第七話
大変申し訳ありませんでした。
自分でなんとか納得した仕上がりに成ったので改変番を投稿させて頂きます。
〈よそよそしい〉様。
〈33knns〉様。
非常に申し訳ありませんが、これが自分の限界であると自覚せざるを得ない結果になってしまいました。
お二方からの厳しくも不適切な所を指摘して頂けるのは私にとって嬉しい事であります。
これからも宜しくお願いします。
お待たせしました。
1910年
帝都皇居
明治大帝の崩御により、新たに大正天皇が即位された。
今日は大正天皇と初めて話し合いすることでなった。
「....そうでしたか。どうして父上があれほど陸海軍や政財界の反発を抑えた理由が、やっと分かりました。」
大正天皇は明治大帝から、私の事は信頼出来る者としか、聞かされていなかったそうだ。
「私は父上がまるで人が変わった様に、公務に身を投じていく姿を後ろから見てきました。父上は少しでも変えたかったのですね日本の歴史を...」
大正天皇は亡くなった父、明治大帝の姿を思うように目を細めた。
「明治大帝陛下は己が出来る限りの事をやりきり、逝かれたと私は愚考いたします」
「....そうですね、私も父上の意志を継ぎ、この日本を少しでも変えなければなりません」
大正天皇の毅然となされる姿は、やはり明治大帝の血を引いていると、思わせるには十分だった。
「御意。珠洲宮家二代目当主として支えてご覧にいれます」
「そこまで硬く成らなくても大丈夫です。ただ一つお願いがあります。」
苦笑いすると、悲しそうな顔された。
私は姿勢を正した。
「私の息子の事です」
「皇太子殿下でありますか」
「はい」
大正天皇は悲しげに語り始めた。
「私の命は短く、長く無いことを貴方から聞きました。もし私が死んだ時、あの子の父親代わりをしてくれませんか」
「.....」
あまりの話に絶句してしまった。
「知っての通り、皇室の古来からのしきたりにより天皇とその子供は生まれた時から引き離されて、交流を持つ事自体が厳しいのです」
そう、平成、未来の日本では天皇陛下と皇太子殿下一家が仲睦まじくなされている姿が見られるが、明治・大正の時代は、子は生まれると、すぐに引き離され別の場所で育て上げられる。
平成の天皇陛下が家族の仲を大変大切になされている理由は、年少期に家族と遠く離れた場所で育ちになられた時に感じられた、寂しさから来られているのかも知れない。
「自分が務めるとは思えません。しかし可能な限りやらせていただきます」
「よろしくお願いします」
その後、陸海軍の軍備状況、国内外の開発の報告と基本方針。
そして少しばかりの雑談をして、皇居から去った。
帰りの馬車の中で私は副官からの報告を受けていた。
「海軍は現在、金剛型の設計を英国・ヴィッカーズ社との共同設計に入っておりますが、ジョージ・E・サーストン卿の反対により当初予定されていた新設計ではなく、〈レシャディエ(後のエリン)〉を元にした巡洋戦艦として設計されておりますが、薩摩型、河内型の経験を反映させることで決着を見ました。
具体的には日露戦争の黄海海戦において〈初瀬〉の砲塔大破受けて、当初より防御力を強化する模様です。後は〈三笠〉が火災を起こして沈没しかけたので火災対策も見直します。
金剛型は一番艦は英国で、残る三隻は日本で建造いたします。
扶桑型は史実の伊勢型を基本にした設計に入っておりこれに改良を加える予定であります。
伊勢型はまだ設計に入っておりませんが、扶桑型の経験を参考に航続力の延長に考慮した設計をすることが決まっています。
巡洋艦については超弩級戦艦群の建造準備の為に、軍民問わずドックの新設、拡張、更新に務めている関係で残念でありますが建造をしておりません。
駆逐艦は、1200トン級一等艦及び750トン級二等艦の建造に入っておりますが、数が揃うには約二、三年は掛かるでしょう」
「陸軍はどうなっている」
副官はメモ帳をめくりながら、
「陸軍につきましては、三八式小銃の製造と配備、二八式野砲の改良を進めております。
また海軍の15糎砲を元に、加濃砲と榴弾砲の開発をしていますが、陸軍にとって15糎クラスの野戦重砲の開発は未知数ですので、物になるには最低三年から五年は必要との事です。」
「なかなか順調だな、東条」
「はい。殿下」
私の目の前に、陸軍軍人にして私の副官、その名は、
東條英機陸軍中尉。
太平洋・大東亜戦争の、開戦を決意した人物。
その若き姿である。
「それと....」
東條、彼の代名詞と言えるメモ帳(彼はメモ魔で知られている)をめくると、
「殿下へのお見合い状が「却下しろ」....殿下、そろそろ身を固める決心を為されたらどうですか」
東條が諦めを含んだ目で見てきた。
「貴様は知っているだろう、この国がどうなるか」
「....」
私がそう言うと東條は黙りこんでしまう。
東條には日本が辿る本来の歴史を全て教えた。
なぜか?
それは東條が筋金入りの皇室祟拝者だからだ。
彼は日本が敗戦するやいなや、進んでGHQ(連合軍総司令部)で人柱になり天皇家に戦争責任が及ばない様に身代わりになった。
自らが死刑になるのを承知で。
私はそれを鑑みて彼を副官にした。
東條を副官にした際、この国の未来を出来事を全て話した。
東條はそれを受け入れて私の副官になった。
「私はこの国に訪れる悲惨な運命を変えるべく動いている。今さら妻を持とうとは思わんな」
「しかしそれでは殿下のご両親である御井彦様と彩希様のお気持ちをどうなさるのですか」
「父と母にはすでにに私の意思を伝えてある、それに珠洲宮家を残す積もりなら養子を取ればいいさ」
「....分かりました。ではこの件は本官が処理しておきます」
「頼む」
私がそう言うと東條は思い出した様に鞄を探り始め、中から一通の手紙を取り出した。
「殿下宛にお手紙です」
私はそれを受け取ると差出人の名前に気付き不審に思った。
室蘭大重工業?
