初授業
ヤバイ。
現在の時刻は8:00。
そしてこれは、俺が起きた時間と同じだ。
あと10分で校門をくぐらなければ絶対ロクなことが起きない。
猛スピードで準備して、校門まで走る。
門が閉まりだしたのと同時になんとか滑り込んだ。
「あぶねー」
息を整えていると、後ろから猛スピードであかねが突進してきた。
門が完全に閉まったのと、あかねが門をハードル走の要領で飛び越えてきたのはほぼ同時だった。
「ギリギリセーフ!」
「アウトだバカ」
「いや、閉まる前には入ってきたし!」
「あれはもうほぼアウトだろ」
「それ言ったら葵だってアウトだよ!」
「俺はまだ閉まりだした時だったからギリセーフだ」
「はいは~い、喧嘩はそこまで~もうすぐホームルーム始まるよ~」
言い合いをしていて気づかなかったが、今日の門を閉める当番は犬灯先生のようだ。
「でも、2人を見てると学生時代のスグリと萩を思い出すな~あの2人も今の君たちみたいに
よく言い合いをしてたんだよ。ヒートアップしたときは止めるのが大変だったな~
近づいただけで巻き込まれそうになるんだもん」
しみじみといった感じで話す。
昨日もそういうことがあったが、あのときの比にならないことがあったなんて、
止める側も大変だ。
雑談もほどほどに急いで教室に駆け込むと、もう朝のホームルームが始まっていた。
控えめにドアを開け、しゃがみながら移動する。
「おー、天谷と藍沢、遅刻な~。放課後までに反省文5枚書いてこい」
「げ~~~」
あかねが苦い声を出す。
「自業自得だ」
黒板の隣の掲示板を見ると、一学期の時間割が画鋲で止められていた。
水曜日の時間割は、国語、数学、理科、社会、中休み、英語、掃除。
水曜日は5時間授業のようだ。
国語……。
普通の学校でやる国語は正直言って苦手だが、東雲の国語は昨日見たところ、
全然普通ではなかったので安心した。
「はぁぁ……反省文5枚……一体何を反省すればいいのさ……」
前の方であかねが机に突っ伏してうなだれている。
チラリと鳥羽先生を見た。連絡事項を伝えているので多分聞こえてない。多分。
「反省は1枚ぐらいにしてほしい」
聞こえないように耳打ちする。
「だよねぇ……」
「……じゃぁ連絡は終わりだ。あと、天谷と藍沢は反省文2枚追加な」
「「うげぇぇぇ……」」
反省文7枚はキツイ。
「先生、それはきつすぎです」
あかねがすかさず反論する。
「頑張れ」
そっけなく返される。
ずっとうなだれていたままだったのであまり気が付かなかったが、鳥羽先生は今日は全体的に白い服を着ている。昨日までは、スーツ姿だった。
「先生そういえば、昨日と服違いますね。昨日まではスーツ姿だったのに」
さすが幼馴染。考えていることが伝わる。
「あれは式典だったからだ。もう今日から通常日課になるから別に珍しくも何でもない。まぁ、白は珍しいかもしれないが」
確かに、教室の人大体が黒い服を着ている中で白はよく目立つ。
キーンコーンカーンコーン
ちょうど予鈴が鳴った。
「じゃ、お前ら1時間目の準備しとけよー」
はぁ………反省文7枚……
「なかなか大変やねぇ反省文7枚」
「あ、リオ…」
「そうなんだよ~!助けてくれよ~!」
「ごめんなぁバレたら俺も反省文になるから無理や」
「うわ~~!!こんなことならもっと早く起きておけばよかった~~!!」
「な、なんか大変そうやな…」
隣から控えめな声がする。
見ると、あかねと同じ赤髪で猫目。髪には数本の飾り控えめなかんざしをつけている。
「あ、彩芽やん。ひさしぶり」
「ひさしぶりやな。リオ」
「知り合い?」
「そやで。同じ関西出身やし、家も近いしで腐れ縁ってやつや。ちなみに、彩芽は殺し屋やなくてマフィアやで」
「こんにちは。夏野彩芽や。これからよろしゅう。夏野でも彩芽でも、
好きに呼んだって」
「よろしくな。夏野」
「よろしくね!彩芽ちゃん!」
「2人とも、よろしゅうな」
キーンコーンカーンコーン
ちょうど本鈴が鳴った。
それと同時に犬灯先生が教室に入ってくる。
犬灯先生も鳥羽先生と同じ──ではないけれど、スーツ姿ではなく、黒がメインの服を着ている。あちこちで話していた生徒が一斉に自分の席に戻っていく。こうして、反省文問題が解決しないまま、授業が始まった。
「はーい!これから授業を始めまーす。昨日も言ったと思うけど国語は僕が担当だよ!よろしくね!ちなみにみんなもちろん知ってると思うけど国語っていうのはもちのろん、建前だよ!本当は偽装・詐欺の授業だよ!今回は基礎的な人の騙し方についてやっていくよー。教科書の3ページを開いてねー」
教科書の3ページには主に警察のホームページに載っている詐欺の手口が書かれていた。
1番定番というか、よく耳にするのはオレオレ詐欺だ。
その次に還付金詐欺。架空料金請求詐欺など……
代表的な特殊詐欺の手口の下に、特殊詐欺のやり方が書かれていた。
確かに人をだますのは簡単だ。
「えーっと…じゃぁ還付金等詐欺のよくある手口について音読してもらおうかな!じゃぁ、夏野さ──」
言いかけたときに本日1回目の警報がなった。
