第六話 御鹿様の話
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御鹿様の話
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坊主が御鹿のもとからはぐれてしまったころ。
御鹿は人ではないので、時の流れの感覚が異なる。そのため、坊主がいなくなったことにすぐには気が付かなかった。
寺に戻って数日した頃。坊主をここのところ見かけないことにようやく気がつくが、それでも遊びに行っているのかと思い、深くは気にしていなかった。
しかし、祈りながら団子を食べている登頂者が妙な話をしている時点でようやく不思議に思い始める。
『あの坊主の食べていた団子そのものだ』
『ああ、山の麓にいた?』
『そうだ。土産屋で売っているような神様だんごではない。あの坊主が持っていたものはまったくもって見慣れない形だと思って、よく観ていたのだよ。あれは金色にキラキラと光っていた』
『最近あの坊主、見かけなくなったな』
『師匠が見つけたのだろう』
そのような会話をする登山者に、御鹿が覗き込むようにして近づく。
御鹿はこの地域の人々にとって、神の如し存在。
しかし、顔は鹿。
表情は読み取れないながらも、怒気を感じ、話していた登山者は慄く。
『どのような坊主か』
御鹿の声は人の声と異なる。大地と共鳴するかのような、くぐもった声。
『幼子で。御師様が山の頂上にいると……泣いていました』
『なぜそんなことに』
『門が閉じて入れないのです』
『迎えに行く』
みなまで聞かず、猛獣から群れを守る鹿の長のような力強さで御鹿は顔を上げ、一瞬周囲を警戒した後駆け出した。
「まさかあの子供、ほんとにおしか様の稚児だったとは」
憤怒した御鹿は呆ける登山者を無視し、足取り荒く山を降りていった。
荒ぶる御鹿が山を下る。
皆のもの道をあけよ、平伏せよ。御鹿に気がついた者たちは次々に他の登山者に警告を出す。
山の麓は次第に大騒ぎ。
降雨落雷落石の警報を出す者が、警報がわりに『御鹿様だ!』と叫ぶ。
それを聞いた者たちはわけもわからず道を開ける。
やがて通り過ぎる者の正体に目を丸くする。
自分たちが、求めて一目見るために山頂まで登るその相手。御自らの足で山の麓へ下り、門を開けようとするのだ。驚くのも当然といえよう。
しかし、流石に山自体からは御鹿は出なかった。彼は山の主なので、山から出るわけにはいかなかったのだ。
こうして御山の頂きに御座すとされる御鹿様が、なぜか入山門に鎮座し、人々を睥睨するという珍事がしばし続いた。
◇
この御山を有するオグ国の人々に、神として崇められる御鹿様。しかし実のところ彼は神ではない。神の御使いでもない。もとはただの鹿だ。
かつて山を荒らす人間が増えた時、長らく生きて森の長になったがまだ鹿だった彼は、神に祈った。山の仲間を守れますようにと。
そこで応じたのが、神力を持った者だった。この者こそは神の御使いに近い存在だったのかもしれない。その者が彼を鹿から人のまがい物にした。
力を手にした彼は人を追い払った
束の間の平穏が山に訪れていたある時、王と名乗る者が御鹿のもとへやってきた。その時は実はまだ王ではなく単なる豪族の長。王と言ったのはまさに大言壮語であったが、その言葉を信じたくなるような剛毅な漢だった。
成り上がろうにもうまく行かず、思いつき地元の信仰する土地へ参拝しようとし御山に来たのだ。もしくはその力を取り込もうと言う下心も持ちつつ。
運の強い漢で、苦戦しつつも無事登頂する。そして、御鹿と会うことができた。
御鹿と持ってきた酒を酌み交わし、交渉。
実は、漢が気まぐれで道中怪我をした雌鹿を助けたのが良かった。その肚が赤子で膨らんでいなかったらこの漢は助ける代わりに雌鹿を喰っていただろうし、そうしたら御鹿もこの漢を喰っていただろう。奇跡的な巡り合わせだ。
『敵対するより友となる方が力を得られる』。御鹿のその言葉に、漢も強く頷く。
その時御鹿が人を真似て団子を出したら、漢はいたく気に入る。
『この山に制限付きで入山者をゆるせ。
その者に団子を出してくれ。
それを約束するならば、山に囲いを設けよう』
酒に酔いながら、御鹿にそう告げる。
豪族の長は先見の明がある者だった。
その団子が神力にあふれることにすぐ気がついた。
他山でもとれる特別な鉱石よりも、ここでしか取れぬ団子を選んだ。この山を御鹿ごと囲うことにしたのだ。
後にこの団子を食べた者は木をはやし、動物を手懐け、風を、火を操った。
豪族の長は団子を三つも食べた。そしてやがて周辺の国も巻き込み、五つの国をまとめて、治めた。
登場人物紹介
御鹿様……のんびりした性格。子煩悩。