04/19 ②
アンナがカップにあてていたオレンジ色の石は妖石と呼ばれるものである。
見た目こそ宝石と変わらないが各々の色や石質により異なる力を持っており、例えば先ほどのオレンジのは衝撃を与えると熱を発生させるという力を持っている。
この摩訶不思議な石が歴史上初めて発見されたのは今から三百年ほど前で、鉱山で宝石の発掘を行っていた作業員によって発見された。その妖石は衝撃を与えると炎が発生するという力を持っていた。
炎と言っても小さな火の粉程度でこの石そのものの力は大したものではなく、現在では日常的に使われているくらいであるものの、初めてその力を目の当たりにした作業員がパニックを起こしたことでドミノ倒しで事故が発生、結果として50人を超える犠牲者を出す惨事となってしまった。妖石はこの事故とともに各地に広められ、それを聞いた人々から人知を超えた不思議な力に対して神の怒りだとも敵国の呪いだとも言われ恐れられた。
この事故で妖石の見つかった鉱山は閉鎖され、誰も近づかなくなった。
妖の石、という名前もこの出来事から注意せよ、という意味合いでつけられたものである。
臭い物に蓋をする。しばらく誰も妖石について触れない、タブーにする、そんな状況が続いた。
そんな折、貴族ながら商売にも積極的に取り組んでいたフォンティール伯爵が何も知らずに避けているだけなのはもったいない、うまく利用すれば必ず人類へ多大なメリットがあるはずだと目をつけ、その発掘と研究、及び事故の原因究明に全力を注ぎ始めた。
始めはそんなフォンティール伯爵をあんな危険なものに近づくなんて、気が狂ったのかと周囲は否定的な態度を取っていたため彼は一人で取り組んでいた。
たった一人で未知の存在の研究をする、それがどれほど辛く厳しいものなのか想像に難くないが、それでも彼は諦めず、何年かの時を経てついに件の妖石は人を殺めるような力ではなく、小さな火を発するのみであること、事故は妖石が引き起こしたのではないことを解明してみせた。
もちろんそれをすべての人が信じたわけではないがこれを皮切りに徐々に伯爵に同調する人が増えたので非常に重要な一歩であった。
たった一人から始まった妖石の研究の規模は広がり続け、今ではそれぞれの持つ特徴や対処法なども分かって安全の確保も容易になったうえ、元々の性質に手を加えることで力の増強も可能になり、私たちの生活になくてはならないものとなっている。
「便利なものよねぇ…。」
独り言のようにそう呟きながらぼんやりアンナの手元を眺めていると「もう、お嬢様!」と急にまた叱られた。
「今日はご予定があるんでしょう。早くお支度なさいませ!」
その言葉に一気に目が冴えてくる。そうだ、寝起きでぼーっとしていて忘れていたが今日は午前中から人に会う約束をしているんだった!
早くしないと。ここでようやく目が冴えてきた私は着替えに行動を移すためカップに残った紅茶を一気に飲み干した。