お山の大将と呼ばれた男
SF要素はおまけです。
『善き人でありなさい、タナ。 そうすれば、人々は必ず貴方の行いに報いてくれるからね』
『人を信じてあげるんだよ、タナ。 お前が心から信じている人なら、きっとその人も、お前を信じてくれるよ』
そう、両親から言われて育ったタナは、その言葉を信じ、良く守って生きた。
人を信じ、正しい行いをして、善き人間であろうと努力した。
その結果——タナは、自分が信じていた人々に裏切られ、殺された。
何故なら。
タナは、どこまでいっても善人で。
とても、とても愚かであったから。
だから、タナは死んだ。
ただ、それだけの事であった。
——それだけで、終わるはずの、物語であったのだ。
帝国宇宙歴204年10月1日 銀河帝国北西部の辺境・オルトラン子爵領 N12星系付近
「どうして、こんなことになったんだ」
どこまでも広がるような、広大な宇宙空間。
そこを航行する、1隻の宇宙船。
その艦橋にいた青年は、そう口にした。
船体の損傷を訴える無機質な警報が鳴り響くだけの空間。
最早誰一人として喋らない、重く静まり返った艦橋で、その青年の一言は良く響いた。
そして、その場にいた全員も、思いを同じくしていたのだろう。
続く言葉を遮る者は、誰もいなかった。
「私達は、正しい行いをしてきた。 悪を憎み、戦うために立ち上がった。 その結果が、これだとでも言うのか?」
『——警告。 船体シールド装置復旧失敗。 警告。 船体に深刻な損傷を検知。——』
響き渡る警告音声の中、誰も、何も言わなかった。
立ち尽くす者、両手で顔を覆ったまま動かない者、そんな人間ばかりがいる艦橋に、一際高い警告音が鳴る。
それを耳にした青年は、絶望の表情で呟いた。
「何故——正義が、悪に、負けるんだ?」
次の瞬間、青年と、青年の部下が乗っていた艦は、後方からの対艦加速光子砲3発に貫かれた。
その内の1発が、艦の動力部に直撃。
結果、艦は破裂するように爆散。
青年を含む100名余りが、その場で即死した。
「閣下。 先行していた追撃部隊から、逃亡中の残存艦隊を捕捉——最後の1隻を撃沈したと、連絡がありました」
群青色を基調とした軍服を身に着けた情報士官が、自身のすぐ後ろ、艦橋において1番上の座席に座る人物に、そう報告する。
報告を受けたその人物は、居眠りの姿勢から座り直し、不機嫌そうな声色で声を出した。
「やっとか。 N12植民地星への到着は?」
「現在艦隊を再編成中に付き、約3時間程かかる見込みです。 今のところ、艦の落伍などは確認されておりません」
「当たり前だ。たかが叛徒どもの残党ごときに、そこまで手こずっていられるか」
吐き捨てるようにそう言うのは、まだ幼い少年であった。
癖のついた短めの金髪に、そばかすが浮いた顔。
ぶくぶくと太った腹回りに、やけに低い背丈。
ただでさえ悪い目つきに加え、不機嫌さ故の寄った眉間によって、更に不細工になっている顔。
まさに、”子豚”という名が相応しい容姿を持ったこの少年。
彼こそが、銀河帝国オルトラン子爵領領主代行、ダミアン・フォン・オルトランであった。
「全艦隊、配置に着き次第、既定の作戦を徹底させろ。」
「了解しました。 領主代行閣下。」
わずか12の少年が、齢50は超えている艦隊司令や若い士官を顎で使っている光景。
しかし、それを当然のように受け止めている周囲は、それについて言及する事はない。
そんな中、連絡を受けた情報士官の1人が報告を上げる。
「司令。 先行艦隊が、N12植民地代官からの使者と接触しました。当船に武装及び交戦の意思なし。——領主代行への取次と、交渉を求めています」
それを聞いたダミアンは、更に不機嫌になったようだった。
太い足を収めた、特注の軍靴の踵を鳴らして。
ダミアンは艦隊司令の男に、使者の乗船許可を出すように指示した。
「今まで散々交渉を拒否しておいて、今回が直近で3回目の使いか。——お前の上司は、さぞ面の皮が厚いようだな?」
ダミアンが乗る旗艦『テオドロス』の応接室。
武装のない民間船で敵対する軍艦の間を通り抜け、厳重な警備と検査を経て。
ようやくそこにたどり着いた使者に、上座に座るダミアンはそう声をかけた。
いきなりの嫌味に、冷や汗で背中を濡らしていた使者はぐっと黙り、しかし怒りを飲み込む。
そのまま片膝をつき、事前に預けておいた書簡を、従僕越しにダミアンへ差し出した。
