黒猫亭にようこそ
「それじゃまたね、おじいちゃん」
「失礼します」
「ああ、また来ておくれ」
リューさんの許可を得た俺たちは心晴れやかに病院を出ると、職人街の近くにある宿屋へと案内してもらった。
「あら、フェリシーちゃんじゃない?」
「アンおばさん、お客さんを連れて来ました」
「おやおやありがたいね」
そうして案内されたのは『黒猫亭』という食事と宿屋の併設店で、赤毛の女将さんは恰幅良く明るそうな人だ。
店内は仕事終わりの職人たちで賑わっている。
「フェリじゃん!どうしたの?」
「あっ、レンちゃん。お客さんを連れてきたんだ」
フェリシーちゃんと同い年くらいの女の子はエプロンを着けて仕事途中のようだ。
女将さんと同じ赤毛を両サイドで三つ編みにしていて、ちょっとしたつり目が猫のようにいたずらっぽく見える。
「ふぅん……結構カッコいい人だね?フェリの彼氏?」
「ち、違うよ!そんなんじゃなくて鑑定士さん!うちで働いてくれることになったの!」
「じゃああたしがアプローチしちゃおうかな?どう?お兄さん?」
「あははは……」
「もう!レンちゃんってば!」
「はいはいレン、遊びはそこまでだよ。注文とってきな」
「はーい♪それじゃねフェリ、お兄さん♪」
「まったくあの子は、すぐにフェリシーちゃんをからかうんだから」
「でも、仲良くしてくれるお友達です」
「そう言ってくれるとうれしいよ。それでお兄さん泊まっていくんだろ?宿帳に名前を書いておくれ」
「はい、わかりました」
俺は受付の宿帳にリソールと記入した。
「一泊で銀貨三枚だけど何泊を希望だい?」
一泊、三千円くらいか。
王都の物価の割には安いな。
「それじゃとりあえず十泊分の金貨三枚で」
「はい、ありがとうね」
俺は銀行でアリシオル金貨に交換しておいたものを渡す。
「それじゃ私はこれで失礼しますね」
「ああ、ちょっと待って?暗くなってきたし送っていくよ」
「でも私の家は近くですよ?」
「まあまあこういうときは素直に送っていってもらいな」
「わ、わかりました。よろしくお願いします」
女将さんの進言もあり、フェリシーちゃんは頭を下げて了承してくれた。
「それじゃ荷物だけ置いてくるね。女将さん、部屋はどこですか?」
「ああ、二階にあるからついておいで」
俺と女将さんはフェリシーちゃんを残して二階へと上がる。
そして部屋に案内されると、ベッドに棚に机と一通りのものは揃っていて窓も大きく過ごしやすそうだ。
ぎゃははは……!
少しだけ声が響くのは玉に瑕といったところか。
「あんた、フェリシーちゃんのところで働くんなら大事にしてやってくれよ?」
「それはもちろん、自分でできることはさせてもらいます」
「あの子は小さい頃に両親を亡くしてちゃってね……それでもめげずに学校も店の手伝いも頑張ってたんだ。それなのに今度はリューさんも具合を悪くしちゃって……」
跡継ぎを亡くしたと言っていったことから想像はできていたが、やっぱりそうだったのか……
「任せてください。僕がフェリシーちゃんの支えになりますから」
「そうかいそうかい。いい出会いがあったんだね。頼んだよリソールさんや」
「はい」
こうして貴重品を据え置き型の金庫に入れて、俺と女将さんは一階へと降りていった。
「お待たせフェリシーちゃん」
「いえ、全然ですよ」
「ふふん……なんだかデートの待ち合わせみたいだね?」
いつの間にか背後に忍び寄ってきたレンちゃんがニヤニヤしながらからかってきた。
「レンちゃん!」
「あははは!お気をつけてお帰りくださいませ!」
白い顔を赤くしてフェリシーちゃんはこっちを照れた様子で見上げてくる。
「それじゃ、お願いしてもいいですか?」
「うん、案内してくれる?」
「それじゃあね、フェリシーちゃん」
「はい、アンおばさん」
二人で黒猫亭を出ると、空は夕焼けから暗くなっている途中だった。
そんな中を俺たちは喋りながら歩く。
「女将さんもレンちゃんもいい人たちだね」
「はい、優しくしてもらっています。レンちゃんはちょっとあれですけど」
「あはは、好きな子ほどからかいたいっていうタイプじゃないかな?」
「それはわかっているんですが、少し怒りたくなるときもあります」
苦笑するフェリシーちゃんだが、本当に嫌がっているわけでは無さそうだ。
魔導灯の下で微笑む彼女はとても可愛らしい。
そうして歩くこと十分ほど。
住宅街の様相を見せてきたところでフェリシーちゃんの足が止まった。
「ここが私の家です」
石造りの二階建てで庭付きの家。
この辺りの家にしては規模が大きい。
「立派な家だね」
「一人だと、少し寂しいですけどね……」
落ち込むフェリシーちゃんに俺は焦る。
「そ、そうだね……」
「うふふ、レンちゃんの気持ち、少しわかった気がします」
その笑顔を見て、冗談っぽく見せてはいるが本当に寂しいのだと感じた。
だが、そう見せないようにしている彼女の努力を無駄にはしたくない。
「これから、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
差し出した手を彼女は受け取ってくれた。
ほんのりとした温もりのある小さな手だった。




