退屈な一日
その朝、ユウキはいつもより早く教室に着いていた。
席に座り、教科書を開く。今日の目標は単純だ。
――何事もなく、一日を終える。
だが、その願いはすぐに崩れた。
「ユウキ。」
横から、淡々とした声。
顔を上げると、隣に立っていたのはユリだった。
ノートを胸に抱え、表情はいつも通り落ち着いている。制服も髪もきっちり整っていて、無駄がない。
「どうした?」とユウキ。
「この問題が分からない。」
ユリはノートを開き、指で一か所を示した。
「先生の説明が早すぎた。」
ユウキはちらっと見て言った。
「昨日の範囲だろ。」
「分かってる。」
「なら聞くなよ。」
ユリは一瞬だけ視線を逸らし、すぐに戻す。
「確認したかっただけ。」
ユウキは小さくため息をつき、説明を始めた。
その様子を、周囲の生徒たちは静かに見ていた。
教科書を読むふり、スマホを見るふり、でも耳はこっち。
「またアヤサキが…」
「毎日だな。」
「ユウキってそんなにすごいか?」
「ミナと付き合ってるんじゃなかった?」
説明が終わると、ユリは静かにノートを閉じた。
「ありがとう。理解できた。」
そう言っても、すぐには離れない。
数秒だけ立ち止まり、それから自分の席に戻った。
ユウキはその背中を見送り、小さく呟く。
「……疲れる。」
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、ユウキは立ち上がった。
最近は、こうしないと逃げられない。
――と思ったが。
「ユウキ!」
廊下の向こうから、明るい声。
ミナだった。隣にはマコもいる。
「一緒に食べよ!」とミナ。
「今日は無理。」
ユウキは即答し、歩き出す。
「それ逃げてるでしょ?」とマコが笑う。
「逃げてない。」
「完全に逃げてる。」
後ろから、ユリの冷静な声。
ユウキは舌打ちし、そのまま歩調を速めた。
周囲の生徒がざわつく。
「まただよ…」
「目立ちすぎ。」
「正直ムカつく。」
聞こえないふりをして、ユウキは校舎裏へ向かった。
ベンチに座り、一人で弁当を開く。
ようやく静かだ――と思った瞬間。
「やっぱりここだった。」
ミナが立っていた。
「しつこいな。」
「心配だから。」
ミナは隣に座る。
しばらく無言で食べる。
「ユウキ、居心地悪い?」
ミナが聞いた。
「……まあ。」
「私たちのせい?」
「状況のせい。」
ミナは少し考えてから言った。
「私たちの関係も、ちょっと変だよね。」
ユウキは頷いた。
「付き合ってるって言っても、流れだし。」
「告白もしてないしね。」
「試してるだけだ。」
「うん。試し。」
重くない言葉。
だからこそ、ユウキは受け入れられた。
「だからね。」
ミナは微笑む。
「他の二人が近くにいても、私は気にしてないよ。」
放課後、四人はまた集まって勉強していた。
場所は空き教室。
マコは冗談を言い、ミナはため息をつき、ユリは真剣にノートを取る。
「前より賑やかだね。」
マコが言った。
「気のせいだ。」とユウキ。
だが、その瞬間。
ミナが笑い、ユリが小さく口元を緩め、マコが満足そうに頷く。
ユウキは気づいた。
――笑っている。
無意識に。
帰り道、ユウキは少し遅れて歩いた。
三人の背中が前に並ぶ。
追いつこうとは思わなかった。
でも、離れたいとも思わなかった。
その事実が、胸に小さく刺さる。
「……楽しい、か。」
呟いた言葉に、ユウキ自身が一番驚いた。
それは恋じゃない。
でも、確かに――心地いい。
「危ないな。」
そう思いながらも、
ユウキはその距離を縮めなかった。
まだ、答えを出す気はなかったから。