「我が——我がN12植民地統治群は、代官を含め、以下の条件で貴殿と講和する準備があります。 これ以上、同じ領民同士で争い、無用な血を流すことを、我らは望んでおりません。」
「それは意外だな。 確か『悪逆非道の君主を討ち、正しきものに正しき統治を』だったか?」
使者からダミアンに取り次ぎ、書簡を恭しく差し出す従僕の相手をしながら、ダミアンは鼻で笑った。
「皇帝陛下から認められた正統な支配者たるおれに対し、そう言って反旗を翻してきたのはお前らだったと記憶しているが?」
書簡に目を通して、そう言うダミアンのその言葉に。
使者は苛立ったように顔を上げかけて——周囲からの冷たい視線に怯み、すぐ元の姿勢に戻る。
「わ、我々は、あくまで中立の立場として、当反乱には関与しておりません。 確かに、時間的技術的トラブルにより、艦隊は出せませんでしたか、帝国の規定によれば——」
「そんな事はどうでもよい」
早々に読み終えた書簡を丸め、片手に持ったまま、ダミアンは使者の言葉を遮った。
「おれはずっとこう言っているだろう——貴様らが匿っている、反乱を起こした代官や、それに従った関係者と民間人、その家族を含めた全員を引き渡せ、と。」
丸めたままの書簡で自分の肩口を軽く叩きながら、ダミアンは使者を見下した様に言う。
「それを吞むのであれば——お前らの財産と役職を没収の上、命だけは見逃してやると」
「っ! ——それは難しいと、ずっと申し上げているではありませんかっ!!」
流石に聞き捨てならず、感情を抑えきれなくなった使者が、がばりと顔を上げた。
「貴方達に追われてきた——N12植民地星に押し寄せてきた反乱軍の残党は! 我ら統治群2万に対し、100万近くいるのです!」
使者は、必死の形相でダミアンに訴える。
「我々に抵抗など出来ません! したとしても、すぐに我々が殺されて終わりでしょう! そんな我々の立場を考慮して頂きたいと、何度も、何度もそう申し上げているではないですか!!」
「——なら、この話は終わりだな」
その訴えを聞いたダミアンは、素っ気なくそう言って、手に持った書簡を放り捨てた。
艦内の環境装置によって作られた重力に従い、自分の足元に落ちてきたそれを見て、使者は言葉に詰まる。
そんな使者に向かって、ダミアンは続けた。
「おれが『味方しろ』と言った時に従わず、反乱者どもに良い顔をして味方をし、その見返りを要求した時から。——貴様らの運命は決まっていたわけだ」
おれが知らないとでも思ったか、と。
既に、自分達と反乱軍との秘密取引を把握されている事を知った使者は、はっきりと顔色を悪くする。
「今更、中立だの、反乱者ではないだの、見苦しい言い訳は止めろ。」
ころころと顔色を変えるような、随分とレベルの低い使者に対し、虫でも見るような目で見下すダミアン。
不快さを隠そうとしない彼は、使者に向かって吐き捨てた。
「貴様らは、乗る馬を間違えた。 ただそれだけだろう。」
「——では、どうするというのですか!?」
ダミアンの冷たく突き放す態度に、使者が激昂して立ち上がった。
「貴方達は、これからN12植民地星に行って、それからどうするというのですか! 今あの星には、100万の戦う力を持たない人々がいるのですよ!」
代官から『絶対にこの要求を認めさせろ』と。
そう言われた内容が書かれた書簡を、自分が踏み潰している事にも気付かず、使者は叫ぶ。
「我々を攻撃するという事は、その人々を巻き込む事と同義なのです! 貴方達には、それが! ——分かっているのですか!!」
口角泡を飛ばす勢いで、使者は続けた。
「この提案を蹴るのであれば、残党と我々は武器を取って戦わざるを得なくなります! 領主代行、貴方は! 自らの領民100万を! ——今から、殺そうとしているのですよっ!!」
そう言い切った使者は、肩で息をして、呼吸を落ち着け始めた。
そんな荒い呼吸が、誰も、何も言わない応接室に響き渡る。
ふむ、と。
しばらくしてから、ダミアンが口を開いた。
「ならば、致し方ないな」
その言葉に、使者は『やっと妥協をするのか』という、期待の眼差しをダミアンに向けた。
だが、残念ながら——その期待は一瞬で、裏切られる事となったが。
「反乱者と、それに与する者を殺し尽くすために——少しばかり、100万人程殺してやるしかあるまいよ」
「——は、い?」
自分の耳に届いたその言葉が、信じられなかったのだろう。
