1. 役立たず地味令嬢、国外追放される
私はずっと、役立たずと呼ばれる地味令嬢だ。
そんな私とは違い、妹のリリスは幼い頃から両親からはもちろん、周りの人々からも沢山可愛がられ、愛されていた。社交界に出れば誰もが妹に夢中になり、私は妹の引き立て役のような立ち位置にいる。中には妹のことを「未来の王妃に相応しい」と話す者もいた。
そんな妹と比べ、私の取り柄といえばヴァイオリンを奏でられることぐらいだった。だけど、そのヴァイオリンも両親には「無意味な芸術」だと罵られ、私の演奏に耳を傾け聴いてくれることは一度もなかった。屋敷で練習をすれば「耳障りだ」と言われ、自室の部屋から出ることを禁止されたことも多々あった。
「お姉様、またそんな無駄なことをしているのね。」
「リリス…」
「お父様たちの気を引きたいのか知らないけど、そんなことしても無駄よ。まあ、お姉様にはそれでしか気を引ける方法がありませんものね!私みたいな美貌があれば…愛されたでしょうにね。」
リリスは笑みを浮かべながら毒を吐く。
それはもはや私にとっては日常だった。
リリスの機嫌が悪ければ、私はいつもストレス発散のための道具にさせられていた。慣れてはいけないものだと分かってはいるけれど、リリスの私にしか見せないわがままで、自分勝手な性格は治らないものだと思っているから、私はただただ呆れながら我慢するしかなかった。
両親はリリスの本当の性格を知らない。
私には見向きもしない両親は、リリスにはいつも望むものを与え、自由な暮らしをさせている。そんな姿を見ながら私はいつも、自分を否定されながら今日も生きてる。
「役立たずはいらない。」
「可愛くない貴方を私は産んだ覚えがないわ。」
「お姉様は、私とは似てないわね…本当に私のお姉様なのかしら…?ふふっ!」
こんな言葉を何度かけられても、最近は耐えることが出来ていた。それには、理由があった────
出会ったのは、半年前のとあるパーティーだった。
それは、王太子が主催のパーティーで、本来はリリスも出席予定だったけれど、妹は風邪をひき欠席することになってしまい、一家から誰も行かないのは失礼だと両親に言われた私は、一人でパーティーへ行くことになった。
地味令嬢と呼ばれる私は、一人で会場の端に立っていると声をかけられた。
「今、お一人ですか?」
「ええ…」
「今日は来てくれてありがとう。セドリック・ヴァレンシュタインだ。」
「本日はご招待いただきありがとうございます。私、シエラ・フローレンスと申します。」
そう、私に声をかけてきたのは王太子のセドリックだった。彼は優しくて、私が人々に地味令嬢だと呼ばれていることを知っていても普通に接してくれた。そんな彼に私は自然と恋に落ちていた。
(彼は他の人とは違う…私を否定したりしないわ…)
そんな彼に婚約を申し込まれた私は、迷うことなく彼の言葉を受け入れた。
これで、あの苦しい日常から抜け出せる。
最初は、両親に「なぜ、お前なんだ。」と言われた。
けれど、これはセドリックが選んだことだから。
最終的に両親は何も言わなかった。
妹のリリスはというと、私に何か毒でも吐くかと思ったのに、実際に出た言葉は真反対の言葉だった。
「お姉様、おめでとう…!本当に嬉しいですわ…お姉様、幸せになってくださいね…!」
両親に向けるような優しい笑みを浮かべながら祝福の言葉を述べたリリス。その時は何も疑わなかった。私はてっきり、今までのことを振り返り、リリスが心を入れ替えようとしているのだと思っていた。
だけどそれは、私の愚かな勘違いだと気付かされることになる…。
◇ ◇ ◇
その日の夜、セドリックが夜会を開催するとの招待状が届き、煌びやかな会場へ向かった。そこは、セドリックと初めて会った会場と同じ場所。地味令嬢と呼ばれる私には似合わないような煌びやかで、美しい場所。そんな場所ですでに知られている私との婚約を改めて公表するのだと思っていた。
そしていざ、この夜会の主催者セドリックが登場する。全員がセドリックに視線を向け、私は背筋を伸ばし、会場に流れる音楽が止められたあと、彼が口を開いた。
「皆、今日は来てくれてありがとう。ここで報告したいことがあるのだが……。その前に、、」
彼は言葉を溜め、周りを見渡す。
そして私と目が合えば彼が近づいてくる。
そして目の前で止まった瞬間、彼に告げられた。
「シエラ・フローレンス公爵令嬢。私は今ここでお前との婚約を破棄し、このリリス・フローレンス公爵令嬢と婚約することをここに宣言する。」
(…今…なんて…)
まるで鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。
どういうことか全く分からなかった。
(婚約を破棄…?リリスと婚約…?)
