教師陣
次の日、スマホのアラームで目を覚ますと自分が、浴室に行こうとしたところで猛烈な睡魔に
襲われて、そのまま寝落ちしたことを思い出した。
少し、鼻の頭の血が固まっている。
「やばい…早く落とさないと…」
浴室のドアを開け、急いで顔を洗う。入念に洗剤をつける。
「あー。やっぱすぐに洗い流さないとダメだな…」
幸いなことに、ここは東雲学園なので、多少の返り血があっても特に触れられることはない。
このあと、どうせ風呂に入るから、そのときに熱で溶かすか…。
リュックに必要な分のものを詰め込んで部屋を出る。
もちろん、銃と弾倉の方が多いが。
この寮は、開けるときにしかアクションを起こさなくていいので、すごく楽だ。
小さな塀から1階の階段の元の方まで一気に降りる。
「おはよ~」
「おはようさん」
降りるとそこには、あかねとリオが立っていた。
「二人ともおはよう。早いな」
リオがニッコっと笑顔で言う。
「そんなことないで。この学校、登校時間が8:00~8:10までなんよ。寮生活やからかな?」
「え……?」
朝、見た時間は08:07。
「ヤバいじゃん。それ」
「せや。ヤバイねんで」
柄にもなくこんなセリフを言ってしまったが、ヤバい。そんなことを気にしている暇もないぐらいヤバい。
「走るぞ!!」
3人で陸上選手顔負けの速度で走る。
土埃が舞っているがそんなことを気にしている時間もない。
チラリと腕時計を見ると、すでに08:09になっていた。
あと1分──!!
「5、4、3、2、1。よし。ギリギリセーフだな。」
校門に立っていたのは鳥羽萩だった。いや、これから1年間お世話になるんだから、鳥羽先生と
呼んだ方がいいか。別に過去の仕事の中でも関わったことなんてないし。
「おはようございます。鳥羽先生。」
「あぁ。おはよう」
「おはようさん」
「おはよーございまーす」
「お前ら、とっとと教室に行け。」
「はーい」
のんきにあかねが返事をし、駆け足で校舎へと急いだ。
「はー!危なかった!」
「ほんまにギリギリやったな」
肩で呼吸しながら、1年1組の教室の扉を開ける。
まだ教師が来てないからか、少しザワついている。
何食わぬ顔で席に着くと、ちょうどそのタイミングで鳥羽先生が教室に入ってきた。
昨日通り出席をとる。
全員分の出席をとり終わると、鳥羽先生がおもむろに口を開いた。
「昨日予定した通り、これから各クラスの担任が挨拶に来ます。俺もすぐ別のクラス行くので静かに待っててください。」
それだけ告げて、教室の外へ出ていった。
入れ替わりで誰かが入ってきた。
嗅ぎなれた匂いがする。
あのムカつく親がよく吸っていたタバコの匂いだ。
顔を見た瞬間、あぁ。と思った。見覚えがある。決して一緒に仕事をしたことはないが。特徴的な苗字と名前をしていたから一度聞いただけで覚えた。
名前は──
「篝火スグリ。担当教科は数学。よろしくな。」
篝火、スグリ。どちらも、あまり聞かない名前だ。
裏社会では鳥羽萩と同じレベルで有名な殺し屋だ。こちらは、組織に所属してるし、捕まったこともない。風の噂だと、篝火スグリと鳥羽萩は学校が同じなんだとか。
まぁ、風の噂だから真偽のほどは知らないが。
というか。なんでこの人は生徒の前でタバコを吸ってるんだ…
この匂いは嗅ぎなれているし、親もよく吸いながら仕事を課してきたので慣れてはいるが。
「あーー…なにか質問あるか?」
……
……
……
重たい沈黙。
地獄みたいな空気だ。
良かった。自分が生徒側で。
「だよなー」
上から最初から結果を分かっていたような諦めの声が聞こえる。
「あー…じゃぁ、どうやら風の噂で流れてるらしい俺と”萩”の同級生説について本人の口から喋ろうか」
(あ、それはちょっと興味あった。)
思ってることが顔に出ないように、少し俯きながら話を聞く姿勢に入る。
「まー、まず率直に言うと俺と萩は昔からのともだ──」
ゴン!
