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日本皇国、日章旗を胸に  作者: 海空陸一体
形成期(明治~大正初期)
16/19

第一二話

うーん。スランプもあり一年越しの更新となり申し訳ございません。なんとか投稿速度を上げようち頑張ってますが、学業も大変さを増していまして。・・・・・・すみません、言い訳でしたね。

 まあ、頑張っていきます!


 それではどうぞ。

1914年4月2日


 演習場と聞けば日本人が真っ先に思いつくのが東富士演習場である。毎年恒例の総合火力演習の開催場であり、民間にも名前がよく知られている。

 一方、戦前日本で頻繁に利用され帝国陸軍の間で有名な演習場がある。宮城県三町村に跨る広大な演習場は、砲兵射撃場として開設されて以来、砲兵隊にとって第二の故郷として親しまれた。


 王城寺原演習場。


 総面積4648万8691平方メートルを誇るこの演習場には多くの要人が詰め掛けていた。満州独立戦争日本義勇軍総司令官を務めた乃木希典元帥を中心に帝国陸軍高級士官が、演習場の一端を見渡せる高台に設置されたテントに集まっていた。

 彼らが懐疑的な視線を送る先では、珠洲ノ宮成彦主導で開発された新型砲が並んでいた。その数は六門。どれも新規開発された砲で使用される各砲弾は違い、一番大きいモノは人の胴体ほどの太さがあった。

 

「成彦さん。左端にあるのが例のモノですか?」


「はい、陛下。あれこそが帝国陸軍最新鋭の攻城砲でございます」


 幾人かの高官達が横目で見ている最前列の席には、子供のようにはしゃぎながら双眼鏡を覗き込み話し掛けている大日本帝国が主君と仰ぐ尊き御方と、嬉しそうに応対しながら答える成彦がいた。


 今日、玉城寺原演習場で行われるのは、帝国陸軍新型兵器の射撃実験であった。本来なら珠洲ノ宮成彦が招待した陸軍高官団以外の見学者は皆無の筈なのだが、嘉仁(大正)天皇がこの実験を何処からか聞きつけたのか宮内大臣に『私も見てみたい』と漏らした。突然そう言われた宮内大臣の波多野(はたの)(けい)(すなお)は終始困惑しながら言葉を濁した。先代の渡辺(わたなべ)千秋(ちあき)宮内大臣が山縣軍閥に非常に近かった為に更迭された影響で、急遽就任した彼であったが、彼の脳裏には二・一二の政変の際に政治的贈賄を天皇本人から問われ、哀れなほど狼狽していた渡辺がよぎった。その後、刑務所へ送られた彼の二の舞にはならないと心に決め、身辺整理を徹底的にやってきた波多野だが、成彦だけにはなるべく近づかないようにしてきた。

 そんな波多野の苦悩を知ってか知らずか、見学に行くと言い出した嘉仁天皇をどう説得しようか悩んでいると、言い出した本人が成彦へ直接手紙を出し、それに成彦が答えてしまった。

大慌ての宮中に更に拍車を掛けたのが天皇陛下のご長男である迪宮(みちのみや)(ひろ)(ひと)親王(昭和天皇)と、ご次男の淳宮(あつのみや)(秩父宮)雍仁(やすひと)親王のご子息二人が一緒に行きたいと言ったのだ。これには流石に母である貞明(ていめい)皇后は普段の優しい顔色を変えて叱った。しかし、それでも行きたい我が儘を言う二人に嘉仁天皇は『では、一緒に参りましょう』と気軽に告げた。そして、まだ幼い光宮(てるのみや)(高松宮)宣仁(のぶひと)親王を女官長に預け、家族全員で宮城県・玉城寺原演習場にやって来られた。


 帝国陸軍高官達がズラリと並び天皇陛下御一行を迎えた中、軍帽を脇に抱えて頭を下げ歓迎の言葉を述べる珠洲ノ宮成彦。その姿を見た者は、今や帝国随一と言っても過言ではない権力基盤を獲得した成彦が頭を下げる訳を嫌でも悟った。     

 日本統一の絶対君主として君臨していた故・明治天皇と、跡を継いだ嘉仁天皇は常日頃から比較されていた。名君として尊敬されていた父に対し病弱であった息子は暗愚として侮られた。癌で倒れた桂太郎が第三次内閣を執っていた際に、詔勅を無断連発したのが原因であった。その為、臣下を止めることが出来ない君主として見られた。

