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第二話

 リエルはさすが悪魔と言ったところか、次の日にはもう何事もなかったかのようにピンピンしていた。

 修治はスーパーに夕飯の買い物に行ったついでにリエルのためのカルフィスを買うことにした。

 修治の住むアパートから徒歩四分。『スーパーかまやつ』は今日も繁盛している。辺りに敵対するようなスーパーがないため、この近所に住む人々は揃ってかまやつに訪れる。飲み物コーナーには様々な商品が用意されている。近所の学生のニーズに応えたものであろうか、紅茶にジュース、コーヒーなど有名な商品からマニアックな商品まで取り揃えてある。だが、肝心のカルフィスはというと……。

「あ、あれ?」

 カルフィスの棚は綺麗に空にされていた。まさかの売切れという状況だ。

「仕方ないか……。」

 修治はカルフィスの代わりに隣の棚にある桃のカルフィスとトマトカルフィス、そして夕飯のおかずにするための白菜や豚肉を籠に入れてレジを通した。

 その帰り道、近所で一番車通りの多いこの通りで、沈みかける夕日を背にして修治は色々と考え事をしていた。

「リエルちゃんは服とかどうするんだろう?他に荷物もないようだったし。夏だし汗もかくもんなぁ……。あ!病気とか怪我とか、何かあったら保険証とかどうするんだろう。まさか十割負担……?」

 様々な思考を重ねながら横断歩道を渡る。しかし修治は重大なことに気付いていなかった。

 横断歩道、歩行者用信号は赤、そして迫り来るトラック。その上運転手は居眠りして修治に気付いていない。

 修治が迫り来るトラックの存在に気付いた時には彼とトラックの距離は3mもなかった。当然、逃げる事すら出来ない。修治は恐怖に駆られ、目を閉じた。

 ――あぁ、このスピードで突っ込まれたら間違いなく死ぬな。これがリエルちゃんの言っていた悲劇なんだろうな。

 ――田舎のお父様、お母様、先立つ不幸をお許しください。

 人は死ぬ間際、走馬灯のように記憶を顧みると言う。修治の頭にもよぎる。幼い頃の記憶、初恋の記憶、高校生活の記憶、それから、それから……。

 どんなに記憶を顧みても一向にトラックは突っ込んで来る気配がなかった。修治は既に三度程記憶を顧みている気がした。修治は不思議に思って目を開いてみた。

 目の前にはやはりトラックがある。修治は驚いて尻餅をついた。しかしトラックは微動だにもしない。正確に言えば、動かないのはトラックだけではなかった。通行人もみんなその場で立ち止まっている。空を見上げると鳥までもが止まっていた。

「な、何だ……?」

 自分はいつも通り動く事が出来る。まるで写真の中にでも取り込まれてしまったような、異次元のようなこの世界にある違和感に修治は完全に思考が停止してしまった。

「よかった、間に合いましたね。」

修治が向かおうとしていた先、横断歩道を渡りきった歩道からの声。修治は声のした方を向く。

「リエルちゃん……?」

「助けに来ましたよ、修治さん。ちゃんと前くらい見ないと死んじゃいますよ?」

漆黒のドレスに身を包んだ悪魔が、修治に悲劇を運んで来たはずの悪魔が修治を助けた、らしい。

さていよいよリエルの目的がわからなくなってきた。

「さぁ、私の魔力ではそう長く時間は止められません。早く渡ってください。」

「あ、うん。」

 危険から解放された(のかは定かではないが)、さしあたって横断歩道を渡り切った修治だが、何が起きているのかは全くわからなかった。修治はリエルに一体何をしたのか聞くことにした。

 だが修治が口を開こうとしたのとほぼ同刻、トラックはいきなり猛スピードになり通過、二百メートルほど先の電柱に激突して大破した。

「ああっ!リ、リエルちゃん!あれはどうするの!?」

「いいんですよ、あれは私の管轄外ですから。」

 相変わらずの天使のような笑みを浮かべるリエル。今回ばかりはあまりに悪魔らしい。管轄外とかそういう問題じゃないだろう……と修治は少し運転手を気の毒に思った。

 トラックの方を見ると、どうやら通行人が迅速な対応で救急車と警察を呼んでいるらしい。幸い、ここは消防署の付近故に、救急車はすぐに到着するだろう。修治は気持ちを切り替えて、リエルに聞き直す。

「リエルちゃん、さっきは何をしたの?俺以外がみんな動かなかったけど……。」

「悪魔ですから。魔法ですよ、魔法。」

 リエルは当たり前のように言い放つ。

「ま、魔法ってそんな……漫画じゃあるまいし。それに俺だけ動いたりなんて、都合がよすぎない?」

「魔法ですから、都合のいいものですよ?ほら、小説とか読んでみてもみんな都合いいでしょう?」

 やはりリエルに何かを聞くと、全く意味のわからない返答が返ってくる。そして余計に混乱する。修治もそれは悪魔やら魔界やらの話の時に痛感したはずだったのだが。

「ううん……。まぁいいや、考えてもわからないし。それよりも、どうして俺を助けてくれたんだい?」

 そう、これが一番の疑問だった。こればかりはわからないと心に引っかかるものがある。

「それはですね、あそこは死ぬ場面ではなかったという事です。」

「あ、つまり近々死ぬべき場面が来る、と……。」

 修治は凄く悲しそうな顔をした。まさか死に直面して、悲しい顔だけで済ませるとは自分でも思ってもいなかった。だがしかし泣いてどうにかなるわけでもなく、足掻く手段も思いつかない、一種の諦観が修治を取り巻いていた。それを見て、リエルも悲しそうな顔で修治を見つめた。修治は彼女の目から一切の悪意を感じられず、少しだけ、リエルなら本気で殺しにかかったりはしないんじゃないかな、なんて思っていた。

「……よし、帰ろうか。カルフィス飲むかい?」

「うんっ!」

 あどけないリエルの笑顔。一人っ子であった修治にとっては妹が出来たようで何だか嬉しかった。

「はい、桃のカルフィスとトマトカルフィス、どっちがいい?」

 次の瞬間、リエルの顔が急に暗くなってしまった。

「カルフィスは……ノーマルがよかったです……。」

「あ、ご、ごめん!普通の奴売り切れてたんだ!」

 そう言うもリエルは少し涙目になっている。こらえるように歯を食いしばり、潤んだ目を左腕で拭う彼女の姿は一介の悪魔とは思えない物だった。

 だがそれから十分後、桃のカルピスを飲んで幸せそうに微笑んでいるリエルの姿があった。

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