聞いた事が無い会社だった。
バタフライ効果で出来た新興会社かと思いながら手紙の内容に目をとうした。
その瞬間、私は時間が止まった様に錯覚してしまった。
最初の文章にはこう書かれていた。
1945年9月2日日本降伏文書調印
「殿下?」
成彦殿下が私が手渡した手紙を読み始めてから一心不乱に読み続けるの不審に思い、声を掛けた。
「東條、貴様は1945年9月2日と聞いて、何を連想する」
殿下は手紙から決して目を離さず、硬い声で質問された。
私は苦い顔しながら、
「戦艦ミズーリ艦上での降伏文書調印を考えます」
私は殿下から教わった未来の歴史を思い浮かべた。
違う自分とは言え日本を敗戦に導いてしまった、罪は大き過ぎた。
私は悲しかった。虚しかった。未来の日本が敗戦する事に。
殿下は絶望してしまった私に手を差し伸べて下さった。
共に日ノ本、日本の未来を変えよう、とそう仰せられた。
私の答えは決まっていた。
その場で最敬礼をし、共に歩む意思を伝えた。
それから殿下の副官を務めている。
私の返答に頷くと、確固たる意思を持った声でこう言われた。
「北海道に、室蘭に行くぞ」
「室蘭ですか」
「そうだ。北海道財閥総帥にして、その中核企業の室蘭大重工業会長、齋藤又吉に会いに」
殿下の目が一瞬、蛇の目の模様になったのを私、東條英機は見た。
1911年北海道室蘭1月9日
雪が降り積もる中、ロシャーナ連隊の護衛と東條を引き連れ、室蘭にやって来た。
私が室蘭に降り立つと信じられない光景が広がっていた。
「そんな...バカな...」
未来では、陸上自衛隊の新型戦車、10式戦車の主砲の開発で有名な日本製鋼所の新日鐵住金室蘭製鐵所があるだけでそれ以外は田舎と呼べる土地のはずであった。
だが、目の前にある光景はなんだ。
隣接する大型ドック群、建ち並び今も稼働している証として赤く光りを放つ巨大な製鉄所、乱立して天高く立つ煙突から黒い煙を出し続ける工場、忙しなくそれらを往き来する大きな輸送列車の集団、港には2万トンはあるで有ろう貨物船、船に貨物を載せる為の大型クレーンが並んでいた。
本土の横須賀、呉、長崎、舞鶴を遥かに超える工場群が目の前に広がっていた。
「殿下これは...」
後ろで東條が絶句した声が聞こえたが構っていられなかった。
混乱しているのだ、私の頭が、認めたくないのだ、目の前の現実を。
「ツァーリ、誰か来ます。」
ロシャーナ連隊から連れて来た護衛の一人が私の耳元でそう告げた。
そちらを向くと30歳位で作業服らしいのを着て、顔を所々黒くした男が走って来た。
「申し訳ありません。作業が少し難航して、迎えに上がるのが遅くなってしまいました。珠洲ノ宮成彦殿下であられますか」
私達の前で止まり、息を整えてからそう話掛けてきた。
「そうだが、貴方は誰だ」
「あ、これは失礼しました。私は室蘭大重工業三代目社長の齋藤優介と申します。成彦殿下こちらにどうぞ」
その男、齋藤優介は私達を案内しようとしたが、私は待ったを掛けた。
「まて、私は齋藤又吉に会いに来たのだか」
「それでしたら、私の祖父齋藤又吉は今夜、室蘭に札幌から帰ってきます。私は祖父から殿下をある所に案内せよ、と申し使っております。では行きましょう」
人好きにさせる笑顔でそう言うと移動し始めた。
私はそれに付いて行くしかなかった。
「第八製鉄所の人員が足りません!」
「第二製鉄所から応援を回す!」
「第一ドックのクレーンがヘソを曲げました!」
「修理班!ご機嫌伺いに向かいます!」
「貨物列車7番、荷物積み込み終了しました!」
「第三旭川丸が待っている!直ちに出発進行!」
男達の怒声が響き渡る。
その間をしばらく歩くと優介がこの会社の成り立ちを教えてくれた。
「本社は祖父が16歳の時に、江戸から室蘭に移住してとても小さな組合、鍛治製鉄組合を作ったのがきっかけです。祖父は組合を立ち上げた時から、頭領を務めていたそうです。祖父は様々な営業努力のみならず現場でも恐るべき先見性と技術力を持って現場を指導してきました。今ではその組合も室蘭大重工業に名前を変え、世界有数の技術力を持つまでになったと自負していますが、祖父の方針で海外だけではなく、国内にも知られていません。しかし成彦殿下に手紙を送ってから方針を一変させ、積極的に出る事が決まり本社のみならず、祖父の影響を受けて作られた会社の社員一同祝った物です、それから....」
さっきからずっと話し続ける優介の言葉の中に違和感を感じ質問した。
「失礼ながら、優介殿の父は」
「私の父は二十年前に現場で事故が起きた時に、それで死んでしまいました。祖父から言い付けで必ず現場で働き、現場の実情を知るように言われて来ましたから、その事故も今では過去の話です」
悲しげにそう語ると立ち止まった。
そこには一つの小さな建物がぽつりと立っていた。
「この建物は私だけではなく、どんな人間で在ろうと祖父は誰も中には入れませんでした。ですが成彦殿下が室蘭に来ると私に教えてくれた際、祖父はここに殿下を案内せよと、言うとこの建物の鍵を渡しました。中には殿下しか入れない様に言われております。どうぞ...」
そう言うと、私に古くなり錆びがあちこちに見える鍵を渡した。
私はゆっくりと建物に近ずき、鍵を開け中に入っていった。
中は薄暗く先がよく見えず、私は入り口近くにあった、灯りをつけるらしいレバーを上げた。
照明に照らされて明るくなって行く部屋を見ていると、部屋の壁や机の上に紙が置かれているのが分かった。
そして最後に照らされた一番奥の大きな机に置かれている大きな紙が置かれていた。
私はそれを見ようと、近ずいて行き周りの紙をチラリと見ると私の目線はその紙、いや設計図に釘付けになった。
「戦艦...長門...」
私が明治大帝を通じ、艦船本部に渡した設計図より遥かに、詳細に正確に書かれている戦艦長門の完全な設計図があった。
慌てて周りを見渡すと、長門だけではなく、空母赤城などの艦艇の設計図のみならず、陸軍の五式戦車チリを筆頭にする各戦車の設計図、航空機では零戦や、隼を始めとする大東亜の空を席巻した航空機群、果てには64式小銃と思える物まで。
私は一番奥の机に向けて走った。
走らなければならなかった。
そこにあったのは、
「なぜ!なぜ!ここにあるのだ!」
巨大な三連装の主砲塔を据え付け、特徴的な艦橋と船体を持つ戦艦。
「戦艦大和!」
私の前世に於いて世界最強の戦艦として君臨した、大日本帝国海軍最後の戦艦にして悲劇の艦、
巨大戦艦大和。
その設計図が目の前にあった。
同日深夜室蘭
私は齋藤又吉から指名された、とある料亭に来ていた。
女将から又吉が奥の部屋て待っていると聞いた私は歩いていた。
そして、その部屋の前に着いた。
「入ります」
襖をあけた先に頭を下げた老齢な男性がいた。
「...お待ちしていました。珠洲ノ宮成彦殿下」
頭を上げた男の顔には、右側に縦に走る切り傷があった。
「傷については昔付けられた物です。ご心配なく、さあお座り下さい」
私の考えを見抜いた様に言った。
「...因みに誰に付けられたのだ」
私が座りながら尋ねると悔しそうに、
「本州の糞共に」
と言った。
「儂が、幕末の時に江戸から大富豪だった親父から黙って金を持ち出して、蝦夷、この北海道の室蘭に会社を建ってました。本州の連中が北海道に進出しようした時には既に、この又吉めが一大財閥を作りあげていて、入り込む隙もありませんでした。そこで連中は手っ取り早く私の暗殺を思い付いた訳です。儂は生き残りましたが、息子が身代わりに...」
「待ってくれ、確か優介殿の父は事故で亡くなった筈では」
「孫にはそう告げました。しかし真実は連中が雇った殺し屋から、儂を守る為に相討ちになり犠牲になりました。」
