催眠アプリが効いてると思ってたのは俺だけで、小悪魔後輩には全部バレていた
朝、目を覚ましてスマホを見た瞬間、違和感に気づいた。
見覚えのないアプリが、一つ増えている。
『好きな子が自分を好きになるアプリ』
……怪しすぎるだろ。
普通なら即削除だ。ウイルスか、悪質なジョークか。
なのに――なぜか、俺はそれを開いていた。
『一度だけ使用可能。自己責任でどうぞ♡』
それだけ表示される。
……説明、雑すぎないか?
けどまあ、減るもんでもない。
俺は軽い気持ちで「実行」を押した。
――これが、全部の始まりだった。
俺、結城優希は陰キャ寄りのオタクだ。
そして。
そんな俺が片想いしている相手がいる。
葉月なの。
一つ年下の後輩で、同じ読書部。
小柄で可愛くて――性格は小悪魔。
からかってくるし、距離は近いし、正直めちゃくちゃ振り回される。
……でも、好きだ。
「優希先輩ー♡」
後ろから声が飛んできて、振り返る。
やっぱり、なのだった。
「おはようございます♡」
「……おはよう」
なんか今日、やけにテンション高くないか?
「先輩、なんかいいことありました?」
「別にないけど」
「へえ〜。彼女できたとか?」
「できるわけないだろ」
「ですよね♡ 先輩に女の子の知り合い、私くらいですもんね」
いつも通りの軽口。
……やっぱり、変わらないか。
そう思った、その瞬間。
なのが、俺の手を取った。
「……は?」
指が絡む。
一気に距離が縮まる。
「手、冷たいですね。風邪ですか?♡」
「な、なんで急に……!」
「先輩の反応、見たかったので♡」
くすっと笑う。
――でも。
よく見ると、耳がほんのり赤い。
(……え?)
胸がざわつく。
昼休み、屋上。
「先輩、目閉じてください」
「絶対ろくでもないだろ」
「いいから♡」
押し切られて、目を閉じる。
「いち、に――」
その途中で。
ふわ、と。
柔らかい感触が胸に触れた。
反射的に目を開ける。
目の前にいたのは――顔を真っ赤にした、なの。
「……え」
「……あ、開けちゃいました?」
慌てて距離を取る彼女。
理解が追いつく。
「今のノーカンです♡」
「いやカウントしろよ!?」
「先輩、変な期待してました?♡」
「してない!」
「変態ですね♡」
「お前がやったんだろ!」
いつものやり取り。
……なのに、心臓がうるさい。
そのあと、なのは弁当を差し出してきた。
「これ、プレゼントです」
開けると、可愛いオムライス。
隣でなのも同じ弁当を開く。
――完全に同じ。
「カップル弁当です♡」
「さっき余り物って言ってなかった?」
「バレました?♡」
笑う。
でもやっぱり、どこか照れている。
(……アプリ、効いてる?)
放課後、部室。
なのはすでに来ていた。
「先輩、今日変なアプリ入ってませんでした?」
心臓が跳ねる。
「……知らないけど」
「私は入ってましたよ♡」
軽い声で続ける。
「“催眠アプリを無効化するアプリ”ってやつ」
「……は?」
「説明に書いてあったんです。“そのアプリを使う人は、すでに自分に片想いしている人です”って♡」
――全部、バレてた。
頭が真っ白になる。
「つまり先輩のアプリ、最初から効いてません♡」
終わった。
(……嫌われた)
最低だ、俺。
こんな方法で近づこうとして。
俯いた、そのとき。
「でも先輩」
なのの声が、少しだけ柔らかくなる。
「嫌がること、何もしませんでしたよね?」
思わず顔を上げる。
「……当たり前だろ」
「好きなやつに、そんなことするわけない」
言ってから、固まる。
「……あ、やっぱり♡」
なのが楽しそうに笑う。
逃げ場はない。
だったら――
「……なの」
覚悟を決める。
「好きだ」
声が震える。
「ちゃんと好きだ。だから――付き合ってほしい」
数秒の沈黙。
心臓が痛いくらい鳴る。
そして。
なのが、ゆっくりと近づいてきた。
「……やっと、ですね♡」
「……え?」
「私、前からずっと先輩のこと見てましたよ?♡」
指先が、俺の袖をつまむ。
「不器用で、優しくて……バレバレなくらい真っ直ぐで」
少しだけ視線を逸らして――
「そういうところ、全部好きです」
心臓が止まりそうになる。
「だから」
くすっと、小悪魔みたいに笑って。
「ちょっとくらい騙されてあげてもいいかなって思ったんです♡」
そして、まっすぐ俺を見る。
「――はい。付き合います」
あっさりと。
でも、はっきりと。
「今日から恋人ですね♡」
頭が追いつかない。
「明日、デート行きましょうね。連絡、絶対返してください♡」
さらに一歩、距離が縮まる。
「あと――」
耳元で囁かれる。
「距離、もっと近くしますから」
「……っ!」
「私、ずっと我慢してましたし♡」
顔が一気に熱くなる。
「先輩、真っ赤ですよ?」
「お前もだろ……!」
「バレました?♡」
差し出される手。
今度は迷わず、握り返した。
――結局。
効いていたのは、アプリなんかじゃない。
俺の気持ちと。
最初から、少しだけズルかった彼女の優しさだ。