呆然と、思わず聞き返した使者に。
ダミアンは、無表情に言い放った。
「可哀そうに——お前らが身の程知らずだった所為で、死ななくても良かった100万人程が、死んでしまうぞ?」
帝国宇宙歴204年10月1日 N12植民地星付近
「領主代行閣下。 全艦隊、所定の位置に着きました。」
あの後、何かしらを喚く使者を船ごと突き返したダミアン。
彼は、最早目と鼻の先となったN12植民地星と、その軌道上に展開する反乱軍約800を前に、1万以上の手勢を展開させていた。
「よろしい。 敵方は?」
報告してきた艦隊司令に対し、ダミアンは尋ねる。
「参謀本部が予想していた通り、反乱軍残党はN12統治群警備隊を中心とした構成です。当艦隊に対して、N12植民地星を背にして防御線を引いています」
「構成は? 確か、800強程だったか」
「計848隻です、閣下。 構成は……ひどいものですな。 4世代前の重巡宙艦まで引っ張り出してきています。 旗艦らしき艦は比較的新しい2世代前のものですが、まあ、典型的な継ぎ接ぎ艦隊ですな」
「それでも800隻以上とは。 残党の艦隊込みとはいえ、本来この規模の艦隊を持てるような立場では無いのだがな、あの統治群と代官は」
やはり2枚舌であったか、と、忌々しそうに言うダミアンに対し、司令は少し間を置いて言った。
「既に、当艦隊の準備は完了しております。 ——本当に、よろしいのですか。」
その言葉に、ダミアンは指令に目を向ける。
とてもではないが、12歳の子供がするものではない——暗い、昏い海の底の様な瞳。
その瞳を、しかし真正面から見つめ返す指令。
そんな男に、ダミアンは鼻を鳴らした。
「司令、3回だ。」
ダミアンは、司令に向かって、3本指を立てて見せる。
「奴らに、機会は十分に与えた。——つまらないプライドも捨てられず、地位と金にしがみついて駄々を捏ねる事しかしない者どもに、これ以上どんな慈悲をかけろと?」
「……はっ。 失礼しました。領主代行」
軽く頭を下げる司令に対し、空いた左手を軽く振るダミアン。
今まで、幾度となくやってきたいつもの合図に、司令は前に向き直る。
「——全艦隊、前へ! 目標、N12植民地星軌道上に展開する、反乱軍艦艇!」
そうして振り上げた腕を。
司令は迷いなく振り下ろした。
「主砲、撃て!」
その号令を受け、ダミアン率いるオルトラン領主軍艦隊は、一斉に主砲である加速光子砲を発射。
前方の反乱軍艦隊へ、数万の煌めく光が殺到した。
一方、今現在反乱軍と称されている、元々はN12統治群警備隊の巡宙艦。
その艦橋で艦隊の指揮を執る警備隊隊長は、冷や汗を流して、ただ震えていた。
「巡宙艦イラキーシャ被弾、主砲及び航行能力を喪失!」
「駆逐艦、及び戦闘艇の8割を失っています——このままでは、敵航宙機へ対処できません!」
「味方右翼より報告。 撃沈、戦闘不能艦多数! また、領主軍側艦隊から多数の航宙機が接近中、指示を請うとの事!」
次々と寄せられる報告は、どれもこの戦闘の行き先が、ただただこちらにとって絶望的なものである事を示していた。
元々、1万対800余りという、戦いにもならないような戦力比であったのだ。
せめて、領主軍艦隊が攻撃をためらう事を期待して、流れ弾が惑星に直撃するような、非人道的な布陣にしたにも関わらず。
こちらを全力で攻撃してくる領主軍艦隊に、警備艦隊は次々と撃破されていた。
自身が乗る旗艦こそ2世代程前の軍艦であったが、それ以外の艦の大半は4世代前の旧式払い下げ品であり。
領主軍艦隊が運用する現行型兵器には、まるで歯が立たない有様だった。
警備隊の巡宙艦による主砲攻撃が、領主軍の戦艦のシールドに防がれた後。
その戦艦の反撃で放たれた8条の加速光子砲が、攻撃した巡宙艦を貫通し爆散させてしまう。
そんな光景を、艦橋のモニターで目撃した警備隊隊長は——もう駄目だ、と頭を振った。
「隊長、地表にいる代官から、連絡が……」
そんな修羅場もかくやという状況で、更なる連絡が、彼にもたらされた。
「『早く脱出用のシャトルを使えるよう、領主軍艦隊を引きつけろ』、か?」
伝えようとしたオペレーターが、図星とばかりに黙った。
今頃地表で右往左往しているであろう、N12統治群の代官と、反乱軍の残党である代表者達を思い浮かべながら、警備隊隊長は吐き捨てた。
