70.冒険者クロ、勇者の痕跡に呆然とする
「な、な、何なのですかー!」
馬車は2時間程で何事もなくポースタラッタへと到着し、街の入り口では門を守る兵達が領主御令嬢のソフィアに気付き、ご領主様がお待ちしてるとのことが告げられた。
そして、子爵様がお待ちだという海岸へ到着してソフィアが放った一言が先ほどのものである。
ソフィアが取り乱すのは当然であろう。
観光の目玉とも言うべき白い砂浜には、魚人族と思われる鱗のある輩達の無残な亡骸が飛び散っており、その浜を真っ赤に染め、さらには周りに生えていた木々は叩きおられたようになっており、浜もぐちゃぐちゃに抉られていた。
「黒髪の男が勇者だと名乗って『ばん〇い』とか『げつがて〇しょう』とか叫んで、魚人達にものすごい斬撃飛ばしはじめ……気付けばあんな無残な姿になってしまいました。
恐らく噂の聖教国の勇者様なのでしょうが、これはこれで祭りができなくなってしまいました……ご領主様もあちらで対策を考えて、はまだおられないようですね……」
祭りの担当者が説明をしてくれたが、その担当者が指し示した先には30代ぐらいの男性が膝をついて呆然と浜を眺めているのが見えた。
だが黒髪勇者でげつ〇てんしょうって、召喚者かな?いや絶対召喚者だろ。
そうか、力を有り余した勘違い勇者ってテンプレか……迷惑な奴だ。
恐らく同郷の者が起こした参事だ。
「リズ、スイ、頼む」
両手に特大の魔力球を出して頬り投げた。
『うひょー!わかっうま!』
『水関係はお任せですよぉー』
魔力球をかじりながら浜の方へ飛んで行く2匹の精霊。
俺とジュリアも浜へ下りると、まずは荒れた浜を土魔法で整備する。
その間にスイの周りを海水が汚れた白い砂を巻き込み、ぐるぐるしたと思ったらキラキラと浄化され元の場所へと戻って行った。
リズは光を放ちながら浜を飛び廻ると、その後を追うようぬ折れた木々がみるみる再生していった。
魚人族達の亡骸を業火で消滅させつつも1時間程で粗方綺麗になった白浜。
そもそもの完成形がわからないので呆然と見ていたソフィア達の元へ行き確認すると、元より綺麗に整備されたと言って微妙な顔をされてしまった。
綺麗になったのなら素直に喜んでくれれば良いのに。
やや遅れて周りからは歓声があがっていた。
俺とジュリアへ感謝の声が投げかけられている。
周りにはリズもスイも見えないので、俺達2人であっという間に整備したように見えたのだろう。
ジュリアが2人に「お疲れ様です!」と言って魔力球を与えていた。
2人は奇声を上げながらそれを受け取ると消えていった。
「き、君達はいったい何者なんだね!」
やっと混乱から復活したソフィアの父、領主の子爵様が声をかけてきた。
「冒険者のクロ様とジュリア様ですわ!」
少し得意気に俺達を紹介するソフィアに続いて自己紹介をする俺とジュリア。
「そ、そうか!素晴らしい魔法であった!まずは屋敷に来て頂けるかな?礼をさせてほしい!」
そう言われあまり気は進まなかったが屋敷へと移動した。
移動中も周りから声を掛けられ、屋台からはドリンクなどが差し出されては無限収納へ納めていった。
その事にも子爵様は驚かれたようだ。
歩き出してすぐ、ソフィアの兄達三人も合流し砂漠の街ムスベルヘイムを訪問した長男から勇者の話を聞いた。
勇者は聖教国で生まれ、いち早く教王に召し抱えられ、王国でも北方の街では彼方此方と人助けをしているようだが、そのやり方がやや粗雑で、今回のようなトラブルも何度か起こしているようだ。
だが一応は問題の根源を消し去ってくれていることもあり、あまり強く抗議はできていないようだった。
勇者はどうやら召喚や転移ではなく転生者のようだ。
それにしても迷惑な奴だ。
そう思ったが取り合えず祭りはできそうだし、面倒な話は忘れて楽しもうと思っていた。
少なくともその時は……
◆◇◆◇◆
子爵家に御厄介になって2週間。
のんびりと湾外の海岸にある迷宮をゆるーく楽しみつつ遂に祭りの日がやってきた。
急ピッチで準備を終え、街も人でごった返している。
浜に限らず彼方此方で水着のお姉さん達もウロウロして露店で美味しい食事を堪能しているようで、俺も目線に気を付けないと尻が怪我してしまう程であった。
そして祭り開催の朝、開会式に参加するソフィアを含む子爵家御一行と共に浜辺へ下り、少し時間が経ったタイミングでこの世界へ来てから初めて勇者と遭遇することになった。
「お前!強いな!」
屋台を物色していた最中に声を掛けられる振り返る。
脳内マップにはチラホラと赤マークもあったが、その中の一つがその声をかけてきた黒髪の青年であった。
「お前、誰?鑑定できない奴、王以外で初めて見た!それにジュリアって女!すげー強いじゃねーか!」
その声の主を自動で展開された分析で覗くと、リッカルド・コッポラという名と、職業という見慣れない欄に勇者という表記を見つけることができた。
各能力値は一万行かない程度だが、ジュリアに少し劣る程度だろう。
ジュリアはこう見えても精霊の加護を貰ってからかなりパワーアップしたしな。
そんなことをのんびり考える。
「お前が迷惑な勇者か?」
「は?誰が迷惑だって?いいか?この祭りが開催できたのも、俺様が魚人野郎を成敗したからじゃねーか!知らねーのか?」
「それが迷惑だって言ったの」
呆れながら溜息と共に勇者に返答する。
「あ"?」
勇者は真っ白な鞘から剣を抜き俺に切りかかってきた。
「いきなり切りつけるとはどんな蛮族だよ」
「くっ!放せよ!」
俺はその刃先を素手で掴み止めていた。
「俺は同郷だからって人殺しに容赦はしないからな!」
「え、同郷で、お前も転生者か!日本人、なんだな!そうか!お前、強いんだな!一緒に世界を支配しないか?なあ、なあって!」
笑顔でそう言うリッカルドをどのように扱おうか思案してしまった。