「うっわ!」
来たのは、犬灯先生の真上だ。
どこから出したのか、狙撃銃で撃つも、当たったのは腹部だった。
敵が一瞬ぐらついたときに、どこからかかんざしが飛んで、敵の頭部にぶっ刺さる。
そのまま動かなくなった。
「かんざし……?」
気がつけばそう呟いていた。
このクラスでかんざしを挿しているのは1人しかいない。
夏野だ。
「あー危なかった。ありがとね。死体は掃除の時間にまとめて処理しまーす。それまでちょっと邪魔だと思うけど掃除、頑張ってねー」
引き続き授業を進める。
なんか……小型ドローンみたいなのほしいな。
人を殺す前の人間には必ず殺気というものがあるかと言われるとそうではない。
仕事をしていくうえでそういうものを察知する能力はある程度ついたと思うが、
それにも誤差があったりするのでやはり目で見るのが情報としては信用できる。
夏休みの自由研究にでも作ろうか。
放課後にチマチマ作るという手もありだ。
気が付かぬ間にペン回しをしていた。
考え事をしているときによくやっているクセだと、昔あかねに指摘されたことがある。
さらに思考の海に潜る。
あと少しで計画が完成するところだったのに、それはまたもや鳴り響いた警報によりかき消された。
今度はトリッキーな登場の仕方ではないものの、正直イラっとする。
窓の方を見やると敵が何十人と門を飛び越えてやってくる。
「あーもー。これだから敵は嫌なんだよなぁ。僕は放送室に行ってくるので、好きな殺し方で殺してください。以上です」
もうここの人間には階段を一段ずつ降りるという考えはないらしい。
みんな、窓を開けてそこから降りる。
ちなみにここは5階だ。
下を見ると、すでに血がグラウンドに滲んでいた。
窓くぐりでグラウンドまで降りるともう半分以上は死んでいた。
ま、さすがにこの人数がいるんだし当たり前か…
出番がなくなったみたいで少し悲しい。
一応門の方に行くが、すでにあと数人しか残っていなかった。
ラスト2人を殺っただけで俺の仕事は終わった。
さっさと教室に戻り、教科書をパラパラめくる。
夏休みを挟んだ二学期は偽装をメインにやるようだ。
偽装は少しだけやったことがあるし、楽しみだ。
死体偽装のついでに死亡推定時刻のずらし方もやってくれると嬉しい。
続々とクラスメイトが戻ってきて、最後に犬灯先生も放送室から戻ってきた。
「お疲れさまでしたー。あと2、3分で授業終わるので残りの時間は自習しててくださーい」
チラリと先生の方を見ると、床に落ちていた狙撃銃を教卓の足の方に立てかけていた竹刀袋の中に入れていた。なるほど。あの狙撃銃はあそこから出したのか。
にしても敵が来てからの反応が早すぎる気がする。
のほほんとした見た目で、人畜無害そうな人だが、見かけによらず勘が鋭いのかもしれない。
ちょうどチャイムが鳴った。
「これで終わりまーす。あ、明日はダミー人形持ってきてねー。授業で使うからー」
ダミー人形……車の衝突実験で使われるアレのことだ。
家にあったっけな……
流石に学校にダミー人形は持ってきていない。
コンビニに売っていたら手間が省けていいのだが。
教室はもう、ざわついている。
リオが来ているのはいつものことだが、今回は夏野も参加している。
毎回思うのだが、なんで俺の机に集合しているのだろう。
「あ、そういえば私、まだ自己紹介してなかった!藍沢あかねだよ!よろしくね」
「天谷葵だ。これからよろしくな」
「改めて、2人ともよろしゅう」
しばらく談笑していると不意に人影が増えた。
振り向くとそこには大人しそうな男子生徒が立っていた。
「あ、えっと…、藍沢さんに、用があるんだけど…」
「私?」
あかねは全く見覚えがないと言わんばかりな声を上げる。
「あ…うん…えっと、手紙が届いてて…」
「うっ」
あかねがうめき声をあげる。
顔も引きつっており、あからさまにイヤだという感情が全面に押し出されている。
あかねは俺のことを表情に出やすいというけど、あかねも大概ではないと思う。
「ち、ちなみに誰から…?」
あかねが恐る恐るといった感じで聞く。
「え、えっと、藍沢家当主からって…」
声も発しなくなった。
でも顔は相変わらずしぶいままだ。
あからさまにイヤだという表情をしている。
「い、一応渡しておくね…」
手に持っていた茶色い封筒を差し出す。
それをぎこちないロボットみたいな動きで受け取る。
「え、えっとそれじゃぁ」
と言っても彼は俺たちと同じクラスだし、あかねの1つ前の席である。
しばらくの沈黙。
気まずさを拭えないままだ。
「ち、ちなみにどんな内容なの?」
夏野がこの空気には耐えられないといった感じで聞く。
「そ、そうだね。開けてみなきゃわかんないし。もしかしたらいいことかもしれないし…」
最後のほうにつれてだんだん声が小さくなっていった。
あまり──というか、全く期待していないのだろう。
ナイフで、封筒の上の方を切る。
出てきたのは丁寧に折りたたまれた白い便箋1枚だった。
震える手で手紙を開くと、そこには太い字で。そして、濃く、ハッキリと書いてあった。
『お前は退学だ』
と。