表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勿忘草  作者: 悠羽
6/11

第六話 名前より先に、意味があった

封筒を開けたのは、

 翌日の朝だった。


 昨夜のうちに開かなかったのは、

 怖かったからじゃない。


 もう一晩だけ、

 “前に進んでいる自分”でいたかった。



 中に入っていたのは、

 数枚のコピーと、

 一枚の、少し色褪せた紙だった。


 医療機関の名前。

 日付。

 私の名前。


 母が亡くなったあと、

 しばらく経った頃の記録。



 緊急連絡先の欄に、

 母の名前はなかった。


 代わりに、

 見知らぬ名前が、

 丁寧な字で書かれている。



 不思議と、

 動揺はしなかった。


 驚くよりも先に、

 胸の奥で、

 何かが静かに収まった。


 ああ、

 そうだったのかもしれない。


 そんな感覚。



 書類をめくる。


 医学用語は、

 ほとんど理解できない。


 ただ、

 “経過観察”

 という言葉だけが、

 何度も目に入った。



 裏面に、

 走り書きがあった。


 急いで書かれた文字。

 整っていないけれど、

 不思議と、

 嫌な感じはしない。



 そこに書かれていたのは、

 ひとつの花の名前だった。



 理由は分からない。


 人の名前なのか、

 ただの覚え書きなのか。


 それでも、

 その文字を見た瞬間、

 胸の奥が、はっきりと反応した。



 私は、

 スマホで調べる。


 花言葉。


 画面に並ぶ言葉を読んで、

 思わず、

 スマホを伏せた。



 忘れないで。

 静かな想い。

 失われた時間。



 偶然だと思うには、

 できすぎている。


 でも、

 運命と呼ぶには、

 まだ、遠い。



 その日の帰り道。


 夕暮れは、

 相変わらず穏やかだった。


 もう、

 立ち止まらなくなったと思っていた。


 それでも、

 今日は、

 一歩だけ、足が遅れる。



 あの場所。


 いつもの、

 すれ違う場所。


 そこに、

 彼女はいなかった。



 それでも、

 風が吹く。


 夕暮れの匂いが、

 確かにした。



 私は、

 初めて思った。


 思い出したい、

 ではなく。


 ——知りたい。



 彼女が、

 誰だったのか。


 そして、

 あの空白の時間に、

 私が、誰だったのか。



 名前は、

 まだ、思い出せない。


 でも、

 意味だけは、

 先に、胸に残ってしまった。



 それは、

 静かに咲く花のような記憶だった。


第七話:同じ花を見ていた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