38.冒険者クロ、暴徒が集う子爵邸に急行
エドモンドの連絡を受け、酒場から戻る俺とジュリア。
屋敷周辺までたどり着くと、そこには人が集り怒号が飛び交っていた。
鬼人族も何人かいるようだ。
ほとんどは人族か獣人族だったが、どうやらその数少ない鬼人族が扇動するように叫んでいる。
「<分析>、<千の鎖>」
俺は、鬼人族を餞別して鎖につなぎ動きを封じた。
藻掻いている鬼人族達をさらに強く締め付ける。
「<能力強化>、<風の壁>」
ジュリアを抱き上げると空高く飛び上がり、風の力も受けて屋敷の庭まで一っ飛びで移動した。
「ジュリアは中でエドモンドさん達の安否を!」
「うん!」
ジュリアが庭に入り込んでいる暴徒をなぎ倒しながら屋敷の中に入ってゆく。
フル装備だし、そこらの奴等には負けないだろう。
「さてと……」
ここは、結界より岩壁の方がいいだろう。
魔力の鎖を引いて捕らえている鬼人族達を近くに引き寄せる。
口を塞がれ呻きながら藻掻いているが、まずは周りの対処が先だ。
「リズ、手伝ってくれ。屋敷の塀を岩壁で覆う。強度は強めで頼む!<岩の壁>」
そう言って魔力の塊を放りつつ、岩の壁を屋敷の塀を覆うように3メートル程そそり立たせる。
『がってん旨すぎ!』
姿を現したリズは魔力の塊にかじりつきながら腕を振ると、屋敷の後方に岩がゴゴゴと音を立てて天高くそそり立っていた。
何人か壁に乗り飛ばされているが、構っている余裕は無い。
「<眠れ>」
鎖につながれている鬼人族を残し、岩の壁の中にいる者達を眠らせる。
「おい!どう言うつもりでお前達はこんなことをしている!」
鬼人族の中の1人の口を自由にし、そう尋ねた。
「子爵は、もう用済みだ!俺達を殺すなら殺せ!悲願はまもなく叶う!」
「なんだと!何が悲願だ!お前達は何をする気だ!」
「俺が、俺達が、この世界に君臨する輝かしい未来は近い!うぐっ……」
男は苦しそうに呻きながら口から血を流し目を閉じた。
周りを見ると、捕らえて鬼人族たちは皆同様に手足をだらんとさせている。
「くっそ!」
俺は鎖を解くと屋敷の中に駆け込んだ。
「ジュリア!」
中に入り込んでいた者達も手当たり次第に殴り倒し、ジュリアが手を振る食堂のドア付近に走り寄る。
「クロ!大丈夫だったか?」
「ああ。皆は?」
「大丈夫だ!すぐに食堂に駆け込んだから!」
食堂にはエドモンド達に加え、20人程の屋敷に働いている者達が心配そうにこちらを窺っていた。
「クロくん、ありがとう。外はどうなってるんだ?窓からは壁しか見えなくなったが……」
「ああ、岩の壁で覆ってます。庭の者達は全員眠らせました。後、扇動していた鬼人族を全員捕らえましたが全員自害してしまいました。悲願はまもなく叶うと言ってましたが……詳細は分かりません」
食堂内の不安はあまり取り払われていないようだった。
「今度はなんだ?」
ピアスが反応するので上着に入れていた通信カードを取り出すと、そこにはナディアの名があった。
『クロ様!王都に、あいつら精霊の力を使いやがりました!このままでは王都が……今、どちらにおられますか?』
「今はニヴルヘイムの領主邸にいる!来れるか!」
『もちろんです!』
ナディアの返答と共に通信は切れ、数秒後にはナディアが俺を呼ぶ声が聞こえた。
食堂のドアを開けると、ナディアが階段下で叫んでいる。
「クロ様!」
「おう!良く来てくれたな、ありがとう!」
「そんなぁクロ様ぁ……、ハッ!口惜しいですが今は王都です!奴等はここから真っすぐ王都に向かって進んでいたようで、王都の東門で戦闘になってます!王都の軍が出て応戦してますが、多分長くはもちません!」
「精霊の力と言ってたが、軍が出ても防げないほどなのか?」
俺の問いにナディアが顔を歪ませる。
「クロ様が言っていたあの妖精の魔道具、多分あれもテストだったのでしょう。巨大な馬車に30人程の奴隷達を乗せ、恐らくその者達に契約をさせているのでしょう。固定砲台となった精霊が魔法を連続でぶっぱなしているようです。
部下が様子を見ていて定期的に連絡をさせてますが、極大魔法クラスの攻撃を連発していて、軍総出の結界魔法でも耐えられそうにないようです!」
その言葉には、周りの者達を落ち込ませるのには十分な威力があった。
「私が……あの者達に手を貸した所為でこんな事に……」
膝をつくエドモンドに、チェチーリアとオルランドが支える様に横にくる。
「父上、私が、そしてクロが、何とかしてみせます!」
「ジュリア……そうだ、ここはもう何とかなりそうだし、行ってくれ!」
エドモンドはジュリアの肩を掴みそう言うと、ジュリアを送り出すようにして反対を向かせた。
「そうだな。俺達がなんとかしなきゃだな。ナディア、転移は無理だが俺達を運ぶことはできるだろ?」
ナディアの頭に手を置いてそう言うと、嬉しそうに頬を緩ませるナディア。
「もちろんです!クロ様は風の壁使えましたよね?」
「ああ」
「制御は私に任せて下さい!きっと無傷で王都まで飛ばして見せます!」
目を輝かせてそう言うナディアの言葉に、若干の不安を感じる。
無傷ってどう言う事かな?
「多少不安な気もするが任せた!ジュリアもいいか?」
「うん!ナディアさんも、よろしくお願いします!」
「えっ?待って?私頼られてるんだよね?怖いって?あれ?おかしくない?」
頼んでるはずが冷たい目で睨むジュリアに、ナディアは戸惑っているようだ。
「ジュリアにナディア、時間がない」
「分かった!」
「承知しました!」
俺達は屋敷内をうろついている輩達を護衛兵達に任せ玄関を出ると、2人が左右から抱きつく様にして掴まってきた。
ジュリアはそのナディアを睨んでいるが、そんなジュリアにもう一度仲良くするよう言い聞かせ、風の壁で宙を舞った。
体に強い風を受けつつ空を舞う。
ふらふらと左右に振られるが、杖を手に持つナディアがそれを微調整しているようで、なんとか真っすぐと王都へ向かう事ができているようだ。
30分程だろうか?
体感的には何時間も飛んでいた感じもするが、王都の塀が見えてきた。
「クロ様ー!降ります!風を、止めて下さーい!」
「わかったー!」
ナディアの指示により風の壁を止める。
惰性により前に落ちてゆく。
下降の際の不快感にグッと顔を歪めるが、このまま落ちると大怪我しそうだと感じた俺は2人を抱きしめる手に力が入る。
「ふぁ~ん!クロ様ぁ、こんな時に何をー!」
「すまーん!」
俺がどこかを触ってしまったであろうナディアに謝りつつも、どうしようか迷っているとふわりと下から上昇気流が発生し、落下速度は治まってゆく。
なんとか地面に叩き付けられずに着地する。
「ありがとうなナディア」
「ハァハァ……そんな、もったい無い、お言葉、お礼はこのまま、私の体をめちゃくちゃに――」
ナディアはその続きを発することなくジュリアの右手に吊るされていた。
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