女流探偵、ホシ非ずツキを探す
「ここにおられます皆様の中に、貞二さん殺しの真犯人がいます」
無い胸を張って断言するは、女流探偵の木俣マキ。
だがこれに、被害者の長男が鼻を鳴らした。
「フン。当たり前だろが、そんなことなど」
こんな売り言葉は、すぐに買ってしまうマキさんである。
「ほう? では、今からお答えしましょう。吠え面をかかないように」
「吠え面だと? 何故に、この私がかく必要があるんだ?」
ここで探偵、再び一同を見回し
「現場には、貞二さんの血でもって書かれた文字が残っておりました」
これに反応したのは、またもや長男だ。
「ああ、ダイニングメッセージとかいうやつだな」
「ほう? お食事中に、何を伝言されると? これまたお行儀が悪いこと……ん? まさか、ひょっとして、ダイイングと間違えられた?」
「クッ」
早速、吠え面をかいてしまった模様。
そしてマキさん、それを冷笑しつつ、先を続けている。
「そこには、漢字で『月』と書いてありました……おそらくここで事切れ、続きが書けなかったと思われます。つまり、完成させたかった文字は」
そして、顔を背けたままの長男に向かって、声を大にし
「さあ、こちらをお向きなさい! 豚也さん!」
これに、顔を反転させたご本人
「はああ? 私の名は琢也だ、琢也! 月偏なんかじゃない! 大体、そんな名前のやつがおるか!」
「ちなみに月偏じゃなくって、この場合は肉月と言うんですよ。腸とか脚なんかと同じなんです」
「ウンチクなんぞ要らんわ。自分の方こそ肉付きが悪いくせに」
しかし意に介さないマキさん、しれっと
「貞二さんが、うっかり間違えたかも?」
「じ、自分の息子の名を間違えるわけがない!」
「フッフッフ。今のは、ほんの冗談ですよ……豚也さん」
「た、たく……」
だが女流探偵、これをしかとし
「では、改めまして真実を述べます」
と、次に初老の女に視線を移し
「確か奥様の旧姓は、月岡でしたね?」
唐突の話題に、一瞬その目を丸くした相手だったが
「よ、よくそこまで。でもそれが……」
ここでハッと気づき
「だ、誰が今際の際に、わざわざ旧姓を書き残すんですか!」
「フフッ、今のは余興ですよ、余興。で、いよいよ真打ち登場というわけで」
そうほざきながら、次に長女の方を向いたマキさん。
「ルナさん、でしたよね? アッハッハ、まさしく月だ」
だが三十路の女は、これにもやはり
「息を引き取る際に、わざわざ翻訳なんかしませんって! ましてやルナって、書きやすいカタカナなんですって!」
はたして女流探偵、三たび
「フフッ、イッツ・ア・ジョークです」
「フン、悪びれることを知らん女だ」
「あら、豚也さん? 何かおっしゃいまして?」
「た、たくや……」
やはりこの抗議をスルーしたマキさん、三人に向かって
「これぞ、探偵の極意である消去法なのです。ほら、お一人だけ残ったでしょう? 実は冗談やら余興をかましつつ、じわりじわりとプレッシャーをかけていたんです」
「ひ、一人って?」
異口同音で振り返った三人。そして、そこには……
「の、則雄さんが?」
眼鏡をかけた童顔の男、ルナの婿養子である。
「実は皆様が月と思われてた字は、それ自体が書きかけだったのです!」
しかし、琢也より
「何、言ってるんだ? 端から『月だ、月だ』とほざいてたのは、あんたじゃないか!」
「真犯人に悟られなきよう、所謂カモフラージュでした」
「嘘こけ」
「つまり貞二さんは、『貝』と書こうとして力尽きたのです」
「また眉唾のことを。漢字より平仮名の『のりお』の方書きやすいだろが!」
だが何とここでご本人の口より、わなわなと震えさせつつも
「こ、この僕が、義父さんの首を……」
「はああ? う、嘘だろ?」
「の、則雄さんが?」
「あ、あなた、嘘だと言って!」
どよめく三人を見ながら探偵、澄まし顔で
「ほうれ、みんさい! これぞ、巷で名探偵と称される所以!」
と、勝ち誇って、すぐに右手でピースのポーズ
「木俣だけに、キマッタ! イェイ!」
ここで琢也がポソッと
「フン、まさに運だけで生きてきおって。そのうち、運の『尽き』となるわ」
了