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日本皇国、日章旗を胸に  作者: 海空陸一体
第一次世界大戦~蠢く蛇の知恵
19/19

第一五話 〈エムデン〉ショック・前編

 感想返し


 投稿者: ペンテル

 Q:▼気になる点

 北海道財閥の話を聞く限り三菱などと対抗できるだけの規模があるように思えますが、国内にも海外にも知られずにどうやってそこまで大きく出来るのでしょうか?軍からの仕事はあったみたいですが

、軍需産業の規模なんてたかがしれてますし(特に当時の日本だと)、民需に進出しない限り財閥と呼ばれるまでの拡大は不可能だと思います。加えて財閥規模になったなら風魔一族を従えている成彦には絶対耳に入ると思いますが……。

   ▼一言

 かなり北海道財閥のところには無理があるとは思いますが、小説自体は楽しく読ませていただいているので、更新頑張ってください。


 A:北海道財閥は三菱や三井と同じ明治初期頃に、その前身である室蘭工業会が発足したのが歴史設定になっております。明治政府による北海道、この当時は蝦夷と言う表現が一般的でしたが、その開拓計画に上手く乗り込み、徐々に規模を拡大していきます。当然、拡大一途を辿った室蘭工業会は資金難の壁にぶち当たります。

 そこで事実上のパトロンとなる今川富婦人が齋藤又吉に嫁入りしたことで、入ってくる潤沢な外貨を担保に、海外企業から顧問役の受け入れや科学技術を導入。会社名も室蘭重工へ改名すると同時に、海運業や鉄道業などに参入。事業を拡大し北海道財閥を形成し始めます。

 本州でパイを奪い合っていた日本四大財閥から見れば、北海道は辺境の中の辺境なので、ある程度政府主導の開発事業が軌道に乗ってから参入しようとしていたので、この北海道財閥の形成を意図的に見過ごしていたわけです。そして、進出しようとした時には遅く、北海道財閥は基礎をガッチリと固めていたのです。

 その結果、北海道財閥二代目を暗殺などの強硬手段を取りますが、北海道財閥の社員は屯田兵として島流し同然で送り出された元武士たちや現地雇用のアイヌ民族です。北海道財閥の果敢な反撃に四大財閥が損切りする形で、北海道における血生臭い争奪戦が終息するわけです。


 風魔一族は北条家滅亡後、大きく衰退した設定であります。諜報組織としては壊滅状態であり、北海道まで手を回す余力がありません。珠洲ノ宮成彦の傘下に入ってからようやく立て直しが始まったので、本州各地に一族を派遣し情報網の形成を始めたと言うことであります。また成彦も、本州を最優先だったので、北海道のことなどまったく気にしていなかった。故に北海道に関する情報が届くことはなかった、と設定上なっています。


 感想返しは以上です。


それではどうぞ。

 


 1914年6月28日。


 オーストリア・ハンガリー二重帝国共同統治領ボスニアヘルツェゴビナの首都、サラエボで乾いた銃声が鳴り響き二人の人物が悲劇の死を遂げた。殺されたのはオーストリア次期皇帝、フランツ・フェルディナント・フォン・エスターライヒ=エステ大公と、その妻のゾフィー・ホテク。

 この二人を暗殺したのはこの当時では不治の病である結核を患い、30歳を越えることはないだろうと余命宣告されていたセルビアの青年。その名はガヴリロ・プリンツィプと呼ばれた。プリンツィプはセルビア国内で勃興していた大セルビア主義勢力の中で、最も過激な組織の一員であった。組織の正式名称は「統一か死か」。かつて、自国の国王すらも組織の理念と国家の利益の為ならば、殺害すら厭わない過激極まりない組織だった。


 これは余り知られていない事だが、サラエボ事件も第一次世界大戦と同じように、情報の行き違いと当事者双方の思い込みで起きてしまった事と言っても過言ではない。サラエボ事件はそもそもフランツ・フェルディナント大公が平時における閲兵長官を務めていたのが第一の要因である。閲兵長官としてサラエボ近辺に駐屯する自国軍の軍事訓練を参観する。どこも非の打ち所がない、次期皇帝としての責務であった。この時の二重帝国の暗黙の了解により正式の妻として扱うことが出来ないゾフィーを、サラエボで行われる閲兵式ならば連れていく事が出来るのに気付き、周囲の冷ややかな反対を無視して一緒にサラエボへ向かった。