「無視しろ。 しつこいようなら回線自体を切ってしまえ——そもそも、こんな事態にはならないだろうと、あいつらが楽観視した結果がこれなのだろうが!」
100万の人命を事実上の盾として扱って。
そこにすっぽりと隠れている自分達は、安全に決まっていると。
そうたかをくくっていた指導者達に、どうしようもない怒りを警備隊隊長は向けるが、それで事態が良くなる訳もない。
不意に、旗艦のすぐ横を航行していた駆逐艦が、展開していたシールドごと、光子砲に撃ち抜かれた。
そのまま爆散し、破裂するように吹き飛ぶ味方を見て——警備隊隊長は、決断した。
「——総員、方位414に向けて後退。 少しずつでもいい、逃げられる艦は後退しろ!」
「隊長!? 地表からの命令は——」
「構うものか! もう勝ち目もない、各自、生き残る事を目標とせよ!」
警備隊隊長が半ば怒鳴るように言うと、生き残っていた警備隊の艦艇が後退を開始、戦線を離脱し始めた。
それは、軍事的な防御線を崩壊させると同時に、守るべき母星を放棄するに等しい行為であったが、最早それを気にしている者などいなかった。
戦闘開始からわずか10分足らずで、健在な艦艇はわずか半数程度しかいなくなっていた警備隊艦艇は、我先にと逃げ始める。
領主軍が未だ展開しきれていない右翼側から、母星自体を盾にして逃げ切るような動きを取る、警備隊艦隊。
領主軍艦隊はそれに対し、相変わらず圧をかけるように、ゆっくりと前進を続けてきていた。
その動きを、警備隊隊長は、艦橋上空に表示される立体映像を睨みつけながら解析する。
「(やはり、無理にこちらを追いかけるような事はしないか。 なんとか、このまま——)」
逃げ切れるか、と、そう呟きかけた隊長に。
先行して退路を確保していた艦から、悪夢のような、短距離通信による報告がもたらされた。
「しょ、哨戒艦より入電! 方位414に、敵の別動隊を発見! 小惑星帯に隠れていたようです、規模は——1000以上!?」
この瞬間。
警備隊隊長と、警備隊艦隊の命運は決した。
領主軍艦隊旗艦の艦橋。
そこでダミアンは、艦橋の上空に表示された立体映像を眺めていた。
「全哨戒艦からの観測データを統合。 戦況データを随時更新中——」
帝国宇宙歴204年の現代において。
強力な妨害電波や欺瞞装置によって、長距離レーダーやその他索敵手段は、全く役に立たないのが常識である。
その結果、戦場における”目”は、直接目視のための観測装置や短距離レーダーを搭載した哨戒艦に頼らざるを得ない。
自軍に所属する哨戒艦が集めたデータを統合し、解析し、出力する分析官が、ダミアンに向かってそう報告する。
最新の戦況が、ダミアンの頭上に表示されていく。
そこには、警備隊艦隊を示す赤い光点の群れが、自軍を示す青い光点に、完全包囲される状況があった。
「閣下。 包囲している警備隊艦艇より、降伏の意志を示す信号が、全周波数帯で発信されています」
「罠だな」
司令の報告に、ダミアンは即答した。
「相手は、2枚舌の卑怯者が率いる私兵どもだ。 どうせ、油断して近付いてきた我らを騙し討ちするつもりだろう。無視しろ」
「……はっ、了解しました。」
そう言うダミアンも、そう答える司令も、そんな訳はないと分かっていた。
彼らにとって、ただ助かりたい一心の、一縷の望みをかけての通信だったのだろうが。
その無慈悲な命令に対して、艦橋で慌ただしく動き回る士官達は。
誰も、何も言わない。
攻撃は続行される。
最早、残り数少ない警備隊艦隊の命運は決まっていた。
次々と、無機質に消えていく赤い光点を、大して面白くもなさそうに見るダミアン。
そのまま5分もすると——最後まで残っていた、巡宙艦を示すやや大き目な赤い光点が、ふっつりと消えた。
「敵艦隊、消滅しました。 現宙域に、我が軍に対する脅威はありません。」
「こちらの損害は?」
「現状、分かっているだけで大破1隻、中破1隻、小破14。 航宙機については現在確認中です。」
「まあ、許容範囲か。——次の段階に移れ。」
「……はっ。」
少し間を置いた後、何でもないようにそう命じるダミアン。
そんな様子に、もう何を言っても無駄だと理解していたのだろう。
司令は、そのまま指示を出した。
「全艦に通達。周辺の安全確保を徹底せよ。 また、後方の特殊工作艦に伝令を出せ。」
指令は、事前に策定されていた命令を下した。
