ごとだ」

「あっ、そうだったっ!」

エピックはあらためて狼狽し始めた。

「そう、大変なんです先輩! また人死にですよ! 今本部の連中が現場調べてますけど、またダヴィドフ家の人間が……今度は若旦那が――娘さん、あの……妹のほうを、その……猟銃で」

「殺したのか」

「そ、そうらしいんです! 屋敷の中で、突然! でもそれだけじゃなくて、娘を殺した直後に、若旦那自身も自分の頭をふっ飛ばして死んだって……」

エピックは、自分で自分の言っていることが今ひとつ信じられないのか、間の抜けた顔でそう語った。

 店内は沈黙していた。

 ホープは――やけに冷えた頭で、しかし曖昧に思考をめぐらせる。

老夫婦、息子夫婦に、子供が一人。

立て続けに五人。

「これで五人死んだ……」

呟く。

うち二人は、

「二人は自殺――、……か――。……エピック」

この状況。

「本部連中の見解は?」

「そ、それなんですが、自殺した若旦那が、一連の事件の犯人だったんじゃないかとの考えらしく」

「ちょっと待て、じゃあ婦人の死は――?」

ああ、そうか。

「いや……何でもない」

ホープの言ったことなど、あのスリムは信じてはいないのだ。

老夫婦の死についても適当にこじつけ、最終的には異常殺人という形で決着をつけるつもりなのだろう。

 エコーがホープの胸にしがみついたまま、ぽつりと呟いた。

「いけません」

「何?」

「なんにも決着してません……っ!」

悲痛な声とともに顔を上げる。

「このままじゃまた誰か死にます! 殺されます! 第一――この事件に自殺者なんて誰もいないんです! みんな、みんな殺されたんだからっ!」

「ちょ、待て、どういう」

 エコーはふらふらとホープから離れる。

「エピックさん、あの子はどこですか、あの子は……今どこに」

「それってダヴィドフ家の孫娘のアイシーン――お姉ちゃんのほうですか?」

「そうです……あの子は」

「支部の奥の間で、スリム氏――ってのは本部から派遣されたお偉いさんですが、あの人の部下たちが、とりあえず保護してるはずです。もうあの家にはメイドとあの子しかいませんからね。この先のことを決めるためにも……って、えっ? まさか、ちょっと」

「その人たちがあぶないです――もう、とっくに飲み込まれてるのに……!」

言うが早いか、エコーは誰が止める間もなく店を飛び出した。

 残されたホープとエピック、モア、それから七星は、顔を見合わせる。

 エピックは面白くも無いだろうに薄く笑っていた。

「あの……エコーさんが言ってたこと、まさか、こういうことじゃないですよね? つまりあの家の子供が……」

「とにかく――」

ホープは頭をかく。

「追いかけるぞ。よく分からんが、えらく悪い状況らしい」

「悪いコトになってるよな。うん。あたしにも分かったぜ。昼メシの時間なのに、みんなあんまり楽しくなさそうだったもんな」

七星も頷く。

「だから、まだ料理半分くらいしか食ってないけど、我慢してやめにする! 何か手伝えそうだったらあたしも手伝わないといけないもんな!」

七星はこの短時間に、もう出された料理を半分食ったらしい。呆れつつ――ホープは走りだした。

エピックも、モアも続く。七星はいつの間にか先頭を走っていた。

 だが、結局ホープたちは警団支部には辿りつかなかった。

 店を出てほんの二、三分走ったところで、本部から派遣された警団員の一人に呼び止められているエコーの姿を見つけたからである。そこはまだ野原の上の一本道であった。

 四人はやや距離をおいて立ち止まる。

 ホープだけが、少し上がった息をととのえつつ二人に歩み寄った。エコーも警団員も、興奮しているようでこちらに気付かない。団員のほうに声をかけた。

「……どうしましたか」

「あ――支部長殿、でしたね」

若い団員はかなり狼狽している様子だった。

「いえ――」

答えながら、ホープは横目でエコーを見る。今にも倒れんばかりの面持ちで下を見ている。

「――支部長といっても、階級は多分あなたと同じですよ。何がありました?」

「殺されました」

「ええ、エピックから話は聞いています。何でもダヴィドフ家の」

「たった今!」

若い団員は頭を振り回す。

「同僚が二人殺されたんです! ダヴィドフ家の使用人に!」

「は――?」

「支部でダヴィドフ家の生き残りの少女、アイシーンを保護していた団員たちが、突然乱入してきた若いメイドに襲われました。死亡者二、重傷が一人! かすり傷が、ここに一人!」

腕を見せられる。指一本分ほどの長さの切り傷があった。

「アイシーンはそのまま連れ去られました! 今総動員で二人の行方を捜索しているところです!」

「ちょっと待ってください」

聞いていたモアが歩み寄る。

「訓練されて武装した警団員の方々が、たった一人のメイドさんに押し込まれて、どうすることも出来なかったんですか?」

「出来なかったんですか、だって? ふ、ははっ、何も出来るわけが無い!」

団員は引きつった笑顔で地団太を踏んだ。顔の筋肉が痙攣していた。

「あれはまるでバケモノだった。あなた達は、片手で大剣を振り回す十七、八のメイドを見たことがあるか? 蹴りで壁に穴を開け、人間を縦にぶった斬るメイドを!」

「何だそれは?」

想像力が追いつかず、ホープはただ、壊れた仕事場の有様だけを思い浮かべた。

 エコーがいつになく張った声で言った。

「もう時間がありません。なにが起きるかもわかりません。一刻も早くその二人を探し出さないと」

「よし」

ホープは理解していないなりに頷く。

「探すぞ。出来れば俺たちで見つけ出したい。ミスタースリムは当てにならん」

「みなさん、くれぐれも気をつけてください」

エコーが釘を刺した。

「もうただ事ではなくなっています……もし見つけても、決して、無理してつかまえようとはしないで」

 七星は地を蹴ってひとつ羽ばたき、宙に浮く。

「よっし、あたしは空から探す!」

くるりと回り、激しく羽根を動かし、そのまま高く、高く舞い上がった。

 そして捜索が始まった。








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