 その情報を受け取った統一か死かの指導者ドラグーティン・ディミトリエビッチは、この閲兵式をオーストリア・ハンガリー二重帝国軍のセルビア王国侵攻計画の激励式と誤認。ディミトリエビッチはオーストリア・ハンガリー二重帝国との全面戦争を危惧し、まる一日熟考した上で大公夫妻の暗殺を決意。セルビアから直接、プリンツィプを始めとする暗殺計画実行者を三人、現地協力者五人の計七名の暗殺者を放った。実はプリンツィプは本人が思っていた程、組織から期待されてはいなかった。彼の本来の役割が囮となり他の実行者が逃亡する手助けすることなのだ。だが、その役割こそが結核によって虚弱体質であった若き青年が歴史的大事件を起こす契機となった。プリンツィプ以外の六人の暗殺者は事前に用意してあった爆弾や毒などで、大公夫妻に襲い掛かったが次々と失敗を重ねた。プリンツィプは遠目から仲間たちの失敗を目撃し、深く失望しながらフランツ・ヨーゼフ通りにある一軒のカフェで早めの昼食を取った。

 一方のオーストリア大公側は襲撃事件に大きな憤りを感じながらも、襲撃事件で負傷した市民を慰安する為に予定を一部変更。病院へ車列を走らせたが運転手が道を間違えたのが発覚し、大公の一団がフランツ・ヨーゼフ通りの一角で止まってしまった。


 その時、歴史の針は二発の銃弾により狂ったように動き始めた。。


 プリンツィプが腹を満たしてカフェから出ると、目と鼻の先に大公夫妻が乗った自動車が止まっていたのだ。明らかに訓練された動きでポケットからFN ブローニングM1910を取り出すと、警備兵の列をすり抜けたプリンツィプは二回引き金を引いた。至近距離から撃たれた二発の弾丸は大公夫妻に的確に命中。その場でプリンツィプは警備兵たちに取り押さえられたが、大量出血していた大公夫妻は午前中には死亡した。


 


 次期皇帝を暗殺されたオーストリア・ハンガリー二重帝国の反応は、ほくそ笑む者と義憤に駆られる者と半分に別れた。前者は現皇帝フランツ・ヨーゼフ一世を中心とした宮廷勢力で簡単に言えば専制君主制を至高とする保守派であり、後者は共和制に深い理解を表し二重帝国の将来を案じていたフランツ・フェルディナント大公に賛同していた一般市民や知識人を中心とした改革派である。期待の次期皇帝を暗殺されセルビア王国への懲罰を求める国内世論を背景に、オーストリア・ハンガリー二重帝国の上層部はセルビア王国に対して、賠償と謝罪を要求することで思惑が一致。

 7月23日に、オーストリア・ハンガリー二重帝国はそれまでの世界外交史上、類を見ない厳しい最後通牒をセルビア王国に通達した。セルビア王国は苦慮の末、一部の条件を除いて全面受諾を伝えたが、オーストリア・ハンガリー側は困惑した。どれだけ弱小国であっても国としてのプライドが存在するならば、絶対に拒否するだろう無理難題を全10項に纏めて通達し、受諾されないだろうとあらかじめ考えセルビア侵攻軍を用意していたのだ。セルビア王国が最後通牒を全面受諾するとは思わなかった上に、対ロシア戦を想定した総動員の準備に入っていたのも重なり引くに引けない状態に陥り、1914年7月28日を以ってオーストリア・ハンガリー二重帝国はセルビア王国に宣戦布告した。


 そこからは歴史の教科書に載っているように、まるで火薬庫が連鎖的に誘爆するが如く戦争が拡大した。


 汎スラブ人主義から見れば、従属国であるセルビア王国からの救援要請に宗主国にあたるロシア帝国が応じないわけにはいかなかった。ロシア帝国は要請に答える形で7月30日に総動員を開始。その行動に大きな危機感を感じたのがドイツ帝国・プロイセン政府とドイツ軍参謀本部である。


 特にドイツ軍参謀本部は並々ならぬ危機感を持った。その理由に普仏戦争の復讐戦に向けた準備に余念がないフランス共和国が、ロシア帝国と結んだ秘密軍事協定の存在があった。この秘密軍事協定は仏露双方が細心の注意を払い僅かな関係者しか知らなかったが、噂と言う不正確な形でドイツ軍参謀本部は耳にしていた。その内容を予測した優秀なドイツ軍参謀達が出した見解はある一点で一致していた。『この秘密協定の主目的はただ一つ。()()()()()()()()()()()()()()()』如何にヨーロッパ大陸最強と言われたフランス大陸軍を完膚なくまでに翻弄し叩き潰したドイツ軍でも、二方向から大規模攻撃には為すすべはない。そしてドイツ軍が出したフランス・ロシアの秘密協定への結論こそが、かのシュリーフェン・プランなのだ。ヨーロッパ最大のロシア帝国軍が万全の体制を整える前にフランス共和国軍を奇襲にて撃破、返し刀でロシア帝国軍を打ち倒す。


