ゴシックゴリーラ
世界は私に都合良く出来ていない。クソみたいだ。中途半端にうまくいくから勘違いする。どうせなら全てがうまくいかなければよかった。努力は報われず幸運は舞い込んで来ない。そのぐらいなら諦めがついたのに。
しかし私の生きる現実は、残念ながら努力は報われて平然と幸運はちらつくのだ。そして馬鹿な私は呆気なく釣られて汗水垂らす。
恵まれている。愛されている。そんなことは分かっている。上を見ればきりがなくて、下を見ても何も変わらない。
そう、ただ、面倒くさい。
だから私はその日世界の改変を願った。乱数が狂えばいい。私の賽の目だけ六になればいい。御都合主義と完全なる幸福の中で生きていきたい。
それが叶わないのならばせめて、何もかもがうまくいかなくて頑張るのも何も馬鹿らしくて、今すぐ命を絶ってしまうだけの動機をくれる世界になればいい。
14歳の私は些細な失恋一つで世界を呪えるぐらいには、少女だった。
で、まあ、なんか文明社会が崩壊した……のかもしれない。
何もわからないままコールドスリープにでもかけられていたのかなんなのか、目が覚めたら知らないところにいた。
最後の記憶は朧げで、はっきり言って記憶喪失に近い。多分、15歳にはなっていた。
体感的には一年前に世界を呪ったのはたった数時間。ケーキバイキングでお腹を壊したらなんか馬鹿らしくなった。犠牲は肌荒れと体重で、まあその後の人生楽しかった。
いつのまにか『私の世界』は崩壊してたみたいだけど。
変わり果てたこの場所は最早、異世界だ。
異世界で私は何を思い、何を為すのか――。
「冗談じゃない! ねえ! 助けてってば!」
そう叫んだ――筈なのに。
剣と魔法の世界。
意識は15の少女のまま。
私はゴリラになっていた。
否、まるでゴリラだと思った。
泉に映った、輪郭の歪んだ私の姿。
どこもかしこも隆々と盛り上がった筋肉ばかりで、顔もすごーく彫りが深い。
でも全身毛むくじゃらじゃないからゴリラじゃないなって思った。身につけていたゴシックロリータの残骸のフリルが、毛みたいだなとは思った。
嘆息する。
多分、15歳の私も失恋するだろう。
よし、死のう。死ぬ価値があるよこれ。やったね私。念願の自殺だよ。念願だっけ、わかんないもういいや。
ギャン泣きしながら全速力で走ったら地面が割れた。ゴスロリと合わせて買った上げ底ブーツで走ったら靴擦れすると思ったけど、底が潰れたので大丈夫だった。というか足のサイズ変わってないんだ……よかった。お取り寄せしないで済む。
そのまま加速を保ち、私は流星の如く光り輝く。血が沸き立つ。肉が燃える。私は風になる。私は!自由だ!みんな愛してるよ!
その言葉を最後に崖から落ちた。
温かく密やかな思い出達と一緒に、降りていく。走馬灯は何故か甘ったるい物ばかりで、私は思わず涙を流した。
ああ、捨てたもんじゃなかったな……。
恋する乙女は盲目だから、簡単に世界の終わりなんて物を願えてしまう。なんて愚かなのだろう。
ラブアンドピース。愛と平和は対になる物だというのに。
やっぱり、死にたくないなぁ。でももう遅かった。
さよなら世界、さよなら私。
腹筋を震わせながら、そっと目を閉じた。
死ななかった。つよい。
ゴスロリは大気圏突破の際に燃え尽きてしまって、身につけているものは何もない。顔を真っ赤に染めて絶叫した。お年玉全部つぎ込んだのに。あり得ない。馬鹿みたい。やっぱり世の中クソだ。
世界は、私の生命に都合良く出来ていた。