「そうでしたか...」
しばらく両者共に沈黙すると、又吉が話し始めた。
「殿下は儂が送りました手紙を読んで下さったと思います」
私が黙って頷くと、
「殿下は疑問が渦巻いている筈です。何故、1945年の日本の敗戦を知っているか。何故、殿下にお見せした建物の中に大和を始めとする各種設計図が存在しているか」
「そうだ。敗戦、長門に関してごく少数しか知らない筈、まして大和の設計図は私ですら知らない。前世では大和型の詳細な設計図は未だに見つかっておらず、不正確な物しかなかった筈。それを齋藤又吉、貴方何故それを...」
知っているのだ。
言葉にだせなかった。
一度は考え、諦めた可能性だったからだ。
私以外に転生者又は憑依者が存在しないか、と言う希望が。
又吉は顔を笑わせながら口を開いた。
「殿下のご想像通り、儂は前世の記憶を持って転生した者であります」
「...そうか。他には居るのか」
僅かな希望を持って聞いた。
「まあ...いるには居ますが」
なぜか口ごもる又吉。
「又吉さーん、そりゃあ酷く有りません?」
突然、耳に飛び込んで来た見知らぬ声に慌てて後ろを振り返ると、閉めた筈の襖が開いており複数の人がいた。
「どうも、成彦殿下。大蔵省次務官長、大友嘉助です」
歳が中年ぐらいで顔には人好きにさせる笑顔を貼り付ける男がいた。
「ぁあ、宜しく」
私が困惑しながら返すと、男...大友嘉助が後ろに声を掛けた。
「ほな、皆さんー、中に入りましょうか」
ぞろぞろと中に入ってくる人達の服装は様々であった。
和服もいれば洋服や軍服を着ている。
何より驚いたのは。
「...女?」
既に還暦をとう過ぎているであろう老婆が居る事だ。
老婆は私の呟き反応したのか、こちらを見て口を開いた。
「なんだい。バァバァが此所にいちぁだめだったのかい」
「いえ、とんでもありません」
私がそう答えると、鼻を震わせてさっさと歩いて行った。
暫く頭の中を整理しようとして立っていると、又吉が手招きしてきた。。
私は又吉のすぐ隣まで来ると座る様に言われたので座った。
「それじゃ始めるかい。新入りも居る事だし、まず自己紹介からだね」
「では、自分から」
ほっそりした体格で丸眼鏡を掛けた神経質な顔している、制服を着た海軍軍人が最初に手を上げた。しかし私には見覚えがある人物だった。
「自分は大日本帝国海軍少将の六角一郎。成彦殿下には薩摩で世話になったかな?」
六角一郎少将。元薩摩艦長であり、私が以前起こした事件で迷惑を掛けた人だ。
「その節では、ご迷惑を掛けました」
「いや、別に大丈夫だよ。それにあの事件でまだ先だった少将への昇進も、口止めの意味合いでなったからね。結果オーライだよ」
「では次は俺だな!」
声を張り上げたのは陸軍の人だった。
六角少将が頭脳派と見れる体形に対して、如何にも体育会系の体つきである。
「俺は大日本帝国陸軍!第三師団の第二旅団長をやっている龍造寺元信大佐だ!よろしく頼む!」
暑苦しい。そう思ってしまう程、元気一杯の人だ。
「先程、紹介しましたが私は大友嘉助と申します。よろしゅう願います。んでこっちは細川新吉、絵師をやってる」
「...新吉です。...よろしくお願いします」
いつの間に取り出したのか、フレームが木製の少し変わった眼鏡を掛けた嘉助が隣の細川新吉を紹介してくれたが、肝心の新吉は細々とした声だ。
新吉は一目見た印象は、浴に言うなら前世で言うところの、典型的な引きこもり。
「私は海軍情報部に配属されている、宇喜多廉造少佐です。毒茶飲みます?」
「陸軍だが、同じく情報部の松永一郎中佐だ。爆破は芸術の一種だと思いますが、どうですか殿下?」
片方は、片眼鏡を懸けて西洋人ぽい顔を澄ましながら、無表情で毒茶を進めてくる宇喜多少佐。
そして、傲岸不遜の言葉を、そのままの様な顔付きをした松永中佐が、ニヒリとしながら怖いことを平然と聞いてくる。
ぶっちゃけ言おう。
すごーーーく、恐い。
「吾輩の技術力はせかぁぁいぃぃーーいぃぃーーちぃぃ!」
「五月蝿いわ!?」
なんか準備していたらしい、油まみれの実験服を着ている男性が、直ぐ後ろに現れた神主らしい老体の男性に頭を鷲掴みにされて、メキャ!と音を起てながら畳に叩きつけられた。
「はぁ、すまない。この馬鹿は菅原弘。いつも騒ぐからあまり気にしない方がいいぞ。それから儂の名は九鬼廉太郎、神社の神主をしておる」
「はぁ。よろしくお願いします」
床に叩きつけられ埋まってしまった菅原を見て見ぬ振りするのはおかしいだろうか。私はそう思わないが。
頭が床下に突き抜けて体をピクピクさせている菅原に容赦なく追撃の蹴りを加えている九鬼殿から目をそらして、上座に座り込んでいる一人の老婆に顔を向ける。
老婆は顔の皺を揉み下しながら溜め息をついた。
「まあ、ここにいる私を含めたこの連中は変人ばかりだからね、諦めて変人の仲間入りする事実を受け入れな」
「富さん、それはヒデェじゃねえか」
「そうです。私は断じて、この脳味噌まで筋肉馬鹿のこいつとは一緒ではありません!」
「アァァ!?六角!もういっぺん言ってみろ!」
「直ぐにいきり立つな、筋肉ばK...龍造寺!」
「ヤカマシイ!」
ガン突け合っていた六角少将と龍造寺大佐の二人が、そのツルツルの天辺に青筋を浮かべた九鬼殿に、変G...んんん!
菅原と同じ様に畳に叩きつけられた。
「...大丈夫ですか?」
「......今まで特に問題なかったんだけどね」
私の問いかけに眉間をマッサージしてしまう富と言うらしい御老体。
「...六角は自称インテリ。龍造寺は筋肉達磨。九鬼の爺さんは頑固親父、松永と宇喜多は謀略に関して右に出る者はいない、菅原は筋金入りの研究馬鹿......因みに富さんは守銭奴な人だから、搾り取られない様にね」
「...細川、来月の仕送り、零にした方がよかったかね?」
「すみませんでした!!」
こっそり耳打ちしてくれた細川さんは富さんに頭が上がらない様だ。見事な土下座だった。
「はあ、九鬼さん。そろそろ席に戻ってくれない?話が出来ないよ」
「しかし富さん。この馬鹿共がまた騒ぎ出しますぞ」
「構わないよ。五月蝿くしたら絶縁書を叩きつけて追い出しておやり」
「承知した。おい馬鹿共!とっとと起きろ」
九鬼殿に罵倒されながら三人は起き上がる。
龍造寺は呑気に笑って、
「ハハ!九鬼の爺さんは相変わらず手が早いな!」
と言った。
「龍造寺、貴様もう一度沈めた方がいいか?」
九鬼殿の言葉に、あさっての方を向いて口笛を吹いている龍造寺。
「ほれ、あんたら。紹介し終わったら、定例会するよ」
「「「「はい!」」」」
富さんが、仕切り直すとそれぞれが顔を変えた。
私は思わず息をのんでしまった。
先程とは比べ物にならない緊張感が漂っている。
「まず、欧州関係での報告があります。...独逸帝國海軍のキール軍港の大型艦ドックに、先月から大量の鋼材搬入が行われております。それも通常の2、3倍」
「確かあれか?三ヶ月前の会合の時に言っていた、ケーニヒ級戦艦の増建だったけ?」
六角少将が質問するが、宇喜多少佐は否定する様に頭を振る。
「陸海統合情報局も当初、そう考えていましたが実際は違います」
宇喜多少佐は、一拍置いてから言い放った。
「情報局としては、恐らくビスマルク級の原型が早期建艦されると推測しています」
<ビスマルク級戦艦>。
建造当初から欧州最強の戦艦として、大英帝国海軍の恐怖の的になり、<一番艦ビスマルク>は英国戦艦5隻と空母2隻を総動員し撃沈に追い込み、<二番艦ティルピィツ>を特殊潜航挺で行動不能にして、更にランカスター重爆撃機を多数投入。ノルウェー・フィヨルドの奥地で着底させた。
英国海軍がこれ程戦力を投入してまで撃沈しようとしたのが<ビスマルク級戦艦>。