 それが一気に逆転したのが、二・一二の政変である。嘉仁天皇が成彦のクーデターを事実上黙認したばかりか後押ししていた。御旗の赦免状(しゃめんじょう)を手に入れた成彦が嘉仁天皇に渡したのは、旧山縣軍閥に属していた人材を吸収するだけではなく反山縣閥であった者達すら取り入れることで、絶大な影響力を持つ珠洲ノ宮軍閥の後ろ盾だった。

 例え上官であろうと考えに反していれば誰であろうと噛み付く狂人が、唯一天皇家の言葉には絶対服従と言っていいほど耳を傾けるのを帝国高官達は理解していた。珠洲ノ宮軍閥が嘉仁天皇を認め、天皇家は成彦による政治介入を黙認する。つまりおんぶ抱っこし合う関係であった。この体制は次代の裕仁(昭和)天皇にも引き継がれ30年以上続き,珠洲ノ宮成彦自身の死を持って終焉を迎えるが、それは遥か先の話である。


 ともあれ、見学にやってきた嘉仁天皇とその一家が案内されたのはテント内に設置された最前列の席。天皇陛下がこられる事は防諜上、伏せられていた為に用意された椅子は利便性第一の無装飾で傷だらけの年代物だった。同行していた侍従長が真っ赤になっていったが、当の本人は『使い込まれていて味のあるものだ』と嬉しそうに座った。貞明皇后も体調が優れていて今回の見学を楽しんでいる嘉仁天皇を暖かい目で見守った。


「おーい、成彦坊」


 嘉仁天皇と会談していた成彦に、声を掛けて来たのは試験監督の全てを任された龍造寺元信少将。第三師団時代の大佐から昇進を果たし、開設が予定されている予定の大本営直轄の重砲兵師団の師団長に着任する事が決まったので、自分の師団に配備される新型野戦重砲群の出来栄えを確かめるべく試験官を買って出た。


「一応、一つ一つ俺自身が状態を見たがどれも良好だ。いつでも試験を開始出来るぞ」


「分かりました。・・・・・・・陛下、こちらは私の友人であり良き理解者である龍造寺少将です」


 成彦が龍造寺をそう紹介すると、頷いた嘉仁天皇は席を立ち上がると笑顔で挨拶を交わした。


「初めまして。成彦さんがお世話になっているそうですね」


「いえ!こちらこそ陛下にそう言って頂き、これまでの苦労が報われます」


「ふふっ。余り迷惑をお掛けしてはだめですよ」


 忠告を受けて苦々しい顔をした成彦であったが、すぐに取り直して実験開始を告げた。龍造寺はいい気味だと心の中で笑いながら、後輩の西義一中佐に手を振った。実験中隊の指揮を任された西中佐は、相変わらずの先輩に呆れながら号令を掛けた。


「砲撃用意!一番砲、距離三千!弾種榴弾!弾数は六発!」


 砲兵の一人がレバーを操作して尾栓を開けると、もう一人が抱えていた75mm砲弾が装填する。蟹眼鏡を覗き込んだ観測手が射撃用の目標物との距離を測る。砲手は照準器で細かく狙いを定める。彼の額には一筋の汗が垂れていたが、なにせ天皇陛下とその御家族の前で新型砲を撃つと言う大役を任されたのだ。緊張するのは当然のことであった。準備が出来た砲手は後ろに振り返り目で伝えると、西中佐は腕を上げ一拍置いてから振り下ろした。


「試射用意・・・テッ!!」


 掛け声と同時に拉縄を引っ張り、ドオッンと言う砲撃音と共に空気を切り裂きながら飛んだ砲弾は、標的に命中し信管を起爆させた。それを見た観客席からは歓心の声が上がる。新型砲は残る即応弾五発を連射したが、全弾問題なく目標地点に弾着した。


「問題はないみたいだな」


「まあ、実質的な『九〇式野砲』の焼き直しですから」


「『三年式野砲』か。『二十八式野砲』の改良なのか?」


「正確には『九〇式野砲』の劣化再現版である『二十八式野砲』を再設計して、可能な限り性能を向上させた再開発型です。砲身が25口径から35口径まで延長していますからアッパーモデルと言っていいでしょう」


