初めての出勤
「うーん……いい朝だ」
黒猫亭に戻った後、食事を終えた俺はシャワーを浴びて就寝した。
長旅の後なので風呂に入りたい気分だったが贅沢も言っていられない。
熱いシャワーが浴びれただけ十分だと思おう。
現代日本ほどの文明ではないが、文明に感謝だ。
「おはようリソールさん」
「おはようございます女将さん」
朝から忙しそうに一階で働く女将さんに挨拶をした後、
「お兄さん、ご注文は何かな?」
レンちゃんが食事の注文を聞いてくる。
「そうだな。お任せで頼むよ」
「はーい。お父さん!お任せ一丁!」
「はいよ!」
そういえば旦那さんとはまだ挨拶をしていないな。
「レンちゃん?お父さんってどんな人?」
「熊みたいな大男だよぉ?怒らせたらガオー!だから気をつけてね?」
「それはまた……気をつけておくよ……」
朝食を済ませたらちゃんとご挨拶にいこうっと……
そうして少々待ち、レンちゃんが運んでくれたのは丸パンとウインナーとサラダとスープという定番と言えるものだった。
でっかいウインナーは食べ応え十分でむしろ朝からは少し重い感じがするが、意外とあっさりしていて美味しく、二本をあっという間に平らげた。
サラダは野菜が瑞々しくドレッシングはフレンチドレッシングのような白いものがかかっており、ウインナーの脂を綺麗に流していってくれる。
そしてスープを一口飲み込むと、鳥の出汁が効いた旨味のある味わいだった。
これは美味い。
昨日の夕食もそうだったが、ここの料理は絶品だな。
「レンちゃん、ごちそうさま」
「はーい。これからフェリのところ行くんでしょ?」
「ああ、初出勤だ」
「えっちなことしたらダメだからね?」
「しません!」
「あははは!」
すっかりとからかわれる対象になってしまった。
そのことを悪く思わずに厨房の方へと向かうと、一人の男性が鍋を振っている光景が目に入る。
なるほど。
熊とは言い得て妙だな。
茶髪の髪とヒゲがもっさりと生えていて身体が大きい。
森で出会ったらまず間違いなく熊と誤認するだろう。
「レンちゃん、美味しかったって伝えてくれる?」
「はーい!ありがとうね!」
忙しそうなので声をかけるのはやめにして、俺は二階に戻り洗面所で歯を磨いてから外に出た。
初勤務だと思うと気分が高まるなぁ……
さて、遅れないようにしようっと。
チリンチリン。
開店時間よりも三十分前にやってくると、既に鍵は開いていた。
「おはようございます、リソールさん」
「フェリシーちゃん、おはよう」
フェリシーちゃんは掃除をしている最中だった。
「俺も手伝うよ」
「いえいえ、リソールさんは鑑定がお仕事ですのでこういった雑務は私にお任せください」
「でも……」
「これは私の仕事です」
きっぱりと言い切るフェリシーちゃんの笑顔に圧されて、俺はあっさりと折れた。
なのでカウンター越しの席に座ってボーッと過ごすことになってしまう。
その間ジーッとフェリシーちゃんの作業を見ていると、
「あ、あんまりジーッと見ないでくれませんか?」
彼女は少し照れくさそうに唇を尖らせた。
「あはは、一生懸命綺麗にしてくれている姿がいいなって思ってね」
「……昨日まではこんなに綺麗にはしてなかったんですよ?だけどリソールさんが来てくれて、お店がまた続けられるから頑張ることにしたんです」
フェリシーちゃんはにっこりと微笑んだ。
窓からの光が彼女を照らし、まるで天使のように眩しく見えた。
「……頑張ろうね!」
「はい!」
綺麗だ……なんて恥ずかしいことを口にする前に唇を噛んで激励を送るのだった。
それから開店時間を迎えたのだが……
「お客さん、来ないねぇ……」
「そうですね。買い取りや出金はできないとお断りしていたので、当分はお客さんは少ないと思います」
「そっか、宣伝をしないといけないな。黒猫亭とかに広告を貼らせてもらおうか」
「こうこく……ですか?」
「そう高価買取しますってね?他に人が集まるところってある?」
「でしたらやっぱり市場とか酒場とかじゃないでしょうか?」
「ふむふむ。紙にリュネット質店の地図を描いて……ちょっとしたイラストはやっぱり招き猫だよな。フェリシーちゃん、紙と万年筆を借りるね」
俺は店の奥にある休憩所のテーブルを使い、万年筆でサラサラと書いていく。
黒一色の味気ないデザインではあるが、まあマシな方だろう。
「わぁ……可愛い猫ちゃんですね」
「お客さんを招くから招き猫って言うんだ」
「良い名前ですね。私も描いてみていいですか?」
「じゃあお願いしようかな」
俺は万年筆をフェリシーちゃんに渡す。
「よーし!可愛く描いちゃいますよ!」
そうして気合を入れたフェリシーの絵は、俺のよりも可愛いらしいものとなった。
「へぇ、上手いもんだ」
「お絵かきはよくしてたので」
「それじゃいっぱい描いてもらおうかな」
「任せてください!」
こうして初めての質屋での仕事は広告作業となった。
早く営業再開を認知をしてもらい、お客さんが来てくれることを祈るとしよう。
「頑張ろうね!」
「はい!」
俺は今までの仕事にはなかった充実感を味わいながら、作業をこなしていくのだった。




