プロローグ
綺麗な石畳の上を二人で歩く。
新品の制服に身を包みながら。
できるだけ気配を消して、目立たないように。
人生の中で気配を消すことは何度もやってきた。
だからこういうことはすごく得意だ。
「それにしても、楽しみだね!」
隣のあかねがでかい声で話す。
耳が痛くなるから静かにしてほしい。
それに──
「今まで転校なんて何回もしてきてるだろ。」
俺たちは訳ありで、これまでの16年間で何回も転校をしてきている。
「葵は、いっつもそうだよね。もっとわくわく感持ちなよ」
幼馴染のあかねが小突く。
「なんだよ、わくわく感って…。」
でも、ここからは本当に気を引き締めなきゃいけない。
俺たちが今日から入学する東雲学園。
都内有数の名門校だ。
しかしそれは表向けの話。
本当の東雲学園は、マフィアのボスの子ども、殺し屋一家、天才ハッカー。
などなどそういった人間のみ通うことができる学校だ。
名門なだけあって毎年多くの受験者がいるようだが、全体の八割は一般人だ。
ただ、一般人を入学させるわけにはいかない。
だから、最初から試験は超難関にしてあるし、一次の筆記試験が終わったとしても
二次で実技試験というのがある。建前上は『うちの学校の実技はかなり厳しく、それを達成
するための体力があるか』みたいな理由だった気がする。それは、本当に裏社会の
人間かの実技だが。それに入学前に学校側のスパイが身元調査をしているらしいし。
「葵!ぼーっとしてないで早くいくよ!」
いつの間にかあかねは数メートル先にいた。
もう三分は立ち止まってしまったようだ。
「悪い。」
駆け足気味であかねのところへ向かう。
ヴーヴー
けたましいブザーが鳴り響く。
『侵入者ー!侵入者ー!』
無機質な、機械の声だ。それでいて不安感を煽る。
(てか、ここ東京だぞ。こんなバカでかい音だして大丈夫なのか?)
「葵!もー何やってんの?早くいくよ」
「悪い。なんか─ごめん」
「はぁ?別にいいけど。銃持った?」
「あぁ」
他の在校生や新入生も武器を手にして戦闘態勢だ。
校門の方にはこちらと同じく武器を手にしたいかつい男達がいる。
『戦闘開始!』
ボクシングの時みたいなゴングの音が鳴る。
両者、一斉に駆け出した。
殺るか。
銃を相手に向けて、狙いを定める。
思いっ切り引き金を引くと、数十メートル先にいた相手は散っていった。
あれだけの大群が攻めてきたのに、もうほとんど人数が残っていない。
(…。戦い方が下手すぎる。動きも素人っぽいな。)
生徒の戦闘の仕方は様々だ。
主は銃だけど…刃物や中華拳法の人もいるし、屋上にはスナイパーも数人いる。
さすがは東雲学園。
今までのどこよりも…
わくわくする。
『戦闘終了でーす。用務員は校門の掃除をお願いしまーす。在校生とは体育館に集まってくださーい。入学式を始めまーす。新学期早々おつかれさまでしたー』
若い男性の間延びした声がスピーカーから聞こえる。
在校生徒達が各々の武器を通学カバンにしまい、
返り血を拭く。
何事もなかったように体育館へ向かっていった。
先程の殺伐とした雰囲気はもうなく、和気あいあいとした雰囲気に変わった。
一般市民が想像する“普通“の高校と高校生達だ。
「あはは!」
楽しさのあまり笑ってしまった。
普通の男子高校生は校門の前で笑ったりしない。
でも、ここなら普通じゃなくていい。
ここに普通な人間なんていない。
「葵!そんなとこで笑ってたら新期早々友達ゼロのボッチになるよ!」
「うっせ」
「にしても広いね~東雲学園。迷いそ」
「お前、迷子になって授業遅刻すんなよ」
「しないよ!っていうか、葵こそ、迷って廊下ダッシュとかしないでよね!前にも似たような
敷地が広い学校に転校したことあるけど、それで先生に怒られて、反省文五枚くらい書かされたじゃん!」
「人の恥ずかしい過去を大声で言うな!」
「おーい。お二人さーん。そこで突っ立ってたら邪魔やでー」
「あ、ごめんなさい」
振り向くと、見知らぬ男子生徒が立っていた。
今年の入学者リストに載っていたから俺たちと同じ新入生だ。
「あぁ、ええんやで。それより、入学式そろそろちゃう?あ、まぁ名乗る必要ないと思うけど、一応名乗っとくな。俺の名前は、黒咲リオや。みなさんご存じ、黒咲家の人間やで~」
そう言って両手でピースをする。
黒咲リオ。黒咲家という殺し屋一族の人間で、次期の後継ぎとささやかれている。黒咲家の本部は、関西の方にある。必然的というべきか、リオは関西弁でしゃべる。
殺し屋という名に反して、穏やかで話しやすそうな人だ。
「よろしくな。俺は──」
「あぁ、名のらんくて大丈夫やで。天谷クンと藍沢クンやろ?」
「え?なんで知ってるの?」
あかねが、キョトンしている。
「自分で気づいてないん?天谷家と藍沢家、かなり有名なトコやで?」
そう言うと、黒咲はニッコリ笑った。
「黒咲家がよく言うよ」
「…せやなぁ。でも、この学校、そういうやつらばっかやで?いちいち驚いてたらきりないわ。」
「まぁ、そうだな。」
あかねはもうこの話題に飽きたと言わんばかりに、辺りをキョロキョロしている。
「あぁ、もう話してたらこんな時間や。ほな、またな」
そう言って体育館の方に小走りで去っていく。
「あかね、急ごう」
「もー。早くしよう?ここって校則違反すると大変なんだから。」
「…そうだな」
合格者は入学前に、校則がびっしりと書かれた紙を貰う。
(つい先週、うちの家のポストにも入ってたけど…あれは、もう思い出したくないな。)
分厚い茶色の封筒に入っていたのは、約100枚に渡る校則と校則違反の際の罰則について書かれた紙だった。
(まぁ、殺し屋同士のいざこざってかなり面倒なケースになることが多いしな…)
実際、ちょっとしたいざこざで組織ぐるみの案件になり、大戦争になったこともあった。
その時は幸いにもお互いが所属している組織の話ではなかったが…。
「あのせいで、うちの組織の幹部とかは結構神経質になってたし、大変だったな…」
「葵、何かを言った?」
「いや、何でもない」
なんとかギリギリで式に間に合う。
指定された座席に座ると、どっと疲れが押し寄せてきた。
でも、気を引き締めないと。
そう言い聞かせるものの、何故だかこれからの生活に喜びを隠せない自分がいた。