うんざり悪役令嬢と結城くん
どうしてみんな、わたくしを悪者みたいにおっしゃるの。
まるで物語に出てくる悪役令嬢にでもなったようです。
お父様やお母様は、イザベルは素直で優しい良い子だと言ってくださるのに。
涙がこぼれそうになるけれど、頬に跡が付いてお母様に気付かれてしまってはいけません。心配させたくないから、下を向いて涙の雫を床に落とします。
「あら……? これは、何かしら……」
滲んだ視界の中で、見慣れた自室の床に、見慣れない白い小箱が落ちていました。
異国のものらしき文字と、銀色の小さな星がたくさん刻まれています。
どこか、なつかしいような不思議な気持ち。子供のころに……いいえもっと……
おそるおそる、それを拾い上げた瞬間のことでした。
──前世の記憶が蘇ったのは。
そう。私の名前は伊澤美鈴、二十六──いや、二十七歳になったばかりの、ごく普通のOLだった。
ありふれた毎日。ささやかな癒しは、さいきん雑居ビルの一階の共用喫煙所で顔を合わせる他所の会社の新人さんらしき男の子。
ちょっと目付きが悪くて髪も無造作だけど、顔立ちは端正で、正直なところすごく好みのど真ん中だった。「どうも」と不愛想に一言だけ掛けてくれる声は、齢のわりに渋みがあってこれもいい。
首にぶら下げた社員証をチラ見して「結城」くんという名前も把握している。
そしてこれ以上はストーカーみたいだからやめよう、と自制していた。
……ストーカー。ああ、そうだ。
あの日。仕事に疲れた足で辿り着いたアパート前に、パーカー姿の男が立っていた。
雰囲気でわかってしまう。数年前から時々、私を付け回してくる男。なぜなのか、こんなのにばかり好かれる人生だった。
だけど、それもこの日で終わり。
気付けば、背後から何度も刺されていた。男は血のついたナイフを投げ捨て、なにか叫びながら走り去った。
脚に力が入らなくて、その場に座り込む。背中に生暖かい液体がどんどん広がっていくのを感じる。
──これ、駄目そう。
死ぬのか。まあ、いいか。私が中二のころ男と出ていった母親は音信不通、そのあと育ててくれた祖母は一昨年亡くなった。父親は顔も知らないし、学生時代の浅い友人もみんな疎。悲しむ人なんてどうせいない。
せめて最後に一服しようと、手提げ鞄からタバコの箱を取り出す。
そしてふと彼──結城くんのことを思い出した。
もしニュースになって、私のことだと気づいたら、彼は悲しんでくれるだろうか。
ふと浮かんできたのは、道端で泣いている迷子らしき小さな子供に、目線を合わせて真摯に話しかけていた彼の姿。道の反対側からそれを見たのは先月だったか。
あのとき頑張って声を掛けたら良かったな。もし仲良くなれたなら、見かけによらず優しい彼は、きっと悲しんでくれるだろう。
でも、悲しませたくないから、今のままで良かったのかも知れない。
というか、もしかしてこれがいわゆる走馬灯なんだろうか。まともに喋ったことのない男が走馬灯って、私の人生ほんとなんなの。
うんざりしながら、白い小箱を握りしめたままで意識は暗がりのなかに沈んでいった。
──そうして、いまの私はウェルネシア王国の侯爵令嬢イザベル。両親からたっぷりの愛情を注がれて育った、少しだけワガママだけど素直で心優しいお嬢様。
拾い上げた白い小箱に書かれた文字は、もう理解できる。
美鈴とイザベル、両方の記憶が共存していた。おかげでついさっきまでの純真な自分には理解できなかったことも、理解できるようになった。
そう、なぜ私が悪者扱いを受けて──悪役令嬢に仕立て上げられてしまったのか。
私には生まれたときから決められた婚約者がいる。アンデルス伯爵家令息サンソン、顔はそこそこ性格は高慢なモラハラ男。これっぽっちも好きではなかったけれど、好きになろうと、好かれようと懸命に努力してきた。
我が家の先々々代当主がとてつもなく好色かつ浪費家で、家名と財産の大幅な凋落を招いた。それを回復させるため、王国指折りの名家であるアンデルス家との婚姻は先代であるお祖父さま(故人)が心血を注いで取り付けた、悲願とも呼べるもの。
しかしサンソンは数年前から別の可愛らしい令嬢に入れ込んでいて、なんだかんだ理由を付けては婚礼をずるずる引き延ばしてきた。おかげで私はもうすぐニ十歳になる。
だからおそらく、私を婚約者には相応しくない悪役令嬢に仕立て上げ、婚約を破棄してしまおうという算段だろう。
それからの私はどうにか悪評を覆そうと態度を改め、他家のご令嬢に意地悪をしたとか、使用人に暴力を振るったとか、殿方にふしだらな関係を持ち掛けただとか、聞いているだけで頭痛のしそうな流言飛語を片っ端から否定して回った。
──結果、どうなったかと言えば。
『聞きました? イザベル嬢が必死で火消しをしてまわってるって』
『私のところにもいらっしゃいました。裏を返せば、あれもこれも事実だったということ』
『ええ。やっぱりあの方のおっしゃる通りでした』
すべてが裏目に出た。しかも、その流れがまるで計算されていたかのように巧妙だった。
違和感がある。婚約者の私が言うのも何だけど、サンソンは決して賢い男ではない。謀りごとなどしても直ぐにボロが出るに決まっている。
だとしたらまさか、彼がご執心の男爵令嬢ロザリー……ハニーブロンドに困り眉と垂れ目の合技が圧倒的庇護欲を掻き立てる、聖女のように清楚可憐な彼女が……?
