94.冒険者クロ、女神セレネとの契約
神となった俺は、月の女神セレネをどうするか考える。
「なぜ、神に成りたてのお主がっ!いきなり使徒を侍らせおって!なぜなのじゃ?なんなのじゃ!」
イライラが止まらない様子のセレネに、リズが声をかける。
『クロは常に人達の役に立ってたメジャー神。お前は名も知らぬマイナー神。格の違いを知れ』
ババンと右手でセレネを指をさし、反対の手を腰に当て偉そうなリズ。
確かに俺も月の女神セレネなんて聞いたこと無かったなと思った。
いわゆる信仰心の違いって奴か?
そう思った時、各地を回って面倒事を片付けて廻っていることに意味があったのだなと少し泣きそうになった。
あてもなくブラブラしていただけの俺だったが、確実に人の記憶に残っていることを示されたようで嬉しくもあった。
「さて、どうする?」
「くっ、どうするとは、お主こそ我をどうするつもりじゃ!言っておくが、お主とて、我を害することができないのじゃからな!」
なるほど。
だが、俺はこいつを害する気は端からなかった。
だって女神だし……
『クロ、神同志なら契約をしたら良い。迷惑かけないって口約束でも成立する』
「おお。それは良いな!」
「余計なことを……」
悔しそうに顔を歪めるセレネは、その後大きなため息をついてギブアップしたようだ。
「じゃあ、今後は不干渉で、お互いに迷惑をかけずに。ってところで契約だ」
「わ、分かった。互いに不干渉で……迷惑は、かけんのじゃ!」
そう宣言した瞬間、不本意ながら一瞬だけ俺とセレネが繋がったような気がした。
「ふほっ」
「お前、何嬉しそうにしてんだよ!」
「何のことじゃ!」
セレネが小さく声を上げ顔を赤くして頬をふるふるさせていたので、きっと同じように何かの繋がりを感じたのだろう。
さて、これで無事に……ということでも無いんだが一応は解決した。
「ジュリア、皆も、帰るぞ」
「ああ。俺も早く帰って、クロの愛を再確認しないとな」
そう言うジュリアから感じる冷気に、俺の溢れる愛をしっかりと分かってもらわないと危険だ!と気を引き締めた。
「じゃあセレネ、その人達もちゃんと元の場所に戻してやれよ?」
「うう。我はお主と仲良く愛を育みたかっただけなのに……」
セレネはそう言いながらも魔法を発動させたようで、あの3人の女性達は目の前から消えた。
「じゃあジュリア、カノンも、帰ろうぜ。シロ、頼む」
『はいはーい』
シロのかるーい返事と共に、俺達は宿の室内へと戻ってきた。
時刻はお昼を少し回った頃。
シャワーを浴びた俺は、カノンの用意してくれた食事を頬張りながら聖教国へ転移させられたところから説明した。
セレネの横やりに抗えなかったという部分でジュリアが手に冷気を溜めていたが、必死に抵抗したことを何度も説明して事なきを得た。
それから結界のベールを設置して、再度2人でよーく話し合った。
翌日の昼過ぎ、疲れのあまり抜けていない体を起こす。
改めてリズと話をすると、俺が主としてしまった契約は解除できないことを告げられる。
「それで良かったのか?」
『クロを取られるぐらいなら、良い』
思わず抱きしめようとしたが、俺の手はリザには触れられずすり抜けていた。
神と成ったことで俺は魔法を自由に使えるようになり、シロが使っていた集団転移もできるようになったと頭では理解していた。
俺は、試しにと宿を引き払い2人を抱きしめるとニヴルヘイムにあるジュリアの実家、サンクティス子爵邸へと転移を試みた。
「無詠唱かよ……」
自分でやったことだが呆れてしまう。
魔力を籠めて3人で転移しようと思い描いただけで、思い通りに子爵邸の庭に移動が終わっていた。
「母上!」
ジュリアガちょうどリビングにいたジュリアの母、チェチーリアを見つけ駆け寄っていた。
カノンも一緒に走り寄り挨拶をしているようだ。
俺もゆっくりとその場へ向かう。
軽く頭を下げ簡素な挨拶を交わした後、チェチーリアは快く屋敷へと迎え入れてくれた。
日中はジュリアと母チェチーリア、途中で戻ってきた弟のオルランドも交え旅の話をしてしているジュリア。
俺はそれをまったりと見ていた。
カノンは早速厨房へと言ってしまった。
夜は当主であるエドモンドも戻ってきて、倉庫にあるという大量の酒と調味料を回収した。
さすがにストックも使い切れない程になってしまったので、明日にでもあの店へ行って店売りして良いことを告げようと思った。
そして夕食を終え、晩酌中にはエドモンドから正式にジュリアと婚姻をという話も出てきた。
もちろん俺はそれに対して反論は無い。
ジュリアも嬉しそうに了承してくれた。
「それでは、今後ともよろしくお願いいたします、御義父様、御義母様」
「ああ、なんかそれはやめてほしいかな?今まで通りエドモンドさんとでも呼んでほしい。なんならエドさんでも良いぞ?」
「そうね。それなら私もリアさんって呼んでほしいわ?」
エドモンドが気まずそうにそう言うと、それに便乗するようにテチーリアが頬に手をあて照れ臭そうに愛称で呼ぶようにとお願いを口にする。
その仕草にちょっとときめいた。
「分かりました。エドさん、リ、リアさん」
2人は喜んでいる様だが、ジュリアは複雑な表情をしていた。
さすがに嫁の母親は恋愛対象にはならないからね?
数百年程の長い年月を生きてきた俺も、こういった事は初めての経験だったので、今後も戸惑うことも多いだろうと思う。
それでも、ジュリアと、そしてこの家族となら楽しく過ごしていけるだろうと感じている。
それにしてもだ。
プロポーズは本当は俺の方からすべきだっただろうなと反省する。
端からジュリアを生涯ただ一人の人と思っていた俺だが、結婚の話まではあまり深く考えていなかった。
「近いうちにちゃんとした指輪作って、改めてプロポーズするから」
食事を終えて部屋に戻るとジュリアにこそっと伝えた。
ジュリアのはにかむ笑顔にドキリとした。
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