 シュリーフェン・プランの発動条件には、ロシア帝国もしくはフランス共和国のどちらかが総動員令を発令したのが確認された場合のみと、ドイツ軍参謀本部では共通化された認識があった。奇しくもロシア帝国軍が総動員体制を入った事でその条件を満たしてしまったのである。ドイツ軍参謀本部が自動的に8月1日に総動員令を布告した情報は、当然フランス軍参謀本部が知るところになり同日には自国軍に総動員を通達した。突然発生したヨーロッパの軍事的緊張状態にイギリス連合王国は翻弄された。新国王ジョージ5世の即位記念観艦式を行う為に世界中から集結した王立海軍を戦闘可能な状態に整備し、大陸派遣軍をフランスに送るなど軍事的アクションを起こしていたし、関係各国に特使を急派して事態の沈静化を図った。


 だが戦争を防ごうとした不眠不休の努力も、人間が自ら構築した周到な戦争計画の前には余りにも時間が不足していた。


 8月4日、シュリーフェン・プランに従い200万を超えるドイツ帝国陸軍はベルギー王国を中立侵犯。同日、宣戦布告したことで第一次世界大戦は正式に開戦を迎えた。ドイツ軍は各地で苦戦をしながらも数にモノを言わせ破竹の勢いで進撃、そのままフランス首都パリへ一直線に目指した。一方のフランス軍はプラン17の作戦計画に基づき150万の兵力をドイツ領に侵攻させたが、この計画をドイツ軍は想定しており見事なまでに撃退された。

 ベルギー軍・イギリス軍・フランス軍は敗戦を重ねていたが粘り強く遅滞戦術を展開、ドイツ軍に一定の損害を与えながら後退を繰り返していた。進撃するドイツ軍は想定しなかった事態に襲われた。ロシア帝国軍の東プロイセンへの侵攻である。これを撃退する為にドイツ軍は西部戦線から3個軍を引き抜きたがこの3個軍の到着を待つことなく、パウル・フォン・ヒンデンブルク大将とエーリヒ・ルーデンドルフ少将率いる東部方面軍が撃破してしまった。3個軍を引き抜かれ超長距離行軍や補給切れによる士気の低下、多発した戦闘での損害を無視することが出来なくなったドイツ軍が、パリを目前に停止したのをフランス軍が見逃す理由は無かった。

 9月6日、イギリス軍からの支援を受けたフランス軍は首都パリに待機させていた予備軍をタクシーで前線まで輸送、全軍を挙げて全面攻勢に転じた。突然の反撃に不意を突かれたドイツ軍は総崩れを防ぐため、敵首都まであと一歩の距離でありながら苦肉の撤退を選んだ。後退を続けたドイツ軍はエーヌ川を渡り、そこで追撃阻止ラインを構築した。エーヌ川を両岸を挟んで築かれた連合軍と同盟軍の塹壕線は、フランス北東部のエーヌ川から北海沿岸のニーウポールトまで、競い合うように伸びてゆき「海への競争」と揶揄された。


 激化の一途を辿るヨーロッパの戦争に極東の憲兵が黙っている筈がなかったが、その様子は少しばかり違っていた。



 史実とは違い、本来ならシーメンス事件により総辞職していた山本権兵衛内閣は存続しており、日本の戦争指導は現役海軍大将である山本権兵衛に一任される事となった。第一次世界大戦勃発当初、イギリス外務大臣エドワード・グレイは日英同盟は本大戦において適応範囲外だとして、日本に中立を求めた覚書を送ったが山本権兵衛は()()()()()した。

 粛々と軍備を増強しながらも不気味な沈黙を続ける日本と、激戦を重ねるヨーロッパ戦線に苦悩するイギリスの交渉は、イギリスが抱える苦悩によって二転三転した。8月15日には最終的にイギリスは海軍大臣であり後に首相となるウィンストン・チャーチルの強烈な意見に押される形で、日本に()()()()()()()()()()ことを条件に日英同盟に基づいた参戦を要請した。

