チョコレートよりも甘い考え
女として生まれたからにはバレンタインというイベントと無縁の人生を送るのは難しい、と思う。
例え好きな男子がいなくたって、父親に渡さない訳にはいかないからだ。少なくとも子供の頃に女子が一度は通る道だけれど、まあ高校生にもなれば家族にあげる人は本当にごく一部。
ちなみにマナは高校生にもなって父親に手作りチョコをプレゼントするごく一部の女子高生だった。
「もっちゃん、それとってそれ」
マナが一枚九十八円の板チョコを泡だて器で湯煎しながら、相変わらず楽しそうな声でそんな事を言う。
「どれ?」
「白いやつ」
「ゴムベラのこと?」
「うん、多分それ」
多分、て。
「でもさあ、ゴムって言っちゃうとなんだか美味しくなさそうな気がしない?」
手渡されたゴムベラでボウルの表面を綺麗になぞりながら、ハンズで買った動物の型にチョコレートを流し込みながらマナが身も蓋もない質問を私に尋ねる。
「そんな事言ったら、その型だってシリコンじゃない」
「禁止、シリコンも美味しくなさそうだから禁止。もっと可愛く言って?」
可愛く。
それは私にしてみればこの歳になって父親に手作りチョコレートを感謝状付きで手渡す以上に難しいことで、やっぱりそれはマナがいつだって出来ていること。
だけど、今日だけはやってみてもいいかもしれない。こうやって二人で並んでお菓子を作るなんて、きっといつもできることじゃないから。
だから、今日だけはやってみよう。隣に居る彼女が、やれっていうから仕方ない。
「しり、こぉ……ん?」
多分、というか絶対に。今の私はひどい顔をしているだろう。鏡を見なくたってわかる。
マナがすんごい顔で笑いをこらえているから、きっと鏡を見るより何倍も確実。
「何よ……」
「あのさもっちゃん、可愛くっていうのは、言い方じゃなくってさ」
「だってシリコンでしょこれ」
「違うよ」
ずるいぐらい幸せそうな顔をして、マナがゆっくりと口を動かす。
「しりこぉん……だよ?」
私は手近にあったおたまをつかみ、軽くマナのおでこを叩く。コン、という乾いた音に続いて、いてっ、なんて小さな声がやって来た。
「手伝って損した」
「ふっふっふ、そんな横暴な態度を取るもっちゃんにこのチョコレート一つ足りともわけてあげる訳にはいきませんなあ」
随分と芝居がかった物言いで、マナがそんな脅しをかける。実を言えば、それは脅しになっていない。
「別にいいよ、特に上げる人いないから」
「本当?」
「本当」
「実は好きな人いるんじゃないの?」
いるよ。
「いないよ」
「本当はいるんでしょ? 誰なのかな~?」
マナだけど?
「だからいないって」
ようやく諦めがついたのか、それともついていないのか。どっちか私に分からないが、少なくとも今の彼女はシリコンの型に流し込まれたチョコレートを見て何か困ったような顔をしていた。
「……じゃあ、ちょっと作りすぎちゃったかも。てっきりもっちゃんが持って帰るかと思って」
確かに目の前にあるチョコレートの山は、マナのお父さんが一人で食べるには多すぎる量だった。
「どれぐらいで固まるの? これ」
「一時間ぐらいって書いてあるね。折角だしちょっと待って二人で味見ってことで食べちゃう?」
「そうしよっか」
小学生の頃を思い出す。チョコレートが固まるのを、冷蔵庫の前でお母さんと一緒になってまだかななんて待っていた。
今は、ちょっと違う。
このまま固まら無かったら、ずっと一緒にいられるのに。
そんなチョコレートよりも甘い考えが、頭の中から離れなかった。




