90.冒険者クロ、魔王との戦い
精霊達は傍観の構えを見せる様だ。
諦めた俺は魔王に声をかける。
「しゃーないな。魔王、どうやらサシでの勝負になるようだ」
「そのようだな。直接力を振るうのは些か予の美学に反するが……今はお主に対抗する手駒はおらんし、仕方あるまいな」
面倒そうに立ち上がろうとした魔王だったが、突然その前に膝をつく姿勢で女が現れた事により、小さく息を漏らし座り直していた。
それなりに高い能力値の女の出現に警戒を強め身構える。
「エリーニュス、今回は来なくて良いと予は言ったはずだが?」
「申し訳ございません。しかし、魔王様のお手を煩わせてはと思い参上致しました……が」
そう言いながらこちらを振り向く金髪の美女。
長い髪を逆立て怒りの表情を浮かべ、そして悔しそうに顔を歪ませた。
「申し訳ありません……数百年ぶりに分体を集め元の姿に戻っておりますが、それでも私では……」
さっきからエリーニュスと呼ばれた女の話す内容が理解不能だ。
「そのようだな」
魔王はなぜか嬉しそうにそう言ってエリーニュスの頬を撫でる。
途端にゆらゆらと溢れる魔力により逆立っていた金髪も落ち着き、頬にあてられた魔王の手に手を重ねるエリーニュス。
「万が一にも魔王様の御身に何かあれば、もちろんあり得ぬことは分かっておりますが、せめて我が身をお役立て下さい!」
「良かろう……その血肉、魂までも予の糧としてくれる。今までご苦労だったな、エリーニュス」
魔王の労いを含んだ言葉と合わせ頭を下げるエリーニュス。
魔王の手が頬から頭の上へと移動し大きな魔力の流れと共にエリーニュスから生気が消え、黒い光の粒が吸い込まれるようにその手に集まってゆく。
そして、エリーニュスの体は消えさった。
「さて、準備は良いかな?」
「本当に好き勝手やってくてれるな。理解不能、わけわかめだよ。だがもういいや、始めようか?魔王!」
分析された魔王の能力値が大きく上がっているのを確認した俺は、もう一度気合を入れなおし、手に握る愛刀に魔力を注ぎ込んだ。
「<弱化>」
「<反射>。うっとおしいな」
弱化が返ってきたので自らの魔力で打ち消した。
「上手く行かないな。<風の壁>」
不満を口にしながら風の壁で一気に距離を詰め、余裕のある顔で佇む魔王に向かい、両手で愛刀を叩きつける。
「<業火の槍>!乱れ打ち!」
合わせてを業火の槍を乱射するが、魔王の体から生み出された黒い魔力により炎が打ち消されてゆく。
咄嗟に風の壁で自分を背後に飛ばし距離を取る。
次の瞬間、魔王の口が動き、何かを呟いた魔王を見た俺は、下から突き上げられるように出現した4本の棘により手足を拘束された。
「ぐあぁぁぁ!!!」
棘により俺の手足が強く締め付けられ、突き刺さる無数のトゲの痛みに悲鳴を上げる。
苦痛に呻く俺を魔王は顎に手をあて満足そうに眺めている。
「なぜ、それ程の力を持ち今まで大人しくしていた!」
苦し紛れに魔王に問いを投げかける。
「予は、今までも何度もこうして退屈を紛らわせているのだ」
「退屈凌ぎ、だとでも言うのか?」
「そうだが?」
魔王はいまさら何を言っている?とでも言う様に首を傾げている。
「お主もそうだろう?」
「何がだよ!」
「今回のこと、永遠の命を持つ者として日々の苦痛を和らげる為の、刺激を求めたただの余興である」
「お前……」
平然とそんなことを言う魔王に、多少なりとも共感しそうになる部分もあるが、その退屈を埋める手段は他にいくらでもあるだろうに。
苛立ちから拘束されている拳を強く握りしめる。
手足から血が滴り落ち流れる感触に顔を歪ませる。
「お主がこの世界にやってきてどれ程が経つ?」
「……300年は経っていない……と思う」
俺は魔王の言葉の意図を考えながらそう返すと、魔王は少し寂しそうに「そうか」と答えていた。
流石にそろそろ妖精達にも助力を願いたいな?
そう思ってチラリと部屋の隅に視線を送るが、スイがこちらを嬉しそうに見ているだけで他の6人は思い思いに寛いでいるようだ。
スイは俺にサムズアップでニッコリ笑顔を見せた後、再び他の精霊達の輪に加わっていた。
「なんだってんだ……」
精霊達のその様子に思わずボヤく。
「そうじゃな。説明してやろう」
俺のボヤキに反応する様に思い出話を始めた魔王。
「予は、もう何度もこの世界を壊しておる。前回この世界を壊したのは500年ほど前だろうか?」
その口ぶりでは嘘ではない様だ。
その定期的に行われる厄災の様なイベントが、俺がこの世界に来てからは初めて行われる。
つまりはそう言うことなのだろう。
「もちろんこの世に生を受けた直後は、恭しくも国を治めて発展させようと動いてみたこともある。
だが、人族を中心にしたこの世界は何不自由のない生活に満足はせず、必ず世界を手中に収めようと戦争を始めてしまうのだ」
「それが、なんだってんだ」
今度は正しく魔王に対しての言葉として疑問を投げかける。
「予は自らも世界を収めようと動いてみたこともあるのだよ?」
「それは、満足の結果にはならなかったと?」
「ああそうだな。予を世界の王として繁栄を極めたこの世界は……新たに現れた聖女という存在により徐々に先導され、真っ二つに別れ戦争を開始し、そして多大な犠牲と共に人類は衰退した。アホゥであろ?」
懐かしそうにそう話す魔王に、俺は何も言えなかった。
「人類を滅ぼそうとしたこともあったな。獣人族や魔族を率いて人族を狩り、予が二度三度と世界の王となった。だが人族の数が減れば必ず繁栄した種族から自我を主張し、王とならんとする者が現れる。
結局は人族も、その他の種族でも、平和ともなれば必ず新たな厄介事が生み出される。まるで……がん細胞の様に増殖するのだ」
「がん細胞って……お前、転生者ののか?」
魔王はにやりと笑う。
「この世界はそういう風にできているのだと理解した。……だから予は、経過を見守り繁栄を極めた頃、この世界を壊してはまた見守るという気の長いゲームを始めたのだ。中々愉快なものであろ?」
魔王は話は終わりだとでも言うの掌に魔力を貯めこみ、新たな呪文を口ずさむ。
咄嗟に業火を暴発させ、手足に巻き付く棘を燃やす。
手足の熱に呻きながらもさらに業火の出力を上げ、棘と一緒に城の天井を焼失させる。
自由となった体を奮い立たせ、視界を遮る様にして岩の壁を発動する。
開けた空に風の壁で素早く飛び出した。
「くっ……<治癒>……<治癒>、うう、この世界にあんなのがいるなんてな……だが、能力的には勝てそうなのに、これが経験の差か?一体どれ程の長い年月この世界に縛られているんだ?」
未来の自分を見ているような感覚に陥り、頭を振る。
「俺はあんなのにはならない!本当い退屈が苦痛だと感じたときは潔く死んでやる!」
「予も、そう思うた時もあったのだぞ?」
叫んだお俺の背後から魔王の声が聞こえ、慌てて急降下で地面へと落ちる様に着地する。
焦りながら着地の勢いを殺す様に地面を転がる俺を、魔王は見下ろしゆっくりと降りてきた。
初めて見る真っ白な城の外壁に、"魔王の居城には似合わないな"と感じながら深呼吸を繰り返えしていた。
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