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エピソード その8
玉露とオレンジジュースをビニール袋から取り出して、母と水面ちゃんに渡した。母は寝たきりだったが、玉露にはしがみつくように取っていった。水面ちゃんは、「気が利くね」というかのような関心した顔をしている。
ぼくも缶コーヒーで少し休むことにした。母が倒れてからここしばらく大好きなコーヒーの味から離れていた。
202号室は、窓からの注ぐような微風が、心地よかった。
――――
東京から長崎まで飛んできたからか、いつの間にかパイプ椅子の上でウトウトとしていた。水面ちゃんの大きな欠伸が聞こえた。壁にある時計を見ると、ちょうど消灯時間前だった。
脇のベッドから母がクスリと笑っている。ぼくも水面ちゃんの欠伸がとても微笑ましい。
「ねえ、陸。水面ちゃんって可愛いでしょ」
母がやつれた顔で、か細い声で言うのを静かに聞いていたが、母は急に目を瞑った。ぼくは母に「お休み」と言ったが、その時。きっと母は旅立ったのだろうとわかってしまった。
それ以来。母が目を開けることはなかった……。