顔を上げるといつの間にか篝火先生の後ろに亡霊のようにして鳥羽先生が立っていた。
「人の秘密を勝手に喋るなとあれほど言ったよな?」
あ、キレてる。
というのが第一の感想だ。
心なしか声のトーンもいつもより低い気がする。
さっきのゴン!という鈍い音は鳥羽先生が篝火先生のことを出席名簿で軽く殴っただ。
「痛った…いきなり殴んないでよ。危ないなぁ」
「先に言ったのはお前だろうが」
鳥羽先生が篝火先生の胸ぐらを掴む。
多分あれは割と痛いと思う。
騒ぎを聞きつけてきたのか、隣のクラスから教員が1人、ドアのそばに立っていた。
見たことない人だ。
「あ~危ない、危ない。よかった。”今回は”喧嘩する前に来られて」
この話し方は──昨日、放送でいろいろと指示をしていた人だ。
果たしてお互いに胸ぐらを掴み合っている状況が喧嘩していない状況と言えるのだろうか。
「「げ」」
篝火先生と鳥羽先生が声を上げたのはほぼ同時だった。
「まーでも、物は壊れてないみたいだし、生徒も無事みたいだし、とりあえず被害は出てなさそうかな?」
2人が明らかに嫌そうな顔をする。
「まー、一応聞いておくけど、どっちが先にやったの?」
顔は笑っているが、目は笑っていない。正直、めちゃくちゃ怖い。
お互いに胸ぐらを掴みながら硬直している。
大人たちの喧嘩を見られるのはなんだか新鮮だ。
「ま、多分スグリだと思うけどさー」
一瞬だけ篝火先生が目を逸らした。
「あ!そうだ!ついでに僕も自己紹介しておこうかな!どうせ後々、来るんだし!」
その人はドア付近から教卓まで移動した。
2人よりも、なんだか話しやすそうだなとは思った。
「こんにちは!犬灯キバナです!あ、みんなもう気づいてると思うけど、僕は入学式の時とかに放送してた人だよ!2人と違って、戦闘はそんなに得意じゃないんだよねー。」
戦闘が得意じゃない──となると、この人は
戦略立て専門の人なのかもしれない。たしかに、戦闘員は大事だが、戦略立ての人間は、戦員の生死を大きく左右する重要な役割を持っている。
「なにか質問ある人ー?」
少し辺りを見渡すとリオが手を挙げていた。
「はい、じゃー黒咲くん!」
イスと音もたたせずにリオが立ち上がる。
「ほな、先生たちは友達ってことですか?」
「うん。そうだよ。僕と、スグリと、萩は、出身校も同じだし、友達だよ!一体どこからその情報が流れたんだろうねー。あ、あと学生時代の2人ってどっちも成績良くて、よく首席を争って喧嘩してたんだよ!その喧嘩の仕方は今も変わらないけどねー」
いつの間にか鳥羽先生とスグリ先生が消えている。たぶん明日から、陰でイジられることになるだろう。
「先生!」
と、元気よく言ったのはあかねだ。
イヤな予感しかしない。
「先生の好きなものってなんですか?」
「好きなもの?んーとね、あ、強いて言うなら賭け事かな。相手が絶対に勝てないと悟ったきの表情が見てて愉しいんだよね〜」
ニコニコと笑顔で言う。
教室の空気が1度か2度ぐらい下がった気がしたのは気のせいではないかもしれない。
この人、とんでもないサイコパスだ…
自分でもわかるほど顔が引きつっている。
「あ、今度、課外学習で行ってみる?裏カジノ。年齢が16歳以上のところ、紹介するよ〜」
絶対にやめてほしい。
「冗談だよ〜。あ、良い忘れてたけど僕の担当教科は国語だよ〜。ちなみに萩の担当教科は建前上は体育だよ。」
なんとなくわかっていたけど、やはり授業も普通とは違うな。そっちのほうが実力を発揮できて助かるけど。
「じゃぁー、話したいこと話したし次の人も来たしこれで終わり!」
終始、にこやかな笑みを浮かべえいた。
ぶっちゃけ、あの人が一番の狂人じゃないか?
と、思ったのは内緒にしておく。
次に来たのは、またもや知らない人だった。
「はじめまして。鈴野春花よ。担当教科は、理科。どうぞよろしく」
鈴野先生は女性で、髪は地毛なのかどうかは分からないが色素の薄いピンク色だ。
なんとなく威圧感というか、底しれぬ恐怖を持ち合わせているような人だった。
「なにか質問がある生徒はいるかしら?」
「あ、えっとじゃぁ…」
という声とともに、斜め後ろからカタンという音が聞こえてきた。
「せ、先生の好きなものってなんですか…?」
「好きなもの…そうね…私は”毒”が好きだわ」
「ゴホッ」
何かが喉に詰まった感じがした。
何故か少し笑ってしまった。
でも、犬灯先生よりマシで良かった。
多分、鈴野先生は今後の授業で毒殺関係を担当することになるだろう。
……苦手かもしれない。毒殺は。
銃や刃物は自分でコントロールすることができるけど、毒は最悪自分が死ぬから。
「じゃぁ私はこれで」
とだけ言い残し、入れ替わりで誰か入ってきた。
「あ…こんにちは。矢車スミレです…担当教科は英語です。よろしくお願いします…」
大人しそうというか、静かな人だった。表情がまったく動かず、何を考えているのか分からなかった。
その人は鳥羽先生と同じように、質問を受け付けず、教室の外へ出ていった。
しばらくの間があってからまた別の先生が入ってきた。
うちの学校は人学年に6クラスしかなく、これでちょうど6人目なのでこのひとが最後だ。
白衣姿の弱々しい声色が特徴的な人だ。
「は、初めまして…一井唐草です…た、担当教科は社会です…よろしく…お願いします…」
この人…昨日コンビニで会った人だ。
拷問器具を落としてた。
「あ…えっと…なにか質問ある人いますか…?」
この人が肝試しのときに幽霊役として出てきたらみんな驚きそうだ。
チラリと入り口を見ると鳥羽先生が立っていて、まるで助けがきたと言わんばかりに入口へ走っていった。
瞬間移動のように教卓に移動していた鳥羽先生は少しだるそうに口を開いた。
「じゃぁ今日はこれで終わりだ。明日からは授業が始まるから部屋に届けられているであろう
教科書を持ってこい。全部で5教科。あ、あとこの学校一応制服あるけど明日からそれ着なくていいらしいぞ。よかったな。各自、仕事のときに着てる服を着てきていいらしい。じゃ、解散。」
半ば投げやりのような言い方だった。口調も、一番最初と比べて荒くなっている。
なんとなく理由は想像できる。
少し同情しながら、俺は教室の外を出た。