「で、隣のヤツは?」


 龍造寺が見ている先には、大正三年に採用された経緯から『三年式野砲』と名付けられた新型砲の隣には、やけに砲身が短い大砲が鎮座していた。遠目から見てもそれが『二十八式野砲』系列なのは明らかだった。


「あれは山砲です。『二十八式野砲』の派生型」


 『三年式山砲』として採用された砲は、名前から分かるとおり『三年式野砲』と兄弟関係だ。『三年式野砲』が砲身の延長により射程距離を向上させたのに対して、『三年式山砲』は10口径まで縮小していた。


「砲身が短くなった代わりに仰角は最大65度まで上がりますよ」


「・・・おいおいおい。それは本気で言っているのか?」


 通常の山砲は最大仰角45度が一般的である。それ以上を求めた場合、返って射程距離のみならず命中精度にも悪影響を及ぼす可能性があるからだ。つまり成彦はそれを吟味した上で『三年式山砲』の高仰角化に踏み切っており、ストークス・モーター、世界で初めての実用的な迫撃砲の代用として開発させた。


「主要な構成部品の殆どは軽量化していますし、砲身も限界まで削っていますから」


「何発までなら持つんだ?」


「そうですね・・・3000発が限度でしょう」


「3000!たったの3000か!?」


 龍造寺が驚愕してしまうのも無理はなかった。艦隊決戦など短期決戦が多い海軍が製造する砲身とは違い、塹壕戦などの長期戦で戦う陸軍が扱う大砲の砲身命数は、砲の種類にもよるが平均一万発を超えるのが基本だった。それが『三年式山砲』では三分の一も満たしていないのだ。


「その代わりと言ってはなんですが、『三年式山砲』の全体重量は500kgを切っています。部品の数も主だったモノは8個ですから分解・組み立てもマニュアルに従ってやれば、ものの5分で完成しますよ」


 対砲兵・塹壕用として破壊力・射程を重視した『三年式野砲』と突撃してくる敵軍歩兵へ阻止砲撃を行う『三年式山砲』では、運用部隊だけではなくどう活用するかも違った。大隊・連隊付属砲として扱われる『三年式野砲』、中隊・小隊単位へ直接火力を提供する『三年式山砲』。


「大規模な塹壕内で組み立てるのも可能ですから迫撃砲に近い運用も出来ます。威力も75mmクラスですから十分にあります」


「それでも・・・・・・・なんかなぁ」


 予想外過ぎる性能に龍造寺が言葉を詰まらせる間に、『三年式山砲』の射撃実験は終えた。見物席から称賛の拍手が送られると、砲兵達が感激した面持ちで『天皇陛下!バンザーイ!!天皇陛下御一家バンザーイ!!』と叫んだ。嘉仁天皇はそれに応えるように手を振り、貞明皇后も同じように手を振った。ますます感激した砲兵達だったが、成彦の一喝により大慌てで控え所に退散した。


「申し訳ございません。次はフランス共和国・シュナイダー社からライセンス予定のカノン砲並びに、海軍砲を流用した榴弾砲とカノン砲、攻城砲です」


 謝罪した成彦が新たに紹介したのは、大口径・長砲身の重砲とこれまで帝国陸軍が採用してきた大砲とは一線を画す巨大な砲。それらがズラリと並んでいる光景は壮観であった。


「一番右側の砲はシュナイダーM1913 105mmカノン砲です。最大射程は約13,000mですが、機銃トーチカなど強固な敵陣地の破壊を目的としています」


 その105mm砲の前で直立不動の状態で待機しているのは、わざわざ欧州から日本まで営業出張にやってきたシュナイダー社の社員。緊張した面持ちで待っている社員達とは別に、見学席の最後列から出て来た笑顔満面ニコニコ顔で自社商品の説明を始めたフランス人は、身長170cmの長身細身の体で30代後半の顔つきは精悍で野心溢れる目をしていた。


「初めまして。私はシュナイダー社・軍需部門で役員を勤めていますコーム・ドガです。コームと呼んで頂ければ幸いでございます」


 すらすらと流暢に日本語で挨拶するコーム氏に、陸軍高官団の席からざわめきが上がった。それを見たコームは内心、在日大使館からの協力を受けながら、入国直前まで日本語の勉強を努力した甲斐があったと思った。ワンマン経営で腕を鳴らしていたらシュナイダー社のスカウトマンから目を付けられ、そのままシュナイダー社がコームの会社を吸収する形で、コームはシュナイダー社に入社した。だがそれは、周囲からの妬みと怒りを買った。それを跳ね除けるだけの実績が必要なコームは、極東での大口注文を受けられるかも知れないと言う社内の噂を聞きつけ、自ら日本へ足を運んだ。あわよくば日本陸軍のお偉いさんの誰か一人とコネを結べれば御の字と踏んでいたが、ここに集まった集団を見てコームは神の加護に感謝した。