「惑星破壊弾頭を準備。 目標、N12植民地星。——発射トリガーを、当旗艦に回せ。」
機械的な報告と、無機質な電子音が鳴り続ける艦橋の中。
ダミアンは、前面のモニターに表示されるN12植民地星と。
目の前に差し出された、大量破壊兵器の発射トリガーを——無感動に、見つめていた。
N12植民地星は、約70年程前に住環境整備が完了し、入植が始まった惑星だった。
正直に評して、食料生産量も、資源埋蔵量も大したことはない。
典型的な辺境惑星であった、この人口2万人余りのこの惑星は——1時間程前に現れた領主軍の攻撃によって、未だかつてない大惨事に陥っていた。
はるか上空の宇宙空間から撃ち下ろされる、本来は軌道上の防衛艦隊を狙った加速光子砲や近距離実弾砲、航宙魚雷の流れ弾が、人々の住む地表へと降り注いでいた。
全長数百メートルから数十キロメートルの軍艦を破壊できるだけの威力を持っているその兵器達は、地表にある、ありとあらゆるものを破壊し続けていた。
弾着時に核爆発を起こす航宙魚雷は海に落ち、大爆発。そのままビルの屋上にも届くような大津波を引き起こし、沿岸部にあった全てをを呑み込む。
実弾砲によって放たれた特殊合金を主とする弾頭は、とんでもない速度と質量を以て、地表に突き立ち、その周辺にある人や物を消し飛ばす。
加速光子砲に至っては、着弾するだけで街1つ分の広さのクレーターを発生させ、その余波だけで、高層ビルをまるで飴細工のようにへし折っていた。
丁度、その折れたビルの上半分が。
大量の避難民がキャンプを張っていた公園へ落下していくのを——地下シェルター内にあるモニターで見ていた、N12統治群の代官は、呆然と立ち尽くしていた。
反乱軍の要人や、自分の家族を避難させていたシェルターは、地表からの度重なる衝撃で、小刻みに揺れ続けていた。
「——何故だ?」
警備隊が作り出すはずの脱出の時を、安全な場所で待っていた集団の中。
代官が呟いたその言葉は、その場にいた全員の心境を代弁していた。
「何故、こんなことになっている? 我らは、あ奴らの領民だろう? ——守るべき民を、嬉々として殺す領主など、一体どこにいるというのだっ!!」
ようやく衝撃から立ち直った代官は、そう叫び、拳を机に叩きつけた。
数時間前まで、『こちらには100万人の人質がいる』と豪語していたとは、とても思えない態度の男。
幸い、この場でそれを指摘する者はいなかったが——代官はぎょろぎょろと忙しなく、眼球を動かす。
『領主にも、反乱軍にも、両方に良い顔をしておいて、最後には勝ち馬に乗ろう』と。
本気で、それで何もかも上手く行くと信じていた程度の頭脳しか持たない代官にとって。
この状況は、完全に、彼の処理能力の限界を超えていた。
「——そもそも! 全てはお前ら反乱軍が悪いのではないか!!」
代官は、反乱軍の面々に向かって唾を飛ばして怒鳴った。
「私に、私に、取引なんぞ持ちかけて来おって! それさえなければ、私は今頃っ、今頃ォッ!」
「な、何だと!? 代官、貴様!」
既に判断力を失っている代官と同じ様に、彼らも限界だったのだろう。
急に怒りの矛先を向けられた反乱軍の代表は、即座に逆上し、言い返した。
「ふざけた事を! 我らの提案にすぐに乗ってきて、しかも分け前をもっと寄越せと言ってきたのはどこの誰だった!?」
その反論に、代官は顔を真っ赤にして、机を何度も叩きながら怒鳴った。
「うるさい、うるさいうるさいっ! 全て貴様らの所為だ! 貴様らの、貴様らだけの——!」
あっという間に、部屋の中にいた全員を巻き込んだ、見苦しい言い合いが始まり。
——幸いにして、それはすぐに終わりを迎えた。
今までにない、凄まじい轟音と衝撃が、突如として彼らを襲った。
殆どの面々が、たまらず床に倒れこむ。
「——な、なに、が」
倒れ込み、打った頭をさすりながら、代官はよろよろと立ち上がる。
何事かと、先程まで見ていたモニターに目を移した彼は——途端に、色を失った。
モニターに映っていたのは。
凄まじいエネルギーの波濤と、上空にあった雲すらも薙ぎ払うような衝撃波で。
全てが破壊されていく、地表の光景だった。
数秒後。カメラが破壊され、”信号無し”の表記が表示される。
同時に領主軍が——領主代行のダミアンが。
彼が何をしたのかを理解した代官は、絶叫した。
「おのれが、地獄に落ちろ! あの子豚め——ダミアン・フォン・オルトランめぇっ!!」