けれどもう、すべては手遅れだった。今夜のアンデルス家主催の晩餐会で、きっと私は断罪され、婚約破棄を突き付けられるだろう。
もう、何もかもうんざり。せっかく、ろくでもない前世から生まれ変わったのに、結局これだ。
婚約はお祖父様が勝手に決めたことだから、嫌なら断っても良いんだよと、優しく言ってくれる両親にも申し訳がない。
こんな時はそうだ、一服して紛らわせるに限る。鏡台の引き出しの奥にしまった白い小箱を取り出して、底をトントン叩いて、細いタバコを一本指に挟む。
この世界──少なくともウェルネシア王国に喫煙所はもちろん、そもそも「煙草」が存在しない。それゆえなのか、マッチやライターのような手軽に携帯できる着火手段はなくて、火は神聖な力を宿し願いを叶える存在として大切に扱われている。
玄関入ってすぐの正面ホールに鎮座する祭壇に昼夜を問わず灯された聖なる火。女神像が掲げる燭台で揺れる蒼白い火の尖端に、タバコの先が触れる寸前で手を止めた。
「──さすがに、罰当たりだよね」
信心深いイザベルは毎日のように祭壇に祈りを捧げてきたというのに。
冷静になってひとり呟いた瞬間。唐突に火は大きく伸びあがり、タバコの先端を包み込んでいた。
「えっ!?」
慌てて手を引っ込めるけれど、タバコの先端にはすでに赤い火種が宿っている。少しだけためらって、ごくりと唾を一つ飲み込んでから、ゆっくりその反対側を唇で咥えた。
──周囲の光景が、煙のようにゆらめいた。すべてが輪郭を失って、混じり合うように。
久々のタバコに体が驚いたのだろうか。よく考えたらイザベルとしては初めての経験だし。目を閉じて、ゆっくり頭を振って、それから瞼を上げた。
「…………え?」
見知った光景だった。半透明の間仕切りで囲われた、手狭な個室。中央に置かれた円筒状の灰皿、ヴーンと響く換気扇の羽音。
ああ、間違いない。伊澤美鈴として毎日タバコを吸いに来ていた喫煙所だ。でも私自身は、長い銀髪にワインレッドのドレスをまとったイザベルのまま。ものすごい場違い感。
わけがわからない。とにかく思考を整理するためにも、せっかくのタバコを吸う。煙の熱が喉から肺を駆けめぐる。この感触、どうやら夢や幻を見ているわけではなさそう。
──がちゃり。入口のドアが開く音が響いた。
「…………どうも」
聞き覚えのある、渋い声。
令嬢として沁みついたカーテシーを、咥えタバコのままで彼に向けた。
顔を見て、胸が高鳴る。少し痩せただろうか。眉間の皺が深くなったようにも見える。ああ、きっとそう。私が異世界で生まれ変わっている間に、彼も何歳か齢を重ねたのだろう。
「お姉さんは何してるひと?」
彼──結城くんは、私に問いかけた。あのころは一度も声をかけてくれなかったくせに、やっぱり今の私が若くて美人だからだろうか。
「──悪役令嬢」
なんとなく腹が立って、それに他の答えも思い浮かばなかったから、雑にそんな風に答えてしまった。馬鹿にしてると、怒られてしまうかな。内心の動揺を鎮めるように、ゆっくり煙を吸って吐く。
「悪役か。えらいな」
それが彼の答えだった。怒ってはいない。困惑してもいない。思ったことをただ自然に口にしたような佇まい。なんだかちょっと悔しい。
「……もしかして、馬鹿にしてます?」
思わず睨みつけてしまった。私はいったい何をしてるのだろう、せっかく再会できたのに。
「だって悪役ってのはあれだろ? ほんとは悪いヤツじゃないのに、他人を楽しませるために憎まれ役を演じてくれる人だ。そういうの、俺は尊敬してる」
いつかの迷子に向けていたのと同じ困り顔から、淡々と紡がれる真っすぐな言葉。ぐわんと胸の奥まで響いて、私は呆然と彼を見つめてしまう。
一瞬だけ目が合って、すぐに視線を逸らした彼の耳がほんのり赤い。
「そうか、そうね……」
私は噛みしめるように呟く。
