与えられた力
■休憩室
先ほどの大広間ではなく、4人も入れば窮屈になりそうな部屋に案内された。
テーブルがひとつにいすが並べられおり、鉄格子のような窓。
飾り気はないが、白い壁とひとつだけ飾ってある騎士(?)のような肖像画だけが目立っている。
エリシアさんが他の人とボソボソと会話したあとに、皆は部屋から出て行った。
「どうしてエリシアさん以外の方々は出て行ったのですか?」
念じるだけで会話できるといっても、そんなコミュニケーションは慣れてないので、
普通に声に出して話しかけてみる。どうせ意味はテレパシー(?)で伝わるのだから。
その意図が伝わったのか、エリシアさんも声に出しながらテレパシーを送って来てくれた。
「えぇ、残念ながら言葉は全く通じないみたいなので、まずは私のほうから一通り状況をお伝えして、
気持ちが落ち着かれてから、司祭様達と改めてお話したほうが良いと思いました。」
「なるほど、知らない爺さんに囲まれてたら確かに落ち着くもんも落ち着かないからな。
とはいえ、若い女性と知らない男を2人っきりにするのはちょっと無用心だけどな。」
「先ほどのちょっとのやりとりで酷いことをするような人ではないとわかりましたから。
それにいざ襲われたところで、テレパシーで外に助けを呼べますからね」
「ふ~ん。便利な力だな。ところで今の話を聞く限りこの変わった力を持っているのは
エリシアさんだけなのかな?」
「はい。ちょっと特別な力で他に持っている人はいません。なので、今回、異世界からの方を
お呼びするとのことで役に立つかも、ということで呼ばれました。」
・・・?
「異世界?って言ったか?」
「えぇ、混乱すると思われますがここはあなたのおられた世界とは異なる世界です。
あー、やっぱり混乱されますよね?ゆっくり順を追って説明しますね。」
突拍子のない話だった。
彼女の話によると、
・この世界は俺の知っている世界と異なる
・こちらの世界は海で隔たれた大きな2つの大陸があり、ひとつが人間の支配、ひとつが魔族の支配となっている
・人間の大陸にはいくつかの王国があり、ここはそのひとつのキアヌ王国の城下町にある修道院である
・キアヌ王国は「イクス教」と呼ばれる宗教の中心的な国であり、他に属国的には国がある
・人間の大陸にはその他に「エデル教」がありこれらは対立している
「う~ん、正直信じられないってのが本音だな。まぁそれは置いといて、
どうしておれはここに呼ばれたんだ?それにどうやって呼んだんだ?」
「イクス教は古来より一人の異世界の方をこの世界にお向かえしております。その方がお亡くなりになられると
次の方をお呼びするという仕来りです。
どうやっているのかは、、すいません私ごときでは知ってよい話ではないので正直わかりません。
ただ火の神様が"最も火の扱いに優れたものを選んでいる"とだけ教えられています。」
「個人的には火の扱いなんてわからないんだがな。それよりもどうやって呼んでいるのかが物理学者としては
とても気になるところなのだが、わからないのでは仕方ないな」
「えぇ、あなた様は学者様なのですか?物理、、というのはあまり存じ上げませんが。」
「あぁ、光とか物質とかがどうやって成り立っているのか?なんかを研究してるっていえばよいのかな。
そういえば自己紹介していなかったな。改めてだが、島崎太一という。えー、前の世界では日本という国の
学者の端くれだ。といってもまだ30歳で学者の世界では下っ端もいいところだけどな。」
「島崎様ですね。ふふっ、すごく壮大なことを研究なさっていたのですね。魔法なんかも島崎さんの手に掛かれば
解明されちゃうのかもしれないですね。」
「魔法?さっき魔族って聞いたときにもしかしてと思ったが、この世界には魔法があるのか?
あっ、ひょっとしてエリシアさんのこの力も魔法ってやつなのか?」
「えっと、この力はちょっと特別で魔法とは違います。だけど王宮の中には魔法が使える人たちが何人もいると
聞いています。あと島崎様と同じように前に異世界からこられていたエマーノフ様は火を操る優れた魔法使い
だったと聞いています。」
「エマーノフ様か、、、名前的にはロシア系の人だったのか。
それにしても魔法なんて存在するなんてな。。。。ひょっとして俺も火の偉大な魔法使いと期待されてるのか?
それだったら残念ながら見込み違いだな。偉大どころか魔法なんて全く使えないぞ。」
「それについては司祭様からお話があるとのことです。
ちょうど良い時間になりましたので司祭様と島崎様のこれからについてお話することにしましょうか。」
そういって、司祭のいる部屋とやらに案内された。
どうも最初に思っていた以上にやっかいな状況に巻き込まれているらしい。
1日2日くらいで帰って、次の学会に向けた研究の準備をしようと考えていたけど、
そんな雰囲気じゃなそうだな。
エマーノフさんは死ぬまでこっちにいたそうだがたまったもんじゃない、
おれはまだまだやりたいことがあるんだ。絶対に日本に帰ってやる。
■司祭室
先ほどの部屋より一回りほど広くて厳かな雰囲気の部屋に入ると、そこには先ほどの爺さんのうちの2人と
若い衛兵のような男が2名、入り口を固めるようにたっている。
まずはエリシアさんから司祭に話かけると、しばらく2人で会話を続けた。
おそらくさっきの俺の情報を共有しているんだろう。
火の魔法が使えないということがわかって役立たずのお役御免とならないかなぁ。。
しばらくするとエリシアさんが戻ってきた。
「火の魔法については心配ないそうです。これからイクス様の加護を受けることで"火の番人"としての
力を得るそうです。あっ、火の番人とはイクス様が選ばれた異世界からのお客様のことらしいです。」
「これまた厨二病っぽい名前だな。本当はそんな加護受けたくもないんだが、受けるしかないんだろうね。」
すると司祭と呼ばれている爺さんから赤い腕輪を渡された。腕にはめれば良いのか?
