71.冒険者クロ、勇者リッカルドに勧誘される
目の前の勇者リッカルドは笑顔で俺に話しかけてくる。
手に持つ剣にぐいぐい力を籠めながら。
「お前、何がそんなに楽しそうなんだ?」
「そりゃ、お前が日本人ならアニメの話とかできるだろ?それともお前、アニメとか漫画とか読まない人?」
「漫画とか好きだけど、少なくともお前の様にいきなり剣を向けてくる輩とは仲良くしたくないんだけど?」
「えっ、だってお前、強いだろ?鑑定はじかれたし」
鑑定って、勇者は魔法の体系が違うのか?特に魔法名を発しても居なかったようだし……
俺はもう一度注意深く分析を通してリッカルドを見る。
そこには普通の人にはありえないスキルという欄に、鑑定に始まり超回復や転移、肉体強化に獄炎などの各種攻撃魔法が表示されていた。
これは無詠唱で勝手に発動するってことなのか?
俺は他の人にはない分析結果に戸惑っていた。
さらに称号の欄には俺と同じ『無限の魔力』だけでなく、『魔道の理』と『女神の祝福』と言う称号まであった。
さすが勇者、大盤振る舞いだな。そう思った。
リッカルドは俺を上から下に舐めるように見た後、背後にいるジュリアにも視線を送っているようだ。
笑みを浮かべた後で舌なめずりをしたリッカルドに苛立ちを感じた。
「お前!いい加減にしろよ!」
「煩い!とにかく、いずれこの世界を支配する俺様についてきたら、お前もそこの女よりもっと良い女を侍らせて良い暮らしができるってことだ!いいだろ?一緒に来いよ?」
「お断りだ!」
俺は背後から冷気を感じ即座に拒否してリッカルドを横から蹴り飛ばそうとしたが、リッカルドが目の前から消え、少し離れた場所で不機嫌そうに地団太を踏む姿が確認できた。
「転移も無詠唱かよ……」
ステータス的には大したことはないが、無詠唱でスキルを連発されるとやっかいだ。
それに性格が悪い。
見た目通りのガキじゃねーか。
「もういい!今日のところは祭りを楽しむ気分じゃなくなった!俺はリッカルド!次に会ったらまた誘うから、考えておいてくれよな!あ、そうそう。お前、名前なんてーの?」
「お前に名乗る名前なんかねーよ!」
「いいじゃんか!教えろよ!」
「煩いやつだ!教えねーって言っただろ!」
リッカルドは俺の返答に顔をゆがめ、舌打ちを残して目の前から消えてしまった。
「あの野郎……」
俺はリッカルドがいなくなった場所を見つめながら厄介事が増えたとため息をついた。
「なあクロ、今のはなんだ?」
「あ、ああ。どうやら俺と同じところの記憶を持つ、噂の勇者様のようだ」
「ああ、なるほど。だからお前を勧誘してたんだな」
「そうだ。だが絶対に誘いには乗らないからな!俺は、ジュリアさえ傍にいればそれだけで幸せなんだ!」
俺は誤解を与えないようにジュリアの手を両手でつつみ、思ったことを口にした。
ジュリアは少し照れながら「おお」と頷いてくれた。
これで尻の痛みが増えることも無いだろう。
「じゃあ、祭りを楽しもうか!」
「楽しもう!」
こうして俺は初めての勇者との遭遇を忘れるようにして露店での買い食いを堪能した。
その後、祭りは小さな揉め事はあったようだ特に大きな問題もなく、楽しい数日間を過ごしたのだった。
◆◇◆◇◆
俺は黒髪の男との出会いの後、城へと転移して戻ってきた。
幸い無限収納には祭りの戦利品がいくつか収納されているので、後でゆっくりと味わおうと思っていた。
「おい、行くぞ」
俺は1人となってしまった側近をベッドに誘う。
迷宮の深部に籠るようになってから、俺の能力値は面白いように伸びだした。
力が5000を超えたのが数週間前。
すると、側近2人が両手を合わせたと思ったら一人になってしまった。
戸惑う俺に私達は分体だからと教えてくれた。
各地に姿かたちを変えた同じような者が数十体いるのだとか……各地で情報取集に情報操作、各国の首脳陣の先導を行っているのだとか。
2人が合わさったことでその能力も倍となり、各能力値が1万前後になっている。
「なあ、全部合わせると能力値はどのぐらいになるんだ?」
「数百年は戻ってませんし、それぞれの環境で強さがことなりますので正確にはわかりませんが、恐らく20万程度でしょうか?」
俺の喉がごくりと鳴った。
「じゃ、じゃあ、魔王様はそれ以上の力を持つと思っていいんだよな?」
「当然です。私など、足元にも及ばないほどに……」
俺は、やはり一生魔王の飼い犬なのだと思い知らされ、それを忘れるように目の前の自分より強者の女をむさぼった。
そんなこともあったが今は違う。
俺よりはるかに強い同郷の男が見つかった。
あいつと一緒なら、もしかしたら魔王も倒せるかもしれない。
そう思ったら自然とあいつを仲間に誘っていた。
残念ながら拒否されてしまったが、俺がもっと強く成ればあいつも納得するだろう。
ついでに街でナンパした良い女を何人か引き連れてあいつにくれてやれば……
あいつと二人でかかれば魔王だって倒せるはずだ。
そう言えば隣にいた女も強く、そして良い女だったな。
今度あったら貸してくれないか聞いてみよう。
俺はさらに強くなり再びあの二人に会うことを楽しみにして、目の前の女を抱いた。
いずれ魔王も倒し、本当の意味でこの世界を手に入れることを思い描きながら……
それから数日後、俺は魔王様に呼ばれ新たな任務を命じられることになる。
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