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第一話

初投稿です。

ジャンルは何になるかわからなかったのでその他にしてあります。

辛口でも感想などいただけると嬉しいです。

―――悪魔リエルの場合―――

季節は夏。蝉の音が街にわんわんと響き渡り、青と白の空を引き立たせる。

「暑い……。体が溶けそうだ……。」

 彼はリビングのクーラーを二十六度に設定してオレンジ味のアイスキャンディを舐めながら、縦一列に並べた座布団の上に気だるく寝転んでいた。

 特に何一つ見るつもりもないが、電源だけはつけているテレビから流れるニュースでは、連日の猛暑による熱中症の被害状況を語っていた。そんなニュースが耳に入ると余計に暑くなる。

そう思った彼は寝そべったままテレビの電源を消して、食べ終えたアイスの棒をゴミ箱へと放った。宙を舞ったその棒はうまくゴミ箱へと入る。

彼は気をよくして一眠りしようかと目を閉じた。

 その時、インターホンの音が部屋に鳴り響いた。

「この暑いのに……。一体誰だ。」

 彼は重い体をゆっくりと立ち上げた。急いで玄関に向かい扉を開く。

「はい。」

 彼は不思議な光景を目にした。

 玄関の軒下に立っていたのはただ一人の小さな女の子だった。

叩けば壊れてしまいそうな程小さな体。太陽の光に負けじと輝く腰までの長い黒髪。夜よりも暗く海よりも深く、意識が引き込まれるような黒い瞳。その瞳に似通った闇を携えた真っ黒なゴシックロリータのドレス。玄関には全てを我が物とし携えた女の子が立っていた。

彼女は少し不安そうな顔で口を開いた。

「あの……宮内 修治さんですよね?」

 彼は少女を知らなかった。が、少女は彼の名前を知っていた。それでも彼には全く心当たりがない。

 修治は不審がりながら彼女の問いに頷いた。すると少女の顔は安堵の笑みに変わった。彼女はぺこりと頭を下げて言った。

「改めましてこんにちは。貴方に悲劇をお届けに来ました。」

――悲劇を届けに来た。

少女の言葉は修治の思考回路を全く理解の出来ない領域へと引きずり込んだ。まさに日常から戦場へ引き込まれたような不可解さだった。何しろ修治は、今までに見ず知らずの少女が突然家を訪れて悲劇を届けに来たという状況を想像した事もなかったからだ。

「……え?」

 彼は裏返った声で言った。もちろん少女が何故修治の名前を知っているのかとか、少女が一体誰なのかとか、聞きたい事は考えればいくらでも出てくるのだが、修治の頭の中は質問を考えられるような状況ではなかった。

 そんな彼に構わず少女は笑顔で言った。

「ですから、貴方に、悲劇をお届けに来たんですよぅ!」

もちろん、彼女が何度それを言い直そうとも修治がそれを理解する事は出来ないのであった。結局このやり取りでわかった事は何一つないのだが、さしあたって修治は彼女を家に上げることにした。

 修治の本心としては少女を追い返しておきたかったが、こんな真っ黒な服で真夏の昼間に外を歩いたら熱中症で倒れてしまうだろう。しかし少女を家に上げる時に見た彼女の額には、一雫の汗も見られなかった。修治はそれに気付いたが、さして気にする事もなかった。

 修治は彼女をリビングのソファに座らせた。昔から人気のあるジュース、カルフィスを冷蔵庫取り出して牛乳で割ると、それを少女に差し出した。

「な、何ですか?この白いの……。」

 有名なジュースであるそれを知らないはずがないと修治は思ったが、指で触ってみたり匂いを嗅いでみたりと、彼女の仕種は本当に何も知らない様子だった。

「いいから飲んでみなよ」

 修治が勧めると彼女はゆっくりと冷えたコップに手を添えて口に運んだ。

「んくっ……何だか喉に引っ掛かって飲みにくいです……あ、でも凄くおいしいです!」

カルフィス一口で一喜一憂する彼女の表情はとても豊かで、見ていて飽きる事はなかった。

それどころか次はどんな表情をしてくれるのか、修治は楽しみで仕方なかった。

 だが修治が彼女を家に上げた目的はこれではない。修治は彼女の表情ばかり見ている場合じゃないと思い本題に入った。

「悲劇って一体どういうこと?君は一体何処から来たの?名前はなんていうの?」

彼女は人の話を聞く時にはちゃんと目を見る、(あくまでも推測ではあるが)その幼い年齢の割によく出来た子だ。修治の質問をしっかりと聞くともう一口カルピスを口に含み、苦しそうに飲み込むと幸せそうな表情を見せてから答えた。

