普通
鳥羽萩は、何喰わぬ顔で出席を取っていく。俺は、前から4番目だったから、すぐに順番が来た。呼ばれたら返事をするだけの時間。多分その後に自己紹介をする時間がある。
あれって、急に始まるから心の準備ができてなくて、いつも緊張するんだよな。
…転校生枠だと特に。
あかねが、バレない程度に後ろを向く。そして、小声で喋る。
「ねぇねぇ、鳥羽萩ってさ、まだ生きてたんだね」
「あぁ。正直俺も驚いた。」
「っていうかさ、自己紹介どうしよう」
「知らん。がんばれ」
少し前のめりになっていた体をもとに戻す。
チラリと黒板の方を見ると、チョークで書かれた鳥羽萩の文字が。
明朝体の文字が目を引く。
今、出席が『た行』まできたところだ。
あまり考えている暇はない。出席確認は案外早く終わる。
いつも、まともな学校に転校するときは、まともな人間風のあいさつを心がけていたから、いざ、裏社会だらけの所へ行くとなるといまいち勝手が分からない。
もんもんと考えている間に出席確認が終わってしまった。
おもむろに鳥羽萩が口を開く。
「全員出席だな。この後は各自寮に戻れ。寮棟はここから見て東側。鍵は支給の方のスマホに入っているIDと指紋認証だ。明日は、他のクラスの担任が挨拶に来るらしいぞ。じゃ、解散」
……
……
え?
自己紹介、しないのか……?
……
がっかりというか、啞然とした。
割と緊張してたのがバカみたいじゃないか。
がっくりとうなだれる。
気が付くとあかねがこちらを向いて、黒咲が近くに来て、俺の顔を覗き込んでいた。
「何してんだよ」
「うーん。やっぱり天谷クンて、表情に出やすいなぁ」
「そうなんだよね~。葵って、いつもポーカーフェイスのクセに結構顔に出やすいの!」
あかねがおかしそうに暴露する。
「へぇそうなん。そういや、藍沢クン、天谷クンと幼馴染なんやったな~」
「うん。そうだよ!あ、あと、私のことは藍沢じゃなくてあかねって呼んでほしいな!」
「ほんなら俺も、黒咲やなくてリオって呼んでな」
「わかった。リオ、これからよろしく!」
どんどん会話が進められていく。
入りどきがわからない……
転校先でも、あんまり人と関わることってしなかったからな……
「そういや、天谷クンて、得意なこととかってあるん?」
いきなり質問が振られた。
「得意なこと……隠密行動?」
「あ~わかるわぁ。天谷クン隠密行動専門っぽそうやもんなぁ。あ、天谷クンって呼び方、ちょっとよそよそしいか?」
「別に、よそよそしいとは思わないけど……できれば葵がいいかな」
「了解や。これからよろしゅうな。葵」
よろしく──と言いかけた時、登校時聞いたときとはまた別のチャイムが鳴った。
というか、朝、聞いたあれは、チャイムというより警報なのだが。
あれだけ大きい音が鳴っても、特に外は騒ぎになった様子はなかった。あれは一体どうゆうことだろう。
「あ、そろそろ帰るか」
黒さ──リオが壁掛け時計を指さす。
時刻はまだ11:43だ。
「え?別に引き留めるつもりはないけどまだ昼前だよ?」
「あぁ、そうなんやけどちょっと個人で学校とか見ときたいと思うてな。学校探検や。」
「学校探検…!いいね!いってらっしゃい!」
「ほな、またな~」
リオは通学用リュックを背負って教室から出ていった。
クラスメイトは、まだ半分ぐらい残っている。
「俺も一旦帰ろうかな。荷物、置きたいし」
「あ、じゃぁ私もそうしよっ!」
よいしょ。と椅子から立ち上がる。
鳥羽萩はいつの間にか教室から消えていた。
東側は各学年の教室がある、北側と外見は変わらなかった。
東側は寮しかなく、1部屋の部屋の広さは教室の半分ほどだった。全ての部屋のドアは、またもや
白が基調のドアだった。金色の装飾が施されている。
毎度毎度、思うことだけど、なんでこんは掃除がめんどくさそうな設計なんだ…
「えっとー…俺、409号室だ。あかねは?」
「私は、407号室だ。結構近いね」
「そうだな。じゃーまた明日な」
「うん!またね〜」
ドアノブの下に電子パネルがあり、それを起動するとデジタルのボタンが現れた。
支給されたスマホでIDを確認する。
IDをいれると、ボタンがあった画面に指紋を読み取るための画面に移り変わった。
人さし指をかざす。
ピピっと軽く電子音がなって、数秒後、カチャッと音がなった。ドアノブを引くと、綺麗な部屋が現れた。後ろ手でドアを閉めると、あとは自動で閉まった。
部屋は綺麗だ。
どっかの、ちょっとお値段高めのホテルぐらい。
一人部屋にしては十分な広さだった。
玄関の壁際に備え付けのウォールシェルフがあった。ちょうど銃と弾倉が大量に置けそうだ。
もう少し進むと壁にぴったりとつくように勉強机が置いてある。
ドサリとリュックを置いた。
……
……
……暇だな。
唐突に思った。
いつもなら、学校をよく早退・欠席・遅刻を
している。いつも、仕事が入る。
でも今日──というか、この3年間の間は仕事がない。ただ、その代わりに東雲学園という、
表は超有名な名門校、裏は殺し屋やマフィアなどの跡継ぎがいる、ある意味、一番治安の悪い学校に通う。でも、別に嫌いではない。
今までは、必死に普通を装い、表社会の人間とは極力関わらないようにしてきた。でもここでは
普通を装わなくていい。
それが──たまらなく嬉しかった。
無意識に笑い声が出る。
あぁ、やっぱり俺は、狂人だ。
でもそれでいい。うまれてからこの狂った世界しか知らないのだから。
ひとしきり笑った後ではっと我に返った。
だれにも聞こえてないよな?
陰で噂をされると、顔には出さないが地味に傷つく。
というか、それよりこの部屋って生活に必要な最低限のもの以外マジでなにもないな……
……。じっとしてても暇だし、少し散歩にでも行くか。