84.冒険者クロ、戦争の火種に巻き込まれ
助け出した5人と共に街へと戻る。
商人夫婦はレンツィ商会という小規模な商会の商会長ロターリオとモアナ、娘は上からリターナにレナータ、そしてセレネというらしい。
5人はムスペルヘイムからの品々を聖教国との国境の地で納品し、ムスペルヘイムへ戻るところで被害に遭ったそうだ。
幸い5人の乗っていた商会の荷馬車も残っていたのでそれに乗って移動する。
御者は商会長ロターリオが務めている。
もちろん盗賊達が貯めこんだと思われる品々も無限収納へしっかりと収納してある。
商会の荷物についても少なからずあったので、戻ったら荷馬車に戻しておくと伝えておいた。
馬車内ではジュリアの反対側に座ったリターナが頻りに体を寄せてちょっかいを掛けてくる。
レナータは幼い顔を赤らめ、おにーちゃんと笑顔を向け、冒険の話を聞きたいとせがんでくる。
キアラは俺の膝に座り、足をバタバタさせて話を聞いている。
母モアナは3人の様子を笑顔で見ていたが、父ロターリオは御者席から複雑な表情で見ていた。
そして俺の尻はジュリアにより定期的に抓られているが、不可抗力というのは理解頂けている様で、若干弱めの攻撃であった。
どうにか捥げずに帰りつけるようだ。
夜営を一日挟み街へと到着すると5人と別れ、冒険者ギルドへと報告へ向かう。
別れ際、長女リターナが自分のであろう通信カードの番号が書かれたメモを手渡そうとしたが、ジュリアからのプレッシャーに負けそれをひっこめシュンとしていた。
そんなリターナの頭にポンと手を置き「またな」と伝え、どうにか笑顔で別れることができた。
ギルドに入るとすぐにヴィルジニャが駆け寄り、メローニの元へ案内される。
「無事帰ってきたか」
「ああ。なんとか最小限の被害に収めることができたぞ」
面倒だと思いながらもメローニに経緯を話す。
カルメラが捕まっていたことに対しては冷や汗を流し青い顔をしていた。
聖教国の公爵令嬢であるカルメラに何かあれば国際問題に成りえるとのこと。
それでも何事もなく終わったことに安堵したメローニが、約束の報酬だ、と白金貨が入った袋を取り出し手渡される。
正直ギルドの口座には使い切れない金があるが、正当な報酬でもあるし金はいくらあっても良いのだ、と素直に受け取った。
無限収納にホイっと放り込む俺を見て、メローニが呆れていた。
「白金貨だぞ?もっと何かこう、あるだろ?」
「そうか?」
正直白金貨程度でビクビクするほど子供ではない。
メローニに挨拶をして戻ると、待ち構えていたヴィルジニャが俺に抱きついてくる。
「クロ様ぁ、依頼お疲れ様ですぅ。良ければお疲れ会でもしませんかぁ?そして私に美味しいごはん、おごってくれませんかぁ?」
猫なで声とはこのことか。
そう思っていたら、突然ニャギャ!と鳴くヴィルジニャから距離を取る。
ヴィルジニャのしっぽをガッチリと握っているジュリアからは冷たい空気が感じられた。
こうなるのが分かっていただろうに……ヴィルジニャはいつになったら覚えるのだろう?
俺は痛む尻をさすりながらそう思った。
1日ぶりで宿へと帰った俺は、待ち構えていたカノンを撫でる。
カノンは俺に撫でられた後、すぐにジュリアの腰に抱きつき、一緒に浴室へと消えていった。
俺もさっぱりしたかったのに……
仕方なく浄化で汚れを落とし着替えを済ませるとベッドに大の字になって寝転んだ。
暫く浴室から漏れ聞こえてくるジュリアとカノンの仲の良いイチャつきをBGMに微睡み、いつのまにか眠りについていた。
それから暫くは平穏な日々を過ごしていた。
精霊石の在庫はいくらあっても良いなと思いながら迷宮に籠っている。
だが3日周期の九頭火竜討伐も正直飽きてきた。
そろそろ別の場にと思っていた矢先の朝、またも冒険者ギルドからの伝言が宿に届いていた。
「今度はなんだ?」
そう言う俺に、今回の面倒事を話始めたメローニの目の下には隈ができていた。
昨夕、聖教国の教王、ティフォン・エヴァンジェリスタ・ヴァナヘイムから王都の国王陛下に伝言があったそうだ。
――― 人類の救済
教王から『この間違った世界から人々の開放を』という言葉と共に、まずは王国を全て無に帰すという宣戦布告がなされたそうだ。
すでに王都まで聖教国の軍勢が進軍を開始しているということも言っていたそうで、このムスペルヘイムもその進路に入っているそうだ。
面倒だ。
俺は国同士の戦争には加担しないことを決めている。
「そう言う事情なら俺は力は貸せない」
やんわりとメローニに伝えるが、メローニは必死に食い下がってきた。
なんでも国境付近からの連絡で、聖教国側からは巨大な兵器と共に進軍をしているようで、すでに国境の壁は消滅したとの報告を受けた後、国境との連絡が途絶えたそうだ。
近くの村に滞在している兵士からは、進軍する軍勢の先頭を進む強力な兵器により、森の木々がなぎ倒され更地へと変えられているそうだ。
とてもじゃないが王国の兵や冒険者が束になっても敵いそうにないという報告を受けている様だ。
さらには、その兵器から命からがら逃げてきたという商人達の情報では、その兵器には磔られた幼子達の姿があったとも言っているらしい。
儀式的な何かを使った魔道兵器なのだろうと予想している様だ。
――― 磔られた幼い子供達
俺は大きくため息をついた。
脳裏にはあの精霊を磔にした魔道兵器が思い出された。
「子供が磔にされているってのは確かなのか?」
「ああ。本当なら悪趣味にも程があるが、どうやら間違いないと複数の商人がそう言っているらしい……何の為なのかも分からん。宗教狂いの奴らの考えは理解できんが、もしかしたら呪術的な何かがあるかもしれん」
メローニも頭を抱えてそう言うが、一晩経った今でもその程度の情報しかないらしい。
十中八九、磔にされているのは精霊だろう。
それを知ってる俺からしたら、普通の者達では太刀打ちできないだろうなと深くため息をついた。
教王の目的が本当に世界を無に帰そうとしているなら、俺の平穏の為にも早いとこ何とかするしかないだろう。
「しゃーないな。俺も平穏な生活を送りたいし、特別だぞ」
「ああ!助かる!」
俺は再びため息をついて宿へと戻った。
カノンにもそのことを伝えると、作り置きしたスープなどをバッグから取り出し手渡してくれた。
無限収納にありがたく収納すると、待っててくれなと伝え頭を撫でる。
その後、数十分……カノンは涙ぐみながらジュリアとの暫しの別れを惜しんでいた。
俺は、美味しいスープを味わっていた。
そんなカノンに送り出され、再び北へと飛んで行く俺とジュリア。
少し前に殲滅した盗賊達の拠点であった村より少し北の位置まで飛んできた俺達はそれを確認する。
馬にまたがり重厚な鎧を装着した聖教国の兵と思われる軍勢と、その少し前をゆっくりと移動しているあの魔道兵器をさらに巨大にしたそれを見て、胸に渦巻く黒い衝動を抑える事に必死であった。
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