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さよならは言わないで、背中を向けて

作者: 浪月

 五十八区画のメジド山脈とベレン山脈の間にある農牧の村、メサイマ村の東端にポツンと建つ民家の一角を改造して作ったバーのカウンターで酒を煽る男に声をかける女がいた。

「久しぶりね」

 生憎と酒場は繁盛していないようで、この二人とバーテン以外の姿はない。

「隣空いてるぜ」

 ニヒルに笑う男をよそに女は酒を注文し、隣に座る。

「何に致しますか?」

「ワスタン、レイジデールで」

 注文した酒は直ぐには出てこない。女はその退屈な時間こそが醍醐味だと、目を細め楽しげに、まったりと寛いでいた。

「お待たせ致しました。ヴェルドレシピのワスタンでございます」

 ゆったりとした動作で女はカクテル・グラスを持ち隣へ向ける。

「互いの生存に」

 一歩遅れながら男もショット・グラスを隣へ向けた。

「乾杯」

 そして、二人はしばらく無言のまま酒を味わい、再び口を開いたのは灯りが一つ消えた頃だった。

「最近どうよ」

 先に口を開いたのは男。

「まあぼちぼちね」

 そっけなく返す女。

 また、無言になる。

 灯りが二つ消えた頃、今度は女が切り出した。

「スヴェリデルの尻尾、手に入ったの」

 その言葉に男は色めきだった。

「ホンモノかよ、それ」

「勿論本物よ。ペイット洞窟の隠し神殿から私が直々に手に入れた物だもの」

 口元に手を当て女は自慢げにマジックポシェットをチラつかせる。

「ドバルエールの雫」

 男がぼそりと漏らした単語に自慢げな表情の女は驚愕の表情へ変わった。

「嘘でしょ、六十区画の至宝じゃない!!」

「しかもバージンだ」

 女は喉を鳴らし、真剣な表情を見せると「oneでどう?」と切り出した。

 男は不敵に笑いチッチッチと指を振る。

「hundredだ」

「私が手に入れた尻尾、二股なのよ」

 今度は男が驚愕の表情を見せ、そして観念したような笑いと共に両手を挙げて降参のポーズをとる。

「fifty」

 してやったりと女はグラスに残った酒を一息に煽った。

 寸劇もほどほどに切り上げ、二人はいそいそと己のマジックポシェットを漁り目当ての品を取り出す。

「どう、この色ツヤ匂いどれを取っても食欲を唆るでしょ」

 女が取り出したのは五十センチもあろうかという二股の肉の燻製。

「流石の物だな。だがなぁこれを見ろ余裕なんざぁ吹っ飛ぶぜ」

 男は鈍琥珀に煌めくラム酒の大ボトルをカウンターに置いた。

「…………」

「…………」

 二人は目を合わせ無言のまま頷きあうと、男は大ボトルをマスターに手渡す。

 女は男が腰元に差した質素無骨な大型ナイフをするりと抜き取り、燻製を目にも鮮やかに一口に切り分けて見せた。

「さて」

 鈍琥珀に煌めく二人分のブランデー・グラスが並べられると男と女は向かい合い、右手でグラスを持つと目線近くまで上げる。

「一月振りの地味武器同盟二人の再会に祝福を」

「臆病者二人の息災に感謝を」

「我らが命がくそったれのゲーム機に食われていない事を祝して」

 二人は交互に祝辞を述べ、微笑み……

「乾杯」

 グラスを持った指と指を合わせた。

 それはそれはつまらなそうに楽しそうに見つめ合って……

 そんな二人がバーを出たのは日が昇る直前だった。

 気分良さげに男の数歩先を歩く女は半分だけ顔を覗かせる朝日を背に振り返り、事も無げに男の名前を呼ぶ。

「ジャック」

 ほろ酔い気分で上機嫌に牧草を揺らす朝風に当たっていた男は、突然ゲテモノを見つけた時に浮かべるような驚愕とも物珍しさとも言えない変な表情になり、訝しげに女を見つめ声を捻り出した。五年来の付き合いになるが、普段は名前どころかお前さえ言いはしないのに。それはもう天変地異の前触れかと疑いもするだろう。

「どうした? 珍しい。死ににでも行くのかよ」

 この反応が女にとって想定していた理想の流れだったらしく、魂を抜き取りそうなくらい素敵に微笑んで言った。

「来月の今日、またここで飲み合いましょう」

「気が向いたらな」

 返事をした男はそっぽを向く。それは赤くなった顔を隠すためか、彼女の何かを見ないためか、またはどっちもかもしれない。

 答えは本人さえ知らないのだから。

「じゃあね」

 ポシェットから一振りの刀を取り出し、腰のベルトに差した女はメジド天空神殿の入り口へ続く東門へ体を向けた。

「なあノノ」

 男にしても珍しく女を名前で呼ぶ。

「何よ?」

 顔だけ振り向かせ女は返事をする。こっちは名前で呼ばれた事に対しての驚きは少ないらしく、さして表情の変化は見受けられない。

「餞別だ、持ってけよ」

 笑って男はポケットから小さな白い羽のお守りを女の足元に放った。

 今度は女が訝しげな表情で男を見つめた後、泣き笑いながらそれを拾う。

「ばーかばーかばーか、ばかばかばかばかばか……ばかっ」

 拾い上げたその時にはもうポロポロと涙が足元を濡らしていた。

 泣き顔を俯けたままいる女に、男はそっと自分の黒いスペンサーを被せて背を向ける。

「んじゃ、またな」

 それだけ言うと、男はベレン山脈迷宮の入り口へ続く西門へ足を進めた。

 男は女を信じ、女は自分を信じていなかった。

 女は今生の別れと信じ、それを一切滲ませた気はなかった——のにだ、男はそれを知っていた。

 口には出さず、ただいつもとはちょっと違う言葉で見送って……こんなの情けないったらありゃしないだろう。

 惨めなプライドはズッタズタ、わずかに残った意地も半分折れかけてる。

 でも、不思議とスッキリした気持ちになった女は立ち上がり、目指す場所へゆっくりと歩いて行った。

 黒いスペンサーに袖を通して、小さな白い羽のお守りを手で弄びながら。

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