 日露戦争の英雄であるノギ元帥どころか、象徴君主として海外から高評価を受けているヨシヒト天皇に、クーデターで政治的主導権を握ったプリンス・ナルヒコがいる。この国の君主と最大の政治派閥を有する者が、目の前にいる。これが神の導きでなければ悪魔の誘いだ。俺は商売人だ。上を目指す為なら悪魔の契約だろうがサインしてみせる。サインさせてみせる。


「昨年に開発したこの砲につきまして、我がシュナイダー社は貴国へのライセンス契約を前提条件に技術移転を視野に入れています。と、言っても皆様に本砲の優秀な性能を見て頂いてから判断してもらいたいと思います」


 合図を送るコームを見たシュナイダー社員は、事前の指示通りにM1913 105mmカノン砲を動かしていくが、その隣では日本人達が重砲群を操作している。

 それらこそが、コームにとっての悩みどころだった。可能な範囲で仕入れた情報によると、150mmクラスの重砲と300mmに達する巨砲。射程距離もあっちの方が優れているときた。だが、命中精度では勝っていると直感していた。

 最初に砲撃を始めたのは4門の中で中間的な立ち位置の新型榴弾砲『二年式152mm榴弾砲』だ。海軍の50口径四一式15cm砲の砲身を半分にぶった切って上で陸戦用に調整を施した代物で、既に大阪砲兵工廠など官営工場では生産ラインが海軍から譲られ正式採用目前である。装填も固定角度式ではなく自由装填式に改められている為、いちいち砲身を一定角度まで戻す必要もなかった。砲弾も海軍が新たに開発した分離装薬式を導入することで、海軍との弾薬共通化を達成していた。またモデルになったソビエト連邦陸軍の傑作砲であるML-20 152mm榴弾砲を習い、ML-20には及ばないが最大仰角+55度。最大射程15500mを誇る。コンクリートで作られたトーチカや強化された塹壕を破壊する事が主目的な榴弾砲だ。

 『二年式152mm榴弾砲』『シュナイダーM1913 105mmカノン砲』が立て続けに砲弾を打ち出す中、新型砲で一番早く開発が終了し部隊配備が始まった『二年式152mmカノン砲』が標的を徹甲弾で破壊していく。これも50口径四一式15cm砲の砲身を40口径まで短くし『二年式152mm榴弾砲』と砲架や支脚、駐退複座機を共用するなど部品の規格化に取り組んだ設計をしている。

 射程では最大20,500mを誇る『二年式152mmカノン砲』がトップに立ち、『二年式152mm榴弾砲』『シュナイダーM1913 105mmカノン砲』が続き、破壊力では『二年式152mm榴弾砲』が一番上に。射撃精度や凡用性では、やはり『シュナイダーM1913 105mmカノン砲』が勝った。


 競い合うように射撃試験を続ける重砲群。それを尻目に黙々と準備を進めているのは、戦艦『三笠』や弩級戦艦『薩摩』の主砲である30センチ砲の砲身を設計の基礎に置き、対要塞砲としての火力と実用性を天秤にかけて開発された『試製三年式三十センチ攻城砲』。その砲身がゆっくりと狙いを定めていく。だが見物人たる陸軍高官達は『試製三年式三十センチ攻城砲』の姿に眉を寄せた。艦砲譲りの大口径砲。これは分かる。しかし砲身を支える砲架、その脚下にある筈のものがなく見たことのないモノがあることを訝しんだ。大砲が開発された当初から、大砲を運ぶために必要なのは車輪だった。人力で運ぶにも馬に曳かせて牽引するにも車輪は必要不可欠なものだ。だが『試製三年式三十センチ攻城砲』には車輪が見当たらなかった。いや、車輪替わりにやたら長い板のようなモノが巻かれているのは見えていたが、それをどう呼べばいいのか分からなかった。


