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[完結]世界で唯一の精霊憑きの青年は、自由気ままに放浪する  作者: 安ころもっち
第一章

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52.冒険者クロ、酒造地で契約をする


 ジュリアがカーラを背負って走ること10分程。

 小さな山の麓の鬼人族の集落と思われる囲いに守られた場所へと到着する。


「死ぬかと思った……」

 ジュリアから降ろされたカーラは体を震わせながら布団を俺に手渡した。


 布団はジュリアに背負われた時、鎧が痛いと言って俺に出させたものだ。

 ジュリアの全速力に悲鳴を上げていたカーラだが、今は深呼吸をして呼吸を整えている。

 


 今更だがジュリアは普段着で良いと言ったのにフル装備だ。

 新装備を相当気に入った様で、昨夜はそのまま寝たいとも言ったぐらいだ。


 もちろん色々支障が出るので脱いだが。むしろ何も着ずに寝ることになったが。


「ここがそうか?」

「はい。ここが鬼人族の村です」

 そう言ってカーラは入り口と思われる場所へと歩きだし、そこに立っていた警備と思われる鬼人族の1人に声をかける。


「あー、聞いてます聞いてます。どうぞ中へ。カーラさん?って言いましたっけ。タダキさんのところ分かります?なんなら案内しますけど?」

「大丈夫ー。あれっしょ?蔵行けばいいっしょ?」

「あ、はい。蔵に行けば皆いますし何とかなります」

「はーい」

 そしてまた歩きだしたカーラ。


 原始的な小屋の様な木造の家屋が並ぶ中、かなり大きな蔵……この建物だけ真っ白な壁に瓦と思われる屋根が付いている。


「蔵、だな」

「うん。ここが蔵。この中で酒を造ってるみたいよ?」

 もうすでにうっすらと酒の香りがしている。


 俺以外の転生者が絶対いるんだろうな。

 米とか味噌醤油がある時点である程度は分かってたけど、敢えて痕跡を探したりはしなかったけど、蔵だもんなー。酒造りも教えてたりしたんだろうな。


「クロ?どうした?」

「ん?ああ、何でもない」

 思わず立ちどまり蔵をじっくり眺めてしまった俺を、不思議そうな顔で見るジュリア。


 そんなことはお構いなしにカーラが蔵の入り口を開ける。

 中には鬼人族に交じって人族もいる様だが、どの職人もガッチリ体形の男達であった。


 だが良く見るとその男達に交じって女性が……思わずサラシに巻かれた胸に目がいくが……


「いたっ!」

 俺の右尻に激痛が走った。


「クロはもう、鎖に繋いでおくしかないのかな?」

「ジュリア?俺は別に変な視線を送っている訳ではないんだぞ?ただ、あー女性でもああやって酒造りをしてるんだなーって思っただけで……」

「ふーん」

 ジュリアの嫉妬に愛を感じる……気を付けよっと。


「クロ様、ですか?」

「あ、はい」

 気付けば目の前に筋肉隆々の鬼人族がやってきた。


 肌は焦げ茶色で額には立派な角が、そして自慢の筋肉を見せつける様に上裸だ。


「初めまして!今はここの酒造を任せてもらってる、鬼人族の長老代理、族長をしております。タダキと言います。長老はあまり外にでませんので、今後の交渉とかは全て私にお任せを。早速始めますか?それとも一度見学を?」

「話が早くて助かるよ。まずは話を聞きたいな」

 タダキという族長は上着を羽織りながら俺に深々と頭を下げた。


 エドモンドが全てお膳立てをしてくれたのだろう。

 即交渉の話ができるならありがたい。

 この村では長老が最高責任者らしいが、もっぱら族長が村を率いているそうだ。


「ではこちらへ。皆様もどうそこちらへお越しください。ヒラタ!ちょっと離れるから後は頼むな!」

 奥からヘーイと声が返ってくる。


 タダキにヒラタか……やっぱり転生者いるじゃん?