高校に入ってすぐ、一年間だけ演劇部に所属していたことを思い出していた。
部員数が少ないこともあって、先輩たちから筋が良いとおだてられ、新入りなのに準主役にキャスティングされた。本番で主役の先輩がセリフを飛ばしてしまったとき、私のアドリブで乗り切ってめちゃくちゃ賞賛された。
結局、家計のためのアルバイトで稽古の時間がとれなくて、端役しかできなくなったけれど、別人を演じて他人の感情を動かすのは本当に楽しい経験だった。
「ありがとう。なんだか吹っ切れた気がする」
向かうべき方角が見えた。それは彼の言葉のおかげ。
「え? いや、俺は何も」
「ひとの感謝は素直に受け取るものです」
「はあ」
リアクションに困った様子でタバコを咥える彼が愛おしく、思わず口元が緩む。
やるべきことは見えた気がする。灰皿の縁でタバコを揉み消した私は、指先でその端っこを摘んでまっすぐ灰皿の穴に落とす。そういえば、いつもこんな風にしていたな。
「それじゃ、ごきげんよう」
カーテシーを残して彼の傍らを通り抜け、ドアを開けて外に踏み出す。ちらりと振り向いたけど、彼は私を見ずにタバコの煙を眺めている。
何となしに、こっちの世界で私が存在できるのは喫煙所だけのように思えていた。ここを出て街を歩く自分のドレス姿を想像できなかった。
案の定、外に踏み出した瞬間に周囲の景色が、来たときと同じく煙のようにゆらめく。
目を閉じて、再び開けたとき──私はひとり自室で鏡台の前に立っていた。
手にタバコはない。代わりに胸の奥には、微かだけど確かな熱が灯っていた。
──その夜、晩餐会場。
「以上の罪状からお前を当家に相応しくない人間と断じ、婚約破棄を宣言する!」
私の悪評の数々を読み上げたサンソンは、もはや哀れなほど驕りに歪んだ顔で高らかに言い放った。
一歩後ろでは清楚な薄紫のドレスをまとうロザリーが、胸の前で手を組み目を伏せて、睫毛をふるふる震わせているいる。さらにその背後には彼女を筆頭とする“イザベル被害者の会”の面々が、十人以上も悲痛な面持ちで勢ぞろいだ。
私から受けた酷い仕打ちを切々と訴える彼らのほとんどが、知らない顔だった。
「どうだ、何か弁明はあるか?」
「いいえ。確かにすべて、私がやったことのようです」
「……は?」
「で、それが何か?」
「いや、何かって……」
私の答えに彼は目を泳がせ、落ち着かないご様子。
きっと、いつも自分に従順だった私が泣き崩れる姿でも想像していたのでしょうね。
けれど残念、その役からはもう降りた。さあ刮目なさい、今日の私はお望み通り──邪悪で不遜で狡猾な、悪役令嬢そのものなのだから。
「だってそうでしょう? 私がやっていないと言えば、ロザリー嬢はじめそこに並ぶ皆さま全員が嘘吐きになってしまうもの」
もちろん実際はやっていませんが、あえて乗っかることで向こうの筋書きをかき乱す。サンソンなら、それだけで慌ててボロを出す可能性もある。
腕を組んで顎をくいっと上げて、居心地悪そうな彼らの端から端まで見渡す。美しく澄んだ蒼色だとお母さまが褒めてくれる瞳で、天空から見下すように。
被害者のほとんどが目を逸らし、小さく震えるものさえ居るなかで、ロザリーだけは藻にまみれた沼のような深碧の瞳でこちらを静かに見据えている。
彼女に微笑み返してから、私は淡々と言葉を続けた。
「そんなのおかしいわ。誰かが糸を引いて嘘を吐くよう口裏合わせない限り、起こりえない」
「ちがっ! そんなこと、僕がするわけないだろう!」
「ええ、でしょうね。あなたは黒幕ができるほど、賢くないから」
ずっと言いたかったことを、言ってやった。思わず口元が緩んでしまう。
「なッ!? 口を慎めよイザベル! 僕だってあのくらいの謀りご……」