なんとなくジェスチャーでわかったので腕に嵌める。
すると突然に腕輪が光り輝き腕全体が熱くなった。といっても燃えるような熱ではなく、ぽかぽかと気持ちいい健康グッズなら
評判のよさそうな熱だ。
「司祭様より加護のお言葉をいただきます。島崎様、目を瞑って受け入れてください。」
「おぅ、もはや乗りかかった船だ。」
司祭と呼ばれる爺さんが厳かな声で何かお経のような文言をつぶやく。
「***************、*********…」
う~ん、やっぱり何を言っているかわからんな。
そう思った瞬間突然、眩暈のような錯覚に陥り、急に足元が崩れ落ちるような感覚に襲われた。
世界が回るような吐き気を催すような気分に苦しみだすと頭の中にエリシアさんとは異なる
ひどく失礼な声が聞こえた。
(貴様が新しい番人か?ふん、前の女に比べたら魔法適正が低いな。まぁいい。貴様には2つの力をやる。
この二つの力を使ってイクス教徒を守るシンボルになるのだ!まちがってもエデルなんぞに覇権を
取られるなよ?貴様に与える力は炎と耐熱の2つだ。感謝して使え。)
声が消えるとともに吐き気もおさまったが、ひどく不愉快な気持ちが残っている。
「島崎様大丈夫ですか?」
「あぁ、なんとか大丈夫だ。」
「良かった。顔色が悪いですし、腕もかなり、、その変色してしまっているので。。」
腕を見てみると先ほどの腕輪が腕と一体化しており、全体的に赤黒く変色している。
くそっ、なんなんだこれは。
「あの、島崎様。司祭様より、無事にイクス様より炎の力は頂けたのか?と聞かれています。」
「イクスってのはさっきの声のやつか。たしかに炎の力を授けるみたいなこと言ってたな。」
そのことを聞いて部屋の中で換気の声が上がった。
「ただ、どうやって使うのか?とかは聞いてないぞ?」
「手のひらを向けて、そちらに炎を強くイメージすれば出てくるそうです。エマーノフ様のお言葉です。
あっ、ここではやらないでくださいよ。大変危険らしいので。
司祭様達も外の広場でその力を見てみたいらしいです。」
■教会外の広場
司祭たちに言われるまま外に連れ出された。
開けた広場の30m程先には大きな林となっている。
たしかにここなら多少の火遊びを行っても、火事になることはないな。
「大丈夫そうでしょうか?」
エリシアさんが心配そうな顔をして聞いてきた。
「ん~、なんせ初めてのことだからなんとも。そもそも本当に炎の力なんてあるのか
信用していないし、うまくいかないかもな。」
半信半疑のまま実際に手の平を森のほうに向けて炎のイメージをしてみた。
すると
ゴォォオオオオ
手のひらから直径30cmほどの火の玉がまっすぐ森にとび、大きな木にぶつかって弾けとんだ。
「おぉぉぉ、何だこれ。すげぇ、、、、おれ人間やめちゃったのかな。」
ざわつく司祭達がエリシアを呼びつけて、何かを俺に伝言頼んでいるようだ。
「司祭様より最大限の力を見てみたいそうです。なのでもっともっと大きな火の玉をイメージして
出してほしいとのことです。」
そんなことできるのか?
もう一度手を掲げて今度は直径1mくらいの玉をイメージしてみた。
ゴォォオォオォ
う~ん、先ほどよりちょっとだけ大きいがとてもイメージどおりにはならないな。
ためしにもう2,3回撃ってみるがやはり変わらない。ここらへんが上限のようだ。
またしてもエリシアと司教が話をして、戻ってきたエリシアが申し訳なさそうな顔をしている。
「どうした?」
「あの、、大変申し訳にくいのですが、今のが全力なのか?と聞かれています。」
「全力って感覚がいまいちわからんが、あれより大きいのはイメージしても出てこなかったな」
「申し上げにくいのですが、エマーノフ様のときに比べて100分の1の大きさもないとのことです。。」
「100倍!!ってことは直径30mクラスってことか? エマーノフさん恐るべし。」
またしてもエリシアさんが罰の悪そうな顔をしている。
「実は、、 正直申し上げると、今の島崎様の力では、、、これから始まる戦争の戦力にはならないとのことです。
なのでしばらく教会で生活しながら炎の力の制御を覚えていただく、だそうです。」
「いやいや、ちょっと待て、しばらくって何だよ!そして戦争って何だよ!おれは早く日本に帰りたい。
役に立たないってなら家に帰してくれよ。」
「それはできないそうです。イクス教の教えとして、炎の番人はイクス教から窮地を救うのが使命とのことです。
そして今のままではイクス教の窮地を救うことがとてもできないそうです。」
「おい、待ってくれよ。そしたらその戦争とやらでイクス教の窮地を救うくらいの活躍したら帰してくれるんだろうな?」
困った顔をしたエリシアさんが司祭と今の会話を伝えると、
「すべてはイクス様のお心次第としか言えないそうです。ただ、イクス様が炎の番人に求められていることを
やり遂げることがその加護を頂くもっとも近道になるはず、だそうです。」
あまりの理不尽に声を荒げたくなるが、この場でエリシアさんに当たっても仕方ない。
当面、後ろの司祭達のいうとおりにまずは力をつけるしかないのか。
はぁー、どれだけ時間がかかるんだ。
半年?1年?
そのころに日本に帰っても研究室に俺の居場所は残ってないんだろうな。
独身だったのがせめてもの救いだ。
そうして、教会の庇護を受けながらの生活が始まった。