 この要請に対して山本権兵衛率いる日本は怒涛の勢いで開戦へと舵を切った。要請を受け取った即日にはドイツに最後通牒を通告、国内から参戦反対を唱える声が上がったが山本権兵衛は持ち前の指導力で封殺。御前会議が開かれ開戦に対する是非が議論されたが、反対派の急先鋒と目され多くの親独派がいる帝国陸軍は固く口を閉ざしたままであり結果、嘉仁天皇に対独参戦の上奏文が奏上された。

 日本の最後通牒にドイツは何の反応を見せず、8月23日には一週間設けられた返答期限が過ぎたのを受けて、大日本帝国はドイツ帝国に宣戦布告。


 こうして日本は誰も経験した事のない未曾有の世界大戦に参戦したのである。











 第一次世界大戦開戦から約一か月と二週間が過ぎた9月22日の深夜。ヨーロッパから8000kmも離れたインド洋で大胆不敵に通商破壊戦を思う存分、堪能し尽くす一隻のドイツ巡洋艦がイギリス・インド植民地帝国有数の港湾都市・マドラスに忍び寄っていた。

 ドイツ帝国海軍東洋艦隊所属の軽巡洋艦〈エムデン〉と359名の乗組員たちを率いるのは稀代の名艦長、カール・フォン・ミューラー中佐。ミューラー中佐の冴えわたる指揮と巧妙な智略に従い、〈エムデン〉は神出鬼没の通商破壊を南シナ海、インド洋で展開していた。開戦から二か月も経たない内に複数の商船を撃沈されその権威を大いに傷つけられたイギリス海軍は、シンガポールを本拠地とするイギリス東洋艦隊の全力を挙げて〈エムデン〉を捜索したが尻尾を見つけることすら出来なかった。

 そしてイギリスに更なる精神的・物理的打撃を与える為、ミューラー中佐は〈エムデン〉に巧みな偽装を施した上でマドラス港湾施設への艦砲射撃を目論んだ。




 ベンガル湾が曇りのない月の光に照らし出される中、〈エムデン〉は静かにマドラスへと接近していた。一年以上乗り込んできた我が家の仮装(偽装)の出来栄えに満足気な表情を浮かべる艦長に、副長が最終報告をする。


「ミューラー艦長、各部最終点検終了。これと言った問題はありませんでした」


「よし。砲雷科の様子はどうだった」


「士気旺盛で持ち場の砲や魚雷を念入りに点検しておりました」


 副長の答えに頷くとミューラー艦長は頻りに双眼鏡を覗いた。副長もそれに釣られるように双眼鏡を覗き込んで目標のマドラスに注意を向けた。マドラス港には何隻かの船舶が停泊していたが、その中に軍艦の姿はなく、巡洋艦はともかく駆逐艦や水雷艇も確認することが出来なかった。


「イギリス海軍の連中は、本艦が今だにカルカッタ沖で活動していると思っているのでしょう。警備用の小型艦すら居ませんね」


「それだけ我々の行動に意味があると言うものだ。敵の注意が我々に向けば向くほど、シュペー提督率いる本隊への追撃が弱まる。それと副長、マドラス砲撃後の計画については全乗員に徹底しているな」


「はい。マドラス港に100発から150発を打ち込んだ後、本艦は煙幕を展開しながら夜陰に乗じて離脱。翌日23日には補給艦マルコマニアと合流後、ベンガル湾を南下。そのままセイロン島南方を抜け、西インド洋で再度の通商破壊を実施。...間違いないでしょうか」


「いや、間違いないよ副長。イギリス海軍の目と耳がベンガル湾東側に集中しているところに、今度はベンガル湾西側のマドラスを襲撃することで彼らを右往左往させ混乱する中、我々は手薄になるであろう西インド洋で暴れまわる」


 それにしてもイギリス海軍は我々を追う為に持てる戦力を総動員しているようだな、とミューラー艦長は内心呟いた。敵は投入可能な艦艇を全て動員し我々を追っている。インド洋の各海域で中立国船舶に偽装して、通商破壊戦に従事している味方仮装巡洋艦からの情報と無線傍受。それらを総合的に纏めて得た結論だがミューラー艦長は決して、その結論を過信することはなかった。

 〈エムデン〉の命であるシュルツ・ソーニクロフト海軍型石炭専焼水管缶と直立三段膨張式レシプロ機関を襲撃に先立って自ら整備点検し、その状態を直接確認する程だ。絶対と言うことはあり得ない。常に何らの不測な事態に備えておくことが艦長としての義務だとミューラー中佐は考えていた。


