04/19 ③
アンナに急かされながら慌ただしく家を出て、そのまま準備されていた馬車に乗り込む。
ほどなくして動き出した馬車は道が舗装されているとはいえどうしてもなかなか揺れる。
私は酔いやすい方ではないものの、だからといって全く苦痛ではないというわけでもない。
少しでもその不快感を逃がすために一人で乗るときは目を瞑って寝ていることが多い。
だから今日もそのように揺れと戦いながら数十分ほど過ごしていたが、不意にその揺れが止まった。
目的地に着いたであろうことを察し、右側にある窓の締め切っていたカーテンを開くと遠目からでも分かるほどの大きなお屋敷が見えてきた。
石造りの真っ白い外観は木々の緑や空の色など自然に囲まれた中で極めて異質だが不愉快な感じはなく、それがかえって近寄りがたいような、高貴な風格が感じられる。
特に今日のような晴天の日は背景に映えて一等美しかった。
そんな屋敷を守るように佇む大きな門をくぐり馬車は進んでいく。
「お待ちしておりました。」
馬車から降りたとほぼ同時に置くからメイドが二人やってきて私を出迎えてくれた。
流石侯爵家というべきか、その二人は全くこちらを急かすことなく、それでもてきぱきと洗練された動きで甲斐甲斐しく私を目的地へ案内してくれた。
きっと彼女たちならどこかの誰かみたいに返事を待たずに部屋の中に入ってきたりしないし朝からぐちぐち小言も言わないんだろうな。
私が家を出たら、こんな人たちをメイドとして雇うことにしよう。
そんなことを考えながら歩いていった先は庭だった。いつ来てもその時期に合った花が咲いているので毎回この屋敷に来たときは庭に案内してもらっているくらい、私はここが好きだ。
今の時期は真っ赤な薔薇が瑞々しく咲き誇っていて遠くからでもその香りが漂ってくる。
そんな手入れの行き届いた庭を眺めていると不意に前を歩いていたメイドが振り返った。
「ミラお嬢様はあちらにいらっしゃいます。」
言葉とともに指さす方を見ると庭の一角に小ぶりな白いテーブルと二脚の椅子が置かれている。そしてその一方はすでに一人の女性が座っていた。
クリームイエローのふんわりとしたドレスに身を包んだ長髪の人。
礼をしながらその場にとどまるメイドたちに会釈をしながらテーブルに向かって伸びる石造りの道を歩いていくと私の靴音で気づいたのか女性が振り向いた。その動きに合わせシルクのようなブロンドの髪がキラキラと日光を反射してきらめきながら靡く。
こちらを向いた彼女は切れ長な目が半月型になるくらいにっこりと微笑んでいた。
「いらっしゃい、シシィ。」
「ミラ姉様。お待たせしてしまってごめんなさい。」
ミラ・フォンティール。
三百年前の妖石研究の功績が認められ伯爵から公爵へ爵位が格上げとなったうえ、現在では生活基盤となった妖石を扱うということで王家に次ぐとすら言われるほどの権力を持つ、そんなフォンティール公爵家の一人娘である。
彼女自身もまたその研究に時間を費やしており、まだ二十二歳という若さでその世界の第一人者となっている。
頭脳明晰、容姿端麗、更に侯爵家のご令嬢という何もかもが完ぺきな彼女と私はどう考えても釣り合ってなんかいないが、たまたま母親同士が学生時代からの友人ということで交友があり、幼いころから仲良くしてもらっている。
私とミラ姉様、持っているものが何もかも違いすぎて一緒にいると気後れすることも正直に言えば何度もあった。
それでもそのたびに姉様は「気にしなくていいのよ、シシィは可愛いんだもの。」といつも私のことを慰めて、優しくしてくれたし、こうして家に呼んでお話してくれた。
だから私は今でも姉様のことが大好きだ。