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勿忘草  作者: 悠羽
2/11

第二話 夕暮れは、もう平気だと思っていた

夕暮れは、

 もう平気だと思っていた。


 仕事帰り、

 空の色が変わる時間帯も、

 以前ほど胸をざわつかせなくなっている。


 前は、

 あの色を見るたびに、

 理由の分からない焦りや、

 取り残された感じがあった。


 今は、ない。


 ……そう、思っていた。



 改札を抜け、

 人の流れに身を任せる。


 足取りは、軽い。

 立ち止まる理由もない。


 生活は、ちゃんと続いている。



 ふと、

 風向きが変わった。


 夕暮れの匂いが、

 一瞬だけ、鼻をかすめる。


 懐かしい、と感じる前に、

 胸の奥が反応していた。



 私は、歩きながら考える。


 これは、

 ただの条件反射だ。


 匂いと記憶が、

 たまたま結びついているだけ。


 誰にでも、

 ひとつやふたつ、

 そういうものはある。



 それでも、

 視線が、自然と前を探してしまう。


 人混みの中に、

 理由のない“探しもの”が混じる。



 あの場所が近づく。


 駅前の、

 少しだけ人の流れが緩むところ。


 以前から、

 何度も通っている道。



 私は、

 立ち止まらなかった。


 平気だと思っている証拠みたいに、

 そのまま歩こうとした。



 そのとき、

 視界の端に、

 後ろ姿が映った。


 特別な服装でも、

 目立つ髪型でもない。


 ただ、

 そこに立っている人。



 胸の奥が、

 小さく、揺れた。


 ——違う。


 すぐに、そう思う。


 彼女じゃない。

 似ているわけでもない。


 私は、もう前に進んでいる。



 それでも、

 足が、ほんの一瞬だけ、遅れた。


 女性は、

 立ち止まって、

 何かを探すように周囲を見回す。


 その仕草が、

 なぜか、

 記憶の奥を掠めた。



 思い出したわけじゃない。


 ただ、

 知っている感じがした。



 次の瞬間、

 女性は歩き出し、

 人の流れに紛れて消えた。


 私は、

 追いかけなかった。


 声をかける理由も、

 必要も、ない。



 帰り道。


 夕暮れは、

 いつの間にか夜に変わっていた。


 匂いも、

 もう感じない。



 それなのに、

 胸の奥に、

 小さな問いだけが残る。


 本当に、

 平気だったのだろうか。



 私は、

 前に進むと決めている。


 でも、

 前に進むことと、

 何もなかったことにするのは、

 同じじゃない。



 その違いを、

 夕暮れは、

 今日も、静かに置いていった。


第三話:思い出せない時間の話

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