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[完結]世界で唯一の精霊憑きの青年は、自由気ままに放浪する  作者: 安ころもっち
第二章

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92.冒険者クロ、突然の訪問者との対面


 突然現れた何者かの声に視線を向けた俺は、少し前に出会った少女が笑顔を向けている事に戸惑った。


「なぜ、キミがここにいる?」

 そうは言ったが、目の前にいる少女、あの名もなき村で盗賊から助けた親子の末娘、セレネは……分析(アナライズ)からはセレネと言う名前以外は読み取れなかった。


「お前は、何者だ?」

「ふふふ。お兄ちゃんひどいな。何者って、セレネだよ?お兄ちゃんの膝の上であんなに甘えてたのに……ほんと酷いよね……」

 俺は膨れ上がる魔力ではない何かに余裕もなく飛び退いた。


「で?どうするの、これ」

 セレネは動けずにいる魔王の襟首を、まるで猫でも拾い上げる様に掴んで引きずり前に出す。


 得体の知れないセレネという存在にうまく返事ができなかった。


「迷っているなら私が代わりに殺ってあげるね」

「ちょっとま……」

 俺の返事を待たずして、魔王は下から突き上げられた無数の黒い槍により穴だらけとなり、声も上げることなく塵となって消えた。


「お前……」

「いいね。良い顔を見せてくれる。そんな顔もできるんだね。お姉ちゃん益々気に入っちゃった!」

 顔を歪ませる俺とは反対に、声を弾ませるセレネ。


「我は、月の女神セレネ。クロ、我の物になりなさい。幸せにしてあげるわ」

 口調が変化したセレネが手を翳すと、俺の体はするすると引き寄せられ……


「お断りだ!」

 姿だけが少女なセレネが抱きつける距離へと引き寄せられてゆく俺は、その直前でドンと足を踏ん張りその誘いを拒絶した。


「なぜじゃ?我はお主に永遠の愛と、極上の快楽を与え続ける事ができるのじゃぞ?」

 顎に指をあて首を傾げるセレネは、見た目だけは少女の様でとても可愛らしかった。


「俺には、すでに心に決めた者がいるんでね。彼女は浮気を許さない嫉妬深い良い女なんだ。ありえないと分かっていても、今も俺の背中が彼女の嫉妬の刃で凍えそうに感じてるほどね」

 嘘ではなくさっきから背中には冷気を感じている。


 さすがに可笑しいだろ?

 そう思って振り返ると、スイが笑顔で両手を翳し氷の槍を何本も俺の背中に発射準備をしていた。


「いや待って?スイ、それはまずい。普通に死ぬから」

『大丈夫。クロが惑わされない様に準備してるだけ』

 笑顔でそう言うスイの傍には、精霊達が集まってこちらを見ていた。


「我は浮気などには寛容じゃぞ?お主の魅力は我も射止めるほどじゃからな。ほれ、こんなのはどうじゃ?」

 笑顔のセレネが指を鳴らすと、目の前には3人の女性が現れる。


「クロくん」

「クロさん」

「クロ、くん」

 目を虚ろにしてこちらに艶っぽい顔を向けるのは、セレネの姉の2人、そしてもう一人はそのママさんだ……成熟した大人の魅力に惑わされそうになるが、頭を振って冷静になる。。


「何の、真似だ……」

「我の能力と寛容さの一端を見せようと思うてな……このように、誰であれ好きに操ることもできる」

 目の前に現れた3人は俺にしなだれかかる様に手を伸ばしてくる。


「やめろ!」

 俺はその手をそっと押し戻すと、3人は悲しそうな表情でこちらを見ている。


「なるほどの。ではこれならどうじゃ?」

 その言葉と共に指を鳴らし、呼び出された3人が後ろに下がると、その前に新たに2人が追加された。


「お前っ!いい加減にしろよ!」

 目の前に現れたのはムスペルヘイムの宿で待っているはずのジュリアとカノンだった、


 2人も先ほどの3人と同じように虚ろな表情をしているが、俺を見て頬を染め口元はだらしなく開いていた。


「クロ、早く愛し合おう?」

「おにーちゃん。カノンと気持ちよくなろう?」

 俺は、腹の中に黒い靄がかかるのを感じ唇を強く噛む。


 こんな2人の姿は見たくない……そんな俺の希望を叶える様に2人は俺の目の前から消えてしまった。


「この精霊如きが!邪魔をするでない!」

 戸惑った俺だが、セレネは目を吊り上げ俺の背後に向けて怒りを向けている。


 その姿はいつの間にか黒髪の美女へと変わっていた。


 胸が豊かに育ち、黒髪が良く似合う勝気なお姉さん……

 今のその姿がセレネの本当の姿なのだろうか?いや、そもそも神の見た目になんの意味があるのか。

 そう思ってはいるが、目の前にいる自分の理想とも思える姿の美女から目が離せない。


「いだっ!」

 不意に尻に激痛が走り、危機感を感じ転がるようにして横に逃げる。


『クロ、死にたいの?』

 そう言うスイの方に目をやると、そこには目を瞑り体を丸めて宙に浮いているジュリアとカノンの姿があった。


「スイ、それに皆も、2人を守ってくれたのか?」

『うん。2人は無事。だけどクロ?そんなのに惑わされるなら……どうなっても知らないよ?』

 笑顔だが目元がピクピクしているスイの横で、他の精霊達も頷いている。


「いや待て。こんなの不可抗力だろ。痛みで少し冷静になれたのは正直助かった。ありがとう。だがな―――」

 俺はスイに必死の言い訳をしたが、それはセレネに遮られることになった。


「精霊如きが!邪魔立てするのなら一度消滅させても良いのじゃぞ?どうせまたすぐ生まれてくるのであろう?」

『クロは私の。そっちこそ邪魔!』

 リズが俺の前に立ち、珍しく怒りをぶつける様にセレネに文句を言っている。


「お前ら精霊如きに何ができる。それにお前らよりも我の方がクロを何倍も幸せにしてやれるのじゃ!主の幸せを願うなら黙って見守っておれ!」

 その言葉と共に赤く光るセレネの両目に、俺の意識が引き込まれてゆく。


「俺は、くっ、体が勝手に……」

 先ほどよりさらに強く引きずる様な足を必死に抵抗するが、少しづつ前へと、嬉しそうなセレネの方へと近づいてゆく。


 横目で背後を見るだ、スイが待機させていた無数の氷の槍を俺に飛ばしている。

 軽く悲鳴を上げるが、それらは俺に突き刺さる前に飛散して消えた。

 これが女神の力……もう抗えないのか……ならばいっそここで俺も死んでしまいたい。


 俺はもう十分長く生きただろ?

 最近はジュリアと結ばれ、本当の幸せを満喫できた。


 もう悔いはない……

 俺は、自分の命を諦めた。


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