 その後、事務所に案内された俺達。

 渋い緑茶で持て成され商談がはじまった。




「じゃあそう言うことで……」

「はい!お任せください!」


 支配人タダキは良い笑顔で見送りをしてくれた。


 酒は俺が多額の金を先行投資して酒用の米の作付けを増やし、人員も増員して増産してもらうことになった。

 無限収納(インベントリ)に眠る白金貨を大量放出して、酒としては破格の金額を提示した為、タダキは良い笑顔を見せてくれた。。


 特に店に出さずに贈答用に使っているという良い酒を、俺に卸す為に可能な限り増産するのだという。

 大吟醸やら特級やらと言っていたが、とにかく旨い酒らしい。

 そしてこの世界に細々ながら広まっている味噌や醤油は、やはり鬼人族の祖先が作ったのが発祥らしい。


 この世界には米は元々あったそうで、それを数百年前に流れてきたタゴサクという男が一宿一飯の恩を返すといって指導されたのが始まりだったとか……

 タゴサクさんには感謝だな。


 タゴサクという男は、来た当時はそれなりの年齢であり、1晩のつもりが行く当ては無いというので結局そのまま村で生きる人生を選んだそうだ。

 30年程で最後は布団の上で"楽しい人生だった"と感謝を口にし、逝ってしまったと口伝で伝えられているらしい。


 タゴサクはその間に多数の名付けをして、今の日本人っぽい名前ばかりの村になったのもその為なのだろう。


 支配人のタダキはタダキが名前でタダキ・ソルヴィーノ、蔵で呼びかけたヒラタはヒラタ・ガッティと言うそうだ。

 もちろん族長だったグロッシの様に普通の名の者もいるが、酒造に関わる者は大抵日本人っぽい苗字を名前にしているらしい。


 ちなみに、俺に卸してくれる予定の特級の酒、『純米大吟醸・菊信玄』という名もタゴサクが命名したのだとか。


 菊信玄と一緒に、特に良くできた味噌と醤油についても、定期的に子爵邸に納品してもらうようにお願いし、お昼過ぎには村を後にした。

 本当は蔵の中も見たかったが、酒造についての知識の乏しい俺でも、衛生面で注意が必要だということも理解しているので遠慮しておいた。

 俺はただ旨い酒が飲めればそれで良いのだ。


 俺は街へと戻ると早々にカーラを酒場に放り出す。

 そして子爵邸に戻ると、土産にもらった酒などを厨房に預け、料理長に夕食に使ってもらうようにお願いした。


 その夜……

 皆が美味しい食事と酒に頬を緩ませる。


 周りも結構なペースで飲み進めべろんべろんになってしまった。

 俺以外は……

 とんでもなく旨いのだが、いくら飲んでも酔いが回ってこなければ旨さは半減であろう。

 そんな自分の体が憎い。


 そして酒宴の席を恨めしそうに見ていたはずの執事フィエロが、もはや意識が無いと思われるエドモンドに耳打ちをする。

 エドモンドは軽く手を上げ許可をしたようだ。


 フィエロは食堂を出るとやや暫く後、1人の少女を連れてきた。

 背は低いが簡素な赤いドレスから見える肩などが、やけに筋肉質な色黒少女がニッコリとこちらに向かって微笑んでいる。


「子爵家の皆様、夜分遅くに失礼いたします。鬼人族族長が娘、オオタ・ソルヴィーノと申します。よろしくお願いいたします」

 そう言ってスカートの裾をちょんと摘まんで片足を引くオオタ。


「ようこそー」

 一言呟きテーブルに突っ伏すエドモンド。


 どうやらエドモンドはもうダメらしい。

 そして、オオタは俺の前に移動すると……


「クロ様、ですね?」

「ああ、そうだ。よろしくな、オオタちゃん?」

「はい!オオタです!クロ様、今後も鬼人族をよろしくと御父様より仰せつかっております、ぜひ、私を貰って下さいませ!」

「は?」

 そう言って俺の膝に飛びついてきたオオタ。


 その背後にはゆらりと体を揺らしながら青い顔をしたジュリアが見えた。


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