そしてその基本設計の元に成ったのが。
「バイエルン級戦艦ですか...」
「ああ、成彦殿下の言うバイエルン級がまだ可能性の段階ではあるが、あのユトランド海戦に出てくるかも知れない」
とすれば、かなり不味い状況になるかもしれない。
なぜなら、<バイエルン級戦艦>以前のドイツ帝国海軍戦艦の殆どは30㎝砲クラスだからだ。
英国海軍の戦艦も30㎝砲の艦だが、34㎝砲や38㎝砲など、より大口径な主砲を備えた戦艦や巡洋戦艦の設計開始をこの時期に行っている。
これにより誕生したのが、<アイアン・デューク級戦艦>・<クイーン・エリザベス級戦艦>や<インディファティガブル級巡洋戦艦>・<ライオン級巡洋戦艦>など名高い艦艇群だ。
しかし、ヴィルヘルム2世が実施している世界政策の根幹である、ドイツ帝國海軍が座して見ているだけの筈がなかった。
彼らは自分達が持つ戦艦群の性能に、絶対の自信を持っていた。
主砲は30㎝砲クラスとは言え、ラインメタルやクルップ社が生産する艦砲から約束される優れた射撃性能と、高品質のクルップ鋼を使用した強靭な装甲により攻防の両立。
だが、宿敵と言える存在、大英帝国海軍が次々と更なる大口径砲の開発に邁進しているのを見ていたドイツ海軍首脳部は、これまで以上の熱意を持って戦艦建造に乗り出した。
それが、〈バイエルン級戦艦〉である。
〈バイエルン級〉はカタログスペックでは、38㎝砲を搭載しそれに耐えうる分厚い装甲により同クラスの主砲を持つ、イギリス戦艦を撃沈に追い込むにはさして難しくない性能だ。
対してイギリス戦艦は火力と速力を重視した為、その装甲厚の殆どが自艦より弱い艦、最もな事を言えば格下を相手にする事を想定していたし、なにより数で劣るドイツ戦艦に対して、書類上優っているその数で圧倒する事がイギリス海軍の基本的海上戦略だ。
「しかし、なぜバイエルン級と分かったのですか」
私が疑問に思っても仕方ないがないだろう。
現在、ドイツ海軍が全力を上げて建艦に力を注いでいるのは、私の記憶の中では、確か〈バイエルン級戦艦〉より2世代前の、〈カイザー級戦艦〉だった筈。
改カイザー級である〈ケーニヒ級戦艦〉は今年度に予算が議会を通過し、正式に建造開始の許可が降りる。
バイエルン級はまだ影も形もない。
「ん?成彦殿下は知らなかったのか」
松永中佐が意外だと、思わせ振りの口調で言う。
「カイザー級は既に二隻が進水し、現在主砲の取り付け作業に入っている。残る三隻についても今年度中もしくは、来年の初めに進水するだろうと陸海統合情報局は考えているよ」
「ケーニヒ級も同じように、ネームシップの一番艦〈ケーニヒ〉が今年の夏の終わりから冬の初めに艤装可能段階に入る筈です」
「...はぁ?」
慌てて口を閉じたが思わず漏らしてしまった。
松永中佐と宇喜多少佐、二人の言葉を信じるならドイツ海軍の増強は史実より加速している事になる。
どういうことだ?
「貴方が色々と動いたからですよ。成彦殿下」
茶を啜りながら嘉助が核心をついて来た。
「バタフライ効果。それぐらいは知っていますよね」
「はい」
私がそう答えると、種明しを始めた。
「本来なら専門家である、六角さんに任せるのが一番良いのですが、今回はこの大友が説明させていただきます。」
そう言うと室内を一回、見渡してから口を開いた。
「卒直に申し上げて、ドイツ海軍の拡大に拍車を掛けたのは間違いなく、我が国日本です。今や極東最大の軍事大国と化した帝國が建造した<薩摩>・<安芸>・<河内>・<摂津>の四隻からなる30センチ砲戦艦群は、建造当初、場合によっては在シンガポールのイギリス極東艦隊を撃破可能でした。幸い当のイギリスからは万が一アメリカ合衆国と衝突が起こった際の有力な戦力として見られていましたが。......1900年代のアメリカ・イギリスの外交関係はセオドア・ルーズベルトの帝國主義政策、棍棒外交の影響で南アメリカ大陸で対立していましたから」
「...当時の大英帝国は南米・ブラジルを拠点に南米各地に影響力を保持していた。しかしアメリカが北南米と中南米を勢力圏に収めると、南アメリカ利権を守ろうとするイギリスと新たな市場を求めたアメリカは静かに、にらみ合いをしていたんだ」
嘉助の説明に補足を加えてくれる細川さん。
そこに合い手を入れる六角少将。
「実際、南米三国に戦艦を売却した時、仲介人を務めたのはイギリス海軍でしたからな」
「この通り、イギリス海軍は日本海軍の増強を歓迎しました」
しかし、ドイツは違います。
大友はそう切り出した。
「ドイツ海軍は、将来的にイギリス海軍とは雌雄を決する必要があるとある程度、認識していました。なにせドイツ軍の最高指揮官はヴィルヘルム二世ですから。自分達の皇帝が3B政策やら、イギリスの神経を逆撫でにする政策を展開していましたから。ただこの時、同時に勝ちを取るのは非常に難しいとも考えていました。しかしイギリス海軍が自らが造り出した戦艦〈ドレッド・ノート〉により、それまで戦力差が全部パァーになりましたからね。で、ドイツ海軍は、今こそ追い付くチャンス、と海軍大臣ティルピィツの肝いり指導の元、弩級戦艦の建造に乗り出しますが、世界に冠たるイギリス海軍の方が一枚上でした。ドイツ海軍より遥かに早いペースで、次々と新造戦艦を七つの海に送り出しました。それでドイツ海軍は少し建艦計画に修正を入れ、複数のイギリス戦艦の攻撃に耐え反撃し、それを撃沈する。まあ、簡単に言えば多対一で勝てる戦艦を建造しようと、考えてペースを緩やかにした。だがそこで私達、日本がそれを崩してしまった」
そこで一度区切り息継ぎをした。
「考えてみて下さい。<薩摩級>と<河内級>は前者が1908年に就役。後者が1909年度に実戦配備ですよ。この時のドイツ海軍は今だに弩級戦艦の建造に試行錯誤をしていて、ようやく<ナッサウ級戦艦>や<ヘルゴラント級戦艦>が弩級戦艦の基本形として建造を始めたのを尻目に、いきなり完成形とも言える最適な主砲配置がなされている<薩摩級>と<河内級>が極東の島国で誕生したんですよ。どれだけの衝撃を受けたかは想像しやすいですよ。...六角さん、すみませんが後、よろしくお願いします。流石に喉が痛いです」
これに、マジかよ、とボヤキながらも律儀に引き継ぐ六角少将は頬を引っ掻きながら言った。
「まあ、簡単に言えばライバルであるイギリスならまだしも、遥か彼方の極東の島国である日本に遅れを取った、と考えたんだろうな。それに当時の欧州は日露戦争で日本が勝った僻害で黄堝論が一時期、大々的に取り上げられていたからな。それで、ヴィルヘルム二世が海軍の尻を引っぱ叩いたから、ドイツ海軍はケツに火が着いたて訳」
「...つまり、私に責任があるとお考えですか」
先程からの言葉を聞いていれば、まるで非難されている様にどうしても感じてしまう。
私自身でも分かる程、体の中から奇妙な感覚が浮かんで来る。
それに従う様に部屋の空気がしだいに悪い方に傾いていく。
「誰が、アンタの性だと責めたんだい成彦坊」
富さんが、呆れた顔しながら否定した。
「別に、遅かれ早かれこう言う事態は予測していたんだ」
それに、と富さんは言葉を繋げた。
「逆に言えば、これは成彦坊が積極的に動いたからこそ発生した状況だからね。私達にとっては都合が良いしね」
「と、言うと?」
私が質問すると、富さんは顔を笑わせて言った。
「アンタが推し進めている艦隊整備計画。あれ、ユトランド海戦に艦隊を派遣して、欧州戦線、戦後で日本の存在を誇示するため物だろう」
「......」
「沈黙は肯定と捉えるよ。私らの中で唯一工業力を持っている又吉の会社なんだけどね、そろそろ大規模な営業活動を展開しなきゃ不味いからね。それに又吉、アンタ借金の返済滞っているよ!」