「副長、灯火管制はこのまま。距離3000から砲撃開始」


jawohl(了解)!」


 この攻撃が成功すればイギリスの国威はもちろん、王立海軍のプライドをズタズタに引き裂くことが出来る。彼らの富の聖域である筈のインド洋で暴れまわる〈エムデン〉を、イギリス海軍は決して逃がそうとしないだろう。だが、それこそがミューラー艦長の狙いであった。彼の目的はマクシミリアン・フォン・シュペー海軍中将率いる東洋艦隊本隊が無事に本国へ帰還するまで、敵の耳と目を引き付け囮と為ることだ。

 だが、ミューラー艦長は知る由もない。確かに太平洋、東シナ海、インド洋を管轄するイギリス東洋艦隊引いてはイギリス軍・東アジア方面軍総司令部は〈エムデン〉撃沈に血眼になっていたが、イギリス本国つまりイギリス海軍グランド・フリート(本国艦隊)は大西洋で、ドイツ東洋艦隊が来るのを待っていたのだ。

 太平洋上でイギリス海軍の追撃部隊を撃破し、南アメリカ大陸を南回りに航海してマゼラン海峡を越えたシュペー提督の東洋艦隊を待ち受けていたのは、イギリス本国艦隊からドイツ東洋艦隊撃滅の任を受け派遣された巡洋戦艦〈インヴィンシブル〉、〈インフレキシブル〉を中核した巡洋艦隊であった。12月8日、ドイツ東洋艦隊は〈エムデン〉の同型艦である巡洋艦〈ドレスデン〉を残し壊滅。後に〈ドレスデン〉も追撃部隊に大破沈没させられ、ドイツ東洋艦隊が文字通り全滅したこの戦いはフォークランド沖海戦と総称される。


 結論から言わせれば、ミューラー艦長と〈エムデン〉の作戦行動は無駄骨に終わってしまうが、その副産物として絶対的と思われたイギリス海軍の通商路防衛に対する権威を傷つけ、第一次世界大戦終戦後の植民地におけるイギリスの国威を低下させたのは高く評価する事が可能である。


 そして〈エムデン〉によるマドラス砲撃を知っており、その計画を政治的に利用しようとする狂人が居たとしても不思議ではないだろう。


 異変は〈エムデン〉がマドラス港まで距離5000を切った瞬間に起きた。突如、マドラス港の最北端と南端から四本もの光が〈エムデン〉に降り注いでのだ。


「!?、探照灯か!」


「そんな!まだ敵艦が湾内に!?」


 注がれる探照灯により闇夜に照らし出された〈エムデン〉は大騒ぎだった。大慌てで10門の10.5cm単装速射砲に砲弾の装填を始め、45cm単装魚雷発射管を照射元に向けた。その時、〈エムデン〉の無線機が電鍵が猛烈な勢いで叩き出した。電信員が受信したモールス信号を解読し、それを書き上げた通信文をミューラー艦長に届けたのは、〈エムデン〉が緊急配置を整えたのとほぼ同時だった。


「艦長、電文です!」


 そう言って通信士が差し出してきた電文を、ミューラー艦長は速読する。電文にはこう書かれていた。


発:大日本帝国海軍、練習艦隊所属、戦艦〈朝日〉

宛:所属不明艦へ

本文:『貴艦の所属を知らせよ。現在、マドラス港は〈エムデン〉警戒の為、厳戒体制にあり。繰り返す、貴艦の所属を知らせよ』

 

「日本海軍だと?」


 この電文を送ってきた相手の所属を見て、ミューラー艦長は眉を潜めた。マドラス港はイギリス海軍の拠点の一つであり、日本海軍がそこに寄る理由もない筈。しかし現実には日本の戦艦、それも日本海海戦で活躍した武勲艦の名前が書かれていた。


「艦長・・・」


 副長の不安がる声にミューラー艦長はハッとした。今ここで、部下たちに動揺した姿を見せれば、〈エムデン〉の士気はたちまち下がってしまう。そのような事態は艦長として避けなければならない。それが虚勢でも。