頭の理解が追いつかない。
会場中がザワザワとし、注目を浴びる。
「セドリック様、どういうことですか…?理解が追いつきません…」
すると、私はそこで彼の隠されていた本性を知ることになった。
「君は何か勘違いしているようだ…」
「どういうことですか…?」
「俺は君を愛したことなんて一度もない。俺は最初からリリスを妃に迎えるつもりだった。君はただの駒に過ぎないんだよ。」
そこで思い知らされた。
結局は、彼も他の人たちと同じで私を見てくれない…外見しか興味がないのだと…
「君のような地味女より、どう考えてもリリスのような美しい女性こそ俺の妃に相応しいんだ。」
私にとどめを刺すようなセドリックの言葉は、心に深く突き刺さった。そしてそこでやっと分かった。リリスがお昼時に言った祝福の言葉なんて全て嘘。こうなることが分かっていて舞い上がる私を見て嘲笑っていたんだって……
リリスを見れば、クスクスと私を見ている。
そして、私を見てただ一言。
「お姉様、私はセドリック様と幸せになりますわ…祝福してくださりますよね?」
大勢が集まった夜会。
招待された人々はもうすでにお祝いモード。
「やはり、このお二人がお似合いだ。」
「どう考えてもリリス様が妃に相応しいものね。」
「あの地味令嬢の勘違いも甚だしいな。」
私を見ながらヒソヒソと話す声は、残酷だった。
視線は痛く刺さり、ここはもう素直に受け入れ、祝福することしか出来なかった。
「…おめでとうございます。セドリック様、リリス…。」
二人は見つめ合い、セドリックはパーティーを再開すると言い放ち、音楽が再び流れ始めた。
そんな華やかな夜会の端で絶望の中にいる私に聴こえてきたのは、ヴァイオリンの弦がぷつりと切れる音だった。
────────────────────
夜会が終わった直後だった。
2台の馬車がやって来る。
一つは両親とリリスが乗る馬車。
もちろん、私も同じ馬車に乗るのだと思っていた。
それなのに……
「シエラ、お前が乗るのはもう一つの馬車だ。」
「どうしてですか…?」
「まだ分からないの?あなたはいらないのよ。」
「リリスが王太子と婚約し妃になる。お前のような役立たずで地味な女がいるとなれば我がフローレンス家も、セドリック王太子の名にも泥がつく。」
この続きは大体想像がついた。
「シエラ、お前はフローレンス家から出て行け。そして、これは王太子からの命令だ。シエラ、お前は今日で国外追放だ。荷物は馬車に積んである。今すぐ隣国へ行け。」
家を追い出されることは分かっていた。
でも、まさか国外追放されるなんて…
それほど、フローレンス家にとって私は邪魔者でしかなかったのだと気づいた。
「敵国の兵士に捕まれば、間者として疑われて処刑されるでしょうね。お姉様…さようなら。ふふっ…!」
リリスの笑った顔はみんなして可愛いと言う。
だけど、私には違って見える。
私にはただの悪女にしか見えなかった…
行き先は隣国。
私の住む国は、ランディアス共和国。
そして私の今から向かう国は、エルヴィナス王国。
実は、ランディアス共和国とエルヴィナス王国は仲が悪く、現在は停戦状態ではあるものの、またいつ、戦争状態になるか分からない。
そして私が行くのは、そんな隣国エルヴィナス王国側に入国し、ランディアス共和国との国境だ。
いわゆる、戦争が始まれば一番に攻められる場所。
もし攻められれば……
なんて考えたらわかる。
生き延びる保証がない辺境の地だ。
「……どうして…どうして私ばっかり…」
馬車の窓を見つめながら、震える手を強く握りしめた。愛されることも、行き場もない、ただ孤独な私を抱えて…
けれど、この追放が私の運命を大きく変えることになるなんて───そのときの私は、まだ知らなかった…