富さんが吠えると又吉が狼狽しながらも返す。
「いや、富さん少し勘弁して下さい!。海軍さんの仕事を三菱や川崎から半々強奪同然で受注したばかりですよ!?」
「知らないね!さあ、絞り採れるだけ絞り採るよ!」
「おい!?誰か助けてくr、ゲホォォォ!!」
憐れ。
こちらに助けを求めた又吉が、富さんが繰り出した飛び蹴りを喰らい部屋の隅まで吹き飛ぶ。
とても老体とは思えない飛び蹴りだった。
私は捲き込まれない為に遠ざかり始めた。
安全地帯を探していると、残り6人が反対側に集まって酒盛りを始めていた。
「おお、殿下こちらにどうぞ」
九鬼殿がどこからともなく座布団を引いてくれた。
そこに座ると、まず最初に盃を渡してくれ、次に熱燗を入れてくれた。
熱燗を喉に流して込むと、少しばかり冷えた身体が温まって行く。
「あの二人は、いつもああなのですか」
「そうだ。会うたびにああなるから、よく巻き込まれる我々に取って見れば止めてほしいがな」
そう言ってから九鬼殿は二人の方を見ると顔をしかめる。
私もそれに倣って見ると同じ様に歪めてしまう。
富さんが何処から持って来たのか分からない薙刀を振りかぶって又吉を追いかけ回していた。
又吉は必死に逃げながら、鋭い突きや薙払いを避けている。
願わくば此方に被害が来ません様に。
くわばら、くわばら。
そう思いながら、少し話題を私が聞きたかった事に変える。
「質問ですが、なぜ又吉の室蘭大重工業はあれ程の規模を誇るのですか?」
「ああ...その...それは」
「それは俺が説明しよう!」
九鬼殿が言いずらそうに口ごもると、既に酒臭い龍造寺が割り込んで来た。
龍造寺は酔っ払った口調で教え始めた。
「又吉さんの会社が出来たのは幕末末期より大体十年経ってからだな!その後は富さんの金を使って会社を大きくして行ったんだが、一番金儲けが出来たのは日清・日露戦争の時だったな!因みに又吉さんが作ったのは75㎜砲弾だ!日本一番の生産能力を持って大量に作っていたな!あれは助かったな!たださえ弾薬が不足ぎみだったしな!ただそれが出来る様に成るまであんな風にいつも追いかけ回されていたがな!」
「あと、本来なら北海道全体の開発に使われる筈の予算や人的資源を口八丁で横取りして、室蘭に集中させたからな。今、札幌以外の土地は殆どが草原や森林地帯ばかりですよ」
九鬼殿が龍造寺大佐の大雑把の説明に補足を加えてくれる。
しかしそれだけでは足りない気がする。
「あの二人、離婚したとは言え夫婦だったからな」
「はぁ?夫婦!?」
私が驚愕の声を上げると、九鬼殿が苦笑した。
「うん。夫婦だったんだが日清戦争後に、会社方針で大喧嘩して離婚したんだ。まあその後でも二人三脚でやっているからには仲はそう悪くない筈なんだが...」
そう言いながらも、逃げ回る又吉と追い掛ける富さんを見るからには説得力が無かった。
「ところで、富さんの資金源は何処から出てきたのですか?」
投げ掛けると、帰って来たのは重苦しい沈黙だった。
皆が皆、苦々しい顔付きをしている。
ーーー爆弾踏んだかもしれない。
「...富さんの実家は貴族の家柄。しかも東海道一の戦国武将、今川義元の末裔の家系。富さんは14歳の時に数人ばかりの使用人を伴って欧州に跳んだんだ」
細川が語り始めたのは今川 富の壮絶なる過去であった。
「富さんは、両親や兄弟姉妹達の猛反対を押し切って名門今川家が持っていた骨董品や芸術品を複数点を、護衛一人と使用人二人とで手分けして欧州に持ち込んだ。持ち込んだ品物はいまゆる闇市場、分かりやすく言えば、闇オークションで売りさばいたんだ。そこでは考えられない程の金額が付けられたらしいよ、富さんはそこら辺は口を濁して教えてくれないし」
唖然してしまった。前世に於いても日本の仏像がよく盗難された、美術品が盗まれたなどの話はよく聞いたが、これは政治的問題も一部あるが一番は金である。海外では日本の骨董品などは時に莫大な利益を産む金の卵として見られていた。その為にその価値が余り分かっていない家から時には計画的に買収、また暴力的に国外へ持ち出し売り捌く者もいた。
「富さん外国語ペラペラだからね。前世では外国語学の大学教授していたらしいよ。確か英語は勿論だし、フランス語、ドイツ語、イタリア語、ロシア語。ヨーロッパの主要国はそうだし、マルタ語とかカタルーニャ語とか聞いた事のない言語も知っていたなー。あ、グルジア語も話せたかな」
「...細川殿は結構お喋りですね」
そう指摘すると、きょとんとしてから一転、苦笑いに変わった。
「あーーー。多分酒を飲んだからかな。まあ、それは置いといて。欧州だと富さん、ちょっとした有名人になっちゃて、色々と事件に巻き込まれたらしからね。実際、使用人の一人が命を落としたそうだよ」
「当時の日本はジパングやらなんやらでしか知られていないからな。そこに珍しい美術品を持って行って、それらがいつの間にか大量の資金に変わって持ち歩いていると来た。それに富さん若い頃はこれでもかと美人だったしな。狙われるのは仕方のない事だ」
「でも、日本に帰って来た時には株取引とかを、現地で親交を得た財界人と協力として、そりゃあ沢山の外貨を得ていたしな」
「ぶっちゃけ、俺達がまだ40代前半なのにここまでの地位にのし上がれたのは、富さんお気に入りの連中、て周囲から見られた結果なんだよなー。富さんは外貨を大量に持っているから、政府からVIP扱いだし」
「確か今でも骨董品や芸術品を、首が回らない華族から買い取って海外に売り捌いていたよな」
「それは富さんが余り価値がないと判断したやつだろう。今は新進気鋭の職人や画家達に作品を依頼して、それを有名な財界人に売って新しい顧客を獲得とか色々やってるよ」
ワイワイと言いたい放題に富さんの過去を話す。
そこで私は確信を突いてみた。
「で、なんで結婚出来たんですか?」
「家出だよ」
それまで黙って酒を傾けていた、松永中佐が教えてくれた。
「富さんが帰国した時、富さんの家族が見たのは、大量の外貨金貨を持って帰って来た富さんさ。それに手を付けようとしたら富さんに拒否されて家族の仲が悪くなってな。それに貴族...今は華族か。連中、一部の例外を除いて貧乏だからな、富さんの金に目が眩んで結婚しようと迫ったんだ」
忌々しいと言わんばかりに盃を床に叩き付ける。
「それで、富さんは政略結婚させられそうになって家出したんだ。で最終的に行き着いたのが室蘭。そこで資金が足らず四苦八苦していた又吉さんと出会ってそのまま結婚だ」
「又吉はんはダンディーだったらしいからなー。若い頃」
「一目惚れしたそうですよ富さんが。しかし羨ましいのか気の毒なのか、あれでは分からないですよ」
全員がそちらを向くと、死に体で痙攣している又吉と満面の笑みで汗を拭いている富さんの姿が見えた。
又吉に対して憐れみを含んだ視線を送ったら、また全員でこそこそと話し始めた。
「あれを見てると富さんがあっち系の人に見えるんですが」
「奇遇だな。俺もそう見える」
「吾が輩も見えるである!」
「馬鹿野郎...!声を出すな...!?」
六角少将と龍造寺大佐、菅原殿が声を押さえながら話しをするが、時既に遅かった。
「へぇ、何がそう見えるて?」
一瞬、首筋を撫でる様な感触を抱いて思わず、座る時に腰から外していた打鉄を握り込む。
後ろを振り返ると良い笑顔で右手にボロボロの又吉を、左手に薙刀を持って富さんが立っていた。
六角が冷や汗を流しながら弁明するが。
「...えー、富さん、これはそれで、あの」
「言い訳無用!問答無用!!」
又吉を放り出すと、薙刀を構える富さんから一斉に逃げ出す三人。
末路は容易に想像しやすいが口には出さない。
ギャー!?