「心配するな副長。通信士!返信は以下の通り、英文で打電!!」


 ミューラー艦長の言葉は通信士の手により一言一句、丁寧に英語に翻訳され〈朝日〉に送られた。


発:大英帝国王立海軍、東洋艦隊所属、タウン級軽巡洋艦〈ヤーマス〉

宛:大日本帝国海軍〈朝日〉へ

本文:『我、燃料補給の為、マドラスへの寄港を希望するなり。当艦は只今、〈エムデン〉追撃の任務にあり』


 ミューラー艦長、そして359名の乗組員たちは息を潜めて反応を待った。


 だが、日本海軍の返答はミューラー艦長が期待するモノではなかった。再び受信した電文は期待を打ち砕く内容であった。


発:大日本帝国海軍所属、戦艦〈朝日〉

宛:〈ヤーマス〉を騙る所属不明艦へ

本文:『現在、〈ヤーマス〉は〈エムデン〉捜索の為、南シナ海で活動中なり。貴艦は〈ヤーマス〉にあらず。繰り返す、貴艦の所属を知らせよ。さもなくば撃沈已む無しとする』


 その電文を受け取り読み終えたミューラー艦長が見たのは、30.5㎝砲を搭載した主砲搭の旋回を始めた戦艦〈朝日〉の姿だった。


「煙幕展開!全砲門、咄嗟射撃!当たらなくても良い、牽制しろ!!航海長、取り舵一杯!転舵180度!!機関全開!」


 〈エムデン〉の10.5㎝速射砲が一斉に火を吹き、ボイラーが焼き上がらんと言わんばかりに黒煙を吐き出す。スクリューは全力で回転し、艦は大きく右舷へ傾きながら、〈エムデン〉は逃走を開始した。


 それを見ていた〈朝日〉と僚艦の装甲巡洋艦〈日進〉は、発砲を受けて全砲門を開いた。ドイツ製の10.5㎝砲弾と、日本製の30.5㎝、20.3㎝、15.2㎝砲弾により多数の水柱を並び立ち、闇夜のマドラス港を彩る。月の光に照らされた水柱は、内臓されている火薬の爆発色も相まって、幻想的な光景を作り出していた。


「艦長!マドラス港湾施設の一部に炎上を確認!!」


 どうやら幾つかの流れ弾が着弾したようだ。副長の報告を聞き双眼鏡で確認すると、確かに港湾施設の一区画で火災が発生していた。しかし、目的の重要施設には当たっていないのに舌打ちしながら、全速で逃げることを命じた。


「機関前進一杯そのまま!!作戦は失敗した!本艦はこのまま撤退する!!」 

 

 大量の砲弾を速度にモノを言わせて回避しながら、やがて〈エムデン〉が展開した大量の煙幕と、〈エムデン〉自身が全速でマドラスから遠ざかって行ったことが重なり、突発的に発生したこの戦闘は自然に終息した。




 〈エムデン〉の姿を見失ったと見張り員から報告を受けた戦艦〈朝日〉の艦長、浅野 正恭(あさの まさやす)大佐は不機嫌そうに鼻を鳴らした。まだ若い見張り員は、自分が何か不味いことを仕出かしたのだろうかと思ってしまい身体を震わせたが、浅野艦長はそれを気にせず持ち場に戻るよう命じた。

 駆け足で持ち場に戻っていく尻の毛すら抜けていない候補生の後ろ姿を見ている浅野艦長に、教官役の砲術長が話し掛ける。


「浅野艦長、あまりイジメないでやって下さい。彼は彼なりに任務をこなしたのですから」


 そう注意された浅野大佐は、また不機嫌そうに鼻を鳴らすと、こう反論した。


「敵艦を目の前にして、()()()、と命令され悔しい筈がなかろう!」


 と、怒鳴り付け乱暴に艦長席に座り込んだ。懐から愛用の紙巻きタバコを取り出すと、火を点けてそれを思いっきり吸い込んだ。艦長がタバコを限界一杯まで吸い込んでいる間に、砲術長と副長が話し込む。


「それにしても当たりませんでしたな」


「仕方ないよ、我々の後輩とは言え、まだ江田島を卒業する直前だよ。至近弾を出しただけでも(りょう)としないと」


「確かに、これだけは経験を積まないと駄目ですからね」


「被弾しなかっただけマシだよ」


「機関は火を落としたままですからな」


「〈日進〉もですか?」


「〈日進〉もですな」


 話題が僚艦である〈日進〉に移ると、浅野大佐は肘掛けを握り拳で叩きつけ二人の注意を惹いた。


「そうだ!何故〈日進〉は追撃せんのだ!?バルチック艦隊逃亡を阻止したのであろう!?」


 突然無理難題を言い出した浅野大佐に呆れながらも、副長は丁寧に応対する。


「艦長。本艦もそうですが〈日進〉も最大20ノットしか出せません。それに対して〈エムデン〉は24ノットまで出せます。速度差4ノット、これでは追いつくどころか一方的に引き撃ちされて被害が拡大するだけです」