「悲劇は悲劇です。貴方の身に悲劇が降りかかるんです。そして私はその悲劇が起きるのをサポートするために魔界から派遣されてきた新人悪魔のリエルと申します。以後お見知りおきを!」

 元気に挨拶をしてぺこりと頭を下げる少女――リエルと名乗ったその少女。だが修治には先程の玄関での問答同様、一切理解出来る様子がなかった。

 悪魔というと、一般的には天使と対極の立場にある山羊の頭に人間の体をした禍々しい存在ではなかったのか……修治はそう思ったがそんな宗教的なことはどうでもいいのだ。

確実なのは今ここに悪魔を名乗る少女が存在するということだ。

 そもそもリエルと名乗るこの少女が悪魔である事すら怪しい。悪魔の存在なんて全く非現実的である。大方、このくらいの子のたちの間で流行っている悪戯なのであろう。

 言葉遣いがやけに大人びていて、ただの悪戯とは思えない。とはいえ、悪魔だの悲劇だの魔界だの、修治にはそんな物が到底信じられるわけがなかった。

「……悪魔?」

 くだらないものだと思った修治は少し不機嫌そうに聞いた。しかしリエルは顔色一つ変えずに笑顔で答えた。

「はい、悲劇によって幕を閉じられた方は一度魔界へ来ていただいて、心のバランスから天使になるか悪魔になるか、再び人間になるかの判断が降されるんです。とはいえ、悪い人だから悪魔になる、という物ではありませんよ。判断力や適応力、さまざまな能力を考慮して選ばれるんです。」

先程から何度も感じている感覚ではあるが、全く意味がわからなかった。またも早々にリエルを帰したい衝動に駆られてしまう。修治は外が涼しくなる夕刻までリエルに話を合わせて時間を稼ぐことにした。

 それから数時間。魔界とやらの話も散々聞いた。

リエルが言うには、人間の言う「地獄」という物は存在しないが魔界はそれに近い存在であるらしい。悪い人間がいく所ではないがそこに巣食う者が人間に危害を加えるのは事実ということだ。

また、そこでは人間の住む世界と同じように社会が構成されているらしい。人間に悲劇を与え、魔界に連れて行く事は人間界で言う狩りや漁に相当するらしい。

取って食われるという訳ではなかったが、修治は狩りの対象とされそれを目の前で告げられた事に複雑な心境を持った。

修治がため息まじりに外を見ると、空は綺麗な夕焼けに染まっている。暑さも大分和らいだ。

 修治はやっとリエルを家に帰せると思い、立ち上がった。

「さぁ、リエルちゃん。色々聞かせてくれてありがとう。でも今日はもう日も暮れてきたし、おうちに帰ろう?」

「あっ……。」

 修治はリエルの手を引いて玄関に向かった。

玄関に立ち、履きやすいように彼女の靴を整えてやった。

「リエルちゃん、一人でおうちまで帰れるよね?」

 修治がそういうと、リエルは無言で靴を履いた。

そしてあれほど明るくて見ているだけで楽しかった表情が一変して暗く退屈な表情になった。

「おうちは……ないんです……。」

 修治はさすがにこんな不思議な子でも家がないのはありえないだろうと思い、リエルの言葉を聞き入れずに暗くなる前に早く帰るように促した。

修治が動こうとしないリエルの頭を撫で、少し背中を押してやると彼女は俯いて扉の外へ歩みを進めた。

「じゃあね、リエルちゃん。」

修治は扉から外へ一歩出たリエルの背中に別れを告げた。

 リエルは修治を振り向き、悲しそうな顔で小さく会釈をするとそのまま無言で何処かへと去っていった。その悲しそうな顔を見た修治は少し罪悪感に駆られたが、彼女の世界から解放された事に安堵していた。