タスケテ!!
オ母チャン!!
待たんか三人共!微塵切りして酒のツマミにしてあげるよ!!
...決して出さない。
「あの馬鹿共。余計な事を言いおりおって」
九鬼殿が深い溜め息をする。
あの三人にはいつも苦労してあるのだろう。
私が冷たくなってしまった熱燗を差し出すと、礼を言いながら受け取り浴びる様に飲み下す。
「イテテテ。えらい目にあった」
体を擦りながら起き上がる又吉に少し冷たい目を向けるしかない私がいる。
言葉にも出した。
「又吉さん。借りたお金は確たりと返さなければ」
「いや、殿下それは無理ですよ」
横から宇喜多少佐が又吉を擁護する。
「又吉さをは、富さんが欧州に行った時に築いていた人脈を使って、大量の工業機械や原料をなるべく安く輸入したり、初期の時期は外国人技術指導員を雇い入れたり。色んな所に手を回したからね。余り言い振らしたくはないが又吉さんの会社は、回し過ぎた性で財政が火の車。富さんはそれが分かっているからあんな事をする訳。まあ、富さんの忠告無視して、拡大路線一直線を貫く又吉さんの肝には感心してしまうけどね。えーと、誰だっけ。又吉さんの会社の最高顧問してくれたけど一昨年に亡くなってしまった人と、もう一人いたよな、二人共フランス人の。れ...レオ...レオンス...」
「レオンス・ヴェルニー氏とルイ=エミール・ベルタン氏のお二方だ。お二人には創設から何から何までお世話になった」
レオンス・ヴェルニー
1865年から1876年に掛けて日本にて海軍技術顧問を務めた人物であり、日本海軍の開明期に重要な役割を果たしたフランス技術者である。
彼が手掛けた海軍施設は様々な物がある。
横須賀海軍工廠や横須賀海軍施設ドックなどの造成。
観音埼灯台、野島埼灯台、品川灯台、城ヶ島灯台の建設にも関わった。
それら中で最大の功績は世界有数でありアジア最大の造船所、長崎造船所を建設した事である。
彼はその姿勢と性格からも日本人から好かれ、時の明治天皇からお礼の言葉を受け取るなど、彼がフランスに帰国する時には多くの財界人や政治家から別れの品を贈られた。
ルイ=エミール・ベルタン
1886年から1900年に、日本政府がフランス政府に技術者派遣を要請した結果、フランス海軍から来日した技術軍人。
彼はレオンス・ヴェルニーが残した施設で、日本技術者の指導育成の他に数多くの主力艦や補助艦艇の設計、建造を指導した。
日清戦争にて活躍した〈松島型防護巡洋艦〉もベルタン氏が設計した艦である。
さらに横須賀海軍工厰と並ぶ、呉と佐世保工廠の建設はベルタン氏の指導のもと行われた。
西郷隆盛の弟であり、大日本帝国海軍大臣の西郷従道はこう述べている。
「ベルタンは海防艦と一等巡洋艦建造のための設計を確立しただけではなく、いろいろな提案を行った。艦隊組織、沿岸防御、大口径砲の製造、鉄鋼や石炭などの材料の使用法などである。彼は4年間日本に滞在し、彼は海軍の技術革新のために決して仕事を止めなかった。そして彼の努力の結果は顕著である。」
そして彼は帰国の年に、明治天皇から旭日章を授けられたのである。
又吉は富さんの紹介の下、両名と接触して協力をしてもらえる事を確約して、室蘭大重工業の基礎を築き上げたらしい。
「お二人は最初は、私が室蘭で工場を立ち上げたい、と言った時はフランス語で『Est-il une plaisanterie?《ジョークか?》』と聞かれましたが、私が北海道が日本に置いて、無限の可能性を持つフロンティアと答えたら。『Je l'ai compris. Le faisons!《分かった。やろう!》』と言ってくれました。それからお二人は政府から仕事の合間に何回も室蘭に訪れては指導して貰いました。室蘭大重工業は両氏の協力が無ければ、世界水準の技術力を得られ無かったでしょう」
又吉は昔の思い出に慕っているのか、涙ぐんでいる。
すると、又吉の上に何かが落ちて来て、又吉が蛙の様な声を出しながら押し潰された。
よく見ると六角、龍造寺、菅原の三人がボロボロな状態で又吉を一番下に積み重なっていた。
「ふん。馬鹿三人組をボコボコにしていたら酒を飲み忘れたじゃないか」
部屋の外から入って来た富さんは円陣を組んでいた私達の間にずかずかと割り込むと、盃を持った。
すかさず嘉助が酒を盃に注ぐ。
「でぇ、話は終わったかい」
「いえ、最後に例の倉庫が残っています」
九鬼殿がそう話すと顎をしゃくて先を促す。
それを受けた九鬼殿は今まで以上に真剣な表情をした。
だが、それは悔いているかのようだ。
「例の倉庫にある数々の戦艦、飛行機、戦車、銃器。あれらの設計図はある男の不屈の努力によってもたらされた物であり、そして我々が犯した罪の証拠であり最大の汚点である」
意味が分からなかった。
何故、あれ程の設計図を揃えるのが罪になるのか。
「殿下はオカルトなどを信じますか」
「信じるしかないだろう」
九鬼殿が突然聞いて来たが私はそう答えるしかない。
転生と言う、全く信じていなかった神の奇跡とも言える事を、実際に体験した身だ。
なんであろうと神話や怪談などを少しだけ信じてみる気にはならないが。
「我々はそこで伸びている菅原...彼の努力と犠牲によってあれらを手に入れる事が出来た」
「待て。菅原は生きているではないか。その言い方では菅原殿は一回死んだ事になるぞ」
「実際死んだんだよ。菅原は」
富さんが毅然とした態度でそう告げた。
「それには彼の血統が絡んでくる」
「血統?」
九鬼殿が言った言葉を反芻させる。
どうして血統が関連するのか。
「彼の名前から予測が出来るかも知れないが、彼の先祖は菅原道真公なのだよ。学門の神様として知られている。これは宮内庁も確認がとれている事だ」
「それは...」
なんと言えば言いのか分からなかった。
とてもでないが、菅原殿には過去にそれだけ偉大な祖先がいたとは思えない程に粗野だ。
「奴の性格はもっと慎重で臆病だったんだ。決して大袈裟な態度をする奴ではなかった」
九鬼殿が菅原を見つめる目まるで自分の子を見ているかのようである。
一体、何があったんだ二人の間で...