「それに本艦の練度は日本海海戦時とは違って未熟過ぎます。練習生を乗せた状態での戦闘は避けるべきかと」


「・・・・・クソッ」


 悪態をつきながら腕の組んで黙り込んでしまった浅野大佐。その心情は艦橋にいる全員が理解していた。目の前に敵艦がいるのだ。それをみすみす逃すことなど、見敵必殺をモットーとする帝国海軍軍人として歯噛みしてしまう事なのだ。そのことを理解しているからこそ、艦長の気を落ち着かせようと副長は話し掛ける。


「それにしても軍令部も、また変な命令を送ってきましたな」


「・・・・・」


 完全にそっぽ向いてしまった艦長の様子に溜め息をしながら、一冊の書類冊子を従兵に持ってこさせる。渡された冊子から極秘と刻印された命令書を一枚取り出した。


 練習艦隊が欧州からの帰路の途中、エジプト・アレキサンドリアに寄港した際、海軍軍令部からの使者を名乗る海軍少佐から手渡されたこの命令書。渡された当初から怪しさに満ち溢れていた。明らかに偽名の海軍少佐は命令書を一方的に手渡すと、そのまま何処かに立ち去って行ってしまった。その内容を洋上で確認してみると、マドラス港を〈エムデン〉が攻撃するからそれを防げ、と本来ならもっと形式的な文章だが簡潔に纏めるとこう書かれていた。

 浅野大佐が実質的な司令官を務める練習艦隊とその上層部は、この命令を不審に思いながらも進路変更。〈エムデン〉砲撃の二日前に、〈朝日〉〈日進〉の両艦は揃ってマドラス港へ寄港した。

 日本海軍練習艦隊の突然の来訪に、マドラスのイギリス人市長は驚きながらも大いに歓迎した。突如勃発した世界大戦に戸惑っていたら、〈エムデン〉が目と鼻の先のインド洋東側で暴れ回っているのに不安を感じていたのだ。そこへ前弩級戦艦1隻、装甲巡洋艦1隻の艦隊が訪れてきたのだ。マドラスに在住するイギリス人たちにとって、これ程までに頼りになる用心棒は他にいなかった。将官どころか一般水兵まで盛大に歓待するイギリス人たちの熱狂ぶりに、練習艦隊は困惑しながらも作戦日時を辛抱強く待った。

 浅野大佐を苛つかせたのは大量の野次馬と化したインド人の群衆であった。噂というモノは速いもので、マドラスどころか周辺の市町村から無数のインドの人々が来たのだ。世界に誇ったロシア・バルチック艦隊を打ち破った日本の軍艦を一目見たい群衆は、マドラス港を見下ろすことが出来る高台や建物の上に登るか、港の至る所に押し寄せていた。中には自前で小舟をどこからか調達し、港湾外縁部に停泊する日本艦隊を間近で見ようとする者までおり、イギリス軍・マドラス港湾警備隊が追い払う事案まで発生していた。

 思わぬ事態に対応を苦慮したイギリス人市長は浅野大佐に、群衆が冷静になるまで日本艦隊の上陸を先延ばしにして欲しいと要請した。浅野大佐も異様な光景に思わずその要請を受諾した。こうして無用なトラブルを事前に回避した日本艦隊は、イギリス人市民から寄贈された新鮮な果物に舌鼓をしながら〈エムデン〉襲来を待った。


 深夜に突如鳴り響いた砲声に飛び起きて慌てふためいているマドラスを、腕を組んだまま睥睨している浅野大佐に電文を片手に持った通信士が近寄る。


「艦長、マドラス市長から電文であります」


 差し出された電文をひったくるように受け取った浅野大佐は、内容を一読すると顔を真っ赤に変えた。そのまま電文を渡された副長とそれを横から覗き込んだ砲術長も、読み込むと呆れた表情をした。書かれていたのは、就寝中にいきなり大砲をぶっ放した日本艦隊を批判する文章であった。


「・・・・・ふざけているのか?」


 腹の底から響く声が艦橋に不穏な空気を満たす。怒りを通り越して無表情になっている浅野大佐の問いに、彼の部下たちは口を固く閉じるしかなかった。もし答えようとしたら、鉄拳が飛んでくるのは目に見えていた。


