エピソード その5
母のせいで少し笑い過ぎたようだ。喉が乾いて売店に缶コーヒーを買いに行く。どうせなら、母と背の高い子の分も買おうとした。
「ああ、母さん。何か飲み物買わない? 缶コーヒー買ってくるから、そのついで」
「それなら……玉露がいいわね。陸ちゃんお願いね。売店は下の階の奥にあるわ」
「ああ……? 君は何がいいかな?」
「……」
母は玉露。
ぼくは缶コーヒー。
背の高い子は……?
やはり、彼女は喋れない。そういう事なのだろう。ぼくはまともに女性の顔を見れないけれども、しきりに彼女がニコニコと首を立てに振っていることだけはわかった。
「……」
「ああ、その子。水面 空ちゃんっていうの。どう、可愛いでしょ? その子も缶コーヒー。前に美味しそうに飲んでいたわよ」
それを聞いて白い階段を降りていった。受付の前を通り過ぎて、病院の奥へ行くと母から聞いた売店があるようだ。
品揃えの良い。こじんまりとした売店を見つけた。缶コーヒー二本とペットボトルのお茶のラベルに玉露の名前を見つけ、レジを済まそうとしたら、店員がお喋りで話し掛けてきた。
「あなた。ひょっとして、確か水面ちゃんと同室の人よね」
「え? あ、はい。……そうですけど」
「あの子は缶コーヒーもいいけど、オレンジジュースの方がいいわよ。この間。珍しそうに美味しく飲んでいたわ」
「へ?」
水面ちゃんはもしかしたら、この大きな総合病院で有名人なのだろう。
けれども、少し違うようだと思えてきた。
彼女が寄る場所では彼女をよく知る人がたまたま多くいることだけは、除いて。