怒りのあまり何かを自白しかけた彼の袖を、ロザリーがぐいと引っ張った。よろけるサンソンに冷ややかな視線を向けながら彼女は、か細くか弱い声で諭す。
「どうか、落ち着いてくださいませ。あの方は全て自分のやったことで、黒幕などいるはずがない、そう告解しておられるのですから……」
「……あ? あれ? そうか……すまない……」
ちっ、惜しい。心の中で舌打ちする私。やはりこの女は食わせものだった。どうやらサンソンはもうすっかり調教済みのよう。間違いない、彼女こそ裏で糸引く人形使い。
──さあ、ここからはアドリブだ。
「ええ、やったのは私ですと申し上げました。けれど、それを私に指示した者がいます」
会場からざわつきが消え、人々が次の言葉を待つ。息遣いが聞こえそうな静寂のなかで、私はその名を呼んだ。
「それこそがロザリー嬢です」
「──はァ!?」
目を剥いて声を上げる彼女。低くて力強いその声が、きっと素なのだろう。
「なぜ、わたくしがあなたにそんなことを!? おかしいでしょう、そんなの……」
「そう、おかしいとは思ったの。けれど、言う通りにすればサンソン様から手を引くと……だから私、彼を取り戻したい一心で……」
自分で自分の肩を抱き締め、目をきつく閉じて、か細い声で絞り出すように告白する。まるでロザリーのお株を奪うかのように。それからゆっくりと震える瞼を開け、静かに続ける。聞き逃すまいと会場全体が息をひそめ、私の言葉に耳を傾けているのを肌で感じる。
「でも、今夜ようやくわかった。私の悪評を立てて婚約を破棄させ、自分がそのあとに収まる……そういうたくらみだったのねロザリー?」
「ちがう! 自分の罪をなすりつけようなんて、やっぱりあなたは酷いひと! ねえ皆さまもそう思うでしょう?」
会場の客たちは、隣同士でひそひそ囁き合うばかりだ。
私は知っている。悪行を否定したところで誰も「それもそうだね」と言ってはくれない。だから私は全てを受け入れ、その上で彼女を道連れにするぐらいの覚悟はしてきた。ロザリー、あなたはどうなの?
「ねえほら! あなた達も言ってやって、そんなはずないって!」
彼女は背後に並ぶ被害者の会の面々を振り向き、素の声のまま問いかける。
「はっ……はい、もちろんです……!」
「ええ、ええ、ロザリー嬢のおっしゃる通り」
「その通り、間違いありません」
不意を突かれて慌てながらも、彼らは口々に彼女の言葉を肯定した。一人残らず。
「──あら?」
私は、ゆっくりと首を傾げる。
「あらあらあらあらあら、あら」
そして彼らを再び端から端まで見渡してから、ロザリーの深碧の瞳を真っ直ぐに見据える。
「おかしいわね。あなた方が私に酷いことをされたと証言するのはいい。ご自身の経験ですから。でも、それらがロザリーの指示かどうかなんて、わかるはずない」
息を呑む音がいくつか、被害者たちの列から聞こえた。
「なのにどうして全員が、口裏合わせたように彼女の言葉を肯定したの?」
ロザリーの薄桃色の唇から、微かな舌打ちの音が漏れる。
「──なるほど、興味深い」
唐突に、涼やかな声が背後から響いた。観客たちが溜息と共に道を開けると、清廉な白い礼服に艶やかな長い黒髪の美青年が進み出る。
彼こそ王国の女子の半数が恋焦がれるという、聖騎士団長クラウス卿。ウェルネシアの正義の象徴だ。ちなみに残りの半数の女子の心は王太子であるセドリック殿下が持っていく。そして私はもちろん結城くん派。
「ああ、クラウス様……! 来てくださっていたのですね……!」
思い出したようにか弱い声を作って、ロザリーが身をくねらせる。クラウスはそれを一瞥だけした後、私の目を見て小さく頷いた。──私は味方だ、そう告げるかのように。
「確認させてほしい。イザベル、きみは本当に彼らの証言したような悪虐を働いたのか?」
掛けられた言葉を咀嚼する。もし実際に彼が味方なら、私に何を言わせたいのか。聖騎士団長を前に嘘を吐くことは余りにもリスクが大きい。だとしたら、この確認への答えは。