「奴が一回死んだ原因である神通力の乱用。それを教えたのは儂ですからな」
「......はい?」
成彦殿下が間抜けた返事に儂は苦笑しながらも後悔の念を抱いた。
あれは儂が菅原を追い込んだ事で起きてしまった悲劇なのだ。
儂は過去に菅原に起きた事を話した。
菅原は元々は大人しい科学者で、儂と同じ様にこの談合の中で常識人だった。
しかしそれが奴を苦しめる結果になった。
六角や龍造寺、松永、宇喜多が順調に昇進してゆき、大友の経済マニアでは済ませない才能は大友自身の地位を押し上げ、今では大蔵省の裏の番人として君臨している。
細川の奴は、若い頃に前世のいわゆるアニメ絵を出したが非難を浴びた。どうも当時の美術的価値では奇抜すぎたらしい。だが今は富さんから資金援助を受けながら諦めずに作品を出し続けている。
その中で菅原は何をしたかと言うと何もしなかった。
いや出来なかった、と言うべきか。
奴が持っていたのは所詮にわか仕込みの知識だけだった。
全国各地の研究所を転々として、それらに、にわか仕込みの知識を伝えて研究の促進に導くも決定的にはなり得なかった。
奴はそれを悔いていた。
無力感を感じていたのだろう。
ある時、儂に相談して来てはついに漏らした。
「九鬼さん。私はどうすれば良いのでしょうか?私には出来る事が非常に少ないのです。龍造寺さん達みたいに軍に入る事は拒みましたし、大友さんや細川のような人に胸を張って自慢出来る技能もありません。こんな事なら...もっと勉強を...知識を蓄えておくべきだった...」
悔し涙を流す菅原にどんな言葉を掛ければ良いのか分からなかったです。
其所で儂は前世と今、我々がいる現世の最大の違いとも言える神通力について話した。
そして儂は悪魔の囁きを言ってしまったのだ。
「神通力があれば出来る事があるかも知れん」
奴は飛び付きました。
恐らく自分を変えたかったのでしょう。
神通力の使い方について教えを乞いで来ました。
余りに血気盛んだったのでその場で簡単にですが教えてしまった。
そして暫くすると奴は突然、儂の神社に訪ねてきて言い放ったのです。
「九鬼さん!俺やったよ!設計図が出来たんだ!!」
菅原は興奮気味に手に持っていた設計図を渡してくれました。
それが彼が死んでしまう第一歩だとは知らずに。
彼が書き上げたのは前世日本の最初の純国産戦艦〈扶桑級〉でした。
儂は奴を問いただしました。
どうやって手に入れた、と。
彼は自慢げに儂から教わった神通力を使って書いたと言う。
詳しく問いただすと、奴は己の血統が菅原道真公であることから、未来の学門を神通力で知る事が出来ると考えたらしいのです。
そして奴は成功した。
思えばその後に言い放った言葉が奴の行動を後押しをしてしまいました。
「でかした!よくやったぞ菅原、やれば出来るではないか!!」
興奮した儂は直ぐに皆に連絡を取り、この結果を報せました。
あの時は大変でしたよ。直ぐに全員が集まって宴会三昧でしたよ。六角は更なる艦艇の設計図を注文して、龍造寺は遅れを取るなと言わんばかり陸戦兵器や航空機の概念図を要求していましたな。
奴は嬉しそうに請け負い、次々と書き上げていました。
一週間で書き終わるのもあれば半年を費やす時も有りました。
そこで儂は彼を繋ぎ止める為に、目に見えない所、手が届かない所に行かない為に孫娘の婿と迎え入れました。
やがて孫娘との間で子供も出来、あの時は何もかもが順調でした。
しかしそれは長続きはしません。
神通力の乱発は菅原の肉体と精神を使用する度に蝕み続け破壊していたのです。
去年の春先に奴は急に倒れ意識不明の重体に陥ってしまいました。
診察の結果、奴の体は3年から5年持てば良い方だ、と医者から言われました。
そして奴は今年の夏に目を覚ましたのですが、奴は記憶の殆どを失ってしまったのです。あの性格は僅かに残った記憶を再構築したからなのです。
原因はやはり神通力の使用であり、奴は自分の記憶を塗り替えるのと引き換えに、頭の中に未来の兵器の設計図を焼き込んだのです。
奴は自分が死ぬと言う事を理解していたのでしょう。
しかし儂らが日本の為、未来の為と急かし、それが奴を人として人間として死なせてしまった。
「これが儂が犯した罪なのですよ、成彦殿下」
目を閉じ、腕を組んだまま沈黙する珠洲宮成彦殿下にそう語り掛ける。
儂は誰かにこの罪を裁いて欲しかった。罰して欲しかった。その思いが儂に重くのし掛かっていた。成彦殿下はこの談合に初めて参加した謂わば新参者。元々いる富さん達は儂と同じ様に奴を煽ってしまった負い目がある。だから新参者である殿下は何も関係ない。裁ける資格があるのは殿下だけなのだ。
そして成彦殿下はゆっくりと口を開いた。
「九鬼殿、私は貴方が過去に取り返しが付かない事をしたのは分かりました。菅原殿が何故死人扱いであるのかも。しかし、それは彼の努力を無駄にするものではないでしょうか。
又吉さん、あの倉庫は最近一回だけしか開けてないのでは?」
殿下が問いかけると、まだ気絶したままの菅原を含めた馬鹿三人から脱け出そうしていた又吉さんが驚いている。
「確かにあの倉庫はここ半年、換気する為に一回開けたくらいですな」
それを聞いた殿下が儂の事をじっと見つめてくる。
目の色が一瞬変わった気がしたが、それを気にする余裕はなかった。
「九鬼殿、あれらの設計図を見た時、私は感動すら覚えました。あれだけの膨大な数があればより高性能な兵器、武器を日本は製造する事が出来る。私はそれを考えただけで体が震えました。同時に菅原殿の努力の証も見る事が出来ました。九鬼殿は御覧になりましたか?複数の設計図の中には血の跡が残っていましたよ」
立ち上がりと又吉さん達に近づき菅原の手を取った。
その手には数え切れない傷痕がある。
殿下は慈愛に満ちた声で言う。
「この傷について菅原殿は何と言っておられましたか?恥であると言ってましたか?それとも人様には見せられないと言いましたか?はたまた黙秘を貫きましたか?」
「...奴は、菅原は誇りだと言ってました。自分が唯一自慢出来る事だと」
儂の声は震えいつの間にか涙が流れていた。
そうだ、菅原は自分の行動に誇りを常に持って取り組んでいた。たとえ自分が死ぬ間際に成ろうと奴は最後まで己が為すべき事をしていた。
儂は儂自身の我が儘で又吉さんに頼み込み倉庫を閉じてほしいと頼み込んだ。それが菅原への冒涜になると知りながら。
今になって気が付いた。
それが奴に対してどれだけ失礼であるのか。奴の努力を無にきす事であるのか。奴の死を貶す事であるのかを。
・・・少しばかり呼吸を整え、気持ちを落ち着かせる。
奴の死に報いるにはどうすれば良い?
奴が望んだのはいったい何なのか?
奴は思いは何であるのか?
「九鬼さん。あの倉庫の中身を全て譲って貰えませんか?」
「...良いでしょう」
儂はそう答える。
既に還暦間近なこの身体では出来ることは限られている。
この談合のメンバーも殆どが40を過ぎている。
つまりこの場で一番若く、皇族の血筋であり将来性が一番あるのは成彦殿下だ。
きっと有意義に役立ってくださるだろう。
それが...儂の罪滅ぼしなのだ。
その後の会合は極めて順調だった。
又吉さんが殿下の旗を貸して欲しいっ頼み、少し悩んでから旗を貸す事を殿下が了承。
馬鹿三人組は目を覚ました途端に騒ぎ始めたが、儂の鉄拳の前に再び沈んで伸びている。
ふと儂は気になっていた事を成彦殿下に話した。
「成彦殿下は神通力に興味はないので?」
すると苦笑しながらも答えた。
「興味がない訳ではありません。ただ軍人をやっていますかどうしても信じようとは思いませんでしたし。なにより前世てはそういった根も葉もない噂話だけでしか聞いた事がなかったもので」
「では、少し手取り足取り教えましょう」
儂はその場で神通力を実演してみせる。と言っても余程の才覚が無ければ感じる事が出来ない、神通力を手のひらで薄い膜として纏う。
神通力を薄く纏わせるには長い修行と根気がいる。
果たして気づくか。
しかし成彦殿下は儂の手のひらを見つめたまま動かなくなった。
まるで神通力そのものが見えているかの様に。
ピシッ
空間が音を立てて歪む。万物が総て無に帰して行く。
「...これは」
知らず知らずの内に声が出ていた。
世界が壊れる。そう感じさせる程の濃密の神通力がこの部屋に出現している。だが直ぐに拡散していった。
「どうですか?一応少し纏ってみたんですが」
殿下が先程とはまったく変わらない様子で告げる。
恐るべし。
皇族と言う血統が持つ潜在能力。
人間でない莫大な神通力が人に宿っている。
儂が見たのは蛇だ。
八つの頭を持ち八つの尾を持つ蛇。
まさか...神憑き!?