「成彦さん。あれは何と呼ぶのですか?」


「あれですか。あれは履帯、英名だとキャタピラーと呼ばれるものです」


「きゃ?...きゃた、ぴらー?」


「キャタピラです。先ほど言ったキャタピラーの方が、正しい呼び方なのですが、我々日本人的にはキャタピラが一番呼びやすい言い方でしょ」


 未来では戦車、戦闘装甲車など軍用はもちろん、民間用では油圧ショベルに利用されるキャタピラは1910年代の時点では、木材運搬車など極々限られた用途にしか用いられていなかった。だが、未来知識を有する成彦は大口径の攻城砲を迅速に動かすための走行装置として、従来の車輪式から履帯式に切り替えた。

 更に、成彦は前世において熱烈に信奉していた陸軍ドクトリンはソビエト軍式火力至上主義であり、それは新開発された火砲に色濃く影響が見られ、『試製三年式三十センチ攻城砲』もソビエト陸軍が第二次大戦前に正式採用したBr-5 280mm臼砲をそのままフルコピーした姿形であった。

 一発あたりの重さが500kg近くある30センチ砲弾を、砲兵5人で専用器具と備え付きの小型クレーンを使い持ち上げ、砲尾まで運ぶと今度は6人掛かりで砲弾を棒で中に押し込む。標的に命中させるため炸薬を最適化した装薬を入れ、尾栓を閉めた。


「よし!砲身上げろー!」


 11人の砲兵たちを纏めている小隊長が号令を下す。晴天の下、前弩級戦艦の主砲として使われていた12インチ砲が仰角を上げ狙いを定める。と言っても未だに試作段階であり、初の射撃実験を迎えている『試製三年式三十センチ攻城砲』は細心の注意を持って待っていた。


「尾栓よし!駐退機よし!照準よし!」


「砲撃よーい!5・・・4・・・3・・・2・・・1!」


 撃てっい!と発射の命令が下ると、尾栓に繋がる拉縄を握っていた3人の砲兵は、それを力の限り引っ張った。


轟音


 これまで帝国陸軍が実戦目的で開発又は購入してきた大口径砲の中で、最大級だったのが日露戦争で旅順要塞戦に投入した28センチ砲。それを2センチ上回る新型攻城砲の発射音は、他の大砲より圧倒的でそれだけで破壊力を感じられるものであった。


「弾着まもなく!」


 観測手の声に演習場にいる全員が標的を見る。


「だん、ちゃーーーく、今!」


 笛を鳴らしたような落下音の後、標的が土砂煙に紛れて粉砕されたのが見えた。その威力は凄まじく、観客席までその衝撃は届いていた。双眼鏡で様子を伺っていた龍造寺は興奮した面持ちで成彦に言った。


「すげぇな!これ欲しい!!」


 自身の要求を何の遠慮もすることなく、単刀直入に言う龍造寺に周りがギョと顔を驚かせる中、成彦は苦笑いを浮かべた。


「龍造寺さん、あれはまだ正式採用が決まった訳ではありませんよ。それにまだ幾つかの改良が必要ですから」


「その計画。我が社に協力させて頂きませんか?」


 その発言の主に視線が集まる。名乗りを上げたのは、コーム氏であった。


「我がシュナイダーは欧州随一の火砲開発・製造技術を持っていると自負しております。必ずミス・ナルヒコの期待に沿えるモノに仕上げて見せましょう」


 自社の存在をアピールするコームは内心、焦りを覚えていた。この見学会で現れた日本軍の新型野戦重砲群の性能がコームの予想以上に良好な性能を見せたからだ。本国を旅立つ前に開かれた役員会で制作されたレポートでは、スペックは相当低いであろうと考えられた。それに付け込んで『シュナイダーM1913 105mmカノン砲』を高値で売り込もうと考えていたが、それは颯爽、破綻してしまった。ここでなんとか売り込まないと自分の進退に関わる。その焦りがコームに思い切った行動を促した。

 