「いいえ。よく考えてみると、何ひとつ記憶にありません」
「ほう? どういうことかな」
クラウスの瞳のアイスブルーは全てを見透かすような色で、それでも私は臆さない。
「私、突然のことで気が動転してしまっていたのですが、改めて思い返してみると、現実と夢の中の出来事がない交ぜになっていたようです」
「ハァ!? ……あ……いえ……」
再び漏れた素の声を慌てて取り繕うロザリーの傍ら、サンソンはぽかんと口を開け呆けている。もはや思考が周回遅れなのだろう。
「でも夢の中とは言え、皆さまに酷いことをしてしまったのは事実です。それにロザリー嬢のことも、まるで悪者みたいに扱ってしまった。あなたに悪役令嬢なんて、勤まるはずもないのにね」
姿勢を正して、両手を臍の前で重ね、私は彼らに深々と頭を下げた。
「本当に、申し訳ございませんでした」
約十秒、そのままの姿勢を保つ。舞台終わりのカーテンコールのように。
「……そうか。ではいったい何が真実か、場を改め彼らひとりひとりにじっくり話を聞こう」
「お待ちを、クラウス様。もし彼らが謀りごとに加担していようと、そうせざるを得ない立場や環境もあるでしょう。どうか、温情あるお計らいを……」
「──ああ。きみがそう言うのなら、そうさせてもらおう」
被害者役の彼らのほうから、安堵のため息と、すすり泣きが聞こえてくる。
それを背に受けながら、軋む音が聞こえそうなほど歯を喰いしばるロザリーの隣で、サンソンは相変わらず何もわからず口を半開き。──なんて、お似合いの二人でしょう。
「……ふむ……きみならばセドリックも……」
そのとき聞こえたのは、クラウスの呟くような声だった。
「はい?」
「ああいや、なんでもない。きみとは、また何処かで会うことになりそうだ」
──その後。サンソンとロザリーの企てのすべては聖騎士団によって暴かれた。
被害者役だった彼らはロザリーに弱みを握られ、奴隷のような扱いを受けていたのだという。証言に妙に説得力があったのは、ほぼ実体験だったせいか。
彼らの非常に協力的な証言もあって、他にも様々な余罪が露見。最終的にサンソンは爵位の継承権剥奪、さらに二人そろって王都から永久追放という、予想以上に厳しい刑が科せられることとなった。
婚約破棄と断罪を公認させるべく会場にクラウスを呼んでいたことが、逆に「聖騎士団長をも欺こうとした」罪として罰を何倍にも増幅してしまった。自業自得としか言いようがない。
そうして私とサンソンの婚約は、自然消滅となった。
「お父さま、お母さま、本当にごめんなさい。お祖父さまの悲願だったのに、私……」
「いいのよイザベル。むしろあんな男とあなたが一緒にならずに済んで、本当に良かった。見る目の無かった私たちを、どうか許して」
「それにほら、ついさっき王宮からのお遣いがこれを届けてくれてね」
父が差し出したそれは、家名の凋落以来ずっと我が家に届くことのなかった、王族主催のお茶会への招待状だった。急遽欠員が出たこと、そしてクラウスによる推挙もあったらしい。
何よりも、両親が心から喜んでくれたことが嬉しかった。
けれど私には、きらびやかなお茶会よりもずっと心惹かれる場所がある。
だから今日もタバコを手に逢いに行く。紫煙のゆらめく、手狭な喫煙所へ。
「今日は雨がひどいね」
「そうなの? こっちは良い天気」
──他愛のない会話と、ささやかな幸せが待っていてくれるから。
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▼こちらは再会シーンからはじまる結城くん視点のお話です。
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