衝撃で動けない儂に成彦殿下は言う。
「すみませんがそろそろ退席させて頂きます。倉庫を中身を移動させる準備もありますし。部下が心配しているかと」
「そうだね。帰り道は気を付けるんだよ」
言葉が出てこない儂に代わって富さんが返事をしてくれる。
殿下はメンバー全員と解釈してから廊下に出て振り向く。
「では失礼します」
御辞儀をしてから障子を閉める。
足音が遠ざかり、完全に離れるのを見計らって富さんが話かけて来る。
「どうなんだい。成彦坊は使えるかい?」
「......富さんは、何も感じなかったんですか?」
「私は変わった様子には見えないけどね。強いていえば貴方が急に真っ青になったから遂にお天道様からお迎えが来たのかと思ったよ」
周りの又吉さんや大友さんを見るが全員が首を振る。
恐ろしい。儂以外に感じさせないその圧倒的力の片鱗。
思わず周りの目を気にせず、腹を抱えて笑い転がる。
ああ、恐ろしい。
あれほどの力が自分の隣にあったのだ。手に届く距離に。目に見える距離に。ついさっきまで。
十分に笑い尽くすと富さんに顔を向ける。
「富さん。あれはな...」
儂が言う言葉に胡散臭げに顔を歪ませる富さん。
だがあれは、あれに匹敵する。
...核に...
料亭の玄関口を出ると連隊駐屯地から連れて来た数人ほどのロシャーナ将兵が直立不動で肩に雪を積もらせてまま待っていた。
「すまんな」
「Нет『いいえ』。ツァーリの為なら地獄の道端でも立ってみせます」
長い時間立ち続けていたが、ニヤリとしながら平然と言う部下に思わず笑ってしまう。
「なら使いを頼む。一週間以内に力に自信がある者を50人集めろ」
「Война『戦争』ですか?」
「いや、少し貰い物を運び出したい。後処理の爆薬は一㎏ぐらいで十分だろう」
「ДА『了解』」
夜間営業の店以外は殆どが灯りを落としている。
ほぼ真っ暗な夜道をロシャーナ将兵を引き連れ歩く。
今頃、死に物狂いで報告書を書き上げている東条が待つ宿屋に帰る前に寄りたい場所があるのだ。
雪をザクザクと踏む感触はもう慣れてしまった。
東京生まれな私だが、父母に真実を打ち明けてからは用事がある以外は、長野の別荘を借りて山籠りをして自分の身体を鍛えたものだ。
今では別荘の麓にロシア人達の町を作り上げてしまったから、その管理と、ロシャーナ将兵の人外化訓練の為に長野県を取り囲む日本アルプス山脈を利用した地獄の山脈横断訓練の実施やその準備をする度に東京から戻るのが面倒だから、生活の拠点は長野に移している。
あれこれ考えたいる間に市街地の中心までもう少しの所に来た。
人の流れもある。
「暫くここら辺歩き回るから温かい食事をして来い」
後ろを歩くロシャーナ将兵にそう言って薦めると、喜色に満ちた返事が返って来る。
「宜しいのですか?」
「構わない。冬の空気は寒いだろう。但し私の配下として規律正しく冷静にだ。分かったか?」
「ДАー!『了解!』」
たちまち歓声を挙げながら近くの居酒屋に勢いよく入って行く三人を横目に流し、目の前の中心街に目を向ける。
そこは懐かしき雰囲気を漂わせる。
大正や昭和ではない。
前世の21世紀の風景が存在する。
華々しさの裏側に無機質な文明の建造物が建ち並ぶ空虚の感覚。
まあ、この室蘭の市街地は道筋に樹木や花壇を置いているお陰か、その感覚は和らいでいるが。
それに技術の塊である電光掲示板もない。
私は一つの屋台に近付く。
ラーメンを売っている屋台でそこそこ賑わっている。
私が屋台の縁側にある席に座ると人好きの顔をする主人が、軍人の私を見てギョトとするが直ぐに注文を聞いてくる。
「若旦那、何をご注文で?」
「醤油はあるかな?」
「若旦那。家は醤油じゃなくて豚骨なんですが...」
「醤油で頼む」
ヘイヘイと言いながらもラーメンを作り始める主人。
麺を茹で揚げる合間にスープを手際よく作る。
茹で揚がり熱々の麺がスープに投入され、海苔とメンマ、それにチャーシューが乗っけられる。
「ヘイお待ち!醤油ラーメン!」
目の前に置かれたラーメンの匂いをじっくりと嗅ぐ。
前世では醤油味がラーメンの中では一番の好物だった。
置かれた箸を取り、手を合わせる。
「頂きます」
麺を口の中に入れ程よい所で噛み切る。そしたらスープを掬い上げ飲み込む。
旨い。
すっきりとした後味が私が醤油ラーメンの好きな理由だ。
「若旦那。さっきより生き生きとした顔をしてますね」
「そうか?」
「ええ」
満足気に頷く主人に少し照れた顔をしてしまう。
そしたら物珍しくそうに見てきた。
「しっかし若旦那て、女顔ですな」
麺を手繰っていた箸がピタリと止まってしまう。
昔から気にしていた事を言われた。
母の血なのか身体つきや顔が女ポイのだ。
身体の方は鍛え上げて解決したが、顔はどうにもならなかった。
「主人。その話の金輪際するな...」
極寒零度の声で言うと、青ざめ縦に激しく首を振る主人。
早食い早飲みしてどんぶりのラーメンを空にして、金を支払う。
「釣り入らないよ」
そう断り、席を立つ。
後ろから悲鳴が上がるが無視した。
置いた料金は一円金貨。
ラーメン10杯を食べてもまだ釣りが確実に入る価値だ。
また少し歩き周りを見渡す。
沢山の人々が行き交い、買い物を楽しんでいる。
向こうにはカップルと思わしき若い男女が。
あっちには父親と母親と子供三人が仲良く歩いている。
手近に座れる場所があったのでそこに座る。
私が目指す一つの目標が目の前にある。
私はこの光景を皇国全土で実現したい。
皇国臣民の全てが笑顔に成らん事を。
北海道財閥が珠洲宮家の、2頭の狼が一本の日本刀を抱くかの様に眠っている家紋を、掲げた事は日本全体を駆け回り、事実上成彦が今まで頼って来た皇室と言う血に頼らずとも経済に介入できる状態に各財閥群は反応し、彼らの面子を掛けた大規模な企業改革を起こす切っ掛けになった。
後の、大正、昭和の日本経済の大成長の基礎になる。
1911年
辛亥革命
清が滅亡し中華民国が誕生した中、中華民国の上層部に驚かせる連絡が入った。
愛新覚羅 溥儀逃走
逃走先は日本勢力下の満州。
溥儀、満州国の建国を宣言
日本はこれを支持、義勇軍の派兵を決定する。
中華民国、これを阻止すべく鎮圧軍を派遣する。
1912年
満州独立戦争勃発
その中には成彦率いるロシャーナ連隊が大蛇の旗を掲げ参戦していた。
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