それから修治は、何事もなかったかのように夕飯を食べて風呂に入る。

 テレビを見たりお気に入りのウェブサイトを回ったりと時間を潰し、夜が更けるとパジャマを着てベッドに入る。

そのとき、先程まで全く吹いていなかった風がガタガタと窓を揺すった。

「そういえば、今日辺り台風直撃だっけ……。」

 修治の耳に遠雷が届く。そして、ぱたぱたと窓を打つ雨音が聞こえてくる。雨が激しくなりうるさくなると眠れなくなる。そうなる前に修治は早々に寝ることにした。

時刻は夜3時。修治は大雨の音に起こされた。

 窓がガタガタと音を立てる。雨が窓にぶつかる音が非常にうるさい。

 修治がもう一度寝ようと目を閉じると外から何か大きな音が聞こえて来た。太い木の枝がへし折れたような音。

 修治は少し気になって様子を見に行くことにした。が、この雨では外に出る気にもならなかったのでベランダの窓から外を見た。驚く事に、雨樋が折れて屋根からぶら下がっている。

「あちゃー……。まさか雨樋が折れるとは……。どれだけ老朽化してるんだ、このアパートは。」

 そして修治は何気なく下を見て驚いた。アパートの庭、塀の真横に先程の少女リエルが倒れていた。

 ――まさかこの雨の中俺の事を待って……まさかそんな安い小説みたいなありがちな展開……じゃない、早く助けなければと、修治はパジャマのまま靴を履き外へ駆け出した。

雨に濡れるのを顧みずリエルの元にたどり着く。彼女の体は冷たく冷え切っていた。

「ずっとここに……?まさか死んじゃいないよな……。よっと。」

 修治はリエルを抱き上げて早々に家の中に戻っていった。

 雨に流れて見えなかったのだろうか、家の中に入ると彼女のこめかみから血が滲んだ。雨に打たれて力尽き倒れた時に塀にでもぶつけたのかもしれない。

修治は彼女を布団の上に寝かせ、バスタオルで体を少し拭いてやった。そして毛布をかけ、傷の手当をするために救急箱を取りに行った。洗面所の棚から箱を取り出して彼女の下に戻る。

 救急箱から取り出したガーゼと消毒薬でリエルの傷口を処置していると、消毒の痛みに気付いたのか少し顔をしかめてからリエルが目を開いた。

「あ、目覚めたんだね。外で倒れてたんだけど……大丈夫かな?」

 リエルは虚ろな表情で修治を見つめた。それからすぐに驚いた表情に変わり言った。

「わ、私……気を失って……?」

そして間もなく先程の傷口が痛んだのか、患部を手で押さえて静かになる。

「あぁ、そこは外で怪我しちゃったみたいなんだ。頭だし一応安静にした方がいいかもしれない。」

「ごめんなさい、ご迷惑かけてしまって……。それに、昼間も訳のわからない事を言って押しかけてしまって……私、悪魔としての仕事が初めてで、修治さんに対してもどう接していいかもわからなくて……。」

 修治に迷惑をかけたと泣きそうな声で話すリエル。そんな彼女をこれ以上否定する気が修治には起きなかった。

「……リエルちゃん。」

修治に呼ばれ顔を上げたリエル。修治はリエルの目を見る。リエルの瞳は悪魔とは思えない程に澄み渡っている。だがそれは彼女の言葉を信じたくなるような瞳でもあった。

「リエルちゃんは、俺の所に悲劇を届けに来たんだよね。」

悪魔の存在は肯定できない。だがそのまま彼女を頭ごなしに否定するのは絶対に出来ない。修治はリエルを少しだけ、信じてみることにした。

「……じゃあ、おかえり。リエルちゃん。」

「え……?た、ただいまです!」

 修治に受け入れられて天使のような笑みを浮かべるリエル。もう彼女の表情には一片の曇りも見られなかった。

こうして、修治と悪魔の新しい日々が始まった。

「疲れたろ?何か飲むかい?」

「……カルフィス!」


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