次の瞬間。
代官達のいるシェルターの天井が、まるで上から押し潰される様に、崩落してきた。
宇宙帝国歴204年10月1日 ”元”N12植民地星エリア
「——以上が、当作戦行動における、我が軍の被害です」
ダミアンは、手に持っていた端末から目を上げ、ふぅ、と息を吐いた。
旗艦に設置された、会議室の卓に着いている軍の将官達。
当作戦の総括をするべく集められた彼らの、その視線が、ダミアンに集まる。
「戦死者こそ出なかったが、航宙機と小型艇を中心に被害が多く出たな。あれだけの戦力差でも、そう無傷とはいかないか」
「普段の宙賊狩りと違い、場末のとはいえ正規の軍隊が相手でした。この損害も致し方無しかと」
「分かっている。 ——しかし、これでまた私の財布の中身が減ると思うと、どうにも不愉快だな」
そんなダミアンの身も蓋もない言葉に、微妙な顔をする若い将官達。
一方、一部の将官や艦隊司令クラスの人間にとってはいつもの事であったため、特に反応はなかった。
会議室内に投影される立体映像には、既に壊滅的な被害を受けたN12植民地星が映っていた。
惑星破壊弾頭によって引き起こされた地殻変動と大津波、放射能等のその他要因によって、死の星と化したその星。
地表にいた生物はほぼ即死し、地下に逃げ込んだ者達は時間をかけて少しずつ死んでいく。
そんな変わり果てた星から、ダミアンは、用は済んだとばかりに。
戦闘終了後、さっさと艦隊を引き上げていた。
「また、観測部隊と、参謀本部との情報の擦り合わせにより、今回の戦闘による、総死傷者数が算定されました。」
その言葉に、何人かの将官が息を呑んだ。
「結論から申しますと、N12統治群や反乱軍が主張していた100万余りという数は誇張表現でした。 N12植民地星に出入りしていた船の数や避難民船団の規模から判断して、実際は83万程度である可能性が高いとの事。」
「どうせ脅すなら、数は多いほうが良いに決まっている、と。——そんな猿知恵を弄す位なら、とっとと降伏すれば良かったものを」
一度押してしまえば、100万改め83万の人命を奪う事になる、弾頭の発射トリガー。
それを、つい先程。
まるで部屋の電気を消すかのような、そんな気軽さで押して見せたダミアンは、そう言い捨てた。
そして、改めて、目の前にいる者達に向かって言う。
「今回の総括については、各部隊はよく働いた。」
肘置きに右手と身体を預け、2本指を自分のこめかみに当てる姿勢で、ダミアンは続ける。
「残党の追撃から、当該惑星への包囲攻撃。 その後の負傷者及び破損艦の回収まで、特に問題はない。——勲功、褒章については後程精査。その後、それぞれに言い渡す。」
そう言って、ダミアンはこの場を締めくくる。
「皆、よくやってくれた。 総括を終了。——各自解散とする。」
「——領主代行。 閣下、大丈夫ですか?」
将官が出て行った会議室。
航行中の艦の外を投影した、天井にある天球モニターを、椅子から見上げていたダミアン。
そんな彼の背中に向かって、帰還のための指示を出し終えた司令が、そう声をかけた。
「その質問の意図が分からんな、艦隊司令中将。」
「失礼しました。閣下。——どうやら、普段より、張りつめた御様子でしたので」
「らしくない、とでも?」
椅子に深く座り込み、頭上をゆっくりと流れゆく星々を見ながら、ダミアンはそう返した。
「逆だ。 今は、とてもいい気分に決まっているだろう中将? ——ようやく、おれが6年かけて準備した計画に。 最後のけりがついたのだぞ」
そんな言葉とは裏腹に。
今のダミアンは、とても楽しそうには見えなかった。
それを目の当たりにした司令は、思わず閉口する。
確かに、ダミアンの言う通り。
当時まだ6歳になったばかりだった彼が立て、軍人の自分達が実行した計画は。
領の統治に不満を持つ反乱分子を、汚職貴族の一斉摘発をきっかけに敢えて暴発させ、武力を以てこれを効率的に排除するという計画は、確かに成功していた。
そう。
夥しい量の人命と引き換えにという、結果を残して。
「『本当に、この方法しかなかったのか?』」
考えていた思考が、ダミアンの口から聞こえてきた司令は。
思わず、俯きかけていた顔を上げた。
「いいか、艦隊司令中将。 方法を考えるのは私の役目で——貴様らは、ただの”手段”だ。」
後ろを向き、天井を眺めるダミアンの表情は、司令からは全く見えない。
