87.冒険者クロ、痛いのは嫌なんだけど
治癒をかけ呼吸を整える。
風の壁で一気に上空まで飛び上がる。
「どうせ痛いなら……これで終わりにしてほしーんだよな!」
胸を一度叩き気合を入れる。
「<超重力>……うぐっ……から、の……<風の壁>」
俺自身にも重力を付与して、風の壁でさらに加速する。
体がちぎれるほどの圧を受け、俺はそのまま拳を強く握り歯を食いしばる。
そして……
握りしめた深闇之謀殺から繰り出された俺の渾身の一撃により、結界には大穴が空いた。
バキバキと結界が砕ける散る音を聞きながら、丁度真下にいた精霊の1人を、どの精霊かも分からないまま体を預けるようにして殴りつけた。
俺は地面に打ち付けられ一回転、二回転……
只々全身の痛みに藻掻きながら何度も治癒と叫び続けた。
遠くの方からは歓声が聞こえる。
体の痛みが少し引き、少し朦朧としてきた意識をなんとか保ちながら、状況を確認しようと仰向けとなる。
俺の目の前には、頭から血を流し未だに恨めしそうに睨んでいる真っ赤な頭の精霊の顔が見え息を詰まらせた。
ふわふわとこちらに近づいてくる。
さすがに死ぬな。
そう思いながらも近づいてくる火の精霊を眺める。
その右腕に巻かれていた鎖の様な魔道具、その鎖は魔道具本体に繋がっているようだ。
それは、その腕をボーとした表情で見つめ、「すまん……」そう一言呟き目を瞑る。
「<断裂>」
懺悔の気持ちを籠めながら発した魔法と共に目を開けた俺は、精霊の右腕が切断されて飛ぶ光景を眺め、また顔を歪ませた。
『死ねばまた生まれる』
以前スイが操られていた時にリズから聞いた言葉だ。
精霊は死んでもまた生まれてくる。
そうは思っていても気持ちの良いものでは無い。
新たに生まれてきた精霊は、過去の意識を引き継ぐのだろうか?
だが、そんな事よりも、これで終わらなければ俺はどのみち死ぬだろう。
そう思いながら火の精霊を眺めていたが、火の精霊はゆっくりと真顔へと表情を変えた。
切断したはずの手も、血にまみれた顔も、溢れ出た魔力に包まれると何事もなかったかのように修復されてゆく。
そしてくるりと背を向けた火の精霊は、他の精霊達に手のひらを向け、炎の矢を叩き込んでいた。
辺りには攻撃された精霊達の者と思われる不安や狂気を覚える奇声が響く。
俺も何故か恐怖を感じ一瞬泣きそうにもなるが、それらはその奇声が止むのと同時に収まった。
その時俺が思ったのは、精霊こえーだった。
火の精霊の行動を見る限りこれでこの魔道兵器の機能も止まるだろう。
後は束縛から逃れた精霊達がどうするかだ。
穏便に済めば良いけど……
俺の予想通り精霊達は無事解放されたようで今はボーっとした表情でふよふよ浮いている。
俺はまだ動く気力が無くて寝そべっている。
聖教国の兵達はすでに逃げ出しているようだ。
集まっていた応援団はこちらを伺っている様だ。
ジュリアがこちらに走ってきているのが見えた。
「クロ!無事か!」
俺に飛びついてくるジュリアの衝撃に全身が痛む。
だがそれ以上にジュリアの温もりに安堵する。
スイが俺に治癒を掛けている様で少しづつ痛みが引いている感覚が心地よかった。
他の精霊達の方に目を向けると、ぼーっとした表情の5人の精霊達はリズにより一か所に集められているようだ。
その後、俺達の様子に安心したのか冒険者達がこちらにやってきた。
兵士達も遅れて集まってきている。
口々にありがとうやら凄かったやら言ってくるが、俺の方こそ助かった、と声を掛けるとギルマスのメローニが「それなら良かった」と笑っていた。
「あれは、精霊なのか?」
メローニが俺の横で膝をつくと小声で聞いてくる。
「そうだ。とりあえずは俺の精霊、リズが話をしてるから、多分だが刺激しなければ大丈夫だ」
「多分かよ……」
「暫くしたら他の奴らには見えないようになるだろ……今は非常事態だ。周りの者達にも分かりやすいようにリズも可視化してるからな。普段は姿を消してるよ」
「そう、なんだな」
俺の言葉を聞き、少し安堵した表情を見せたメローニは立ち上がり、冒険者達に荷台の者達を保護するように周りの者達に指示を出していた。
「だが、凄い戦いだったな……」
「ああ。死んだと思った」
「だろうな。見ていられなかったぜ」
「だが、本当に助かったよ。バフやデバフが無ければ終わってたよ」
「バフやデバフ?」
「ああ、身体強化とか弱化のことな」
「良く分からんが、役にたったのなら本当に良かった……これで俺も王都にデカイ顔をできそうだ」
そう言ってニッと笑うメローニに、「陛下にはちゃんと伝えといてやるよ」と伝えると、嬉しそうに大声で笑い出した。
それから暫くして、ジュリアの胸に埋まり気力を回復させた俺はやっと起き上がる。
それに気付いたリズがふわふわと精霊達を引き連れてやってくる。
『おつかれ』
「おう。で、精霊さん達は納得してくれたか?」
『とうぜん』
「それは良かった」
どうやらこのままお帰り頂けるようで安堵する。
これで後は聖教国の輩をぶっ飛ばしに行ける。
そう思っていた矢先、俺の目の前には5人の精霊達。
『よろしく』
『ありがとう』
『ということで』
『助かる』
『お願いしまーす』
良くわからないが小さな手を伸ばされたので、思わずその重なる手を取ってしまった。
「あっ、やべっ!」
気付いた時には遅かった。
全身から魔力が吸い取られる感覚に襲われ身悶えする。
「うえっ、ちょっと待って、うぶっ……お……お前ら!」
怒りに任せ怒鳴りたいのだが、体に力が入らない。
長く続く何とも言えない不快感に寝ころびながら膝を抱える。
「うー、おー」
声をあげ自分を誤魔化しなんとか乗り切ろうと地面を右に左にと転がってみる。
その不快感が終わったのは2~3分程後だろうか?
全身に汗を掻き、ゼーハーして息を整える。
仰向けで空を眺めていると、白く長い髪とドレスの精霊がこちらを笑顔で見る。
『よろしく』
そう言ってこちらに向けてきた手から光が走り、俺の体から疲労や痛みがスッと消えた。
目の前でにっこりと笑う光の精霊にお礼を言う。
俺はようやく覚悟を決め胡坐をかき、5人の精霊達に名付けする為に頭をフル回転させた。
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