 コームの提案に手を顎に当てて考え込む成彦。暫くして口を開いた。


「ミスター・コーム。条件付きではありますが、受け入れたいと思います」


「条件とは・・・?」


「なに簡単なことです」


 どのような無理難題を吹っかけられるのか、と身構えたコームに軽く口調で告げた。


「『試製三年式三十センチ攻城砲』の製造ラインの立ち上げを指導して頂きたい。もちろん人員込みで」


「それは・・・本社に問い合わせてみないと」


「そうですか。なんなら陸軍省に推薦状を書きましょうか?」


「是非に!!」


 首を傾げながら成彦にそう提案されたコームは即答した。プリンス・成彦の直筆の推薦状があれば、それを片手に本国へ大手を振って凱旋することが出来る。独断専行かも知れないが、成り上がりのコームにとってふっと沸いたチャンス。これを逃すわけにはいかなかった。


 ボディランゲージを駆使しながら全身で喜びを表しているコーム氏は、勢いそのままに陸軍高官達と早速商談に入っていった。高官達はハイテンションのフランス人に困惑しながらも、新型砲について情報交換をしていく。

 それを横目に眺めながら水分補給を図る成彦に、一人の陸軍将校が近寄ると手に握っていた紙片を成彦に渡し何かを耳打ちした。


「誘導しろ。但し無理はするな」


「御意」


 足早に去っていく将校の背中を目で追っていたが、こちら側を心配そうに覗いてくる視線を感じ、そちらに顔を向けた。左足に手を置き子供特有の無垢でありながら、全て事象を知ろうとする知識欲に満ちた目で見てきていたのは迪宮裕仁親王。皇太子であり未来の昭和天皇である裕仁親王に、成彦は極めて優しく語り掛けた。


「どうなさいました。裕仁殿下」


「やっーーー!」


 優しく丁寧な口調で質問されたことが、気に入らなかったのかイヤイヤと首を振った。これには困ってしまった。血縁上、裕仁親王の叔父にあたるが、前世の記憶がある成彦にとって、雲の上の人でありどうしても敬語で喋ってしまう。それに周りの目がある。ため口など以てのほかだ。


「これ、迷惑を掛けては駄目ですよ」


 そう言って嘉仁天皇が後ろから抱え上げた。抱え上げられた裕仁親王は上目遣いでこちらを見てきたが、首を横に振るとがっかりした。落ち込み具合が予想以上に酷いので、妥協案を出した。


「仕方ない。今から案内しますから離れてはダメですよ」


「はーーーい」


「はーーーい」


「ん?」


 返事が一つ増えたのを怪訝に思っていると、貞明皇后様に抱えられた雍仁親王が手を上げていた。貞明皇后様が目を細められて分かっていますね?と問いかけていた。


「・・・ゲルビル!」


「ハッ!!」


 大声で呼べばすぐさま駆け寄ってくる腹心に成彦は疲れを感じながら言った。


「天皇陛下と御家族を案内しておいてくれ。丁重にな」


「了解致しました」


 そう言われていささか緊張したゲルビルだったが嘉仁天皇が率先して案内に従ってくれた。波多野宮内大臣やお付きの宮内職員はいい顔しなかったが。天皇一家が移動し始めるのをみた高官達もそれについて行った。やがて成彦以外の人が居なくなったテントの中で、人知れず近寄ってくる影。


 『御館様。・・・大丈夫ですか』

 

 「問題ない、少しばかり疲れただけだ。で、なんだ用件は」

 

 疲れを滲ませる成彦に、追い打ちを与える言葉を口にする影。

 

 『大陸の生臭坊主がこちらにきていると』


 大陸。その言葉を耳に入れた成彦から徒労感が消え失せていく。


 「数は少数か?それとも」


 『一人で御座います。ただ奇妙な術を使い我々の位置を探っているのか、攻撃を受けるのも何人かいます』


 「被害は?」


 『負傷している者が6名ほど。いずれも軽傷です』


 そこまで聞いた成彦は立ち上がると、天皇一家の後を追うべく歩き出した。影もそれに付き従い、付かず離れずの距離を保った。


 「必要であれば宗教狂いのミザボアに応援を頼め。連中はそっち(・・・)方面に熟知している」


 『御意。月が天に昇りし際に仕掛けます』


 「問題が起こった時は呼べ。・・・行け」


 影は頷くとそのまま森の中へと、音もなく姿を消した。成彦は視界に捉えていた人物の傍まで歩み寄りと口を開いた。


 「波多野宮内大臣。少しばかりお時間を頂けますか?」


 欲が入り混じった闇の闘いは、静かに狼煙を上げた。


感想は次回の次回から、吟味したものを選んで後書きに書き込む形で更新したいとい思います。

読んで頂きありがとうございます。

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