しかし、その言葉には。
——有無を言わせぬとばかりの、圧迫感があった。
「責任を感じているというのなら、それは単なる越権行為だぞ。——中将、貴様は、私の仕事を盗るつもりか?」
その言葉に司令は、数秒黙った後。
ゆっくりと、頭を下げた。
「——いいえ、領主代行。 差し出がましい言葉、失礼致しました。」
「不問とする。下がってよい。」
後ろで、敬礼と共に去っていく司令の気配を感じながら。
ダミアンは、静かに座り続けていた。
気密ドアが開き、そして閉まる音の後。
自分の周りから、人と音が完全に消えた事を確認したダミアンは、小さく呟いた。
「こんなものか。 拍子抜けだな」
そんな独り言の後、ダミアンはゆっくりと立ち上がった。
すると、部屋に張り巡らされていたセンサーが反応する。
天井の天球モニターが消え、代わりに、壁面に映像が表示される。
船外の宇宙空間を映し出す、その映像を前にして、ダミアンはその場に佇んだ。
「——これで、不穏分子は一掃され、その関係者もあらかた死に絶えた」
突然、ダミアンが虚空に向かって言葉を紡ぐ。
「反乱者との戦争で20万程、先程の後始末で80万程。合計100万と少し——見せしめにしては十分。 これで、私に逆らおうなどと考える馬鹿どもは居なくなるだろう」
——善き人であるならば、粘り強い交渉と、話し合いで解決するべきだった。
「反乱者と、役立たずの貴族や代官から没収した財貨と兵器、土地は、十分な量を確保できた。 これを足掛かりとして、軍備を増強し、地方への締め上げと中央集権化を推し進める」
——反乱を起こさせる事なく、妥協し、相互理解を進めて。共に、山積みの問題を少しずつ片付けていくべきだった。
「貴族の血を引くという根拠だけで、今も私の領民を支配しようとする無能を排除し、能力と実績による統治機構を整備する」
——人と寄り添い、信じ、ともに皆で努力していく世を実現するために、行動を起こすべきだった。
「領内の治安、流通、それに伴う経済を整理改善し——全てが私の思い通りに動く、私のための王国を作り上げる」
そこで、ダミアンは一旦言葉を切り、壁面のモニターに近付いていく。
ゆっくりと、モニターにうっすらと自分の顔が映るくらいの距離まで近付いたダミアンは。
いきなり。
そこに、勢いよく手をついた。
「下らん。 実に下らんな——そうは思わないか? タナ。」
嘲るように笑うダミアンは、目の前に映る自分の顔に向かって、そう言い放った。
「何が”善き人”だ。 何が”良き君主”だ。 そんなものはくそくらえだ」
壁に映る、自分の顔。
とても悲し気な。
そして、どこか哀れな存在を見下すかのような、その表情。
そんな顔をする目の前の自分に、ただでさえ醜悪な顔を更に歪ませて、ダミアンは続ける。
「お前が、そんなものにいつまでも拘っていたから、お前が一生かけても出来なかった事を、子供のおれが成し遂げてしまったぞ。 間抜け。」
くつくつと。
喉の奥から引き攣るような笑い声が漏れた。
「人と分かり合おうともせず、人を信じず、短絡的で残酷な手段しか取らぬ12のおれが。 人と分かり合い、人を信じ、善き指導者であろうとした32のお前を追い越してしまったぞ。 ——どんな気分だ?」
そう言われた目の前の少年は、ただ俯いた。
——それを上目で見たダミアンは、そんな少年を鼻で笑う。
「言葉もない、か。——本当に、どうしようもなく、救われない男だ。」
——だから、あんな最後を迎えたのだ。
ダミアンは。
自分の中にいる、自分ではない存在に向かって、そう付け加えた。
帝国ではない、どこかの宇宙にあるはずの王国。
その王国の貴族に、”タナ”という男がいた。
彼は、両親に似て、善良で、誠実で。
——救いようもない、阿呆だった。
善き人であろうとするあまり。
弱者を切り捨てられず、敗者を許し、民と共に歩もうと、民に寄り添った。
その結果、タナは——自分が助けてきた、寄り添ってきた人々に陥れられた。
言葉で分かり合い、人を信じようとするあまり。
民にも、妻にも、息子にも、家臣に至るまでの全員に裏切られた。
その結果、タナは。
やってもいない罪を、罪を犯していた者達に被せられ。
怒れる民衆に、『史上最悪の領主』として石を投げられ。
そのまま、処刑された。
そんな男の記憶を持って、この世に生を受けてしまった子供。
それが、ダミアンという存在であった。