 誰も答えそうにないのを感じた浅野大佐は席から立ち上がると、副長に権限を委任して艦長室に向かっていった。重苦しい雰囲気が立ち込めるなか、副長は〈エムデン〉がマドラスを攻撃しようと近寄り、砲撃を仕掛けようとするのを撃退した、と返信するように命じた。


 直ぐにイギリス人市長はその事実を確認すると、港湾警備隊から〈エムデン〉の砲撃炎を見た、と証言されたのを受け、本当に〈エムデン〉がマドラスに来ていたのだと認識した。思わぬ疑いを向けてしまったことに慌てて日本艦隊に謝罪の言葉を送り、市長は改めて歓迎会を開きたいと申し出た。


 副長は自分にその権限がないとして返答をしなかったが、その返答しない行為がイギリス人市長の顔から血の気を引かせた。もし日本艦隊が寄港していなければ、何の反撃の手段もないまま為すすべもなく、マドラス港が火の海に包まれていただろう。

 そして日本艦隊が万が一マドラスから離れた場合、それを知った〈エムデン〉が引き返して報復してくるかも知れない。東インド洋に展開するイギリス東洋艦隊からの応援が到着するまでは、日本艦隊だけが頼みの綱であった。

 この後、何回も艦隊将兵の上陸を要請する電報や市長直筆の手紙を携えた使者が、練習艦隊上層部を説得しようとするが、副長などの幹部クラスの士官たちはともかく、司令役の浅野大佐が一度へそを曲げてしまっては交渉が上手くいく筈もなかった。


 この事態が終息するのは、〈エムデン〉撃退から三日後に来港したイギリス装甲巡洋艦〈ハンプシャー〉を旗艦とする〈エムデン〉追撃部隊だった。〈ハンプシャー〉艦長は港に漂う緊張感を察知すると、事態の把握に努めた。

 (おか)からの連絡を受け取った〈ハンプシャー〉艦長は、思わず頭を抱え込んでしまった。なんと下らない理由で余計なことを仕出かしたのだと、イギリス市長を叱責すると自ら仲介役となった。

 〈ハンプシャー〉艦長との会談を受けて、ようやく浅野艦長は重い腰を上げた。


 やっと実現した歓迎会も、顔をヒクヒクと引き攣らせながら握手を求めるイギリス市長、終始無表情を崩さないが握手には応じる浅野大佐、両者を見ながらどうしようもないと溜め息を吐くしかない〈ハンプシャー〉艦長。それを遠巻き見ながら息を殺すように会話しているイギリス人市民と日本人士官たち。どこか落ち着かない雰囲気で始まった歓迎会は、そのままは終わってしまった。


 歓迎会は残念な結果に半はば成ってしまったが、マドラス市内で住民たちが自主的におこなった祭りは、歓迎会とはうって変わって大盛況に沸いた。隊列を為して行軍していく日本海軍将兵にマドラス市民、特にインド人住民たちが熱狂的に迎え入れた。インド人有力者たちが挙って自らの貯蓄から支度金を出し合い、大々的に祭りの開催を支援したおかげで市内全域を巻き込んだ、かくも盛大な祭典がおこなわれた。

 その光景を見た老年のインド人富豪はこう呟いた。


 『これまで幾度となくイギリス人を始めとした外国人を歓待する祭典を開いてきたが、それは自主的にではなく命じられたままにやってきた。だが見てくれ。遠く離れた二ホンから来た戦士たちを歓迎するこの祭典を。子供も大人も性別や豊かさも関係なく様々な物品を持ち込んでいる。皆、自らの意志で外国人を快く迎え入れる為に祭典を開いているのだ。私の若い頃以来、何十年ぶりの事だろうか』


 と、人目を憚ることなくそう語った。


 そしてマドラス港防衛を〈ハンプシャー〉に譲った日本海軍・練習艦隊は、〈エムデン〉襲撃から二週間後に本国へ向け出港した。その見送りにはイギリス人市長を始めとしたイギリス人市民はもちろんのこと、最低でも一万人を超えるインド人たちが参加していた。練習艦隊は、本来のスケジュールより二週間と三日遅れで広島県・呉軍港に帰港した。






 〈エムデン〉撃退の報せは、インドから遠く離れたイギリス本国に伝わり、首都ロンドンに居座る将来ハゲになるのが確定している頑固親父の一室に届いた。

 








 後編は5月後半から6月前半に投稿します。


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