生まれながらにして、善人としての価値を見出せず。
金と権力、損得勘定でしか物事を計る事しか出来なくなる。
弱小とはいえ、辺境子爵の後継者として生まれるという、恵まれた立場でありながら。
ダミアンは、いわゆる前世の記憶を得た事で。
生まれながらにして、そんな人間になってしまっていた。
そう、まるで。
——タナという男の無念が、幼子に呪いを掛けたかのように。
その事を。
12の子供が受け止めるにはあまりに重すぎる、数奇で奇妙な現実を、ダミアンは客観的に理解していた。
だからこそ、ダミアンは、自分の中にいる存在を。
気晴らしに、今、責め立てていた。
「今のおれに——銀河帝国次期子爵にして、オルトラン領の統治者のおれに、貴様の意見も、思想も必要ない。」
そこまで言って、ダミアンは、俯いていた自分の顔を上げた。
その口元には——皮肉げな笑みが浮かんでいた。
「——”最低最悪の領主”、か」
ダミアンは思う。
記憶の中の男が、くだらない人生の最後で、そう評されたように。
今世でも、自分はそう評されるのだろう。
抵抗する力を持たない、ただ、反乱軍と繋がりがあったというだけで追い詰められ、殺された膨大な量の命。
6歳の時に、予算を横領していた屋敷の家令をその手で始末して以来、殺し続けてきた”敵”の命。
”敵”を排除するために、自分に利用され、失われてきた命。
そして——これからも、自分が手にかけるであろう、命たち。
わずか齢12にして、これだけの血を流した男を。
人々は”最低最悪の領主”として軽蔑し。
そして、恐れるのだろう。
ダミアンは笑う。
だから、どうしたというのだ。
善き指導者として苦しみ、結果としてそう言われるのであれば。
最初から自分の欲望のままに振舞って、そう呼ばれたほうがマシに決まっている。
つまるところ、この世において『ダミアン・フォン・オルトラン』という存在は。
そんな消去法によって誕生してしまった、生まれながらの暴君であった。
どかり、と。
勢いをつけて椅子に座り込んだダミアンは、既に、ある声が市井から上がっている事を思い出した。
『ダミアンという、子豚の様な小僧がいる。』
『その小僧は、辺境の田舎領地という自分の王国で、専横を働くだけの、”お山の大将”だ』と。
「”お山の大将”——いい響きじゃないか」
座り直し、行儀悪く足を組み、悪童の様に頬杖をつくダミアンは、そう喉奥で笑った。
「おれの、おれによる、おれだけの国——そこで、好き勝手やってやろうじゃないか」
好きなように生き、好きなように死ぬ。
前は、たったそれだけの事も出来なかったのだ。
——今生で、それを求める事の何が悪いというのか。
もし、この世界に神なんてものがいて。
無念の死を迎えた善人に、”やりなおし”のチャンスを与えたのだとしたら。
そんなふざけた事に巻き込まれた自分には。
——その神に向かって、中指を立ててやる権利くらいは、あるはずだった。
無数の星々が煌めく、無音で、漆黒の空。
そこに、少年の小さな笑い声が生じる。
そして、あっという間に、それは高笑いへと転じた。
2度目の人生という、その舞台の上。
そこで、狂ったように笑う少年は。
全てを欲するかのような傲慢さと、全てを拒絶するかのような鬱屈さと共に、手を大きく広げる。
そして——決して満たされることのない、2人分の心を抱えたまま。
いつまでも、その笑い声は、虚空に響き続けていた。
後世の歴史家曰く。
『銀河帝国史上、最も数奇な運命を辿った男』こと、ダミアン・フォン・オルトラン。
32歳で凶弾に倒れ、その生涯を終えた後も、彼には実に多くの”俗称”が存在した。
ある者は、彼の事を『守銭奴の虐殺者』と。
ある者は、『傲慢で冷血な、醜い豚』と。
ある者は、『3度没落した田舎貴族』と呼んだ。
その俗称の多くが蔑称であった事から分かるように。
この、ダミアンという男の生涯が、とても多くの恨みを買うようなものであった事を、疑う余地はない。
一方。
ダミアンの死後も、存続し続けた銀河帝国の歴史書では。
彼は、別の俗称で呼ばれている。
曰く、『帝国の4分の1を手に入れた男』とも。
曰く、『帝国最大の危機を救った英雄』とも。
曰く、『常勝の英雄譚に、ただひとつの”敗け”をつけた策士』とも。
その中でも、最も後世の人々に知られた彼の呼び名は、次の通りだった。
『お山の大将と呼ばれた男』と——。
続編執筆予定。




